第78話 俺、こいつが元凶に見えてきた

文字数 3,210文字

≪《》≫ ふわふわと宙に浮いているケチャがにいっと笑っている。

 白髪に血色の悪い顔、それに緑色のローブ。

 両手で赤い魔石を持っていた。たまにピンク色に変色する何だかあからさまに普通じゃない魔石だ。

「お兄さん、ミスリルゴーレムを撃破したのは凄いけど素材パクるのはどうなの? それ本来は宮廷魔導師のだよ」
「いや、あれだ。魔物だって倒したらその倒した本人が毛皮なり肉なり牙なりを持ち帰る権利を得るだろ。それと一緒だ」
「ふーん」

 ケチャが含みのある相槌を打ち、それからさっきの問いかけなどもう興味もないといったふうに話を変えた。

「あのさ、悪魔はね、自分の核さえあれば何度でも復活するんだよ」
「?」
「だからね、はいこれあげる」

 ケチャが両手で持っていた魔石を差し出してきた。

「待て待て待てぇぇぇぇぇッ!」

 酷く慌てた様子でネンチャーク男爵がこちらに飛んで来るが空間から伸びたゲルズナーの爪が行く手を阻んだ。

「コサックが自分好みの負のエネルギーを放つ人間を煽ってより強い負のエネルギーを放つようにさせたりそのエネルギーを食べ飽きた後で眷属の悪魔をそいつとその兄に受肉させたりしたのはまあいいんだよ。そうやってこの世界を悪魔にとって良い環境にするのは楽しいからね。でも想定以上にその人間たちと悪魔の相性が良かったのはちょっとねぇ。同化し過ぎて元の人間の性質が色濃くなっちゃったよ」

「おい、俺様の核を返せッ! なーんでそれを持ってるんだ。誰にも見つからないように隠していたんだぞッ!」
「あーあ、嫌だね。コサックもよくもこんな品性のない奴らに眷属を受肉させたもんだ。ケチャ、がっかりだよ」
「ええっ、でもおいらちゃんとあいつらを受肉させる時に許しを得ていたんだよぉ。あの方だってモブだから放っておいていいって仰ってたしぃ。モブが何かは知らないけどさぁ」

 コサックが俺たちに近づいて言い訳しだした。

 てか、こいつ責任の一端どころかこいつのせいで今回のことが起こったんじゃないか?

 何だか元凶に見えてきたよ。

 俺がじと目で睨むとコサックが目を逸らした。おい。

「さらに悪いのは」

 と、ケチャがネンチャーク男爵を指差し。

「こいつがこの国の第三王女に呪毒を使ったこと。これ最悪だよ。どうしてそんな要らないことするかなぁ? いくら宰相になってふんぞり返っていたもう一人が庇ったって完全にアウトでしょ」
「あーうん、そだねぇ。お陰でおいら責任感じてクースー草を探しに行っちゃったよぉ。あの方も採取依頼を出したみたいだけどぉ」
「おいっ、俺様を放置するな……て、ぐわぁッ!」

 ネンチャーク男爵が文句を言うとさらに数本の爪が彼を取り囲んだ。ほとんど檻状態である。

 ケチャが続ける。

「それでも始末しなかったのはあの方の温情。マイムマイム様はかなりお冠だったけど。ただ、こいつら馬鹿だからそのあたり理解できなかったんだろうね」
「今夜の襲撃はまずかったかぁ。騎士団の詰め所を滅茶苦茶にしたすぐ後だしねぇ。しかも今夜は王城と離宮。うん、怒るよねぇ、やむなしぃ」
「でさ、こいつの兄である宰相に受肉したルンバとかいうクズの方は悪魔が宰相に取り憑いてこの国を害そうとしたってことでカール王子にやっつけてもらったから。あの方はそのサポートに回ってたよ。目的のエンディングのためにはそれが一番だとかでさ。ケチャ、目的のエンディングが何なのかよくわかんないけどね」
「ありゃあ」

 コサックが額に手を当てた。

「ルンバが殺られちゃったかぁ。まあ、仕方ないねぇ」
「うん」

 ケチャがうなずいた。

 そして、俺に向き直る。

「でさ、さっきも言ったけど悪魔は自分の核さえあれば何度でも復活できるの」
「あ、ああ、そうなのか」

 俺はケチャから受け取った魔石を見た。

 赤い色からピンク色へと代わり少しするとまた赤くなる奇妙な石だ。しかも、何となく持ってるだけで心がざわつくような気分になる。

 とはいえそんな気がするだけだろうが。

 俺、精神攻撃的なものは効かないし。

 とか思ってたら魔力が回復してきたよ。体温も上がったし。

 うわぁ、この魔石やばいじゃん。

 呪われてるんじゃね?

