第190話 俺、お嬢様の期待に応えられなかったようです

文字数 3,429文字

 翌朝。

 俺はお嬢様のいるウィル教の教会にいた。

 ノーゼアの街から離れていた間はさすがにできなかったが二年前からほぼ日課となっていた礼拝のためである。まあ主目的はあくまでお嬢様と会うことではあったのだが。

 俺のお嬢様はライドナウ公爵家の御令嬢だったのだが二年前に婚約者のクソ王子(カール第一王子)から婚約破棄を宣言され、さらにやってもいない罪を着せられて学園と王都から追放されていた。

 結果、ライドナウ公爵家にも居られなくなり現在は北の辺境にあるノーゼアの街で修道女(シスター)として暮らしている。今はミリアリアという名も捨てて「シスターエミリア」と名乗っていた。

 俺も元はライドナウ公爵家の執事をしていたのだがお嬢様を追って職を辞し、少しでも彼女を守れるようにと自由の利く冒険者の仕事に就いている。本当は教会の下男でも構わなかったのだが残念なことにそれは教会側から断られていた。

 何だかんだで冒険者のランクはCまで上がっている。

 でもなぁ、別に俺は冒険者ランクを上げたいとは思ってないんだよなぁ。

 冒険者ランクが上がればそれだけ選べるクエストの幅も広がる。

 同時にギルドや依頼者からの指名がかかる可能性も上がるのだ。功績が良ければさらにその可能性は高くなるだろう。はっきり言ってめんどい。

 いや別にすぐに終わる内容でノーゼアの街から離れないクエストなら俺も受けるよ。指名以来ならそれだけ報酬も貰えるだろうしいいことだよね。

 でもさあ、大抵のクエストはそんな楽で美味しい内容じゃないんだよね。

 しかもランクが上がるほどクエストの達成にかかる日数が長かったり遠方に出向かないといけないものだったりする。俺はお嬢様を守るためにいろいろ融通の利く冒険者の職を選んだというのに……何が悲しくて肥えた豚みたいな金持ちとか貴族の出したクエストに拘束されなくちゃならんのだ(かなり偏見あり)。

 ランクは低ければ低いほど短期間で終わるしノーゼアから離れずに済む(*個人差があります)。

 俺はお嬢様の危機にすぐ駆けつけられる場所にいたい。そういう自分でいたい。

 お嬢様は俺が守るんだ。

 ……て、最近まで思っていたんだけどなぁ。

 あ、いや、今でもお嬢様を守りたい気持ちは変わらないよ。

 お嬢様に何かあれば必ず駆けつける所存ですよ。

 でもさ。

 でもさ。

 でもでもでもさ。


 *


「うーん、プーウォルトの森に向かわせておいて何ですが思ってた程の成果は得られていませんねぇ」
「……」

 礼拝を終えてそのまま長椅子に並んで座りお嬢様と話し始めたらいきなりこれである。

 周囲に誰もいないことをいいことにお嬢様はその奇異さを隠そうともせず中空に指を走らせた。

 何もない空間に淡く緑色に光る文字が浮かび上がる。

 それは何かの情報を文字と数字で表しているようだった。残念なことにアルガーダ王国で用いられている共通語ではない。ついでに俺の知る他の言語でもなかった。

 あ、待てよ。

 これ、お嬢様がたまに使ってる言語じゃないか?

 ええっと、確か「ニホン語」だったような……?

「空中戦への対応力は私がリクエストしていただけあってかなり上がっていますねぇ。オールレンジ攻撃とマジックパンチの熟練度も順調に伸びていますし大抵の敵なら駆逐できるはずです。けど……うーん」
「……」

 お嬢様が悩ましげに息をついた。

 あ、何か憂いの表情が色っぽいな。

 とか俺が思っていると。

「ランクS以上の敵と戦うには不安が残るんですよねぇ。特にこことかこことかこことか(と、光る文字をいくつか指で示す)。一瞬の反応の差で勝敗が決まる時にこれでは相当厳しいんじゃないですかねぇ。と、いうか」

 お嬢様が別の光る文字を二回叩いた。

 瞬間、新たな情報が表示される。

「これはリーエフとファスト、それとラテ……私とは別の管理者に手伝ってもらって分析したデータなんですけどどうも現状のジェイの身体では増強された魔力に対応しきれていないみたいなんですよね。そのせいで本来ならもっと早く反応できた動きも一瞬遅れてしまうようなんです」
「……そ、そうなんですか」

 わぁ、凹む。

 それってお嬢様の期待に応えられなかったってことだよな。

 俺の落ち込みが伝わったのかお嬢様の声音が優しくなった。

「あ、だからといってプーウォルトの森での訓練が無駄だったという訳ではありませんよ。普通にその辺の中級ドラゴンなら余裕で勝てますし、その気になれば小国の軍隊を単騎で殲滅なんてことも可能になっているはずですから。まあその程度の強さでは本物の魔王には遠く及びませんけどね」
「……」

 お嬢様。

 それ、慰めているというよりむしろ貶してませんか?

