第146話 俺の訓練一日目が終了……て、どうしてここにいるの?

文字数 3,883文字

 夜。

 シーサイドダックの作り出した浮島のステージから元の世界に戻った俺は椅子代わりの丸太に腰掛けながら夜空を見上げていた。

 ランドの森に設けられたキャンプ地にはここでの訓練生活に入った俺たちのためのテントが設営されている。遅い時間の晩飯を終えてそれぞれが自分のテントやその周辺でくつろいでいた。

 俺は練習を兼ねて食後に軽く飛翔の能力を使って周辺を飛び、その後はのんびりしている。明日も訓練があるが眠気はまだなかった。

 夜空には無数の星が煌めいている。少し欠けた月が星々の賑やかさに遠慮するかのようにひっそりと天に浮かんでいた。

 遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。ポゥとは明らかに違う鳴き声なので別人ならぬ別フクロウの声だろう。

 つーか、食事の後でイアナ嬢がポゥを抱いて自分のテントに引っ込んでいたな。

 真っ先に亜空間に吸い込まれたイアナ嬢は廃墟と化した村で亡者の群れに襲われていた。案内係もいたらしいがどんな奴かは聞いていない。でもイアナ嬢の様子からあんまり歓迎できないような奴だったらしいと推察できる。

 なーんかアンデッドコボルトだったみたいなんだよね。

 しきりに「あんなコボルト可愛くない。臭いし腐ってるしずっと喋ってるし何故かあたしの浄化も効かないし」て零してたし。

 あれだ、浄化されないように案内係には浄化無効の保護がされていたんだろうな。でないと敵もろとも浄化されてしまうかもしれないし。

 まあイアナ嬢の方はいいや。

 アンデッドを相手にしまくって精神的にも疲弊しただろうけどポゥをもふってるうちに回復するはず。イアナ嬢はそういう奴だ。

 てか、俺ももふりたい。

 ウサミミ少女とか現れたりしないかな。

 ……などと思っていると俺の横に何かが近づいてきた。

 黒猫だ。

「ニャー(早く寝ておけ。明日はもっと難易度が上がるらしいぞ)」
「そっちこそ夜更かしせずに休んだらどうだ? ああいう訓練は年長者には体力的にもきついだろ? まして弱体化させられている訳だし」
「ニャン(あんなもん大した運動にもならん。気合いが入らなくても普通にやれる)」

 黒猫がフンと鼻を鳴らした。

 まあこれまでの戦いぶりからもわかるように黒猫はかなり強い。親父の技とかも真似できるしよほどの相手でなければ苦戦することもないだろう。

 つーか、こいつ本当に何者(何猫)なんだ?

 弱体化の鈴を首に付けられて満足に戦えなくなっていたはずなのに結構戦えていたんだよなぁ。まあ確かに親父のパクリ技とかは使ってなかったけど。

 絶対に普通の猫じゃないよな。

 だとしたら、こいつはマジで何者なんだ?

 ふと湧いた疑問を俺はぶつけてみた。

「お前って何者なんだ?」
「ニャ?(何だ急に?)

 黒猫が目を瞬く。

「いや、お前って親父の技をパクっているし気合いとかも使うし。それになーんかたまに俺の親父っぽく見えたりするんだよな。お前猫なのに」

「……」

 黒猫が不自然なくらいあからさまにそっぽを向いた。

「いや、おかしな話だよな。俺の親父は人間だってのに。それにむしろ動物に例えるなら猫じゃなくゴリラなんだがな」
「シャーッ!(誰がゴリラだコラァッ!)」

 いきなり黒猫が猫パンチを放ってきた。何故だ。

 ま、避けたけど。

 全身の毛を逆立たせて威嚇してくる黒猫に戸惑いつつ俺は宥めようとした。

「おいおい落ち着け。何を怒ってるんだ?」
「ニャー(ちっ)」

 苛立たしげに尻尾で俺の足を叩くと黒猫はどっかに行ってしまった。何なんだよ一体。

 俺は黒猫が消えた方をしばらく見つめてからため息をついた。

 結局、黒猫が何者なのかわからず終いだ。

 というかなぁ。

 あいつ、本当に親父っぽいところがあるんだよな。鳴き声に親父の声が被ったりしてるし。

 さっきのだって俺が親父のことゴリラ呼ばわりしたら急に怒りだすし。

 親父、ゴリラに例えられるのすげぇ嫌がっていたもんな。

 まあ誰だって自分のことゴリラって言われたくはないか。

「……」

 あれ?

 俺、ゴリラ呼ばわりしたの親父のことだよな。

 どうして黒猫が怒るんだ?

 別に黒猫のことをゴリラだなんて一言も言ってないぞ。

 あれれ?

 頭の上に疑問符が幾つも並びそうなくらい疑問を深めていると森の奥の方で女の悲鳴みたいな声がした。

 森に生む獣か鳥の鳴き声かとも思ったが何か違う。

「……」

 俺はイアナ嬢のテントを見た。

 イアナ嬢はポゥと一緒にテントに入ったまま外に出ていないはずだ。

 それとも俺の知らないうちに外に出たのか? いやそれはないはず。

 つーか、あの騒がしい女がこんな静かな森で外出したら獣か鳥たちがぎゃあぎゃあやりそうだ。ポゥだって鳴いたりするだろうし。

「探知結果は……テントの中か」

 念のために探知で探ってみるとイアナ嬢はテントから出ていなかった。ついでにポゥも一緒だ。

 ここにいる面子で女はイアナ嬢しかいない。

 となると、さっきの悲鳴は?

