第193話 俺は致死以外の状態異常を無効にできます
文字数 4,970文字
つい胡散臭い見世物(まああの犬獣人は見世物じゃなくて商売をしているつもりだったんだろうけど)を見てしまったせいで想定より遅い時間に俺は冒険者ギルドに着いた。
クエストの受注や素材の買い取りなどで冒険者たちがごったがえしているはずのギルド内は混み合う時間帯とずれたからか比較的空いていた。窓口に冒険者が並んでいるが列は短い。クエストの貼り出されている掲示板はほとんどのクエストが取られていて数件しか残っていなかった。
外は寒いがギルド内は暖房の魔道具もあって暖かい。
天井に配置された暖気の送風口の真下、ギルドのロビーで一番ダイレクトに温かさを感じられるであろう位置にシュナが陣取っていた。ロビーの真ん中でピーク時なら絶対に邪魔なのだが今はそこまでではないので皆に見逃されているようだ。あと、Aランク冒険者に意見できる人間がたまたまいなかっただけというのもあるかもしれない。
わぁ、受付嬢たちの視線が冷たい。
おいシュナ待て、俺に気が付いたからって手を振るんじゃない。止めろ。
「ジェイおはよう、今日も寒いね」
「お、おう、おはよう。てか、そこまで寒いか?」
迷惑だがとりあえずシュナに近づく。
シュナは灰色の毛皮のコートを着ておりその下は金属鎧ではなく皮鎧のようだった。
マリコーのワークエで収納の効果を持つ指輪を手に入れたシュナはその時々に合わせて防具をいつでも変えられるからと複数の鎧を持ち歩いている。まあどれだけ持とうと収納に放り込んでおけば重量を気にしなくていいのでそうなっても仕方ないよな。
俺もいろいろ収納してるし。
今朝なんて最新型のギロックを収納しちゃったし。
あれ機動させるのにエーテルを含んだ魔力をめっちゃ必要とするんだろ? 確かマリコーがそんなこと言っていたはずだぞ。
つーか、マリコーのワークエ(メメント・モリ大実験の一件)てあの最新型ギロックのために始めたようなものだし。
そういや大実験のせいで国が一つ滅んでいるんだよな。冒険者にも犠牲者が出てるし。
国際問題とかになってなきゃいいんだけど。
王族とか国の偉いさんがどうなろうと構わないが国民に迷惑がおよぶようなことにはなって欲しくない。
あ、シャルロット姫も王族だけど免除ってことで。あの子は良い子ですよ。
シュナが送風口の真下から動こうとしないため俺もそのまま立っていた。こいつさては寒いの嫌いだな?
「聞いたよ。昨夜は大変だったんだって?」
「ああ」
イアナ嬢とかフォーティフォーとかいう奴のせいで大迷惑だったよ。
「……」
あれ?
まだ他に何かあったような?
いや、昨夜は他になかったよな?
うん、ないない。
強いて言えば空き地で何故か寝てたことか。
よっぽど疲れていたんだな、俺。
「……」
んー、やっぱり何かもやっとする。
何だ?
「まあ僕の方もちょっとあったんだけどね」
「そうか」
そっけなく返したらシュナが不満そうな顔をした。
「ええっ、その反応酷くない? もうちょっと興味持ってよ」
「……」
わぁ、めんどい。
シュナ、お前彼氏に適当に扱われた彼女みたいなこと言うな。
男に言われても楽しくないぞ。
「まあいいや、実は女の子たちと行った店に旅商人が来てさ……」
「いや話すのかよ」
そこは普通拗ねたりするんじゃないのか?
ま、男に拗ねられても面倒なだけだが。場合によっては殴るかもしれない。もちろん俺が。
話し始めた途端俺につっこまれたシュナが頬を膨らませる。
「もうっ、ジェイは僕の話聞きたくないの? 今日は冷えるしラ・ムーは機嫌悪いしそのせいで聖剣ハースニールもピリピリしてるし」
「待て待て待て待て」
なーんか無関係なことまで言い出したぞこいつ。
「ちゃんと聞いてやるから落ち着け。あとここに突っ立っていたら他の奴らに迷惑だ。場を変えるぞ」
「えーっ、ここが一番あったかいのに」
「……」
シュナ。
お前、いつからそんなに寒がりになった?