 俺、めっちゃ凹んでるんですけど。

「ま、まあ原因はわかっているんですからそれに対処していけばいいだけです。魔力が強くなり過ぎたのならそれに応じた身体になれば無事解決。安心してください、私がちゃんとジェイの身体を改造してあげますよ」
「……」

 お嬢様、すみません。

 俺、微塵も安心できません。

 つーか改造って何ですか改造って。

「ふふっ、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。これまでだってちょっとずつジェイの身体を強化していましたし、ジェイのいなかった間にもキャロとかここの騎士団の皆さんをそれとなーく魔改造してきたんですから。これでも私、結構経験豊富なんですよ」

 えっへんと胸を張るお嬢様。

 可愛い。永久保存したい。

 ……って、違った!

 いやいや、幾らお嬢様が可愛いからって騙されるな俺。

 この人今さらっととんでもないこと言ってたぞ。

 俺だけじゃなくシスターキャロルやノーゼアの騎士団の連中まで魔改造してきただって?

 おいおいおいおい。

 それっていいのかよ?

「あ、あの……俺のはともかく、いや本当は滅茶苦茶つっこみたいんですがキリもないですし省きますけど、シスターキャロルや騎士団の連中を魔改造したのってまずくないんですか? ほら、女神プログラムのルール的にどうとかこの国の法的にどうとかいろいろあるじゃないですか」
「んー、そうですねぇ」

 お嬢様が神妙な表情でしばし腕組みした。

 強調されてるお胸については……はい、考えてませんよ。形がいいなぁとか柔らかそうだなぁとか顔を埋めたいなぁとかちいっとも考えてませんよ。

「まあ、近い将来の脅威に対抗するためですし問題ないでしょう。仮に問題があったとしてもリビリシアの意思(ウィル)が警告してこないんですからスルーしても大丈夫のはず(と、ここで数秒の間が空く)、です」
「……はぁ」

 今、数秒間が空きましたよね?

 マジで大丈夫かなぁ。

 お嬢様がぱんぱんと手を打った。

 何かを誤魔化すような仕草だったが、まあつっこむのは止そう。これはこれで可愛いし。

 じゃなくて、つっこんでもキリがないし。

「はいはい、この話はここまで。今朝はもう一つジェイと話しておきたかったことがあるんです」
「もう一つ話しておきたかったこと、ですか?」
「ええ」

 俺が聞き返すとお嬢様はうなずいた。

 さっきまで中空に浮かんでいた淡く光る緑色の文字が消える。

 代わりに一枚の画像が映し出された。

 おおっ、これ立体的な画像だな。すげぇ実物っぽい。

 立体感のある画像はランドの森での俺の訓練で案内役をしていた妖精のタッキーによく似た何かだった。腹が割かれていて既に死んでいるようだ。

 この妖精(?。)胸や胴体の一部が妙に金属質だったり傷口から金属の歯車とか光沢のある管が覗けている。別の場所で発見したのを運んだからか体液の類は一切見当たらなかった。

「二日前にこの街の外れでとある方がたまたま見つけた物です。逃げられそうだったためうっかり殺ってしまったらしいのですがそれはどうでもいいんです」
「……」

 お嬢様。

 それはどうでも良くないと思います。

 ま、これもスルーしようっと。

「これ、何だと思います?」

 質問してきたお嬢様の口調は真剣そのものだった。

 良かった、変なつっこみ入れなくて。

 俺は妖精(かなあ?)を凝視した。

 見れば見る程人形に見えてくる。つまり生き物ではなく作り物。

 これ、何だ?

 中身に何か仕掛けを施した人形か?

 羽根があるってことは飛べるのか?

 どうしてこんなのが街の外れにいたんだ?

 てか、こいつだけなのか?

 他にも仲間がいるのか?

 こいつを殺った奴は誰だ?

「……」

 頭の中が疑問符だらけになりそうだった。
 
 
 
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