第169話 俺の目の前でシュナがピンチ!

文字数 3,900文字

「メラニア様がね」

 ぐるぐると回転しながら小さくなっていく空間を見ながら疾風の魔女ことメラニア付き宮廷魔導師ワルツが嗤いながら言った。

「ランドの森に封印された災厄が復活していた場合、どうやって遊ぶ……じゃなくて攻略したらいいか教えてくれたのよねぇ。ワルツちゃんどうしてそんなことをメラニア様が知っているのかすっごい不思議だったんだけどあのおっかないおばさ……ゲフンゲフン、マイムマイム様が睨みを利かせていたから質問は止めておくことにしたの。危機管理って大事だよね♪」
「こんな、こんなっ! おのれぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!」

 バキボキグチャグチャと聞いちゃいけない類の音を響かせながらラ・プンツェルが絶叫する。

 どう考えても全身の骨が折れまくっているだろうし肉や内臓も潰されまくっているだろう。あれで生きていられるなんてさすがは化け物というか……あれちょい待て、身体はマンディて名の人間だったのでは? ほら、シャーリー姫の従姉妹の。

 あれか、やっぱ悪魔に身体を乗っ取られたからか。

 そういや昨夜の戦いでも常人ではできない動きや回復力を見せていたものな。

 仰向けに倒れた姿勢のまま高速で離脱したりプーウォルトのイースタンラリアットを食らって顔を陥没させられても再生したり。

 あ、こいつって、サークレットに憑いてる本体(?)を倒さないと駄目なんじゃ?

 バキボキグチャグチャと鳴っていた音が回転の緩みとともに聞こえなくなった。

 歪んでいた空間の面積も大分小さくなっている。

 つーか生身の肉体をぐっちゃにした割に血とかは流れないんだね。

 勝ちを確信したからかワルツが得意気に胸を張った。

 残念ながらそそるお胸ではない。まあ言わんけど。

「どう? 重力と空間に作用させて回転によるエネルギーも活用して……」
「ラ・プンツェルを倒したのか?」

 自分が用いた魔法について説明し始めたワルツを制し、俺は訊いた。

 いや、どうせ説明なんて聞いても俺じゃ再現できないし。

 イアナ嬢が「ああもうこいつは」みたいな顔しているがそれも無視。

 とにかくラ・プンツェルを倒したのかはっきりさせたい。

 俺がじっと見つめていると、説明を邪魔されて機嫌を損ねていたワルツが諦めたようにはあっとため息をついた。

 あ、ちょっと憂いた感じの表情は色っぽくて良いな。

 とか思ったらイアナ嬢に脇腹を小突かれた。痛い。

「この魔法は最終的に相手を亜空間に引きずり込んでバラバラにするの。それがどこの亜空間かは術者のワルツちゃんにもわかんないわ」
「倒せたんだな?」
「あれでこの世界に戻れたらジグ様以上の魔王になれるわよ。そんな奴いるはずないけどね♪」
「ジグ様?」

 どっかで聞いたようなないような?

 俺の質問にワルツがむっとした。

「ジグ様を知らないなんて信じらんない。あの方こそ真の魔王、魔王オブ魔王よ。そこらの分類だけの魔王級がミジンコに見える程の……」
「ねぇ」

 再び饒舌になりかけたワルツをイアナ嬢が止めた。

 今度はかなり露骨にワルツが睨んでくるが。

「その空間の歪み、大きくなってない?」
「え?」
「は?」

 俺とワルツがほぼ同時に目を見張った。

 慌てて空間の歪みを見ると……ワォ。

 サイズが倍に広がってるじゃねぇか。

 同様しまくったワルツが声を震えさせた。

「ううう嘘よ。これメラニア様直伝の魔法なのよ。シリーズ四作目の災厄の復活編の終盤でヒロインが会得する究極魔法っていう物凄い魔法なのよ。ワルツちゃんメラニア様の説明の早い段階でもう理解不能になっちゃったけどとにかくとんでもない魔法なのよ。それが、それが、それが」
「もう一回やれないのか?」

 目の前でどんどん壊れていくワルツに俺は一応確認した。

 まあ、何となく答えは想像できたが。

「そ、そうね。よしっ、ワルツちゃん頑張る!」
「……」

 あれ?

 てっきり一回しか使えない究極魔法の類かと思ったんだけど。

 もっかいやれるの?

「ジェイ、変な顔。ぷぷっ」

 予想の外れた俺の顔が余程面白かったのかイアナ嬢が吹き出した。おのれ。

 呪文の詠唱をし始めたワルツの周囲を取り囲むようにぼんやりと青白い光が発光する。

 二重、いや三重の魔方陣がワルツの足下に展開していた。俺の知らない魔方陣だがたぶんこれらは術者本人を魔法の効果から守るためのものだろう。何かそんな気がする。

 そして、ワルツの唱えている呪文。

 かなりの早口で正直ちゃんと聞き取れていないが俺の知識にはない言語だった。強いて言えば古代魔法語に似ているが、明らかにおかしな文法が混じっているし全く意味不明な単語も使われているから恐らく違うだろう。