「それ、ジルバの核だから。あっ、ジルバっていうのはあのカスの名前ね」

 と、ケチャがネンチャーク男爵を再び指差す。

「この腐れガキ、俺様に気安く指差すんじゃねぇ。それにカスだと? 口の利き方も知らねぇのか? 俺様を誰だと思ってやがる」
「やれやれ、受肉した人間に影響されまくった悪魔は不憫だね。自分より位の高い悪魔すら見分けがつかなくなるだなんて。ケチャ、八つ裂きにしてあげたいくらい哀れに思えてきたよ」
「……」

 ケチャ、。

 哀れに思うなら八つ裂きは止めてやれよ。

 その感覚が怖いよ。

 さすが悪魔……悪魔なんだよな、こいつ。

 一応確認しておいた。

「お前も悪魔なんだよな?」
「そだよ」

 ケチャがあっさりと認めにたぁっと笑んだ。

「もしかしてお兄さん怖い?」
「まあ怖くないと言ったら嘘になるな」

 俺は首肯した。

「だが、前に会った時ほど脅威とは思ってないぞ」
「へぇ」

 何故かケチャが嬉しそうだ。

「それはあれ? 前より強くなってるから? お兄さんただでさえ君主級の悪魔に匹敵する強さだったのにさらにパワーアップしてるよね?」
「まあ強くはなってるな。ただ、それだけじゃない」
「うん?」

 ケチャが首を傾げた。

「お前、ここに戦うために来たんじゃないんだろ? 戦意がない奴にビビったりはしないぞ」
「……いいね、そういうのすごーくいい」

 笑みを広げたケチャが何度もうなずいた。

 コサックが少し不満そうに口を尖らせる。

「ちぇっ、いいなぁ。二人で仲良くしてるなんて羨ましい。おいらなんてジェイに攻撃されかかったのにぃ」
「それはお前が悪いからだ」

 俺は言った。

「コサックは胡散臭いからね」

 ケチャが追い打ちをかける。こいつも容赦ないな。

「……おいら、泣いてもいい?」
「だぁっ! お前らもう許さんぞぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 ネンチャーク男爵が喚き、激しくその身体を炎で包む。

 炎と一体化し、ゲルズナーの爪の檻からスルリと抜け出すと一直線に俺へと伸びて魔石を奪った。

「あっ」
「あらら」
「こりゃ、まずいねぇ」

 俺、ケチャ、コサックが揃って奪われた魔石を目で追う。

 俺たちから少し離れたところでネンチャーク男爵が元のローブ姿に戻った。

 その手にはもう魔石がない。

「ふはははは、お前らもうお終いだぞ。俺様は真の力を全力で食らわせてやるんだからなッ! 泣いたって許してやらないからなッ!」

 高笑いするネンチャーク男爵。

 しかし……。

 斬。

 大盾ほどのサイズの大円盤が背後から急襲し、ネンチャーク男爵の首を切り落とした。

 イアナ嬢だ。

 どうやらこいつもファストに新しい円盤を作ってもらったようだ。

 つーか、こいつ円盤の数を増やすんじゃなくサイズをデカくしやがったよ。

「あんたもううっさいんだから消えろっ! 二度と復活すんなっ」
「……」

 ところでイアナ嬢。

 その戦法、そろそろ見飽きたんだが。

 とか思っていたらこっちにも大円盤が飛んできたよ。危うく真っ二つにされるところだったよ。怖いよ。

 俺のいたあたりで急旋回すると大円盤はネンチャーク男爵の首の付け根を切断した。

「ぐばぁっ」

 ネンチャーク男爵が断末魔の悲鳴を上げ……なかった。

「ぎゃははははははははっ」

 ネンチャーク男爵の頭が宙に浮いたまま爆笑する。

 笑いながらネンチャーク男爵は斬られた部位を接合した。傷痕が嘘のように消えていく。

 ネンチャーク男爵の嘲笑がやけに耳障りだ。ムカつきでつい、拳に力が入ってしまう。

 空間から無数の火線が放たれイアナ嬢の大円盤が飲み込まれる。溶かすでも炭化させるでもなく炎は大円盤を消失させた。

「俺様が本気になればこの程度の武器なんて余裕で無に還せるんだよ。ふはははは、俺様無敵ぃぃぃぃぃッ!」
 
 
 
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