第96話 俺はニジューナナたちと戦う

文字数 3,850文字

 ニジューナナの持つ刀「ムラサメブレードのムラちゃん」によって発生した霧が彼女の姿を消した。

 白く塗り潰された視界の奥でニジューナナの嘲笑が響く。その声は妙に反響していてどこから聞こえるのか判別できなかった。

 明らかに普通ではない状況だ。

 まあ怪しげな刀が作った霧だ。何らかの効果があっても不思議ではない。

 俺は身構えながら神経を研ぎ澄ませた。

 集中、集中。

 ニジューナナの存在を捉えようと意識を集中する。だが、彼女の所在がどうしてもわからなかった。俺を嘲る笑い声が集中を乱しているのかもしれない。

 いや、それ以上に俺の探知や気配察知が役に立っていないのだろう。少なくとも探知はもう駄目だ。使い物になってない。

 打撃。

 斬るのではなく打撃が俺の右膝を襲う。その衝撃と痛みに俺は低く呻くが、どうにか小さく態勢を崩しただけにとどめることができた。

 軽い空気の音とともに今度は左膝を強打される。

 俺はすぐさま攻撃してきた方に拳を放つが当たらない。

 ちっ、めんどい。

 俺がそう毒づき拳の先を睨んでいるとそちらとは反対方向から声がした。

「あれれ? 凍ってない?」
「……」

 ん?

 何のことだ?

 そう疑問を抱きつつ声のした方をぶん殴る。

 しかし手応えはない。

 俺は再び身構えた。

 やっぱりめんどい。

 それに「凍ってない」とはどういうことだ?

 俺は適当にラッシュを放ち牽制する。

 連続でラッシュを繰り返していると耳元でニジューナナが囁いた。

「こっちだよ」

 俺がはっとするよりも早く右肩に衝撃が走る。こちらも打撃だ。

 俺が左拳で打ち込んだ位置にはもうニジューナナはいなかった。

 本当にめんどい。

 つーか、この霧どうにかならないか?

 ニジューナナの動きさえわかればこっちだってどうとでも反撃できるのに。

「……」

 俺はふとあることを思い出した。

 これ、いけるか?

 ニジューナナの剣撃が俺の左肩を打ち据える。

 斬ろうとすれば斬れる間合いのはずなのにニジューナナは斬るのではなく打つ攻撃を繰り返している。

 どういう狙いがあるのか……まあ俺を生け捕りにしろという命令があるから殺せないのだろうが、それにしてもこの攻撃には意味があるはずだ。

 でも、そんなのどうでもいいか。

 とにかくぶちのめす。

 それだけだ。

 俺は独りごちた。

「霧で見えないのなら」

 収納を発動してあたりの霧を全て回収する。

 一瞬で晴れた視界の端でニジューナナが余裕の笑みを浮かべて俺を狙っていた。

 それが驚きの表情に変じて動きが止まる。

 俺は一歩で距離を詰めて拳を叩き込んだ。

「ウダァッ!」

 慌ててニジューナナが刀でガードしてくるが俺の拳の方が速い。

 だが。

 ニジューナナの左頬を捉えかけた俺の拳が見えない膜に阻まれた。金属音のような音が響き、スパークが明滅する。

 俺はニジューナナから飛び退き彼女を睨みつけた。

 声。

「ニジューナナ、無事か?」
「ニジューク、助かった」
「あいつ危険。油断、駄目」

 ニジューナナの隣にニジュークが駆け寄って並ぶ。

 その手には杖。

 先端に赤い魔石が填まったいかにもな感じの杖だ。その魔石が妖しく赤く光る。

「賢者の杖のケンちゃん。達成値倍加でお願い」

 杖の魔石が了承するように明滅する。

 俺はいつでも反応できるよう気持ちを引き締めた。

 視界内ではニジュウが槍使いと攻防を繰り広げている。

 ジュークは距離をとりながらもう一人と睨み合ってるし、ファミマはふわふわと漂って戦況を見守っている。

「……」

 ん?

 黒猫は?

 と、ちょい首を横にするとへばってる黒猫がいた。ぐでーっとなってる。

 ファミマが黒猫に声をかけた。

「わぁ、ダニーさん寝てたら駄目でしょ。まだ僕ちゃんたち戦ってる最中なんだからねっ!」
「ニャ、ニャーニャー(この身体はすぐ疲れるんだよ。でなきゃ年のせいだな)」
「だから寝ないでってば。寝たらやばいんだって」
「ニャー(後は任せた)」
「ダニーさぁーんッ!」
「……」

 うん。

 見なかったことにして集中しようっと。

 そう決意しながらニジューナナの振るう刀を躱していく。

 杖を握るニジュークがぶつぶつとつぶやいているがひとまず放置。これ同時は無理。

 俺へと刀で突いてくるニジューナナが叫ぶ。

「凍れぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「……」

 俺はひょっとして、と思いつつ黒い光のグローブで受け止めた。

 すかさず収納を発動。

 ニジューナナの手から刀が消えた。おおっ、うまくいったぞ。

「なッ!」

 驚愕するニジューナナの顔に拳を放つ。今度は防げまい。

「ちっ」

 またも見えない膜に攻撃を阻まれる。

 俺は収納から銀玉を取り出した。

 サウザンドナックルは使えない。ニジューナナたちがいろいろやっているがそれはそれのようだ。俺の方は魔力吸いの影響のせいでオールレンジ攻撃を発動できなくなっている。

 ま、遠隔操作じゃなくてただの投擲アイテムとして用いればいいだけの話なんだけどな。

 ただ、これの欠点は投げた銀玉を後で回収しないといけないってことだ。何しろ俺専用に調整されたミスリル製の魔道具だからな。使い捨てにはできない。

 ……てことで。

 てめぇは寝てろッ!

