第194話 俺たちに「指名依頼」という名の王命が下る

文字数 3,182文字

 引き続き、冒険者ギルドに併設された酒場。


 指輪の購入を断られてガッカリしているシュナヲ俺がため息混じりに見ていると横からぬっと大きな影が差した。

「よぉ、どうした? 何だかシケた顔してやがるな」

 見事なまでに禿げた頭の大男がいた。

 ウィッグ・ハーゲン。ここノーゼアの街の冒険者ギルドのギルドマスターだ。

 その顔は凶悪そうでどこかの盗賊団の首領だと言っても通じそうだ。と、いうか盗賊団どころか裏社会のボスって自称されたとしても俺は信じるぞ。

「あ、ギルドマスター」

 シュナが振り向いて声を上げた。

 俺を指差す。

「ギルドマスター、訊いてよ。ジェイってば酷いんだよ」
「ほぉ?」

 ギルドマスターが眉をピクリとさせて俺を見た。その顔が八割増しに凶悪になる。ひょっとしたらニヤついたのかもしれないが顔が恐いので何とも言えない。

「おいハミルトン、勇者をいじめるなんて随分と偉くなったもんだなぁ。あれか? 王族からランク昇格の推薦をして貰ったからって調子に乗ってんのか?」
「いや別に偉くもなってませんし調子にも乗ってませんよ。そもそもいじめてもいないし……て、王族からランク昇格の推薦っ?」

 つい声が裏返っちゃったよ。

 え?

 王族からって、どゆこと?

「まあ第三王女のための特効薬の素材を採取していち早く届けたんだからな、そんくらいの感謝はされるだろうよ。あれだぞ、お前さんと元次代の聖女様のギルド口座にとんでもない額の謝礼金(*クエスト報酬とは別)が振り込まれているぞ」
「……」

 すぐに言葉が出なかった。

 と、同時に俺の中でモヤモヤしていた何かが少し薄れたような気がした。

 それと何故か女神のように微笑むメラニアの顔が頭に浮かんだ。理由は不明。

 不思議とムカつきは覚えなかった。それがお嬢様に対する裏切りをしてしまったように思えてちょい凹む。

 ただ、どうにか顔には出さぬように努めることはできた。

「近々お前さんと元次代の聖女様のランク昇格が正式に通達される。二人ともランクAだ。そしたらお前さんたちのパーティーはマジモンのAランクパーティーになる。いやぁ、俺も自分のとこの冒険者が立派になってくれて嬉しいぜ」

 ハゲ、いやウィッグ・ハーゲンギルドマスターがガハハと笑いながら俺の肩を叩いてくる。バンバンと遠慮の欠片もない馬鹿力で叩かれてめっちゃ痛い。これ、身体の弱い奴なら大怪我するぞ。

「……」

 てか、そうか。

 ランクAか。

 どうしたもんかなぁ。

 正直すげぇ迷惑だった。

 ランクが上がればそれだけクエストの難易度も上がってくる。つまり容易には終わらないクエストが待ち受けているってことだ。拘束時間は長くなるだろう。

 短期ならまだしも長期の護衛任務のクエストなんかをやる羽目になったらさらに身動きが取れなくなる。

 下手すれば何週間もノーゼアから離れなくてはならなくなる。あるいは数ヶ月ってことにもなりかねないかもしれない。

 俺はいつでもお嬢様を守れるようにと時間に自由の利く職業として冒険者の職を選んでいた。

 だから、豚みたいな貴族や金持ちの商人に振り回されて何日もお嬢様から離れるなんて御免だ(こういう護衛任務のクエストを依頼してくるのは貴族や金持ちの商人てのが相場だったりする)。

