第106話 俺の名前は出ず

文字数 4,152文字

「なあ」

 俺は上空を飛んでいる双頭の魔猿エンエンを警戒しながらイアナ嬢に尋ねた。

「俺の他に誰か現れなかったか?」
「誰も現れなかったわよ」

 エンエンを睨みながらイアナ嬢が応える。

「ポゥ」

 ポゥが再び光の粒子を撒いた。

 今度は広範囲。その分濃度が薄いのか光の消える勢いが早い。

 イアナ嬢がすかさずクイックアンドデッドを発動した。

 二つの光が空に煌めくがエンエンに当たらない。円盤は二枚とも外れたようだ。

「本当に下手クソねぇ」

 ラキアの呆れ声。

 それには同意したくなるが彼女の成長もわかるので声には出さない。

 俺は自分の収納を確認した。銀玉に反応あり。

 これはいけるか?

 だが、魔力増幅の光は俺のアクションを待たずに消えてしまった。これではサウザンドナックルを使えない。

 短期間に連続で光の粒子を撒けないらしく、俺たちのまわりを飛びながらポゥが申し訳なさそうにポゥポゥ鳴いた。

 まあそれも仕方ない。

 ポゥだって魔力吸いの大森林の影響を受けているはずだからな。無理はできまい。

 とか思っているとエンエンの左側の頭が「キキー」と喚いた。

 エンエンの周囲に光の矢が出現する。その数四本。

「何よあいつ、一度に一本ずつしか撃てないんじゃなかったの?」

 どうやらこれまでは単発のみの攻撃だったようだ。

 イアナ嬢が文句を言っているうちに四本の光の矢が放たれる。

 俺たちは二手に分かれて回避した。

 向こうも俺たちに命中しないからかヒステリックな叫びを発している。何やら右側がやたらうるさいのだが。

 どうも攻撃を当てられない左側を責めている様子。左側がペコペコしてるよ。おいおい。

「……」

 ん?

 もしかして左右の頭で攻撃と回復を分担してるのか? いや、そんな気はしていたんだが。

「あいつ左右で攻撃と回復を分担してるよな?」

 確認する俺にラキアが答える。

「あーら、よくわかったわねぇ。さっすがジェイ」
「だからあたしは右側を先に潰そうとしてるのよ」

 イアナ嬢。

「なのに全然当たらないし。他の部位にダメージ与えてもすぐ回復されちゃうし、本当にイライラするわッ!」
「……」

 マジか。

 あれ、右側の頭だけを狙ってたのかよ。

 駄目だ、こいつやっぱ上達してねぇ。アテにしてるとこっちがやられちまう。

 俺が何とかしないと。

 俺は収納から銀玉を取り出した。もうお馴染みになりそうな投擲攻撃です。

「ウダァッ!」

 ダーティワークを発現させた身体強化を活かし銀玉を投げつける。

 空中を移動するエンエンに軽々と避けられてしまった。だが、銀玉の速度はかなり速かったぞ。さすがステータス数値三倍。

 ミスリル製の銀玉を回収できそうにないが勝つためにはやむを得ない。いや、余裕があれば拾いに行くけど。

 という訳で次。

 俺は再度銀玉を投げた。今度はもうちょい敵の進行方向を意識しつつ。

 学習しないとね。

「ウダァッ!」

 銀玉がエンエンの右足の先を擦る。大したダメージに繋がらなかったようでエンエンの悲鳴とかはない。

 あ、右側が回復を使いやがった。

 ダメージの蓄積もそんなにないだろうに……あれか、ちょっとの傷でも気になるタイプか。

 それにしたってあいつ自身も魔力を消費しているんじゃないのか? そんな頻繁に回復していてそのうちガス欠になったりしないのか?

 あ、ガス欠ってのもお嬢様から教わりました。

 完全回復したエンエンがテンション高めに笑う。

 相変わらず右側がどやっててムカつく。

 俺は右側の頭に銀玉をぶつけようとしたがギリギリで躱された。反撃とばかりに左側が光の矢を作って飛ばしてくる。

 俺もそれを回避すると銀玉で応戦した。こちらは右肩に命中。

 よしもうちょい、と思ったのも束の間、右側が回復を行使した。

 ふりだしに戻る。

「……」
「ね、わかったでしょ? あいつムカつくのよ」

 そうだな。

 俺はエンエンのいる高度を目測した。

 魔力吸いの大森林の影響で俺たちはかなりの制約を受けている。

 結界魔法などの体外で魔力を作用させるものは森に魔力を吸われてしまうのでよほど強い魔力を用いなければ発動させるのも難しい。仮に発動できたにしても速攻で行うのは不可能だ。どうしても必要量の魔力を作用させるのに時間がかかる。

 ザワワ湖でレイクガーディアンと戦った時のように結界で足場を作って空中移動したりはできないのだ。

 それなら飛翔の能力はどうかと言うと、そちらもちょいと具合が悪い。

 俺の飛翔の能力は確かに魔法ではなく能力なのだが、体外で魔力を作用させて飛ぶため森の影響から逃れられない。つーか飛べていたらとっくにイアナ嬢たちと合流できていただろう。

 ウマイボー(ハイパーハバネロ味)でステータスの数値を三倍にしてもこの状況を打破できないのだ。魔力吸いの大森林恐るべし。

 ポゥの魔力増幅の力に頼るしかないのが辛いな。

 エンエンが光の矢を撃ってくる。

 俺とイアナ嬢はあっさりと避けられたが光の矢の一本がポゥの真横に落ちた。もう少し右にずれていたら当たっていたかもしれない。

 ポゥが物凄い速さでラキアの背後に回った。

 あちらは何故か安全地帯である。エンエンもラキアには攻撃しようとしないし。いやマジで理由がわからん。

 あれか、自分より強者だって本能的に察しているのか?