 *

 俺は森の奥に踏み込んでいた。

 聞き間違いかと思えた女の悲鳴がまた聞こえたからだ。

 闇に紛れて襲ってきたジャイアントスパイダーをワンパンで倒し足下の倒木を乗り越えてさらに奥へと進む。

 木々の隙間から青白い光が見えた。

 それと同時に女の叫び声。

「もうっ、何なのっ! ちょっと隠れ家から離れただけじゃない。それなのにどうしてこんなにしつこく魔物に狙われるのようっ」

 複数の大神っぽい荒々しい息遣いが唸り声に変わる。

 打撃音と獣の悲鳴が重なりさらに女の叫びが続いた。

 俺はダーティワークの黒い光のグローブを脈打たせながら走る速度を上げる。探知による反応によるとこの先にいるのは魔物とやたら魔力の高い誰か。これ人間にしてはちょい変だ。

 魔物は……うーん、フォレストウルフかな? その割には大きい反応なんだけど。

 ま、いっか。とにかくマルチロックオンってことで。

 俺はチャージすると魔物に対してだけ標的を絞りマジックパンチを発射した。連射された拳と拳弾が森の奥へと消えていく。

 一斉に断末魔の叫びが木霊した。

 大きな獣が倒れる音がし、疑問に満ちた女の声が後に続く。まあそりゃどっかから自分の知らない攻撃が飛んできて敵を片づけたら吃驚するだろうなぁ。

「え? 何? 誰かいるの?」

 俺はやっと声の主の下に辿り着いた。

「……」
「……」

 声の主が俺に振り向き互いに相手を視認する。

 そこにいたのは小柄で可愛らしい感じの女だった。

 ただ、彼女の頭には角が生えており背中には折り畳まれた翼がある。人型だけど人間ではないのは明らかだ。

 つーか、こいつ見覚えがあるぞ。

 ああそうか、こいつマリコーのラボにいた三人組の竜人の一人だ。

 ええっと、名前何て言ってたっけなぁ。

「ななな何なのあんた? ささささっきの攻撃って……」

 動揺しまくっている竜人の女を俺は観察する。とりあえず目立った怪我はなさそうだな。

 にしても、こいつ何でこんなところにいるんだ?

「マリコーのラボにいた竜人の一人だよな。どうしてこの森にいる?」
「え」

 竜人の女が目を見開いた。

「どどどどうしてあのラボにいたのを知ってるのよ。はっ、まさかあんたストーカー?」
「……」

 ワォ。

 助けてやったのにそう来ましたか。へぇ。

「いやあんたメメント・モリ大実験の時マリコーに紹介されていたじゃないか。他の二人はどうしたんだ? 別行動なのか?」
「あ、そ、そうだった。わぁ、あの放送でアミンの可愛さが知れ渡っちゃったのね。せっかくひっそりと隠れて暮らしていたのに最低。やっぱりあんな実験狂いの二級管理者に協力なんかするべきじゃなかったのよぉ!」

 竜人の女が崩れるように座り込み何やら喚き始める。

 つーか、「アミンの可愛さが知れ渡っちゃった」て。

 おいおい、気にするところそこかよ。

 あれか、自惚れやさんかな?

 自分が世界で一番可愛いとか思っているのかな?

 残念、世界で一番可愛いのは俺のお嬢様でした。

 可愛いオブ可愛い、世界の至宝と呼んでも過言でないレベルの可愛さなのです。

 それとこいつアミンって名前なのか。

 ……とか思っていたら「きゅるるるー」て変な音がした。

 アミンが顔を真っ赤にしながら腹を押さえている。

 あ、涙目だ。そこまで恥ずいの?

「腹、空いてるのか?」
「……」

 アミンが小さくうなずいた。ちょい可愛かったのは内緒だ。

 俺は収納からジャムパンを出した。白い空間にいる間にお嬢様から貰って補充した物の一部だ。

 ジャムパンを差し出すと彼女は上目遣いでそれを見る。むっちゃ見る。

「……甘い匂いがする。これ何?」
「これはジャムパン。イチゴジャム入りのパンダ。美味いぞ」
「……」

 ゴクリ。

 アミンが喉を鳴らした。

 *

「私はアミン、緑竜族のアミンよ。このお礼は必ずするわ。ええっと、今さらだけどあなた何て名前?」
「……俺はジェイだ」
「ジェイね。うん、憶えたわ」

 俺は既に知っていたが大皿を空にしたアミンが上機嫌に名乗った。彼女は俺の名を聞くと軽く首肯し、大きなコップに入ったオレンジジュースを一気に飲み干す。

 ジャムパンだけじゃ喉が渇くだろうとオレンジジュースを追加してやったらこいつ遠慮もしないですげぇ飲みやがんの。たぶん大樽レベルで飲んでるぞ。

 まあ収納には沢山あるからいいけど。

 ジャムパンも100個以上食べちゃったよ。食いっぷりが凄まじかったね。竜人って大食らいだったんだ。初めて知ったよ。

 イアナ嬢対策で用意していたんだけど……うん、もういいや。

 俺は嘆息するとアミンに質問した。

「それで? あんたは何故こんなところにいるんだ?」
 
 
 
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