第203話 俺たちはイベント戦闘とやらをこなす(こなしているのか?)

文字数 5,421文字

 天の声のアナウンスが終わるのと同時に宿屋の主人によってアリス・カセイダーの宿泊する部屋のドアが開かれた。

「!」

 咄嗟に俺はドアを開けた宿屋の主人を突き飛ばす。派手に転んだ宿屋の主人が床に頭をぶつけて気絶してしまったが気にしない。攻撃を食らうよりはマシなはずだ。

 誰もいなくなった空間に数発の黒い光球が放たれた。それらは直線上の壁に命中し激しく衝撃音を響かせる。

 だが壁に何一つ破壊の跡はない。

「……」

 見せかけだけの攻撃……とは思えなかった。

 シュナが前傾姿勢で聖剣ハースニールを構える。

 彼の右肩に座る雷の精霊ラ・ムーがドアの奥を指差した。ビリビリと小さな放電が聖剣ハースニールの刀身に走る。

 ダッ!

 一歩で室内に突入するとともにシュナは聖剣ハースニールを抜いた。

「トゥルーライトニングスラッシュ!」

 その一振りで幾つもの閃光が部屋の中で煌めく。

 ちらと見えた数体の黒い人型たちがあっという間に塵になった。

 あれは何だったんだ?

 そういや天の声はカーリー&ブラックサーバント戦って言っていたような……?

 あの黒い人型がブラックサーバントだったのか?

 そんな疑問を抱きつつ部屋に足を踏み入れた俺は天井近くに漂う悪霊が嗤っているのを見た。にたぁっと笑うその口は大きく避けほとんど耳まで広がっている。

「くいっくあんどデッド!」

 イアナ嬢が叫び、六つの光が飛翔した。

 魔力操作された六枚の円盤が光となって宙を舞い悪霊に襲いかかる。

 斬。

 斬。

 斬。

 斬。

 斬。

 斬。

 全ての光が悪霊に斬りかかる。首はもちろん額や胸、腹、腰、そして四肢を滅多斬りにした。実に念入りである。

「ぎゃああああああああああッ!」
「昨日はよくもやってくれたわね。さっさと滅びなさい」

 フン、とイアナ嬢が腰に両手を当ててふん反り返る。こいつもう勝った気でいやがるな。

 そういうのはフラグになるんだよ。

 俺が危惧しながら拳を構えていると悪霊が絶叫したまま消滅した。

「……え?」
「はいお終い」

 イアナ嬢が高らかに戦闘終了を宣言する。

 シュナも険しい目つきで室内を見回し、納得したかのようにうなずくと聖剣ハースニールを鞘に収めた。

 彼の右肩のラ・ムーは戦闘前からの不機嫌さを引きずっているのかまだピリピリしている。

 部屋の奥のドアが開き、ピンクブロンドの髪を僅かに揺らしながら明るい表情のアリス・カセイダーが現れた。どぎつい色のピンクのワンピースが目に痛い。こいつ何て服着てやがる。

 口紅も口が避けているかのような塗り方で痛々しい。てかこいつ化粧に失敗してる?

「わぁ、あの悪霊を退治してくれたのね。ありがとう」
「……」

 俺はアリスからシュナの右肩へと視線を移した。

 ラ・ムーがアリスを睨んでいる。

 戦闘が終わっても部屋に入ってこなかったエディオンがこのタイミングで入室した。

 アリスをじっとりと見つめる。

「……」
「な、何です? 人をじろじろ見るなんて失礼じゃない?」
「この宿屋の主人は気を失ってるけぇ、あんたが正体晒しても問題ないぞい」
「!」

 アリスの目が大きく見開かれた。

 俺はエディオンに尋ねる。

「どういうことだ?」
「俺がずっと感じとったもんの正体がこいつやということじゃ」

 エディオンがアリスを指差した。

 イアナ嬢が頭に疑問符を浮かべる。

「え? 話が見えないんですけど」
「まだ終わってない、てこと?」

 シュナが表情を硬くし再び聖剣ハースニールの柄に手を伸ばした。

 彼の右肩のラ・ムーはアリスを睨んでいる。

「な、何のことかしら? 全然わからないのだけど」

 エディオンとラ・ムー、そしてシュナの眼光に気圧されたのかアリスがじりじりと後退りし始める。

「あ、悪霊もいなくなったし、少し休もうかしら? ほ、ほら今まで悪霊のせいであんまり眠れなかった訳ですし。」
「その前にちいと俺らに付き合うてもらおうかのう」

 エディオンがニコリとした。めっさ胡散臭い。

 あ、聖剣ハースニールの鞘から雷が漏れてる。すげぇやばそう。

 俺はもう一度エディオンに訊いた。

「もう少し詳しく教えてくれ」
「こいつが悪霊の正体やっちゅーことじゃ」

 その言葉とともに室内の空気が変わった。

 いや空気ではなく魔力と呼ぶべきか。

 俺は背後で強烈な魔力が渦巻くのを察知した。

 その魔力は一つではなく複数でほぼ同時に形を変え人型となる。

 ああ、うん。

 さっきの奴だね。ええっと、ブラックサーバントだっけ?