去年は雪原でスノーウルフと戦ったりしてたよな?
あれもしかして本当は辛かったのか?
*
冒険者ギルド内に併設された酒場に移動した。
ギルドが開いている限りほぼ毎日朝も昼も夜も関係なくこの酒場は営業している。とは言え提供される飲食物には制限がアリ酒の類は夜の方が種類が増えるし料理は朝と昼と夜でメニューが違ってくる。
料理人も交替制で変わるため時間によって味の良し悪しがある。極端な味の差はないと言いたいところだが残念なことに……まあこれはあまり話さない方がいいだろう。料理人にもプライドがある。無闇に傷つけるのは可哀想だ。
で、俺とシュナは小さなテーブルについて向き合っている。
テーブルの上にはエールとつまみの料理。
あ、この時間はハズレ……ゲフンゲフン。口に入りさえすれば何でもいいよな。それほど高い物でもないし。
「ありゃ、これならデイブさんの店にした方が良かったかも。何なら今から変える?」
味付けのやたら濃い焼き肉を口に放り込んでからシュナが顔を歪めた。そうだね、その焼き肉見るからにしょっぱそうだよね。というか細かい塩の塊がくっついてるし。
以前お嬢様に誘われて教会でご馳走になった焼き肉は美味しかったなあ。香辛料と果実の味のするタレ(「黄金っぽい味」て言ってた)をつけて食べると抜群に美味くて……。
あ、やばい思い出したらそっちを食べたくなってきた。
俺は一応我慢して目の前の焼き肉を食べた。
塩味の主張が凄まじい。これ肉はむしろ塩の添え物みたいになってないか?
身体が激しく水分を求めていたので俺はエールを呑んだ。味の薄さが逆にほっとするよ。ろくに冷えてないし味も薄められているから大したエールじゃないんだけどね。てかはっきり言うと不味い。
まあ、また場を移すのもめんどいのでこのまま続けることにした。それにギルドの中にいた方が後から来るイアナ嬢にも見つけやすいだろうし。
イアナ嬢はまだ冒険者ギルドに来ていなかった。
シュナも今日はイアナ嬢を見ていないそうだ。きっと昨夜のあれやこれやのせいでろくに眠れず起きられなかったのだろう。やむなし。
つーことでイアナ嬢はいいや。
「で、昨夜どうしたって?」
「わぁ、ジェイてば訊き方雑」
「そういうのはいいからさっさと話せ。女の子たちと飲んでたらその店に犬獣人が乱入して来たんだろ?」
カチコミかな?
「いやそんな物騒なことになってないから。話を作らないでよ」
文句をつけながらシュナが焼き肉の皿を俺の方へと押しやった。さては俺に押しつける気だな?
「乱入じゃなくて営業だったみたいだよ。ウィル教の十天使レブン、つまり運命の精霊王の指輪を売りに来てた」
「指輪?」
俺は冒険者ギルドに向かう途中で見たタレ耳の犬獣人を連想した。ブルドック似の方は商人ではなくて護衛だろうから最初から除外しています。
「そう指輪。何でもその商人さんによると健康運が上がってどれだけ呑んでも酔わない体質になれるようになるかもしれないんだって。それに病気や怪我も心配しなくてもいいかもしれなくなるかもしれないんだって。凄いよね」
「……」
シュナ。
それ、めっちゃ怪しくないか?
