第155話 俺、ツンデレで大食らいの回復役(ヒーラー)を

文字数 3,634文字

 森の奥に少し入ったあたりでアミンを見つけた。

「ち、近づかないでよっ。アミンを食べても美味しくないんだからねっ」
「グルルルルルルルル」
「……」

 昨夜森で会った時と同じようにアミンがフォレストウルフ(やけにでかい)たちに狙われていた。

 こいつ、この手の魔物を引き寄せる匂いでも放ってるんじゃないのか?

 とか思いつつマジックパンチを連射。

 速攻でフォレストウルフ(やけにでかい)たちを全滅させた。

 目の前でフォレストウルフ(やけにでかい)たちが全て倒されたからかアミンがぽかんと立ち尽くしている。

 俺は彼女に歩み寄った。

「手間かけるんじゃねぇよ」
「ジェイ」

 振り返ったアミンがぶわっと涙を流す。

 それが自分でも無意識だったからなのかアミンが慌てて涙を拭った。その仕草はちょい可愛い。

 不覚にもグッときたのは内緒だ。

「さ、皆のところに戻るぞ」
「何でよ」

 まだ濡れた目でアミンが睨んできた。

「どうせアミンがいたら皆の邪魔になるだけでしょ。アミン大食らいだし魔力探知もろくにできないし。それにそっちはもう回復役(ヒーラー)がいてアミンのいる意味もないじゃない」
「イアナ嬢の言ったことを気にしているのか?」
「気にしてなんかないわよっ。あんな聖女の言うことなんてアミンちっとも気にしてないんだからねっ」
「……」

 いやめっちゃ気にしてるだろ。

 ……とは言えず。

 言ったら今以上に面倒くさくなりそうだよなぁ。

 アミンがプイと横を向く。

「と、とにかくアミンはもう一人で生きていくんだから。そう決めたんだからっ」
「無理だろ」

 思わずつっこんでしまった。

 だって、本当にこいつ一人で生きていけるとは思えなかったし。

 それよりギロックたちの方がよっぽど生きていけるんじゃないか?

 あ、黒猫も一匹で生き抜きそうだよなぁ。

 俺が即座に否定したからかアミンが顔を真っ赤にして怒りだした。地団駄のおまけ付きです。

「アアアアミンだって一人で生きられるわよっ。り、料理だってとりあえず全部焼けばいいんだし洗濯だって川とか湖でじゃぶじゃぶ洗って乾かせばいいんだし。どっか雨風凌げる場所があれば寝床にだって困ることはないだろうし」
「……」

 俺は黙ってアミンを見る。

「そ、それにいざとなったら町に出て回復魔法を活かしてお金を稼ぐとかすればいいんだし。うん、それなら十分やっていける。アミン頭いいっ」
「……」

 俺は黙ってアミンを見る。

「あともしかしたらアミンの可愛さに陥落した王族とか貴族がプロポーズしてくるかもしれないじゃない。そしたら玉の輿よ、玉の輿っ」
「……」

 俺は黙ってアミンを見る。

 いろいろつっこみたいけど我慢。

 今はまだその時ではない。

「ま、まあ玉の輿に乗れなかったとしてもアミンくらい魅力があれば男共が放っておかないと思うのよね。ジェイだってアミンが可愛いからジャムパンとかウマイボーをくれたんでしょ? ねっ、だからアミンは一人でも大丈夫」
「……」

 俺は黙ってアミンを見る。

 つーか、こいつどんだけ自分を可愛いと思っているんだよ。

 とんでもない自惚れ屋さんだなあ。クスクス。

「あ、あとは……えーと」
「……」

 俺は黙ってアミンを見る。

 てか、いきなりネタ切れっぽくなってきたな。

 アミンが中空に目を遣りながら「えーとえーと」と繰り返す。

 ああ、困ってる困ってる。

 こりゃそろそろ降参かな?

 なお、最初のうちこそアミンは顔を真っ赤にしていたが今はほとんど赤みを失っている。

 だらだらと冷や汗とか流しているしもうあんまり怒ってないかもしれないな。どっちかっていうと見栄を張りたいだけ?

「……」

 あ、遂に黙っちゃったよ。

 仕方ない。ここらで宥めて連れ帰るとするか。

 と、俺が口を開きかけると……。

「見つけた!」

 聞き覚えのある少女の声が空から聞こえた。


 *


「ジェイ・ハミルトン、そこから離れて!」

 空からの声に俺はぎょっとした。

 この声……やばい。

 俺はアミンに駆け寄った。

 目を見開くアミンの手を掴んで走る。

「えっ、ちょっ、いきなり何?」
「いいから走れ、殺されるぞ」
「ええっ?」

 俺は探知で相手の動向を確認しながら森の奥へと走る。

 ダーティワークの身体強化も使ってとにかく走る。アミンが走り難そうだったので途中で手を離したのだが……よし、ちゃんとついてきているな。

 俺は速度を落とさず進路状の障害物は殴るかマジックパンチもしくはサウザンドナックルで対処する。

 出会したワイルドボアを銀玉の一撃で排除。

 群がってきたキラービーの大群をマルチロックしたマジックパンチで撃破。

「あんた、そこらの竜人より化け物だわ」
「俺は人間だ」

 呆れたようなアミンの発言を一蹴する。つーか守ってやってるのに化け物呼ばわりって酷くね?

