第47話 俺はこいつらと戦いたくない

文字数 3,139文字

「悪魔だな」
「悪魔だね」

 モスとウェンディがうなずき合う。

 それに呼応するようにサックがシルクハットを脱いで挨拶した。

「これはこれは精霊王の二柱。お目にかかれて光栄至極」

 上機嫌で芝居がかったように頭を下げるサック。

 というか、悪魔?

「どういうことだ?」

 俺が尋ねるとモスが答えた。

「言葉通りだ」
「はっはっは、ジェイは察しが悪いねぇ」

 嘲うようにサックが笑った。

「シルクハットの悪魔、もしくは魅惑の悪魔サックとはおいらのことだよぉ」
「……」

 いや、そんな二つ名なんて知らんのだが。

 ひょっとして最近になってから王都で頭角を現したとかか?

 それなら俺が知らなくても仕方ないのだが。何せ二年も王都から離れているからな。

 有名どころは大抵王都から名前が広まっていくものだ。少なくともこの国の冒険者はそういうものだと俺は親父から教わったぞ。

「いや、そうではない」

 モスが訂正した。

「そういう二つ名的なことではなく、単純に悪魔だと言ったのだ」
「そうそう」

 ウェンディ。

「悪魔だよね? しかも名前も偽ってるよね?」
「……」

 俺はサックを見た。

 彼は笑顔だ。それがかえって不気味なほどに笑顔だった。

「ありゃあ、やっぱり精霊王は凄いねえ。ごまかせないかぁ」
「……」

 えーと。

 俺は目を瞬いた。

 つまり、こいつって人間ではないと?

 悪魔?

 でもこいつ冒険者ギルドで会ったときにAランク冒険者だとか言ってたよな?

 いやまあ悪魔なら化けたり嘘をついたりするんだろうけど。

 え?

 そんな感じ、微塵もしなかったよ?

 俺が動揺しまくっているとサックの笑顔が消えた。

 つまらなそうに。

「ま、ばれたんならしょうがない。君たち、出番だぞぉ」

 サックが右手を挙げると彼の後ろに控えていたゴートヘッドが前に出た。

 その目は全員赤く怪しく光っている。

「なるほど、ゴートヘッドたちならこの場所を知っている。操って道案内させたか」
「ついでに森の中を彷徨っていた冒険者たちを引っかけて来たんだね」
「悪魔なら精神操作くらい造作もないからな。おまけに魔法で強化もしている」
「でもねぇ、やっぱり自我を失うレベルで操っちゃうと戦い方も雑になるんだよね。その結果平気で味方も巻き添えにするような魔法も撃っちゃう。やってることの程度低いよね」
「ま、所詮悪魔だしな」
「だよねぇ」

 モスとウェンディの評価が酷い。

 でも解説ありがとう。

 悪口を言われたサックだが特に気にした様子はなかった。

 彼は口許を緩めて目を細める。これから楽しい遊びをするかのように愉快げに命じた。

「やれ」

 ゴートヘッドたちが一斉に地を蹴った。

 と、突然全ての動きが止まった。

 空中で静止したゴートヘッドたち、嘲るような表情のサック、俺も動けないので視界の外のモスたちがどうなっているかはわからない。だが、きっと止まっているはずだ。

 そして、あの中性的な声。このタイミングで来るか。


 大地の精霊王モスにより緊急クエストバトルが提示されました。

 女神プログラムにより緊急クエストバトル・魅惑の悪魔コサック(第一段階)戦を開始します。

 勝利条件 コサック(第一段階)の撃退。

 なお、ゴートヘッドへの対処の内容によってクリアボーナスが変化します。ご注意ください。。


「……」

 何やら目の前に数字が現れてカウントダウンしているのだが。

 これ、0になるとバトル開始か?

 あと、いろいろつっこみたいのだがとりあえず一つ。

 サック(のことだよな?)の名前が魅惑の悪魔コサック(第一段階)になっているのだが。

 おい、第一段階って何だ第一段階って。

 めっちゃ不穏だろうが。

 第一段階があるってことは第二段階もあるってことだよな? ひょっとしたら第三段階とかもあるのか?

 じゃなくて!

 コサック?

 おい、てことはこいつあのコサックか?

 ランバダの仲間のコサックなのか?