俺がそんなふうに思っているとシュナがやれやれと肩をすくめた。
「ジェイ、その顔信じてないよね? その指輪と商人さんのこと疑ってるよね?」
「あ、まあそうだな」
シュナから圧を感じて俺はそれから逃れるようにエールをあおった。改めて考えなくてもマジで不味いな、このエール。
「でもさ、たまたまその店にいた別のお客さんが商人さんのこと知っててさ、指輪のお陰でお客さんの身内が長患いしていた病気も治って超健康になったんだって。あ、指輪はそのお客さんが買った物を身内に贈ったそうだよ」
「……」
あれ、おかしいな。
なーんかめっさそれと似た話を知っているんだが。
というかほぼ確定。
それ、詐欺だぞ。
今飲んでる不味いエールを賭けてもいい。
飲み放題にしてもいい。
なお、俺がこの賭けに勝った場合、飲み放題のお店はデイブの店に変更します。
ここのエールじゃ逆に罰ゲームになっちゃうからね。
まあそれはさておき。
「あれだ、その犬獣人の商人ってタレ耳で白地に黒のまだら模様がある毛並みの奴だろ。そいつなら今日ギルドに向かう途中で見たぞ。今日のはレブン様の加護で幸運に恵まれるってことになっていたな」
やれやれ、シュナもまだまだだなぁ。
そんなことじゃAランク冒険者として恥ずかしいぞ。
いや勇者として、かな?
「えっと」
シュナガ気まずそうに目を逸らした。
「何か僕が騙されているのを諭そうとしているみたいだけど……その商人さんジェイの見た人とは別人だよ」
「はぁ?」
「だって彼女耳は三角耳でピンと立っていたし、毛並みも明るい茶色だったんだよ。ジェイの見た人とは全然違うでしょ」
「彼女?」
そもそもそこから違ってた。
え、あれ?
男じゃないの?
俺が戸惑っているとシュナがため息をついた。
「ああ、そこからもう違うんだ。じゃあ完璧に別人だね」
そして、妙に安心したように表情を明るくした。
「……」
ん?
何だ?
どうしてそこで安心する?
「実はさ、最初は僕も半信半疑だったんだよね。けど一緒に居た女の子の中の一人がすっかり信じちゃって、その子につられたのか他の子も信じ始めちゃって僕も何だかそうなのかなーって思えてきちゃって……」
「待て待て待て待て」
話が怪しくなってきて俺は慌てて止めた。
「お前、まさか買ってないよな?」
「……」
シュナが黙った。おい。
「買ったのか?」
「ええっと、まあ大して高くないからいいんだよ。むしろ一緒にいた女の子たち全員と同じ物を揃えられた訳だし、それでもっと仲良くなれた気もしたから」
「買ったんじゃねーか。しかも全員分かよ」
「だって僕がいるのに女の子に払わせるなんてできないでしょ」
シュナガ言い返してきた。こいつ必死かよ。
頭が痛くなってきた(致死以外の状態異常無効が突破されたようだ。何故だ)俺は。
「で、効果はあったのか?」
俺はこめかみのあたりを揉みながら訊いた。
シュナが自分の左手を俺に見せた。その中指には昨日までなかった物が填まっている。
そして、このタイミングでシュナの右肩の上に現れる雷の精霊ラ・ムー。
長い黒髪の儚そうな少女の姿をした精霊だ。以前は鳥の巣みたいな髪型のおばちゃん精霊だったのに何故か今はこんなに可憐になってしまっている。責任者がいたら小一時間くらい問い詰めたいくらい詐欺だ。絶対にあのおばちゃんが本来の姿だと俺は思っている。俺は騙されないぞ。
で、そのラ・ムーがむっちゃ機嫌悪い。
あれ、幻覚かな?
いつもならシュナの頬とか耳にすりすりしているはずなのに、今は右耳たぶを掴んで電撃流しているぞ。
何でシュナの奴ぴんぴんしてるんだ?
あ、よく見ると電撃がシュナの肌の上を伝って指輪に流れてる。あれだとシュナに当たってない? ノーダメージ?
というか、これって指輪の効果?
それにしては健康運とは関係ないような。むしろこれだと魔法防御とか無効系もしくは魔力吸収系なんじゃね?
