第118話 俺も奴も同じ
文字数 3,897文字
俺はダーティワークを発動したことによる身体強化を活かしてエルに速攻をかける。
ダッシュで迫り拳を打ち込もうとした俺の腹をいきなり目に見えない何かが襲った。
痛みに足が止まる。喉の奥から熱いものがこみ上げてきたがどうにか我慢した。
そんな俺の左頬に鋭い打撃が加わる。衝撃に負けて俺は右へと吹っ飛んだ。さらにそこへ上方から重い一撃が降ってくる。
低く呻いた俺の背中を何かが叩いた。その一発にまた呻いてしまう。
「無意味」
エルが抑揚のない声で告げる。この一戦すらどうでもいいといった調子に聞こえた。
エルとは対照的にバロックは上機嫌だった。
「いいぞ、素晴らしい。これでこそ我が最高にして最強の魔法戦士」
にいっとバロックは口を歪めた。
「悔しいか。そうだな、悔しかろう。もしかしたらお前がエルの立場になれたのかもしれんのだからな」
エルが眉をぴくりとさせたのを俺はみのがさなかった。
俺は素早く収納からフリフリを出して一粒食べる。
瞬時にダメージが消えた。よし。
跳ねるように起き上がりその勢いのままエルに肉迫する。
俺の中の「それ」が囁いた。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
両拳を包む黒い光のグローブが脈打つ。
呼応するように俺の俊敏さが増した。ぐっと視界が狭まりエルだけしか見えなくなる。今の獲物はこいつだけだ。
バロックは後回しでいい。
どの道、そんな余裕もないしな。
拳を振り上げる。
「ウダァッ!」
放つ一撃。
しかし、エルには届かない。
金色の粒子を撒き散らしながら奴の結界が展開し、俺の拳を止めた。
冷たい眼差しで俺を見つめ、エルがつぶやく。
「つまらない」
「くっ」
反撃を警戒して俺は後ろに飛び退く。何かが俺のいた位置を走り抜けた。その正体は見えない。
駄目だ、この見えない攻撃をどうにかしないと……。
そう思っている間に背後から衝撃がくる。
背中の激痛に顔をしかめたがこれで終わりではなかった。一撃、さらに一撃とタイミングをずらしながら見えない攻撃が左右から放たれた。
エルは最初の位置から一歩も動いていない。
その両拳を包む白い光のグローブがゆらゆらと揺れていた。
俺の間近の空間も揺らぐ。
はっ、と思うと同時に俺は身を沈めた。
頭上を加速した何かが走る。
あのまま立っていたら真正面からダメージを負っていただろう。危ねぇ。
冷や汗が浮かんできたがそれは放置して低い姿勢のままエルに突っ込んだ。膝を伸ばした勢いを使って一気に距離を詰めたのだ。
間近となったエルの腹に拳を打ち込む。
「ウダァッ!」
「無意味」
エルの言葉が終わらぬうちに拳に衝撃が加えられ大きく脇に逸らされる。
打ちつけられた痛みで拳がじんじんしているがそれより俺はあることに気づいて目を瞬いてしまった。
あれはただの衝撃波とかそういうものではなかった。
ダーティワークの黒い光のグローブが直接触れたからこそ理解できた。
あれは精霊による攻撃だ。
精霊が姿を消して攻撃しているのだ。
謎が解けた、そう思った時ぐおんと耳鳴りが聞こえた。
俺がはっとすると後ろから誰かが襟首を掴んでぐいと引っ張った。仰け反った俺の鼻先を見えない精霊が走る。
「ちっ」
舌打ち。
「……ったく、こんくれーでちんたらやってるんじゃねぇよ。店長、じゃなくて一号のお気に入りなんだからしっかりしやがれ」
「……」
おや?
聞き覚えのある声だぞ?
俺は振り向こうとして片手で頭を押さえつけられた。馬鹿力だ。
「敵から目を逸らすんじゃねぇよ」
「……」
まあそうなんだが。
こいつ、誰だっけ?
エルが半眼になった。
「誰?」
「ああ、せっかくのお楽しみを邪魔して悪いな」
後ろの男……男だよな?