 一、二、三……全部で八体のブラックサーバントが立っている。何もせず命令を待つかのように突っ立っている姿は地味に不気味だ。

 しかし、ブラックサーバントだけに気を取られている場合じゃないな。

 そう思って目をやるとアリス・カセイダーだったものがふわりと宙に浮かんだ。

 全身から黒いオーラを放っている。

「もうっ、あの子も抑えたし、今の内に隙をついてあなたたちの魔力と生命力を吸ってやろうと思ったのに。誰よこんなふざけた格好の男を連れて来たのは」
「ジェイ、お前の格好を貶しておるぞ」
「いやいやいやいや」

 俺はつっこんだ。

「アロハシャツ着てる奴に言われたくない」
「む、俺のセンスがわからんとはつまらんのう」

 エディオンのその発現に周囲が次々と口を開く。

「エディオン様、それ季節感無視し過ぎです」
「くすくす、さすがのおいらもその格好で歩くのはきついなぁ。ぷーくすくす」
「見てるこっちが風邪を引きそうだよ」
「正気を疑うわね」

 イアナ嬢、ワンワン、シュナ、そして悪霊。

 お、俺は何も言ってないからな。

 エディオンがめっさ口角を下げてぷるぷるしてる。顔色が赤くなってないのが逆に異様で恐い。

 目つきがすんごいことになっている。ああ、うん。間違いなく怒ってるよね。

「お、お前らええ加減にせ……いや」

 ぐっとエディオンが言葉を飲み込んだ。

 はあはあと荒く呼吸を繰り返しながら目を閉じる。

 そうしている間にブラックサーバントがゆっくりと動き出した。

 全員が俺たちに左手を向ける。

 その手の中に産まれる黒い光球。

 急にエディオンが後ろを向いた。

「だあッ! どいつもこいつも嘗めたらいかんぜよぉッ!」

 エディオンの口から発射される金色のブレス。うわっ、こいつ人の姿でもブレスを吐けるのかよ。

 薙ぎ払うようにブラックサーバントを一掃し消滅させる。

「よ、よく見ると季節感バッチリかも」
「うぷぷっ、おいらは何も言ってませんよぉ。何か聞こえたとしてもそれは空耳。空耳ですよぉ、ぷぷぷぷ」
「あ、ワンワン狡い。僕も何も言ってなかったことにしようっと」
「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 イアナ嬢、ワンワン、シュナ、そして悪霊。

 俺は本当に何も言ってないからセーフだよな?

 すーはーと呼吸を整えるとエディオンは振り返ってニコリとした。

 笑顔が果てしなく胡散臭い。そして怖い。

 あのブレス、完全に八つ当たりだな。

 ブラックサーバントたちもいい迷惑だ。まあそのお陰で俺たちは襲われずに済んだのだけど。

「さて」

 エディオンが悪霊に一歩近づいた。

「まだ胸の中がもやっとしとるけぇ、もう一発吐きたいんじゃが」

 また一歩。

「このままあんたを片付けるとジェイたちもよくわからんままクエストを終えてしまうけぇのう。ちと説明に協力せえや」
「ひぃいいっ!」

 悪霊が恐怖に顔を引きつらせる。

 慌てて背を向けて逃げ出そうとしたが何か見えない力に捕まったかのように動かなくなった。半身を後ろに捻った姿勢で空中停止している。

「俺を巻き込んだ上に恥をかかせたんじゃ。逃がすと思うか阿呆め」
「ひっ、ひぃいいいいいいいい!」

 大絶叫の悪霊。

 別に今回の件に巻き込んでもいなければ恥をかかせた張本人でもないというのにとんだ濡れ衣である。つーか、エディオンが勝手についてきたのだし冬なのにあんな寒そうな格好をする奴が悪い。

 だが、そんなもんは知らんと言わんばかりにエディオンが大口を開けた。

 彼を中心に膨らんでいく魔力。

 すぐにブレスを発射しないのはそれだけ怒っているからか。タメの一発か? タメ技なのか?