俺は一応訊いてみた。
「で、その指輪の効果は? 昨日より健康になったのか?」
「ほ、ほら、僕って元々健康だし」
シュナが俺と目を合わそうとしない。
うん。
俺は理解した。
健康運アップの効果なんてないね。知ってた。
今度は俺がため息をつく番だった。
シュナガめっちゃ早口に喋りだす。
「いやそんないかにも『こいつ騙されやがった』って反応するの止めてよ。ひょっとしたら僕の祈りが足りないだけかもしれないでしょ。怪我とかしたら効果が現れるのかもしれないし病気を予防してくれているのかもしれないじゃん。あ、何ならジェイが使ってみる? 良かったら銀貨五枚(だいたい五千円くらい)で譲ってあげるよ」
「要らん。てか俺に売ろうとするな」
「えーっ、いいじゃん買ってよ。僕だと今一つ効果があるのかないのかわかんないしジェイならどこか不摂生な感じもするから健康運は必要だと思うよ。ね、買ってよ」
「俺、致死以外の状態異常無効だし」
「……」
ガッカリ。
肩を落としたシュナからそんな言葉が聞こえてきたような気がした。
こいつさては買ったの後悔してるな?
クエストの受注や素材の買い取りなどで冒険者たちがごったがえしているはずのギルド内は混み合う時間帯とずれたからか比較的空いていた。窓口に冒険者が並んでいるが列は短い。クエストの貼り出されている掲示板はほとんどのクエストが取られていて数件しか残っていなかった。
外は寒いがギルド内は暖房の魔道具もあって暖かい。
天井に配置された暖気の送風口の真下、ギルドのロビーで一番ダイレクトに温かさを感じられるであろう位置にシュナが陣取っていた。ロビーの真ん中でピーク時なら絶対に邪魔なのだが今はそこまでではないので皆に見逃されているようだ。あと、Aランク冒険者に意見できる人間がたまたまいなかっただけというのもあるかもしれない。
わぁ、受付嬢たちの視線が冷たい。
おいシュナ待て、俺に気が付いたからって手を振るんじゃない。止めろ。
「ジェイおはよう、今日も寒いね」
「お、おう、おはよう。てか、そこまで寒いか?」
迷惑だがとりあえずシュナに近づく。
シュナは灰色の毛皮のコートを着ておりその下は金属鎧ではなく皮鎧のようだった。
マリコーのワークエで収納の効果を持つ指輪を手に入れたシュナはその時々に合わせて防具をいつでも変えられるからと複数の鎧を持ち歩いている。まあどれだけ持とうと収納に放り込んでおけば重量を気にしなくていいのでそうなっても仕方ないよな。
俺もいろいろ収納してるし。
今朝なんて最新型のギロックを収納しちゃったし。
あれ機動させるのにエーテルを含んだ魔力をめっちゃ必要とするんだろ? 確かマリコーがそんなこと言っていたはずだぞ。
つーか、マリコーのワークエ(メメント・モリ大実験の一件)てあの最新型ギロックのために始めたようなものだし。
そういや大実験のせいで国が一つ滅んでいるんだよな。冒険者にも犠牲者が出てるし。
国際問題とかになってなきゃいいんだけど。
王族とか国の偉いさんがどうなろうと構わないが国民に迷惑がおよぶようなことにはなって欲しくない。
あ、シャルロット姫も王族だけど免除ってことで。あの子は良い子ですよ。
シュナが送風口の真下から動こうとしないため俺もそのまま立っていた。こいつさては寒いの嫌いだな?
「聞いたよ。昨夜は大変だったんだって?」
「ああ」
イアナ嬢とかフォーティフォーとかいう奴のせいで大迷惑だったよ。
「……」
あれ?
まだ他に何かあったような?
いや、昨夜は他になかったよな?
うん、ないない。
強いて言えば空き地で何故か寝てたことか。
よっぽど疲れていたんだな、俺。
「……」
んー、やっぱり何かもやっとする。
何だ?
「まあ僕の方もちょっとあったんだけどね」
「そうか」
そっけなく返したらシュナが不満そうな顔をした。
「ええっ、その反応酷くない? もうちょっと興味持ってよ」
「……」
わぁ、めんどい。
シュナ、お前彼氏に適当に扱われた彼女みたいなこと言うな。
男に言われても楽しくないぞ。
「まあいいや、実は女の子たちと行った店に旅商人が来てさ……」
「いや話すのかよ」
そこは普通拗ねたりするんじゃないのか?