「俺がこっちになったのはたまたまだ。たまたま俺がこいつを助ける役になった」
言いながら男が俺の前に出た。警戒するように黒い尻尾がゆらりゆらりと揺れている。
王都で騎士団の詰め所が襲われた時に出会ったシスター仮面一号の仲間の一人、修道服を着た猫獣人のクロネコ仮面がそこにいた。
*
「何だこのふざけた奴は」
あからさまに不快そうにバロックが吠えた。
「エル、さっさとあの邪魔者を片づけろ!」
「はい」
エルがクロネコ仮面を見る。
クロネコ仮面が俊敏に動き左右からの攻撃を躱した。
次いで襲ってくる前後、さらに上方からの攻撃を回避する。見事としか言えない体捌きだった。
「ちっ、こんな程度かよ」
クロネコ仮面は息一つ乱していない。
「これならアンゴラ……じゃなくて二号と模擬戦でもやった方がよっぽどいい運動になるぜ」
「なっ」
バロックが目を丸くさせながらあんぐりと口を開けていた。
かなりショックだったようだ。
まあ、ご自慢の最強魔法戦士が全くダメージを与えられなかったんだからな。やむなし。
「ここここんな見るからに程度の悪そうな輩に攻撃を当てられないだと? う、嘘だ。信じられん」
「おっさん、こいつ弱いぜ」
クロネコ仮面がエルを指差した。
「鍛え直すんだな。ま、そんな暇はもうないか」
言ってクロネコ仮面がファイティングポーズをとった。
その量拳のまわりが一瞬揺らぎ、それぞれに五つの長い刃が放射状に広がった籠手が装着される。あれは「爪」か?
一部の暗殺者が好んで使う近接用武器だ。あれ、戦ってる時はいいけど食事やトイレの時とかは不便だろうなぁ。まあ外すんだろうけど。
ちなみにライドナウ家の使用人軍団の中にも爪の使い手がいます。しかも美人。
両手に爪を装備したクロネコ仮面がニヤリと笑う。めっちゃ凶悪面です。五歳児なら泣くね。間違いない。
「店長にやりすぎんなって言われたけどよぉ、そんなもんやり合ってる間はどうしようもねぇよなぁ」
上機嫌に言ってクロネコ仮面がジャキンと爪の刃を広げる。両手がジャキンしてると禍やばさがハンパないです。
て、俺も攻撃しようっと。
収納から銀玉を取り出して……。
クロネコ仮面が俺をギロリと睨んだ。
「ああん? てめー俺の獲物を横取りするってのか?」
「……」
え、どゆこと?
呆然とした俺をクロネコ仮面が蹴った。あ、これドロップキックだ。
前にお嬢様から教わったことがあるぞ。公爵令嬢(*二年前まではシスターエミリアはまだ公爵令嬢でした)から何を教わってんだよって話ではあるが。
手加減はされていたらしくダメージはほとんどない。だが、尻餅をついて見上げた俺にクロネコ仮面がフンと鼻を鳴らした。
「あっち行ってろ」
「……」
俺は黙ってうなずいた。これは要するにクロネコ仮面のターンってことだ。そう思うことにしよう。うん。
俺が距離を取るとクロネコ仮面が満足げにうなずき、エルに向き直って告げた。
「じゃあ行くぜ」
瞬間、クロネコ仮面が消えた。
「っ!」
一瞬でエルの直前に移動し両手の爪で襲いかかる。
エルが片腕を上げた。その腕でガードするのかと思いきや縦長の結界が展開されてクロネコ仮面の爪を防ぐ。
ちっ、と舌打ちしてクロネコ仮面がバックステップでエルから離れた。
一瞬遅れて見えない攻撃が通過したようだ。
「な、嘆きのフィールド内ではあらゆる方向からの攻撃が可能だ。しかも、バンシーは姿を自在に消せる。それなのに何故こうも当たらん?」
バロックがわなわなと身を震えさせながら呟いた。まあ、呟きにしては声が大きかったが。
「バンシー?」
どこかで聞いた、あるいは見たことのある名だった。
「悲しみの精霊かよ。感情精霊なんて下手すりゃ契約者自身も滅ぼしかねないやばい奴らだぞ。狂ってんのか?」
クロネコ仮面の指摘がなかなかに辛辣だ。
だが、そう言いたくなるのもわかる。
俺は自分の身に宿る「それ」のことを思った。
