第187話 俺だったら絶対殴ってるよ、そのワンワン

文字数 3,094文字

 ラキアに連れられて俺が向かったのはデイブの店だった。

 この店はノーゼアでの俺の行きつけの酒場だ。

 厨房の様子が見えるカウンター席と幾つかのテーブル席があるだけという造りのこの店は店主のデイブの作る料理の美味さもあってなかなかに評判が良い。うっかり来店する時間を間違えると空席を待たねばならなくなるし下手をすると品切れのために食いっぱぐれるなんてこともある。

 おまけにポテチを出すようになってからはさらに客足が増えているから……まあ、お嬢様が教えたメニューなんだし人気が出ても不思議じゃないか。お嬢様マジ天使!

 そんな繁盛店も今は人気が少なく、というか店の従業員を除けば俺とラキア、イアナ嬢、それとウィル教の修道服姿のやたらもふもふした犬獣人しかいなかった。

 なお、本来なら深夜(大体夜の一時くらい)まで営業しているのだが現在(十時くらい)は店を閉めている。これ、きっとイアナ嬢のせいなんだろうなぁ(ため息)。

「ぷっ、うぷぷっ。姐さん、いつかはやると思ってたんですよぉ。とゆーかさすがは『おっかない聖女』とかお子様に言われてる姐さん、ぷぷっ」

 大して隠すつもりもないのかそれともあれで精一杯隠そうとしているのか、ともかく犬獣人が笑いを隠せずにいる。

 あ、そうそう。

 この犬獣人「ワンフーワン・ジルベール・ケンネル・デル・ゴールデンレトリーバー」というちょい長めの名前だったりする。まあめんどいので俺は「ワンワン」と呼んでいるが。

 えっ? その呼び名は酷いだって?

 いやいや、イアナ嬢の「ポチ」呼びよりはマシだと思うぞ(「どっちもどっち」て意見は求めていません)。

「うぷっ、ぷぷぷ、すっごい派手にオールレンジ攻撃してた癖に『あたし完全に被害者ですぅ、全然悪くないですぅ』って顔しちゃって、ぷぷっ、すごーく図々しい。あ、でもおいらそういう姐さんも阿呆の子みたいで、ぷぷぷっ、好きですよ。ほら、阿呆の子ほど可愛いって言うじゃないですか」
「……」

 俺はワンワンからイアナ嬢へと視線を移した。

 床に直接正座して「私は酔っ払ってお店の中で大暴れしました」と書かれた板を持たされたイアナ嬢がすっかりしょげた表情をしている。まだ幾分酒が残っているためか顔が赤いが自分の置かれた立場は理解しているのだろう。もう手遅れだけどね。

 ワンワンがなおも笑う。

「それにしても、ぷーっ、姐さんにやられたあの大男の無様っぷりといったら、ぷぷっ、あーんなに自分は最強みたいなこと自慢してたのに姐さんの円盤が右耳を擦っただけで子豚みたいな悲鳴を上げるんだから、うぷぷっ。大した最強さんですよねぇ、ぷぷぷっ」
「……」

 ワォ。

 その最強さんが誰かは知らんが今ここにいたら顔を真っ赤にして起こっていただろうなぁ。

 いゃ、これすんごい馬鹿にしまくってるでしょ。俺だったら絶対殴ってるよ、このワンワン。

 なお、最強さんは別にワンワンの煽りでごたごたを起こした訳ではない(起こしそうではあるが)。

 というかそもそもこのワンワンは途中までいなかったそうだし、最強さんはイアナ嬢たちとは離れたテーブルで仲間と飲んでいたのだとか。

 んで、そのうち仲間の一人(男性)が女子だけのグループだったイアナ嬢たちにちょっかいを出して揉め事に発展した、と。まあよくある話ですね。

 ただ、最強さんたちにとって予想外だったのはイアナ嬢が最強さんたちより強かったってこと。

 さらに不幸なことにイアナ嬢はいい感じに酔っ払っていて最強さんたち相手に羽目を外して「遊んで」しまった。

 でも「遊んで」くれたのは最強さんたちにとってある意味幸運だったのかもしれない。本気モードで攻撃していたら死人が出ただろうし。

 何せイアナ嬢は「ぶった斬り聖女」だからね。怖い怖い。

 結果、イアナ嬢が大暴れして最強さんたちをボッコボコに。

 最強さんたちは店の従業員や居合わせた他の客に運ばれて近くの治療院に直行。冒険者ギルドでも治療できるけど「女一人に一方的にやられたのが他の冒険者にバレてもいいのか?」とデイブが確認したら「それは嫌だ」となったのだとか。まあそれはそれでやむなし?