「うふふ、ポゥちゃんったらアタシの陰に隠れても無駄よぉ。一応ここもフィールドの内側なんだからん」
「ポゥ」
「ええっ、アタシに戦えって言うの? 嫌だわぁ、アタシみたいなか弱いドラゴンは先頭なんて危ないことできないわよん」
「……」

 ラキア。

 お前、今さらっと自分の正体バラしてるぞ。

 て。

「あーうんうん、ラキアさんに先頭はできないわよね。だってただの商人だし」
「イアナ嬢?」
「もちろん一緒にいるから戦いに巻き込んじゃってるけど。それでも一応配慮はしているのよ。こうやってできるだけ距離をとったりしてるし」
「……」

 え。

 こいつ、ラキアのぶっちゃけを聞いてない?

 あ、あれ?

「ジェイ、世の中にはご都合主義とか認識阻害って言葉があるのよん。おわかり?」
「……」

 いやそれはどうなんだ?

 俺としても余計な面倒事を避けられるにこしたことはないが、それでいいのか世の中。

 などとやっていると上空でこれまでにない大きさの鳴き声がした。もちろんエンエンの声である。

 天の声がした。


 規定の戦闘時間を超過しました。

 以降、双頭の魔猿エンエンが凶暴化しパワーアップします。ご注意ください。


「おいおい、それはないだろ」

 あまりのことについつっこんでしまう。

 エンエンが雄叫びとともに全身から赤い光を放って五倍くらいのサイズに巨大化した。

 心なしか左右の頭の顔つきまで凶悪になっているような……あれ、幼児が見たら泣くぞ。それもわんわん泣く。

 爪の長さも伸びてちょっとした剣のようだ。両肩から胸までの体毛が硬質化したのか鎧みたいになっている。

 尻尾には何やら筒のような物が付いているのだがあれも体毛とかが変異したのか?

 て、思ってたら尻尾の先がこちらに向いた。

 ほわりと発光。あ、何かやばい。

 俺は横に跳んだ。

 尻尾の先で収束した光が発射される。

 まっすぐに伸びた光線が俺のいた位置を抉った。すげぇ裂け目ができてやがんの。シューシューって変な音をさせながら白い煙まで吹いてるし。

 地面が溶けて中で沸騰してるのか?

 てか、おい。

 あれ完全に森の影響無視してるだろ。

「てめぇふざけんなッ! 森の影響はどうした?」

 キーキー言ってエンエンが返してくるが何を言っているかわからん。人間の言葉で話しやがれ。

 左側の頭が光の矢を量産する。

 て、待て。

 ありゃ、百本はあるぞ。そんなもん避けきれるか!

「ポゥ!」
「ポゥポゥッ!」

 俺が名を呼ぶと意図を察したのかポゥが広範囲に光の粒子を撒いた。これだと長く持たないが構わん。

 光の矢が雨のように降ってくる。

 俺は収納の銀玉を確認した。

 よし、動く。やれるぞ。

「サウザンドナックルッ!」

 俺の収納に収められた銀玉たちが一斉に飛び出してくる。

 銀色に輝く光のシャワーだ。まあ下から上という逆向きだが。


 ウダダダダダダダダ……ウダァッ!


 銀玉は降ってくる光の矢を全て迎撃した。

 光の矢にぶち当たった銀玉が相殺されるように消滅する。足りないとこちらが危険なので過剰なのを承知で収納から射出したのだが多すぎただろうか。

 サウザンドナックルは最大1000個までの銀玉を同時に遠隔操作できる。現在はいくつか1000個に足りないがそれは後で補えばいい。

 俺が光の矢の雨を防いだからか、エンエンが信じられないといったふうに驚いている。

 斬。

 光の斬撃がエンエンの右側の頭を捉える。

 イアナ嬢のクイックアンドデッドだ。

 切断された右側の頭が驚愕の顔のまま首から離れ落ちる。

 返す刀のように光が左側の頭にも襲いかかった。

 しかし、そちらは側頭部を掠めつつ左翼を切り落として終わる。惜しい。

 回復手段を失ったエンエンはもうふらふらだ。この分だとじきに墜落するだろう。

 今なら簡単にサウザンドナックルでとどめを刺せそうなのだが残念なことに光の粒子が消えた。

 コントロールを失った銀玉が全部落ちてくる。あっ、やべっ。

 俺はダッシュでイアナ嬢の下に行き拳のラッシュで銀玉をガードした。収納で個々の銀玉を回収している余裕はない。

 イアナ嬢も結界で身を守ろうとしたがやはり森の影響もあって間に合わなかったようだ。クイックアンドデッドを発動させていたしタイミングも悪かったのかもしれない。

 ポゥとラキアはというと……あ、やっぱ無事か。

 片手を軽く振った風圧だけで銀玉に対処したらしい。さすが古代紫竜。化け物だね。

 片翼だけではやはり飛べないのかエンエンが落ちた。自重も関係したかもしれない。巨大化なんかするからだ。

 落下の衝撃で土煙が立ち激しく地面を揺らす。あーあ、石塚の前にクレーターができちゃったよ。規模は小さめだけどね。

 天の声。


 お知らせします。

 魔力吸いの大森林エリア・ポッカリ石塚にて双頭の魔猿エンエンが次代の聖女イアナ・グランデによって討伐されました。

 なお、この情報は一部秘匿されます。

 この天の声の討伐報告に俺の名はなかった。
 
 
 
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