第164話 俺たちがぐだぐだやっている間に事態は動いていた

文字数 4,174文字

「おーほっほっほっほっほっほっほっほ」

 俺たちの頭上で黒いとんがり帽子を被り黒いローブを着た女が箒に股がって高笑いしている。

「……」

 その女には見覚えがあった。

 というかあれだ。

 こいつ、確かメラニア付きの宮廷魔導師じゃないか? 疾風の魔女ワルツとかいう。

 呪毒を受けたシャルロット姫を救うための特効薬の材料を採取するクエストで俺とイアナ嬢はこのワルツと出会っていた。

「……」

 てか。

 こいつ、こんな高笑いをするような奴だったっけ?

 ワルツを見上げながら俺がそんな疑問を抱いていると、同じことを思ったらしいイアナ嬢が訊いた。

「ねぇ、あなた疾風のなんたら?」
「……」

 ワルツが高笑いをするのを止めて黙ってしまう。

 重い沈黙。

 この状況につっこみを入れてくる勇者はここにはいなかった。本物の勇者であるシュナももちろんつっこまない。

 しばしの時を置いてやがてワルツが咳払いした。

 むっちゃ気まずいので俺は静観。

 黒猫が後ろ足で立った。

 なお、こいつテーブルの上に立ってます。行儀悪いですよね。

「ニャー?(お前メラニアんとこの魔導師だよな?)」
「ええ」

 ワルツが首肯した。

「いかにも、私はメラニア様付きの宮廷魔導師。人呼んで疾風の魔女ワルツ……て」

 彼女は自分に声をかけてきた相手を認識したようで言葉を詰まらせた。

 再び沈黙。

 見つめ合うワルツと黒猫。

 先に声を上げたのはワルツだった。

「くくく黒猫っ! しかも喋ってる!」

 箒から落ちそうなくらい驚いている。おや、そんなに吃驚するとはちょい意外。

 俺はワルツのことをそれほど知っている訳ではないが少ない関わりの中で結構落ち着いているタイプではないかと分析していた。つーか何か怠そうでやる気のないイメージが強くてある意味落ち着きを通り越して無気力と言った方がいいのかもしれない。

「これは私へのご褒美かっ! 遠出なんてただただめんど……ゲフンゲフン大変だと思っていたのだがこれは来て正解だった」
「……」

 あ、喋り方が変わってる。

 ワルツが中空にくるりと円を描く。

 ふわり、と黒猫が宙に浮き上がった。

「ニャニャ?(ななな何だ?)」
「魔女に黒猫は必須。私の使い魔くんになるといい」
「ニャー?(こいつ何言ってるんだ?)」

 ワルツが実にいい笑顔で浮き上がった黒猫を捕まえようと両手を伸ばしている。

 ゲットする気満々だ。

 ニャーニャー鳴きながら黒猫がじたばたするがどうにもならない。

「あー猫しゃんが悪い魔女に捕まってしまうでふ」
「ダニーさん、アプダクションされそう」
「ニジュウ知ってる。これ、キャトルミューティレーション。前にマムが教えてくれた」

「 シャルロット姫、ジューク、そしてニジュウ。

 シャルロット姫のカミカミが可愛いとか思ってしまったのはやばいのだろうか?

 それとジュークとニジュウ。

 俺も向かしお嬢様からアプダクションとかキャトルなんたらのことを聞いたことがあるぞ。

 あれだ、牛が誘拐されて体の一部を斬られたり血を抜かれたりしてその後死体で戻されるって奴だよな。うんうん知ってる知ってる。

 つまり、黒猫とはここでお別れか。

 いやぁ、いざお別れかと思うと寂しく……ならないなぁ。逆に清々するぞ。

「シャーッ!(おい小僧、何で笑ってるんだ! 助けろ!)」

 黒猫がマジトーンで怒鳴ってくるので俺はやれやれと肩をすくめた。

 しょうがないのでワルツと黒猫の間に起点を定め、結界を展開する。

 あとちょっとでワルツの手に届くという位置で黒猫が結界の壁に止められた。ギリセーフである。

「ニャ(小僧、良くやった)」
「むう、これでは私の使い魔くんにならぬではないか」

 ワルツが不満そうに唇を尖らせた。

 片手を上げ、くるくると指を回す。

「だがこの程度の結界、敗れぬと思ったか」

 パリーン。

 小気味良い音を響かせて俺の張った結界の壁が砕けた。

 金色の粒子をきらきらさせながら結界が消えていく。

 そして、再び上昇した黒猫をワルツがキャッチする。その表情はとても嬉しそうである。あいつあんな顔もするのか。

 眠そうなテンション低めの顔の方が印象強いからなぁ。

「ふふっ、これでこの黒猫は私の物♪」
「ニャー(おい離せっ、変なところ触るんじゃねぇっ)」

 あ、ワルツの奴黒猫をもふってやがる。

 というか。

 あれ、黒猫の奴ワルツのこと知ってたのか?

 メラニアんとこの宮廷魔導師って言ってたけど……つーことはメラニアのことも知っている?