 そうだ、ランク昇格は辞退しよう。

 うん、それが良い。俺はお嬢様のための自由な冒険者でいいんだ。ランクなんぞどうでもいい。

「おい」

 ギルドマスターのごつい手が俺の頭を掴んだ。

「お前さん、王族の顔に泥を塗るような真似はしねぇよな? ああん?」
「……」

 凄いな。

 こいつ俺を威嚇しやがった。

 以前ならまだしも成長してちょっとだけ常人離れした強さを手に入れた俺を威嚇できるとは……なかなかに侮れないな、このハゲは。

 とか余裕こいてたら万力のような握力で頭を掴んできた。

 お嬢様が前に教えてくれた「アイアンクロー」って技だ。このはげ何てことしやがる。

「ぐおぉっ、痛い痛い痛い痛い」
「もし仮にお前さんが王族を怒らせるなんてことをしやがったら……わかってるよな?」
「痛い痛い痛い痛い」

 俺はギルドマスターの手をどかそうと試みたがその手はびくともしない。

 畜生、何て馬鹿力だ。

「俺を嘗めんなよ。ただのごついだけの気の良いおっさんだと思ってたら死ぬぞ」
「……」

 ギリギリとギルドマスターのアイアンクローが俺の頭を締め付けていく。やばいくらい痛い。

 てか、これはもう握力云々じゃないな。

 何らかの能力かもしれない。つーかもう放してくれないとマジで頭が潰れそうだ。

「ランク昇格、受けるよな?」

 ギルドマスターが俺に顔を近づけて訊いてきた。

 何を食って来たのか知らんがむっちゃ息がニンニク臭い。これはこれで拷問だ。

 んでもって、おいシュナ。

 笑ってないでこのハゲを止めろ。

 あれか、俺が指輪を買わなかったからか。そんなに売りたかったのか?

 でも買わないからな。絶対にお断りだ。

 俺がシュナを睨んでいるとギルドマスターがまた訊いた。

「ランク昇格は受けるよな? お前さんの返事によっちゃここのギルドにも迷惑がかかるんだぜ? 俺自身の評価だって下がる。すげぇ迷惑だ。お前さんは他人に迷惑をかけるのを良しとできるのかい?」

 ギリギリギリギリッ!

「わ、わかった、わかりました。ランク昇格は受けます」

 堪らず俺は言った。

 ギルドマスターの口の端が緩む。でもその表情は犯罪だ。五歳児が見たらちびるぞ。

「ぷぷっ、え、えーともうその辺にした方が」
「そうだなぁ」

 やっとシュナが止めにかかってくれたが、おい。

 お前、笑いながら言ってんじゃねぇ。

 ギルドマスターも「仕方ねぇなぁ」みたいな口調で返すな。ムカつく。


 *


 やっとハゲ……じゃなくてギルドマスターの手から解放された。めっちゃ痛いがアイアンクローからは逃れられたのでひとまず安心だ。

 おのれ、いつかその禿げ頭に落書きしてやる。

 むっちゃ卑猥なこと書いてやる。それを見た女性職員全員から軽蔑されるがいい。ついでにお茶に雑巾の絞り汁でもこっそり入れられてしまえ。

 それはともかく。

 俺は痛む頭を撫でながら訊いた。

「で、俺たちに何の用ですか?」

 まさかランク昇格の話をするためだけに俺たちを探したりしないよな?

 ギルドマスターは食べかけになっていた焼き肉を一つ摘まむと口に放り込んだ。どこかの蛮族のようにむっしゃむっしゃと咀嚼する。

 ごっくん。

「一汗かいた後ならこれで十分美味いんだがなぁ。あ、バネッサ俺の分のエールをくれ」
「駄目ですよ。業務中は飲ませるなってサブマスターから言われてるんです」

 青髪の接客係に断られてギルドマスターが鼻を鳴らした。

 なお、サブマスターは二年前にライドナウ領から赴任してきた三十台半ばくらいの気難しそうな魔導師風の男だ。ライドナウ公爵家の使用人軍団にもそっくりな奴がいたけど……まあ追求はしない方がいいだろう。気にしない気にしない。

「……ったく、あいつはつまんねぇことしやがって。別に酒場で飲むんだから業務中だって構わねぇだろうに。俺がエールの一杯や二杯で酔うかっての」
「いや業務中は駄目だろ」
「お茶で我慢しようよ」

 愚痴るギルドマスター。

 つい素でつっこんでしまった俺。

 シュナ、このハゲがお茶で我慢できると思うか?

 半ば八つ当たりのようにギルドマスターが焼き肉をがばっと掴んだ。おいおいそれ一応俺とシュナで頼んだ奴だぞ。

 ま、まあどうしても食べたいって訳でもないが。シュナも俺の方に皿を押しつけたんだから食わないだろうし……たぶんだけど。

「ああ、そうだ」

 くっちゃくっちゃと山賊並みに品のない食い方をしてからギルドマスターが告げた。

「お前さんたち『聖なる意思(ホーリーウィル)』に指名依頼だ。実質フィリップ陛下からの王命なんだから断れるなんて思うなよ」
 
 
 
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