怒りの精霊も悲しみの精霊と同じように危険な精霊だからだ。契約者の魔力と怒りを糧にその力を貸し、魂を吸い尽くした契約者を狂戦士と化す。
狂戦士となったらもう救いはない。その死は無を意味する。魂がないのだから転生すら許されない。
そうか、エルも俺と同じなのか。
怒りの精霊と悲しみの精霊といった違いはあるがリスクを考えるのなら同じようなものだ。
無詠唱で結界を張れたのも、エルが単に悲しみの精霊と契約したのではなく自身に宿したのだとすれば納得できる。
「……だから?」
エルが冷たく応えた。
五連続の見えない攻撃を正面から仕掛けられ、不意打ちされたクロネコ仮面が籠手で防ごうとするが吹っ飛ばされる。躱す余裕はなかったようだ。
「魂を失うことになるからって、それが何?」
エルの身体から赤い光が漂い始める。
一気に周囲の温度が上がった。
想定外の行動だったのかバロックが大慌てで怒鳴る。
「エル、フレイムコアによる出力拡大はもう少し待て。大実験に差し障るかもしれん」
「嫌だ、待てない」
「エルっ!」
喚くバロックを無視してエルが力を行使した。
エルを中心に赤い光が広がっていく。
バロックが片手を振りながら呪文を詠唱した。早口だ。
キラキラと光の粒子が散らばり一人分の結界を展開する。
赤い光が俺とクロネコ仮面を包んだ。何となくねっとりとした感じのする光だった。我慢できなくはないが少々熱い。長時間堪えるのは難しいだろう。
それに、これだけで済むとも思えない。
俺がそう考えていると、結界に守られたバロックが嘲笑った。
「炎獄殲滅陣(ヘルフレイムジェノサイド)だっ! 嘆きのフィールドの謎を曝いたくらいでいい気になっていたようだが残念だったな。お前らはもうお終いだ。せいぜい自分たちの愚かさを思い知って死ぬがいいっ!」
「……」
あ、うん。
これなら対処できるな。
割と余裕。
ダッシュで迫り拳を打ち込もうとした俺の腹をいきなり目に見えない何かが襲った。
痛みに足が止まる。喉の奥から熱いものがこみ上げてきたがどうにか我慢した。
そんな俺の左頬に鋭い打撃が加わる。衝撃に負けて俺は右へと吹っ飛んだ。さらにそこへ上方から重い一撃が降ってくる。
低く呻いた俺の背中を何かが叩いた。その一発にまた呻いてしまう。
「無意味」
エルが抑揚のない声で告げる。この一戦すらどうでもいいといった調子に聞こえた。
エルとは対照的にバロックは上機嫌だった。
「いいぞ、素晴らしい。これでこそ我が最高にして最強の魔法戦士」
にいっとバロックは口を歪めた。
「悔しいか。そうだな、悔しかろう。もしかしたらお前がエルの立場になれたのかもしれんのだからな」
エルが眉をぴくりとさせたのを俺はみのがさなかった。
俺は素早く収納からフリフリを出して一粒食べる。
瞬時にダメージが消えた。よし。
跳ねるように起き上がりその勢いのままエルに肉迫する。
俺の中の「それ」が囁いた。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
両拳を包む黒い光のグローブが脈打つ。
呼応するように俺の俊敏さが増した。ぐっと視界が狭まりエルだけしか見えなくなる。今の獲物はこいつだけだ。
バロックは後回しでいい。
どの道、そんな余裕もないしな。
拳を振り上げる。
「ウダァッ!」
放つ一撃。
しかし、エルには届かない。
金色の粒子を撒き散らしながら奴の結界が展開し、俺の拳を止めた。
冷たい眼差しで俺を見つめ、エルがつぶやく。
「つまらない」
「くっ」
反撃を警戒して俺は後ろに飛び退く。何かが俺のいた位置を走り抜けた。その正体は見えない。
駄目だ、この見えない攻撃をどうにかしないと……。
そう思っている間に背後から衝撃がくる。
背中の激痛に顔をしかめたがこれで終わりではなかった。一撃、さらに一撃とタイミングをずらしながら見えない攻撃が左右から放たれた。
