第48話 俺が目覚めると

文字数 4,349文字

 闇に沈んだ俺が目覚めるとあの中性的な声が聞こえた。


 緊急クエストバトル 魅惑の悪魔コサック(第一段階)戦をクリアしました。

 ゴートヘッド八体の生存を確認しました。クリアボーナスに追加ボーナスが加えられます。

 ジェイ・ハミルトンに称号「大地の精霊王に認められし者」が授与されました。

 以降、大地に身体を接している限り生命力と魔力を自動回復します。接地面積により回復率は変化しますのでご注意ください。

 追加ボーナス能力「フレンズ」を獲得しました。

 以降、異種族との交流にボーナスが発生します。

 ただし、異種族との関係が必ず友好的になるという訳ではありませんのでご注意ください。

 また、既知の関係にある者には効果がありません。

 追加ボーナス能力「分解」を獲得しました。

 女神プログラムによって定められた物に対し拳で接触して効果を発揮します。

 触れた物を素材として変化させて分解します。発動には魔力が必要です。対象によっては分解できないこともありますのでご注意ください。


 あ、そうそう。

 あんまり狂戦士になりかけてるとそのうち本当に引き返せなくなるかもですよ。気をつけてくださいね。


「……」

 な、何だか最後は妙に人間っぽかったな。声もお嬢様の声になってたし。

 ……て、お嬢様の声な訳ないか。

 うん、気のせい気のせい。

 俺はぼんやりとしながら半身を起こした。

 いつの間にか風景が変わっていた。

 視界にザワワ湖はない。あんなにあった薬草も見当たらなくなっていた。木々の生えている感じから森の浅層だと思う。

 すぐ傍にはイアナ嬢がいた。倒木に腰掛けた姿勢でこっくりこっくりと船を漕いでいる。その腕の中にはシロガネフクロウのポゥ。こいつも眠っているようなのだがおい、今モンスターに襲われたらひとたまりもないぞ。どっちかは見張りしてろよ。

 俺がため息をつくとガサッと茂みが揺れた。

 反射的に身構えるがまだ身体がうまく動かない。鈍い自分の肉体に苦笑しつつも茂みを注視した。

 ひょこっとアカリスが顔を覗かせぷいと引っ込んでいく。

 アカリスはアーワの森の中では低いランクの魔物だ。普通のリスよりも二回り大きな体に赤みを帯びた毛皮。突き出た前歯は危険で油断しているとあっさり喉を裂かれてしまうこともある。

 だが、それさえ気をつければ大したことない魔物でもある。それに基本的には臆病な傾向にあるのでこちらから仕掛けなければまず戦いにはならない。

 俺は探知を使って周囲の安全を確認してから警戒を緩めた。

 ポゥがぱちくりと目を開ける。

 俺と目が合った。

「……」

 じいっと見つめられてしまい俺も目を離せなくなる。

 というかあれだ、フクロウの目って見ようによっては怖いな。あーでもこいつ聖鳥になったんだっけ? むしろ畏怖を感じるべきなのか?

 ポウッ、とポゥが鳴いた。

 何となく「お、兄ちゃん目覚めたか」と言われたような気がする。違うかもしれないけどまあいいや。

 ポゥがもぞもぞと動いたからかイアナ嬢も起きた。

「……」
「……」

 あ、うん。

 俺、ちょい寝起きのイアナ嬢を可愛いとか思っちゃったよ。だってほら普段のきっつい印象がどこかに消えてしまっているというかこいつも女の子なんだよなーっていうか(以下略)。

 ポゥがイアナ嬢の腕から逃れて宙を舞った。俺たちの頭上を飛び回る。

 それを見ているとイアナ嬢が飛びついてきた。

 ぐふっ。

 あ、これ地味に体当たりだ。

「ジェイッ! この馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ッ!」
「……」

 いきなり罵倒である。これ酷くね?