 だとしたら……。

 目の前の数字が0になる。

 世界が動き出した。

 ゴートヘッドたちが襲ってくる。

 だが、俺は彼らを相手にしなかった。

 ゴートヘッドたちの攻撃を躱しながら腕輪に魔力を流す。

 サックに狙いをつけてマジックパンチをぶっ放した。

 轟音を響かせて左拳がサックに飛んで行く。

 ゴートヘッドの一体が笛のような鳴き声を発した。

 瞬間、左拳のすぐ傍で爆発が生じる。軌道を変えられた左拳がサックの背後の大木に命中した。幹をへし折られた大木が他の樹木を巻き込みながら倒れていく。

 ニヤリ。

 サックが挑発的な笑みを浮かべた。

「……」

 こ、こいつ。

 俺は左右から突き込まれたゴートヘッドの頭突きをバックステップで回避した。彼らの頭部には先端の鋭い角が生えている。あんなものを食らったらひとたまりもないだろう。

 俺が退いた位置で魔力が反応した。

 咄嗟に周囲に結界を展開する。無詠唱でなければ間に合わない危うさだ。

 三連続の爆発が間近で発生した。視界が爆炎で塞がる。

 俺は結界を維持しつつマジックパンチのための魔力量を増やした。マジックパンチはその熟練度と消費魔力によって威力が違ってくる。今度はゴートヘッドの爆発魔法に負けないようにしなくては。

 俺の中で「それ」が囁く。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 サックはやりすぎた。

 いくらクースー草を狙っているとしてもこんなやり方は駄目だ。冒険者たちやゴートヘッドたちを操るなんて言語道断だぞ。

 それともあれか?

 クースー草を狙うふりをしながらイアナ嬢を狙っているのか?

 いや、それならチャンスは他にもあったはずだ。俺たちはサックがランバダの仲間だと気づいていなかったんだからな。殺す機会はあっただろう。 でも、そうしなかった。

 何故?

 爆炎が晴れる。

 俺は結界を解いてすぐ傍まで肉迫してきたゴートヘッドの体当たりを避けた。跳躍して距離をとりながら左拳を構える。

 俺はゴートヘッドたちと戦いたくない。

 イチたちと戦わなくてはならない理由なんてなかったのだ。

 それなのに……。

 体の奥から「それ」の声が聞こえてくる。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 モスとウェンディはサックのことを悪魔と呼んだ。

 悪魔、か。

 それなら遠慮は要らないな。

 腕輪に回す魔力が最大を超える。

 俺は気合いを込めながら叫んだ。

「ウダァッ!」

 発射する刹那、左拳が眩しく輝いた。その光の強さに目を瞑ってしまう。

 拳が発射された。

「ぐばぁっ!」

 サックの絶叫。やったか?

 イアナ嬢の悲鳴。

「ジェイっ!」

 え、俺?

 胸と腹にとてつもない衝撃があった。

 いくつか鳴った音は骨が砕けた音だ。それと肉が抉られた音。。少し遅れて堪え難い激痛。あ、これはやばい。

 二体のゴートヘッドが俺の胸と腹に突きと蹴りを放っていた。胸が突きで腹が蹴りだ。

 俺は膝から崩れた。

 普通ならこれで終わりなのかもしれない。こんな状態では八体のゴートヘッドに勝てるはずもないだろう。

 だが、俺は。

 身体の中の声が大きくなる。

 怒れ!

 怒れ!

 怒れ!全身に力が漲っていく。

 それと同時に俺の意識が薄れていく。

 これは、駄目だ。

 まだ俺はそれを許していない。

 その時ではない。

 俺は叫んだ。

「イアナ嬢、イチたちを守れっ!」
「え、ええっ?」

 戸惑いながらもイアナ嬢が呪文の詠唱をし始める。良かった。たぶん彼女の結界でなければイチたちは全滅してしまうかもしれない。

 とはいえ、俺もこのまま狂戦士になるつもりはないがな。

 さて。

 俺はありったけの意思を総動員して「それ」に抵抗した。

 視界の端では上半身を吹き飛ばされたサックが再生しかけている。

 ワォ、確かにこれは人間じゃないな。

 うーむ、悪魔かぁ。

 おっと、それどころじゃないか。

 そんなことを思いながら俺の意識は闇に沈んだ。
 
 
 
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