エルは最初の位置から一歩も動いていない。
その両拳を包む白い光のグローブがゆらゆらと揺れていた。
俺の間近の空間も揺らぐ。
はっ、と思うと同時に俺は身を沈めた。
頭上を加速した何かが走る。
あのまま立っていたら真正面からダメージを負っていただろう。危ねぇ。
冷や汗が浮かんできたがそれは放置して低い姿勢のままエルに突っ込んだ。膝を伸ばした勢いを使って一気に距離を詰めたのだ。
間近となったエルの腹に拳を打ち込む。
「ウダァッ!」
「無意味」
エルの言葉が終わらぬうちに拳に衝撃が加えられ大きく脇に逸らされる。
打ちつけられた痛みで拳がじんじんしているがそれより俺はあることに気づいて目を瞬いてしまった。
あれはただの衝撃波とかそういうものではなかった。
ダーティワークの黒い光のグローブが直接触れたからこそ理解できた。
あれは精霊による攻撃だ。
精霊が姿を消して攻撃しているのだ。
謎が解けた、そう思った時ぐおんと耳鳴りが聞こえた。
俺がはっとすると後ろから誰かが襟首を掴んでぐいと引っ張った。仰け反った俺の鼻先を見えない精霊が走る。
「ちっ」
舌打ち。
「……ったく、こんくれーでちんたらやってるんじゃねぇよ。店長、じゃなくて一号のお気に入りなんだからしっかりしやがれ」
「……」
おや?
聞き覚えのある声だぞ?
俺は振り向こうとして片手で頭を押さえつけられた。馬鹿力だ。
「敵から目を逸らすんじゃねぇよ」
「……」
まあそうなんだが。
こいつ、誰だっけ?
エルが半眼になった。
「誰?」
「ああ、せっかくのお楽しみを邪魔して悪いな」
後ろの男……男だよな?
「俺がこっちになったのはたまたまだ。たまたま俺がこいつを助ける役になった」
言いながら男が俺の前に出た。警戒するように黒い尻尾がゆらりゆらりと揺れている。
王都で騎士団の詰め所が襲われた時に出会ったシスター仮面一号の仲間の一人、修道服を着た猫獣人のクロネコ仮面がそこにいた。
*
「何だこのふざけた奴は」
あからさまに不快そうにバロックが吠えた。
「エル、さっさとあの邪魔者を片づけろ!」
「はい」
エルがクロネコ仮面を見る。
クロネコ仮面が俊敏に動き左右からの攻撃を躱した。
次いで襲ってくる前後、さらに上方からの攻撃を回避する。見事としか言えない体捌きだった。
「ちっ、こんな程度かよ」
クロネコ仮面は息一つ乱していない。
「これならアンゴラ……じゃなくて二号と模擬戦でもやった方がよっぽどいい運動になるぜ」
「なっ」
バロックが目を丸くさせながらあんぐりと口を開けていた。
かなりショックだったようだ。
まあ、ご自慢の最強魔法戦士が全くダメージを与えられなかったんだからな。やむなし。
「ここここんな見るからに程度の悪そうな輩に攻撃を当てられないだと? う、嘘だ。信じられん」
「おっさん、こいつ弱いぜ」
クロネコ仮面がエルを指差した。
「鍛え直すんだな。ま、そんな暇はもうないか」
言ってクロネコ仮面がファイティングポーズをとった。
その量拳のまわりが一瞬揺らぎ、それぞれに五つの長い刃が放射状に広がった籠手が装着される。あれは「爪」か?
一部の暗殺者が好んで使う近接用武器だ。あれ、戦ってる時はいいけど食事やトイレの時とかは不便だろうなぁ。まあ外すんだろうけど。
ちなみにライドナウ家の使用人軍団の中にも爪の使い手がいます。しかも美人。
両手に爪を装備したクロネコ仮面がニヤリと笑う。めっちゃ凶悪面です。五歳児なら泣くね。間違いない。
「店長にやりすぎんなって言われたけどよぉ、そんなもんやり合ってる間はどうしようもねぇよなぁ」
上機嫌に言ってクロネコ仮面がジャキンと爪の刃を広げる。両手がジャキンしてると禍やばさがハンパないです。
て、俺も攻撃しようっと。
収納から銀玉を取り出して……。
クロネコ仮面が俺をギロリと睨んだ。
「ああん? てめー俺の獲物を横取りするってのか?」
「……」
え、どゆこと?