 まあ、そうは言っても俺は魔法言語の専門家ではないので知らなくても仕方ないのだが。

 ワルツが詠唱を続けていると、拡大していた空間の歪みがその勢いを増した。

 やばい、と思ったのかワルツの表情に焦りの色が浮かぶ。

 呪文は相当に長いものだった。最初の攻撃の際ワルツが姿を見せずに魔法を発動させたのもうなずける。あれだけ呪文が長ければ発動させる前に攻撃を受けてしまうだろう。

 詠唱中の術者はほぼ無防備だ。

 俺は急いで空間の歪みとワルツの間に防御結界を張ろうとした。これだとワルツの魔法が俺の防御結界に阻まれてしまうかもしれないが無防備状態のまま反撃を食らうよりはマシだろう。

 だが。

「!」

 俺の魔法はキャンセルされた。

 キラキラと金色の光の粒子が煌めいたもののそれだけだった。まるで何もなかったかのように光は消え、防御結界は展開しなかった。

 空間の歪みの奥で悪魔の顔を模したサークレットの目が妖しく赤く光っている。

 強欲のラ・プンツェルだ。

 サークレットを装着しているマンディの肉体が急速に復元していた。

 それはかつて俺が目にしたケチャの切断された左腕の再生や頭を吹っ飛ばされたランバダの超回復を思わせるものだった。

 いや、ひょっとするとそれ以上かもしれない。

 ワルツの詠唱はまだ終わっていなかった。

 ラ・プンツェルが空間の歪みからこちら側へと出ようとしている。

 間に合わない。

 そう俺が判断してマジックパンチの発射態勢に入った時、イアナ嬢が叫んだ。

「クイックアンドデッド!」

 四つの光が飛翔し、まだ完全には空間の歪みから出きっていないラ・プンツェルへと向かう。


 キラリ。


 ラ・プンツェルのサークレットの目が光った。

 強烈な魔力が放たれ光を迎撃する。

 イアナ嬢によって魔力操作されていた四つの円盤は光を失い粉々になって落下した。

 ニヤリと嗤ったラ・プンツェルがワルツを睨み……。


「トゥルーライトニングサンダーフォールッ!」


 既に上方にジャンプしていたらしいシュナの大技が炸裂した。

 シュナごと降ってきた聖剣ハースニールがラ・プンツェルを頭から真っ二つにする……はずだった。

「くっ」

 短くシュナガ呻く。

 雷を帯びた聖剣ハースニールはラ・プンツェルの頭に食い込んだものの、悪魔の顔を模したサークレットのあたりで止まってしまった。

 まるでそこから先を斬ることは許されないと言わんばかりに刀身は微塵も進めずシュナガ力を込めてもぴくりともしない。

 サークレットの悪魔の顔の目が嘲笑するようにチカチカと光った。

「不意打ちで妾を討とうとは随分と姑息よのう」

 ラ・プンツェルが目だけでシュナヲ見上げる。

「しかし、妾の身体を幾ら傷つけようと妾は滅びぬぞ。そして、妾が宿るサークレットは雷を帯びた剣撃程度では傷すらつかぬ。かつて管理者の称号を持つ者でも妾のサークレットを破壊できず封印に止めたのだからな」
「このっ、化け物めっ!」
「ふふっ、その言葉は賞賛として受け取っておこう」

 ラ・プンツェルの後頭部から何本もの触手が伸びる。

 それら全てが先端をシュナへと向けた。赤々とした一つ目たちがシュナを注視する。

 慌ててシュナが聖剣ハースニールを抜いて離脱しようとするが、マンディの頭が剣をしっかりと挟んでいるようだ。なかなか抜けず焦っているのが表情からもわかる。

「ほれほれ、早く逃げぬと妾の光線の餌食になるぞ」

 ラ・プンツェルが愉快げに声を弾ませる。

 わざと発射を遅らせているのか触手の先の一つ目たちは光線を撃とうとしない。

「この感じ、実に良いぞ。そなたから流れてくる恐怖と焦り、真に甘美なエネルギーが妾の糧となって流れてくる」
「こ、このっ! どうして抜けないんだッ!」
「そして……そこにいるのであろう? 嫉妬のラ・ムーよ。今のそなたはあまりにも卑小過ぎて哀れに思えてくるぞ」

 ラ・プンツェルに呼びかけられたからかシュナの右肩に儚そうな少女の姿をしたラ・ムーが現れた。

 キッとラ・プンツェルを睨みつける。

「昨夜の妾なら今のそなたでも辛うじて相手になったのであろうな。だが、今の妾は大分力を取り戻した。いや、もしかしたら昔の妾以上の力を得ているやも知れぬ」

 そう言って嗤うラ・プンツェルの頭の脇に黒い人影が出現した。

 長い髪の女の姿をした影だ。

 その頭部に一つ目が浮かぶ。

「かつては同胞であった者への情けだ。今一度そなたに妾の姿を見せてやろう」
「……」
「今の妾の光線ならその者のみならずそなたをも滅することができる。これだけの数だ。最早逃げられまい。どうだ、悔しいか? 悔しいと言って良いのだぞ?」
「……」

 ラ・ムーは答えない。

 あるいはラ・プンツェルを睨み続けることが彼女の「答え」なのかもしれない。

 返答がないことに少しだけつまらなそうな目をするとラ・プンツェルは告げた。

「そうか。では、さらばだ」

 シュナを狙っている全ての一つ目が一斉に光線を発射した。
 
 
 
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