「わ、悪いのは私じゃないからっ! この力はそもそもカーリーの物だったんだし」

 悪霊が何やら言い訳をし始めた。

 さっきから絶叫したりしていたし、声だけは出せるように加減されていたのだろう。でないと話もできないしな。

 エディオンがブレスを撃たずに言い訳が終わるのを待っている。

 俺たちも成り行きを見守った。

「わ、私が婚約するまでカーリーは力を使って私を守ってくれていたのよ。それが婚約をきっかけに私の邪魔をするようになって」
「そもそもそのカーリーは何物なんだ?」

 エディオンはブレスの発射態勢をとっていて話せそうにない。

 だから俺が質問した。

 悪霊……いやこの口振りだと今はアリスか。とにかくアリスが一瞬言葉を詰まらせ、やがて諦めたように答える。

「私の双子の妹よ。死産だったけどね。でも魂と魔力は残って私の中に移っていた」
「……」

 ああ、なるほど。

 グラミーの魔女に似ているな。

「この身体の中にはカーリーの魂が形となって存在しているわ。見なくてもわかる。あの子は私の中にいるの。そして……」
「なっ!」

 アリスの身体から黒いオーラが噴出した。

 黒いオーラはアリスの全身を包み、徐々に人の形をとっていく。

 それはさながらブラックサーバントのようでもあった。

 巨大な人型となった黒いオーラは部屋の天井を突き抜けさらに大きくなっていく。

 俺たちは部屋から脱出した。あのまま室内にいたら瓦礫の下敷きになってしまう。

 エディオンは逃げずに留まった。

 彼だけは天井が崩れても平気だろう。ラキアもそうだし。古代竜(エンシェントドラゴン)はそんなもんで死ぬほどヤワじゃない。

 宿屋の主人も回収して外に出ると宿屋を半壊させた黒い人型が宙に浮かぶエディオンと対峙していた。

 黒い人型が嗤う。

「私の幸せを妬んでカーリーは私の邪魔をした。そのせいで婚約者たちは大怪我をしたり魔力を全て失ったりして私から離れたけど私は代わりに力を手に入れたわ。カーリーの魔力は私の魔力でもあったのよ」

 エディオンは無言だ。

 まだブレスを撃つ気でいるのか?

 いや、それならもう撃っていてもいいはずだ。

「なら、なぜ撃たない?」

 俺は疑問を口にしていた。


『お答えします』

「うわっ」

 いきなり天の声が聞こえた。

 吃驚した俺を面白がるように天の声が口調を弾ませる。

『訊かれたからお答えするのですが? それとも不必要ですか?』

 ふるふると俺は首を振った。

 てか、他の奴らは何故反応しない?

 イアナ嬢とかシュナにもこの声は聞こえるだろうに。

『現在時間停止中です。想定外の事態ですので今回は緊急措置としてこのような手段を採りました。ジェイ、エディオンはルールによりあの敵にラストアタックを決められません』

「ルールによりって……おいおい」

 俺の頭には強欲のラ・プンツェルにとどめを刺そうとして止められたプーウォルトの姿が映っていた。

 それと同じことが起きたのだ。

『ジェイ、あの敵はあなたたちだけの力で対処しなくてはなりません。アリス・カセイダーはカーリーの魂を自分たちの魔力で封じて二人分の魔力を独り占めしています。そしてその魔力はこれまでカーリーが奪ってきたものやカーリーのふりをしたアリスによって奪われたものと合わさり強大なものとなっています』
『カーリーはアリスの行動を止めようとしました。自身の行動を棚に上げてはいますがアリスはカーリーとは異なり人間なのです。姉に人の道を外れる行いをさせてはならないと妹としての彼女が最後の良心となったのでしょう』

「姉に嫉妬して悪さを働いておきながら彼女の良心となって悪事を止めようとした……てことか?」

『はい。ただ、確定事項ではありませんがアリスの中にカーリーがいたことも今回の引き金となったようです』

「どういうことだ?」

『カーリーの魂は既にアリスの体内で魔核となっています。そのせいでアリスの精神に影響が及んでいてもおかしくはありません』

「!」

 それは、つまり……。

「魔物、あるいは悪魔になっている。もしくはなりかけていると?」

『非常にレアなケースです」

「……」

 それ、まずいんじゃね?

 カーリーは産まれた時には死んでいた訳だし、まあそっちはいいとしよう。本当にいいかはともかく。

 でもアリスはまだ生きているし人間として産まれた。その身体は人間で魔物や悪魔ではない。

 その体内に魔核を宿したら?

 人間の身体に魔核があるとしたら?

 本来ないものがそこにあるとしたら一体どんな弊害が生じるのか? あるいはどんな……いや、あんまり良いことはなさそうだよな。だって異物だし。

 悪魔が人間の身体に受肉するのとは訳が違うのだ。あれは肉体が悪魔に堪えられるように変異している。

「取り除くべき、だよな?」

『私もそう思います』

 俺は巨大な黒い人型を見上げた。

 アリス・カセイダーはもうまっとうな人生を歩めないかもしれない。

 何人もの他人の魔力を奪ったのだ。その罪は負うべきだし負わなくてはならない。

 だが、それも人として生きていなければできない。

 まず、アリスを救わなくては。

 俺はグッと拳を握った。

 天の声に。

「後は任せてくれ。俺が何とかする」

『わかりました。ジェイ、あの子たちをよろしくお願いしますね』

 その声を最後に時は動き始める。
 
 
 
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