 倒木を跳び越えさらに数体の魔物をぶん殴っていると視界が拓けた。

 どうやら森の奥に湖があったようだ。そんなに大きくないので昨夜空を飛んだ時には見落としていたらしい。

「……」

 目の前は湖。

 追って来ているのは……。

 て。

 これ、やばくね?

 一瞬よぎった不安を裏付けるかのように風も吹いてないのに湖面が大きく波打った。

 後方にあったはずの魔力反応が俺の目の前の湖に転移している。

 空気がめっちゃ冷たい。

 それなのに俺は汗をかいていた。

 走っていたからではない。もちろんそれでかいた汗もあるかもしれないが俺が意識している汗は別種の物だ。

「ザワワ湖以来だね、ジェイ・ハミルトン」

 湖の上に現れたのは黒髪ショートのボーイッシュな雰囲気の少女だった。控え目というかほぼ平面な胸と腰周りを水色の布で隠しているだけの肌色多めな格好だ。

 今思い出したのだがこれって昔お嬢様から教わった「ビキニ」とかいう水場で遊ぶ時に着る物なのでは? それにしてもはしたない格好だな。

「ちょっと、何僕のことじろじろ見てるのさ。もしかして欲情してる? 変態?」
「……」

 ワォ。

 相変わらずきっついな、こいつ。

「みみみみ水の精霊王!」

 アミンが今にも卒倒しそうな顔色で悲鳴を上げる。

 慌てて回れ右して逃げようとしたアミンの腕を俺は掴んだ。

「もう無理だ。これだけ追い詰められたら諦めるしかない」
「ええっ」

 じたばたするが俺は掴んだ腕を放さない。放すつもりもない。

 水の精霊王ウェンディはアミンを睨んでいる。彼女から溢れる怒気が周囲の冷気と湿度を増していた。空気がめっさ重い気がするのは気のせいではないだろう。

「緑竜族のアミン、君のことはよーく憶えているよ。シャーリーと野イチゴの早食い対決とかオーク肉の早食い対決とか茹で玉子の早食い対決とかしていたよね」
「……」

 はい?

 何だよそれ。

 シャーリーがたぶん内乱で亡くなったアルガーダ王国開祖の姫のことなんだってことは何となくわかる。つーか、この状況でウェンディが口にするんだからそのシャーリー以外ないだろう。

 でもさ、何その「早食い対決」って。

 あれ、ひょっとしてシャーリー姫ってアミンと同類?

 うわぁっ、イメージ崩れるっ!

 そういうの夢が壊れるから止めてもらえませんか?

 何かこう、もうちょい儚い感じのお姫様って人物像を想像してたんだけど。

 それが「早食い対決」て。

 そんなの知りたくなかったよ。てか、そんな情報要らない。むしろ記憶から抹消したい。

「まあいつも負けていたのはシャーリーだったけどね。それでお腹壊してリアに介抱してもらってたっけ」
「……」

 シャーリー姫。

 あなた、負けっぱだったんですか。

 てことは食は人並み?

 うーん?

 とか俺がちょい悩んでいると震えた声でアミンが訴えた。

「ああああの時はべべべ別に率先してあっちについたんじゃない……んです。ドドドドモンドたちがその方が勝ち馬に乗れるからって言うから仕方なく」
「へぇ、あいつらのせいにしたいんだ」

 ウェンディがにっこりと笑う。

 ただし、全く笑っている感じがしない。つーか怖い。

「そうだね。あの赤竜族の奴も青竜族の奴ももういないもんね。死人に口なしだよね。うんうん、君は悪くない悪くない」
「え」
「……」

 戸惑うアミン。

 俺もこれは反応に困るというか……正直関わりたくない。

 あれだ、ウェンディも結構やばいよな。リアさんほどじゃないけど。

「でさ、リーエフから聞いたよ。あの二人って死んだんだって? 天罰かな?」
「……」

 アミンが俯いてしまう。

 俺は少しイラッときて言った。

「おい、それはさすがに酷いだろ」
「酷いのはシャーリーを裏切ったこいつらだよっ!」

 ウェンディが怒鳴った。

 待機が震え、湖面が荒々しく波打つ。

 湿度がさらに高くなったかのように俺の身体に纏わり付く湿気が増した。むっちゃ気持ち悪い。不快だ。

「こいつらシャーリーと仲良くしていた癖に、あの王様にも良くしてもらっていた癖に、簡単に裏切ってくれちゃって」

 ウェンディの頭上に水球が生まれ、どんどん大きくなっていく。

「本当にムカつくよ……ねぇ、覚悟はいい?」
 
 
 
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