ま、男に拗ねられても面倒なだけだが。場合によっては殴るかもしれない。もちろん俺が。
話し始めた途端俺につっこまれたシュナが頬を膨らませる。
「もうっ、ジェイは僕の話聞きたくないの? 今日は冷えるしラ・ムーは機嫌悪いしそのせいで聖剣ハースニールもピリピリしてるし」
「待て待て待て待て」
なーんか無関係なことまで言い出したぞこいつ。
「ちゃんと聞いてやるから落ち着け。あとここに突っ立っていたら他の奴らに迷惑だ。場を変えるぞ」
「えーっ、ここが一番あったかいのに」
「……」
シュナ。
お前、いつからそんなに寒がりになった?
去年は雪原でスノーウルフと戦ったりしてたよな?
あれもしかして本当は辛かったのか?
*
冒険者ギルド内に併設された酒場に移動した。
ギルドが開いている限りほぼ毎日朝も昼も夜も関係なくこの酒場は営業している。とは言え提供される飲食物には制限がアリ酒の類は夜の方が種類が増えるし料理は朝と昼と夜でメニューが違ってくる。
料理人も交替制で変わるため時間によって味の良し悪しがある。極端な味の差はないと言いたいところだが残念なことに……まあこれはあまり話さない方がいいだろう。料理人にもプライドがある。無闇に傷つけるのは可哀想だ。
で、俺とシュナは小さなテーブルについて向き合っている。
テーブルの上にはエールとつまみの料理。
あ、この時間はハズレ……ゲフンゲフン。口に入りさえすれば何でもいいよな。それほど高い物でもないし。
「ありゃ、これならデイブさんの店にした方が良かったかも。何なら今から変える?」
味付けのやたら濃い焼き肉を口に放り込んでからシュナが顔を歪めた。そうだね、その焼き肉見るからにしょっぱそうだよね。というか細かい塩の塊がくっついてるし。
以前お嬢様に誘われて教会でご馳走になった焼き肉は美味しかったなあ。香辛料と果実の味のするタレ(「黄金っぽい味」て言ってた)をつけて食べると抜群に美味くて……。
あ、やばい思い出したらそっちを食べたくなってきた。
俺は一応我慢して目の前の焼き肉を食べた。
塩味の主張が凄まじい。これ肉はむしろ塩の添え物みたいになってないか?
身体が激しく水分を求めていたので俺はエールを呑んだ。味の薄さが逆にほっとするよ。ろくに冷えてないし味も薄められているから大したエールじゃないんだけどね。てかはっきり言うと不味い。
まあ、また場を移すのもめんどいのでこのまま続けることにした。それにギルドの中にいた方が後から来るイアナ嬢にも見つけやすいだろうし。
イアナ嬢はまだ冒険者ギルドに来ていなかった。
シュナも今日はイアナ嬢を見ていないそうだ。きっと昨夜のあれやこれやのせいでろくに眠れず起きられなかったのだろう。やむなし。
つーことでイアナ嬢はいいや。
「で、昨夜どうしたって?」
「わぁ、ジェイてば訊き方雑」
「そういうのはいいからさっさと話せ。女の子たちと飲んでたらその店に犬獣人が乱入して来たんだろ?」
カチコミかな?
「いやそんな物騒なことになってないから。話を作らないでよ」
文句をつけながらシュナが焼き肉の皿を俺の方へと押しやった。さては俺に押しつける気だな?
「乱入じゃなくて営業だったみたいだよ。ウィル教の十天使レブン、つまり運命の精霊王の指輪を売りに来てた」
「指輪?」
俺は冒険者ギルドに向かう途中で見たタレ耳の犬獣人を連想した。ブルドック似の方は商人ではなくて護衛だろうから最初から除外しています。
「そう指輪。何でもその商人さんによると健康運が上がってどれだけ呑んでも酔わない体質になれるようになるかもしれないんだって。それに病気や怪我も心配しなくてもいいかもしれなくなるかもしれないんだって。凄いよね」
「……」
シュナ。
それ、めっちゃ怪しくないか?