 おいおい、本当にあいつ何者(何猫)だよ。


 *


「先程は失礼した」

 広場のテーブルを囲んでの仕切り直し。

 しっかりと黒猫を抱いたワルツが頭を下げた。

「改めて挨拶させていただく。私はメラニア様付きの宮廷魔導師ワルツ。疾風の魔女とも呼ばれている」
「本官はこの森の管理を任されているプーウォルトである。ところで、貴殿はいかにしてこの森に入った?」

 プーウォルトは警戒心を隠そうともせずワルツを鋭く睨みつけた。

 その隣に座るシーサイドダックも目つきが八割増しで凶悪だ。

 さらにシャルロット姫の傍らに控えるリアさんまで表情が険しい。

 これは……ワルツはめっちゃ歓迎されてないぞ。

 質問への返答がなかったからかプーウォルトが語調を強めた。

「この森はアルガーダ王国北東部にあり特別な王家直轄領として厳重な結界の中にある。その出入りは厳しく制限されており許可無き者は入ってこれぬはずだ。それなのに貴殿は何故入って来れた?」
「それは」

 嫌がる黒猫を無視しながらワルツがもふりまくる。

「それは?」
「メラニア様のお導きのお陰だ」

 身を乗り出して訊いたプーウォルトにワルツが答えた。

 その手は黒猫のもふもふを堪能している。どうやら止める気はないようだ。

 そして、それに対抗するかのようにポゥを抱っこし優しくもふっているイアナ嬢。

「くっ、あたしでさえまだちゃんとダニーさんをもふれてないのに……で、でもポゥちゃんの方がもふもふしているものっ。ダニーさんが現れる前からポゥちゃんは真のもふもふ担当でもふもふのもふもふなんだからっ」
「……」

 イアナ嬢。

 別にポゥはもふもふのために一緒にいるんじゃないぞ。

 つーか何だその真のもふもふ担当って。

 俺は声に出してつっこみたいのをぐっと堪えた。

「メラニアおねいしゃんのお導きって?」

 シャルロット姫がこてんと首を傾げる。

 おおっ、頭の上に疑問符が並んで居るぞ。

 ワルツが答えた。

「殿下、メラニア様は世界の意思(ウィル)に選ばれし真なる聖女なのです。そこにいる紛い物とは違い正しき運命(シナリオ)を見通す力を持っています。そのメラニア様がこのランドの森に災厄が復活すると予言されました」
「しゃいやく?」

 シャルロット姫の頭上に疑問符が増えた。

「まあ確かにあいつは災厄だな」

 シーサイドダック。

「ふむ。運命(シナリオ)を見通す力か。まるでイチノジョウのようだな。そんな存在がそうそう現れるとは思えぬがラ・プンツェルの封印が解けたことを考えるとあながち嘘という訳でもない……のか?」

 プーウォルトはどうやら納得しかけているようだ。

「へぇ、あの女がそんなこと言ってたんだ。なーんか嘘くさいわよねぇ。まあ別に聖女云々はどうでもいいんだけどあの女にそんな力があるなんてとても信じられないわぁ」

 イアナ嬢がむっちゃ感じの悪い女になってる。

 あ、こいつメラニアが必要以上に評価が高くなりそうだからって焦ってるな。

 メラニア大っ嫌いだもんなぁ。

「いっそ彼女が直接ここに来て災厄を何とかしてくれれば良かったんじゃないかな? 真の聖女なんでしょ?」

 シュナも感じ悪くなってる。

 うん、こいつもメラニアが嫌いだもんな。

 次代の聖女と勇者の態度が悪いのを見てワルツの顔に怒りが……なかった。

 一切の怒りを感じさせず、むしろまだ黒猫を手に入れた喜びに……いやいや、まだ黒猫はこいつの物になってないぞ。ただ単に捕まえているだけじゃないか。

 というか、黒猫の実力ならワルツなんて簡単に振り払えるんじゃないのか?

 それなのに何故そうしない?

「ニャー(くっ、弱体化なんてしてなければ……それにこいつ、魔力で俺を抑えてやがる。あとこのもふりテクニックはやばい。やば過ぎる。ただでなくても気合いが入らないのにどんどん気が抜けていくっ。あっ、らめぇ)」
「……」

 どうやらいろいろと黒猫にとって不利な要素が重なっているようだ。

 やむなし。

「わぁ、ダニーさん陥落しかけてる」
「あの魔女、恐ろしい子」

 ジューク、ニジュウ。

 おかしい、二人がさして慌てている様子も恐がっている様子もないようにしか見えないのだが。

 あれ、言葉だけだと焦ってたり恐がっていたりしているはずなんだけどなぁ。

「ポゥ」
「……」

 ポゥが何だか「やれやれ」と肩をすくめているように見えたのだが……俺、疲れてるのかな?


 *


「まあ、ともかくだ」

 場がすっかりぐだぐだになってしまったがそんな雰囲気とは無関係にワルツが宣言した。

「私がここに来たのは災厄を未然に防ぐためだ。いや、別に君たちの協力は期待してないよ」
「……え?」

 シーサイドダックが目を丸くした。

「おめーウチらの力を借りずに戦う気か?」
「戦う、か。なるほどなるほど」

 ワルツが自分の顎ではなく黒猫の喉を撫でた。

 ゴロゴロと黒猫が喉を鳴らす。

 その直後すっげえ恥ずかしそうにしてやがんの。

 所詮は猫だな、ぷぷっ。

 とか内心笑ってたら黒猫に睨まれた。何故バレた。

「ニャッ(ちっ、マジで本来の力さえ出せればこんな女なんかに)」

 黒猫がぶちぶち言ってるがワルツはにこやかなままだ。絶対聞こえているはずなんだがなぁ。

 とか俺が思っていると黒猫が髭をピンとさせた。

 ニャーニャー騒ぎながらワルツの腕の中でじたばたしだす。

「おや、さっきより抵抗が酷くなってるね。どうしたんだいマイ使い魔くん」
「ニャーッ!(おい、この感じはやばいぞっ、これは洒落にならねぇくらいやばいっ!)」
「わわっ」

 暴れる黒猫の尻尾がワルツの顔面に当たり、驚いた彼女は黒猫を逃がしてしまう。

 素早くワルツから……いや、ワルツどころかテーブルからも離れた黒猫が俺たちに叫んだ。

「ニャー!(早くそこから離れろっ!)」

 次の瞬間、空から降ってきた一筋の光がワルツを貫いた。
 
 
 
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