「あんたが急に暴れだしてから大変だったんだからね。言われたからゴートヘッドたちにも防御結界を張ったけど」
「……」

 うん。

 やっぱりそうなったか。

 まあ「それ」ならそうするよな。宿主である俺が死にかけたんだし。

 狂戦士になりかけるよな。俺の魂を喰らうところまでいってないから完全に狂戦士になってないけど。いやーやばかった。

「で、サック……あの帽子野郎はどうなった?」
「あの悪魔のこと?」
「そうそう」

 もう悪魔でいいや。実際、悪魔らしいし。

「ジェイのマジックパンチで上半身を吹き飛ばされたんだけどすぐに再生しちゃって、その後も何回か頭や腕を破壊されてもすぐ再生しちゃって」
「……」

 あいつすげーな。

 悪魔ってのも伊達じゃないってことか。

「そのうちあたしにはよくわからない言葉を叫びながらどこかへ行っちゃったわ」
「どこかへ行った? 消えたのか?」
「ううん、コウモリみたいな翼を生やして飛んで行ったわ。いかにも悪魔って感じだった。今度遭ったらあの翼引っこ抜いてやるんだからね」
「……」

 イアナ嬢なら本当にやりかねないな。

 まぁ、サックに同情はしないが。

「こんなの話が違うとかオトメゲーのキャラの攻撃じゃないとか意味不明なこと喚いていたわ。あれ悪魔の言語なのかしら。オトメゲーなんていかにも禍々しい感じじゃない」
「オトメゲー……」

 あ、あれ?

 それ、前にお嬢様が口にしていた単語では?

 軽い目眩を覚えながら俺は訊いた。

「イチ……ゴートヘッドたちは?」
「全員無事。防御結界を張りながら状態回復の魔法をかけたから。あの悪魔が操っているってことは正気に戻せばいいのよね? 現聖女には負けるけどあたしだってそれくらいはこなせるのよ」

 フフンとイアナ嬢が鼻を高くする。ふんぞりーって擬音がしそうな姿勢だけど面倒だからここはスルーしてやろう。

 うむ、イチたちは無事なんだな。良かった。

「で、どうして俺たちはここにいるんだ? 他の奴らは?」
「モスがゴートヘッドたちを聖域の外に、冒険者たちを森の外に転移させたわ。あたしたちはポゥがいるからってここに移されたの」
「ん? てことはここに何かあるのか?」
「ここはあれだよ、いわゆるセーフティゾーン」

 すうっと空間から滲み出るようにウェンディが現れた。

 俺を睨みながら口を尖らせているが……俺、そんなに嫌われてるの?

「まずモスから伝言、大地の精霊結晶が欲しくなったらナザール丘陵に来いだって、僕的にはおすすめしないけどね」
「ナザール丘陵」

 ノーゼアからずっと西にある荒涼とした地域だ。五年前に領地として治めていた伯爵家が断絶したため王家直轄になったと聞いている。

「そこにも浄化の宝玉があるのか?」
「さあね、勇者じゃない奴には教えてあげなーい」
「……」

 あるのかもしれないしないのかもしれない。

 どっちだ?

 とりあえずウェンディに話すつもりはないようなので聞き出すのは難しいだろう。まあどうしても必要な情報でもないから今はつっこまずにおこう。

「ねぇ、モスは?」

 イアナ嬢。

 やや遠慮気味に彼女は口を開いていた。ウィル教会的には十天使として扱われる精霊王に対して多少なりとも畏怖を感じているのだろう。

「そんなこといちいち人間に教えなきゃいけない義理はないよ」

 素っ気なくウェンディが応えた。

 彼女は頭上を見上げる。ポゥが大木の枝で羽を休めていた。

「これは僕に課されたルールだから教えてあげる。モスに認められた奴とか聖鳥に名付けができた奴とか……そういう奴には特典というか便宜が計られるんだ。それで、ここがそれ。ここだけは魔物も現れないし誰かに襲われる心配もない。休憩すれば魔力も生命力も完全回復するし、完璧な安全地帯だよ」
「……」

 完璧な安全地帯?