 イアナ嬢と飲んでた女冒険者たちは別に彼女たちが暴れた訳でもないので無罪放免。

 いやそれもどうなの? とは俺も思うのだがデイブが帰してしまったんだからどうしようもない。

 大暴れしたイアナ嬢とその最中に現れたワンワンだけが店に残った。

 ほいで、何故かイアナ嬢が俺を身柄引き受け人として指名した……と。

 そんな話を空き地からデイブの店に向かいながら俺はラキアから聞いていた。あまりのくだらなさに途中で逃げようとしたのだがラキアに阻まれて失敗した、というのは内緒だ。

 ともあれ、こうしてデイブの店に来たんだし、さっさとイアナ嬢を回収して帰るか。

 ついでにワンワンも回収っと。


「んじゃ、迷惑かけたな。弁償とかはそこのラキアが払うから」
「んもう、仕方ないわねぇ。ジェイの借金ってことにしてあげる」

 俺がデイブに詫びながら迷惑料について言及するとラキアが嘆息した。

 ワンワンが卑しい笑い声を発する。

「ぷぷっ、ジェイの兄さんが姐さんの代わりに弁償するのと変わらないですねぇ。うぷぷっ、女神様もこれ聞いたら呆れちゃうかもしれませんなぁ。ぷーくすくす」
「……」

 よし、こいつ殴ろう。

 俺がそう決めて拳を振り上げるより早くワンワンはイアナ嬢の影に飛び込んで消えた。こいつ素早いな。

「あーら、やっぱりその影に潜り込める能力便利よねぇ。ワンワンちゃん危なくなったらすぐ逃げられるっていうのはそれだけ生き残れるってことだものねん」

 ラキアが感心していると、イアナ嬢の影からワンワンの声がする。

「ぷぷっ、おいら今のおいらになるまでアンデッドコボルトだったから命にこだわりはないけど、ぷぷっ、まあこの『シャドウラン』の能力は気に入ってるかな。ぷーくすくす、おいらに新しい身体と能力を与えてくれたリビリシアの意思(ウィル)には感謝かなぁ」
「あたしにはすんごい迷惑なんだけど」

 疲れきった声でイアナ嬢が呟いた。

「なーんでアンデッドコボルトが犬獣人になってあたしについて来るのよ。そりゃ、あのステージをオールレンジ攻撃だけで完全制覇したわよ。プーニキ教官もシーサイドダック教官もついでにリーエフ様もあたしの成長を認めてくれたわよ。でも、そのご褒美にこいつを貰ってもちっとも嬉しくないんだけど」
「うぷっ、姐さんは恥ずかしがり屋さんですねぇ。ぷぷっ、本当はおいらみたいな従者が手に入って嬉しい癖に」
「ポチはお黙りっ!」

 イアナ嬢がゴンと自分の影を叩いた。

 影の中にまで攻撃は通らないので犬獣人には打撃ゼロである。

 つーか、むしろ笑いが酷くなった。

「うぷぷっ、いやぁ姐さんのそういう気の強いところも好きですよ。ぷぷぷっ、おいらが影に入ってる時にその影を攻撃しても無意味ってぷぷっ、無意味ってことを知ってるはずなのにうぷっ、それでも攻撃しちゃう頭の悪いところも、うぷぷぷぷ、可愛いって思いますし、ぷーくすくす」
「ああっ、もうこの駄犬っ。ポチの癖にポチの癖にポチの癖にっ!」
「うぷっ、ぷぷぷ、ぷーくすくす」

 何とも不毛な二人である。

 というかこいつら置いて帰っていいかな?

 ワンワンが影から出てこないので、イアナ嬢が持っていた板でばんばん叩きだした。こいつ角を使ってるよ。あれ当たっていたら痛かったろうなぁ。当たらないからアレだけど。

「あらあら、二人とも仲良しさんねぇ」
「……」

 ラキア。

 どこをどう見たらこの二人が「仲良しさん」に見えるんだ?
 
 
 
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