「ウダァッ!」

 俺が投げつけた銀玉がニジュークにヒット。

 昏倒するニジュークとともにパリーンと何かが割れる音が響く。

「……」

 俺は無言でニジューナナに向き直った。

 防御を失ったと思しきニジューナナが顔を引きつらせる。

 そこにあるのは恐怖の色。

 俺はぐっと拳を握った。

 煽るように「それ」が囁く。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 俺は殴った。

 拳のラッシュだ。

「ウダダダダダダダダダダダダダダダダ……ウダァッ!」

 最後の一発を振り抜くように放つとズタボロになったニジューナナが後方に吹っ飛ぶ。

 動かなくなったのを目で確認すると俺はジュークと睨み合っているメイス使いへと足を向けた。

 走りながら収納から銀玉を取り出す。

 既に一発使っているのだし拾って回るのは面倒だが使っていくことにしよう。

 銀玉のダメージはそこいらの小石なんて比じゃないくらい強力だぞ。

 ま、まあ当たればだがな。

 思いっきり腕を振って投擲。

 銀玉が一直線に飛んでメイス使いに当たった。ワォ、これ案外いけるかも。

 調子こいてもう一個手にする。

 頭に銀玉を食らってぶっ倒れていたメイス使いがゆっくりと起き上がった。

 こいつ、しぶといな。

 ぶつぶつとメイス使いが何か唱えるとメイスが赤々と輝きだす。

 俺の耳元で声がした。

「ニジューハチの持つメイスも特別製よ。あの子を怒らせたあなたの負けね」
「……」

 この声、すぐ近くから聞こえるのだがどうして声の主はいないんだ?

 立ち止まってまわりを見るがやはり誰か増えた様子はない。

 まあたぶんニジューナナたちの仲間なんだろうが、見えないってのは気味が悪いな。

「ジュークより大人、ずるい奴許さないッ!」

 俺が次の投擲をする前にジュークが万能銃で発砲した。

 銃口から放たれた何かがニジューハチを襲うがひとりでにメイスがそれを防ぐ。

 メイス自身が生き物のようにニジューハチとは無関係に動いた……そう、俺には見えた。

「あれは自立型ウェポンでスピリチュアルメイスのスピーちゃん。散々実験した甲斐があったわ。でも他の武器も調整と追加のデータが必要ね。また実験しないと」
「……」

 実験、実験て。

 この声、もしやこいつがマリコー・ギロックか?

 訊いてみた。

「あんた、マリコー・ギロックか?」
「正解」
「……」

 何だか嬉しそうに返されちゃったよ。

「なあ、声だけ聞こえるんだがあんたはどこにいる? 姿を見せてくれよ」

 見せた瞬間銀玉で仕留めてやるけどな。

「ふふっ、それはお断りするわ」
「そいつは残念だ」
「そもそも私そこにいないのよ。でも、こうして私にはあなたのことが見えるし声も聞こえる。あなたは私の声が聞こえるのよね? この実験は成功だわ」
「……」

 いろいろ話を聞いた推測ではあるんだが、俺はマリコーがぶっ飛んだやばい加害者女というイメージを抱いていた。

 でも、今話している相手からはそんなにやばさは感じられない。

 何というか、普通だ。ただの実験好きな女としか思えない。

「ところで、あなた私のラボに来ない? その拳を包んでいる黒い光も興味あるし面白そうな実験も思いついちゃったのよね。もし来てくれるなら歓迎するわよ」
「面白そうな実験?」

 何だか嫌な予感しかしない。

「うふふ、雷発生装置の中でどれくらい耐えられるかとか圧力発生装置の中でどれくらい耐えられるかとか真空発生装置の中でどれくらい耐えられるかとか、でなければその黒い光のある状態でのあなたの拳の沸点と融点が何度かとか……ああ、様々な実験が楽しめそうでわくわくしてきたわ」
「……」

 前言撤回。こいつ、やばい奴だ。

 いや、やばいとかのレベルじゃないな。

 こいつに捕まったら何をされるかわかったもんじゃないぞ。

 ふふふ、と笑い声を漏らしてマリコーが付け加えた。

「ちなみにこの会話をしている間に次の実験の準備も完了したのよねぇ」
「!」
「それじゃ、ラボで会いましょう」

 ブツッと音がしてそれきりマリコーの声がしなくなった。

 次の実験って何だ?

 俺は警戒を強めながらメイス使いへと近づく。ある程度傍にいないと収納できないからな。

 あのメイスがどんな物であれ、奪ってしまえば脅威にはなるまい。

 さっさとメイス使いを片づけてニジュウの援護に向かうぞ。

 そう思っていると足下に青白い文様が浮かんだ。
 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み