第86話 俺は闇の精霊王の加護を授かる

文字数 2,742文字

「さて」

 たっぷり俺に恐怖感を植えつけるとリアさんはシャルロット姫に言った。

「姫様、離宮からここまでの移動は大変だったのではありませんか?」
「別に大変ではありませんでしたよ」

 急に話題が変わってシャルロット姫が頭に疑問符を浮かべた。

「何でそんなこと訊くのでしゅか?」
「もちろん姫様のお身体を心配しているからです」

 にっこり。

「……」

 リアさんの笑顔が胡散臭い。

「ああいう時のあやつは大抵何かあるのじゃ」
「ポゥ」
「そうね。あたしたちはあくまでも関わらないようにしましょうね」

 ファスト、ポゥ、イアナ嬢。

 つーか、こいつら余計なコメントするくらいならリアさんを何とかしてくれよ。

「姫様、お疲れではありませんか? お疲れですよね? 私にはちゃんとわかってるんですよ」
「えっと、全然疲れてなんていないんでしゅけど」

 少しずつリアさんの圧が強まってくる。

 ああ、シャルロット姫が戸惑ってる戸惑ってる。

 というかなーんか魔力を感じるんですけど。

 あの人、何かしてる?

「大丈夫です。たとえ姫様がここで眠ってしまわれてもこの私が離宮までお運びいたしますので」
「えっ、でも私眠くにゃんて……」
「おやすみなさい」
「……」

 かくん、とシャルロット姫の頭が糸の切れた人形のように垂れた。

 すーすーと小さな寝息を立て始める。

 リアさんがこれこの上なく満足したようにうなずき、それから俺へと視線を向けた。

「ジェイさん」
「はい」

 思わず俺は姿勢を正してしまう。

 つーか身体が勝手に直立不動になるくらい怖いよ。

 実は闇の精霊王ではなく魔王だったというオチはないよな?

「この度は私の姫様を助けていただき本当にありがとうございました」

 シャルロット姫を片腕で抱いたままリアさんが深々と頭を下げる。

 何を言われるかと戦々恐々としていた俺は一瞬耳を疑った。

 てか、この人今何て言った?

 私の姫様?

 私の?

 俺がぽかんとしていたからだろう、リアさんは不満そうに唇を尖らせた。

「私が姫様以外に頭を下げるなんてそうそうないんですよ。それなのにその反応はないんじゃないですか?」
「仮にも侍女の真似事をしておるのにあの王女以外に頭を下げぬなどどれだけ尊大なんじゃ?」
「ポゥ」
「そうね。全員にペコペコしろとは言わないけど特定の相手にしか頭を下げないという姿勢は良くないわよね」

 ファスト、ポゥ、イアナ嬢。

 いやお前ら関わらないんじゃないのかよ。

 中途半端にコメントしてくるくらいならちゃんと相手しろよ。

 リアさんが深くため息をつく。

「お礼に闇の精霊結晶の在処を教えてあげようと思ったんですけど」
「闇の精霊結晶?」

 そういやモスが大地の精霊結晶を欲しければナザール丘陵に行けって言ってたな。

 今のところその予定はないが。

 めんどいし。

「ジェイさん、精霊結晶が欲しくないんですか?」

 リアさんが眉を顰める。

 おっと、もしかして俺顔に出てた?

 でも大地のも闇のも、ついでに風のも精霊結晶に興味ないんだよなぁ。

 それにただ行けば貰えるって訳でもないんだろうし。

「お主、風の精霊結晶も要らぬとか思っておらぬじゃろうな」
「ポゥ」
「そうね。水の精霊結晶の時にも新しい能力を得られたんだから他のもきっと凄いんでしょうね」

 ファスト、ポゥ、イアナ嬢。

 ……お前ら三人セット(?)でコメントしてくるのそろそろ止めない?

 とか俺が思っていると。

「精霊結晶は魔導師なら喉から手が出る程欲しがる物ですよ。一つあるだけでも膨大な力を得られるんです。それをどうして要らないとか思えるんですか」
「……」

 いやそんなこと言われても。

 俺、魔導師じゃないし。

「まあいいです。ちなみに闇の精霊結晶はアーデス領とオルトン領の領境にあるシュベルツェ渓谷の神秘の洞窟の最深部にあります。そこの守護者はなかなかに手強いはずですからジェイさんにも楽しめるはずですよ」
「神秘の洞窟!」

 イアナ嬢が食いついた。

「それって本当に存在していたんですか?」
「……」

 おや、イアナ嬢は知ってるのか。

 俺は初耳だな。

 シュベルツェ渓谷と言えばミステリーダンジョンが有名だ。噂によるとまだダンジョンの入口がはっきりしていないとか聞いたぞ。

 あのあたりはいつも霧が立ちこめていて探索も大して進んでいないんだとか。

「ジェイさんが何を考えているかわかりませんが」

 リアさん。

「神秘の洞窟とミステリーダンジョンは一緒ですよ。ウィル教の信徒は神秘の洞窟と呼んでいるみたいですね」
「で、そこはどのくらいの難易度なんだ」

 一応訊いてみた。

 今は行く予定がないけどこの先どうなるかわからないからな。知識として知っておいても損はないだろう。

「難易度ですか? そうですね、ネンチャーク男爵と戦った時よりちょっとだけ手間かもしれませんね」
「たぶん冒険者ギルドも同じだと思うけどウィル教の教会で定めた神秘の洞窟の難易度はランクAよ」

 イアナ嬢。

「毎年何人かの僧侶が修行のために向かっているのよ。ほとんどは入口を見つけられずに戻って来るんだけど」
「その人たちはそもそもの資格を持っていなかったんでしょうね」
「資格?」

 俺が尋ねるとリアさんがうなずいた。

「ええ、資格の有無で神秘の洞窟の入口を見せたり隠したりしています。あの霧は自然現象ではなく魔法的な物ですので」
「お主、アーワの森を探索したのじゃろ?」

 ファスト。

「あの森に迷いの魔法がかかっているようにシュベルツェ渓谷にも動揺の魔法がかかっておるのじゃ。あれをレジストしたり無効化したりするのはそこいらの人間にはまず不可能じゃな」
「……」

 わぁ、めんどい。

 ますます行く気が失せたよ。

 だが、俺のそんな気持ちなんて一切シカトしてリアさんは告げた。

「闇の加護を得ているか否かが資格の有無となります。ということでお二人には私から加護を授けておきますね」
「えっ、要らない……」

 と、俺が拒否ったのに。


 確認しました。

 闇の精霊王リアがジェイ・ハミルトンとイアナ・グランデに加護を授けました。

 これにより毎時5%魔力が回復します。

 なお、この情報は一部秘匿されます。


「……」

 もう何と言ったら良いのか。

 あーあ、イアナ嬢がすっげぇ嬉しそうにしているし。

 リアさん自身はアレだけど精霊王には違いないからなぁ。

 精霊王からの加護なんてそう簡単に得られるものじゃないだろうし。

 でもなあ。

 俺的には釈然としないんだよなぁ。

 つーか、要らない?

 後で面倒なことになっても困るし。てか面倒事に巻き込まれる予感しかしない。

「ジェイさん」

 リアさんの声が冷たい。

「もしかして、私の加護はご迷惑ですか?」
「……」

 俺、すげぇ睨まれてるんですけど。

 これ「はい」とか答えたら滅ぼされるんじゃね?
 
 
 
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