「おい、さっきアカリスがいたぞ。あれ魔物だよな?」
「ああっと、そうそう敵意がなければモンスターも入れるんだった」
「……」

 ずいぶんと雑だな。

 まあどうせウェンディたちが作った場所なんだろうし、あんまり細かいことは言わないでやろう。俺は心の広い大人だからな。

「あはは、じゃあ僕はこれで。もうこの森に来ないでね」
「あ、こら」

 呼び止めようとしたがウェンディは消えてしまった。てか、逃げたな。

 *

 アーワの森から抜けると太陽が高い位置にあった。

「……」

 おかしい。

 多少森で時間がかかったとはいえ翌日の昼になるまで森にいたとは考えられない。そもそも夜はどこに行った?

 イアナ嬢もこの異常さにぽかんとしていた。彼女の腕の中にいるポゥも……って、お前飛べよ。セーフティーゾーンを出てからずっと抱っこしてもらってただろ。

 ポゥが首を傾げる。しかしまあすげぇ角度まで曲がるのな。

 森の入り口で唖然としている俺たちに空から声が降ってきた。

「あ、ヒューリーの人たち」

 黒いローブを着た二十代半ばくらいの美人が箒に股がっていた。上空の風に吹かれているからか長い金髪がやや乱れている。

 メラニア付きの宮廷魔導師。疾風の魔女ワルツだ。

「あなたたちで最後かしら? これまでの冒険者たちは全員クエスト失敗しているのよねぇ」
「そうか、まあそうだろうな」

 何せサックに操られるまでは森を彷徨っていたんだし、ザワワ湖では俺と戦って負けたんだからな。その後はモスに転移された訳だし。

 クースー草の採取なんて無理だろ。

「それで? クースー草は手に入ったかな?」
「ああ」

 俺は麻袋からクースー草を一株取り出して掲げた。

 ワルツから魔力の流れを感じる。どうやら本物のクースー草かどうか鑑定しているらしい。

 てことはきっとワルツは鑑定の能力持ちなんだな。さすがは宮廷魔導師。

 しばしの沈黙の後にワルツが声を弾ませた。

「素晴らしいねぇ、しかも指定より多い数のクースー草を採ってきたとは。あいつとはえらい違いだねぇ」
「あいつ?」
「いやこっちの話」
「……」

 冒険者の中にワルツの知り合いでもいたのだろうか?

 そんなふうに思っていると急に俺の身体がふわりと浮かんだ。

 え?

「じゃあ、王宮までご同行願おうかねぇ」
「はぁ?」

 何だそりゃ。

「えっ、何これ。怖い怖いっ!」
「ポゥっ!」

 おおっと、イアナ嬢がパニクってる。

 つーか、ポゥを抱いたまま浮かんじゃってるし。せめてポゥは放してやれよ。飛べるんだからさ。

 じゃなくて。

「おい、ふざけるな。俺は王宮なんかに行かないぞ」
「おや? 私はメラニア様のご命令に従ってるだけなんだけどね。それにこれはとても名誉なことだよ」
「メラニアの?」

 もう嫌な予感しかしない。

 絶対に御免だ。

「あ、あたしはカール王子の命令でノーゼアに来てるのよ。王宮には行けないわ」
「……」

 イアナ嬢。

 それ、ずるいぞ。

 俺だって王宮に行きたくないんだからな。

「うーん」

 ワルツが困ったように唸る。

 そして……。

「ま、事情なら後で聞くよ。とにかく王宮までご案内ってことで」

 ワルツが片手を上げてくるくると二つの円を描いた。

 瞬間、俺とイアナ嬢の正面に魔方陣が現れて眩い光を放つ。

 光に包まれた俺はやばいと判じたがもう遅かった。

 一呼吸するよりも早く景色が一変する。
 
 
 
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