呆然とした俺をクロネコ仮面が蹴った。あ、これドロップキックだ。
前にお嬢様から教わったことがあるぞ。公爵令嬢(*二年前まではシスターエミリアはまだ公爵令嬢でした)から何を教わってんだよって話ではあるが。
手加減はされていたらしくダメージはほとんどない。だが、尻餅をついて見上げた俺にクロネコ仮面がフンと鼻を鳴らした。
「あっち行ってろ」
「……」
俺は黙ってうなずいた。これは要するにクロネコ仮面のターンってことだ。そう思うことにしよう。うん。
俺が距離を取るとクロネコ仮面が満足げにうなずき、エルに向き直って告げた。
「じゃあ行くぜ」
瞬間、クロネコ仮面が消えた。
「っ!」
一瞬でエルの直前に移動し両手の爪で襲いかかる。
エルが片腕を上げた。その腕でガードするのかと思いきや縦長の結界が展開されてクロネコ仮面の爪を防ぐ。
ちっ、と舌打ちしてクロネコ仮面がバックステップでエルから離れた。
一瞬遅れて見えない攻撃が通過したようだ。
「な、嘆きのフィールド内ではあらゆる方向からの攻撃が可能だ。しかも、バンシーは姿を自在に消せる。それなのに何故こうも当たらん?」
バロックがわなわなと身を震えさせながら呟いた。まあ、呟きにしては声が大きかったが。
「バンシー?」
どこかで聞いた、あるいは見たことのある名だった。
「悲しみの精霊かよ。感情精霊なんて下手すりゃ契約者自身も滅ぼしかねないやばい奴らだぞ。狂ってんのか?」
クロネコ仮面の指摘がなかなかに辛辣だ。
だが、そう言いたくなるのもわかる。
俺は自分の身に宿る「それ」のことを思った。
怒りの精霊も悲しみの精霊と同じように危険な精霊だからだ。契約者の魔力と怒りを糧にその力を貸し、魂を吸い尽くした契約者を狂戦士と化す。
狂戦士となったらもう救いはない。その死は無を意味する。魂がないのだから転生すら許されない。
そうか、エルも俺と同じなのか。
怒りの精霊と悲しみの精霊といった違いはあるがリスクを考えるのなら同じようなものだ。
無詠唱で結界を張れたのも、エルが単に悲しみの精霊と契約したのではなく自身に宿したのだとすれば納得できる。
「……だから?」
エルが冷たく応えた。
五連続の見えない攻撃を正面から仕掛けられ、不意打ちされたクロネコ仮面が籠手で防ごうとするが吹っ飛ばされる。躱す余裕はなかったようだ。
「魂を失うことになるからって、それが何?」
エルの身体から赤い光が漂い始める。
一気に周囲の温度が上がった。
想定外の行動だったのかバロックが大慌てで怒鳴る。
「エル、フレイムコアによる出力拡大はもう少し待て。大実験に差し障るかもしれん」
「嫌だ、待てない」
「エルっ!」
喚くバロックを無視してエルが力を行使した。
エルを中心に赤い光が広がっていく。
バロックが片手を振りながら呪文を詠唱した。早口だ。
キラキラと光の粒子が散らばり一人分の結界を展開する。
赤い光が俺とクロネコ仮面を包んだ。何となくねっとりとした感じのする光だった。我慢できなくはないが少々熱い。長時間堪えるのは難しいだろう。
それに、これだけで済むとも思えない。
俺がそう考えていると、結界に守られたバロックが嘲笑った。
「炎獄殲滅陣(ヘルフレイムジェノサイド)だっ! 嘆きのフィールドの謎を曝いたくらいでいい気になっていたようだが残念だったな。お前らはもうお終いだ。せいぜい自分たちの愚かさを思い知って死ぬがいいっ!」
「……」
あ、うん。
これなら対処できるな。
割と余裕。