俺がそんなふうに思っているとシュナがやれやれと肩をすくめた。
「ジェイ、その顔信じてないよね? その指輪と商人さんのこと疑ってるよね?」
「あ、まあそうだな」
シュナから圧を感じて俺はそれから逃れるようにエールをあおった。改めて考えなくてもマジで不味いな、このエール。
「でもさ、たまたまその店にいた別のお客さんが商人さんのこと知っててさ、指輪のお陰でお客さんの身内が長患いしていた病気も治って超健康になったんだって。あ、指輪はそのお客さんが買った物を身内に贈ったそうだよ」
「……」
あれ、おかしいな。
なーんかめっさそれと似た話を知っているんだが。
というかほぼ確定。
それ、詐欺だぞ。
今飲んでる不味いエールを賭けてもいい。
飲み放題にしてもいい。
なお、俺がこの賭けに勝った場合、飲み放題のお店はデイブの店に変更します。
ここのエールじゃ逆に罰ゲームになっちゃうからね。
まあそれはさておき。
「あれだ、その犬獣人の商人ってタレ耳で白地に黒のまだら模様がある毛並みの奴だろ。そいつなら今日ギルドに向かう途中で見たぞ。今日のはレブン様の加護で幸運に恵まれるってことになっていたな」
やれやれ、シュナもまだまだだなぁ。
そんなことじゃAランク冒険者として恥ずかしいぞ。
いや勇者として、かな?
「えっと」
シュナガ気まずそうに目を逸らした。
「何か僕が騙されているのを諭そうとしているみたいだけど……その商人さんジェイの見た人とは別人だよ」
「はぁ?」
「だって彼女耳は三角耳でピンと立っていたし、毛並みも明るい茶色だったんだよ。ジェイの見た人とは全然違うでしょ」
「彼女?」
そもそもそこから違ってた。
え、あれ?
男じゃないの?
俺が戸惑っているとシュナがため息をついた。
「ああ、そこからもう違うんだ。じゃあ完璧に別人だね」
そして、妙に安心したように表情を明るくした。
「……」
ん?
何だ?
どうしてそこで安心する?
「実はさ、最初は僕も半信半疑だったんだよね。けど一緒に居た女の子の中の一人がすっかり信じちゃって、その子につられたのか他の子も信じ始めちゃって僕も何だかそうなのかなーって思えてきちゃって……」
「待て待て待て待て」
話が怪しくなってきて俺は慌てて止めた。
「お前、まさか買ってないよな?」
「……」
シュナが黙った。おい。
「買ったのか?」
「ええっと、まあ大して高くないからいいんだよ。むしろ一緒にいた女の子たち全員と同じ物を揃えられた訳だし、それでもっと仲良くなれた気もしたから」
「買ったんじゃねーか。しかも全員分かよ」
「だって僕がいるのに女の子に払わせるなんてできないでしょ」
シュナガ言い返してきた。こいつ必死かよ。
頭が痛くなってきた(致死以外の状態異常無効が突破されたようだ。何故だ)俺は。
「で、効果はあったのか?」
俺はこめかみのあたりを揉みながら訊いた。
シュナが自分の左手を俺に見せた。その中指には昨日までなかった物が填まっている。
そして、このタイミングでシュナの右肩の上に現れる雷の精霊ラ・ムー。
長い黒髪の儚そうな少女の姿をした精霊だ。以前は鳥の巣みたいな髪型のおばちゃん精霊だったのに何故か今はこんなに可憐になってしまっている。責任者がいたら小一時間くらい問い詰めたいくらい詐欺だ。絶対にあのおばちゃんが本来の姿だと俺は思っている。俺は騙されないぞ。
で、そのラ・ムーがむっちゃ機嫌悪い。
あれ、幻覚かな?
いつもならシュナの頬とか耳にすりすりしているはずなのに、今は右耳たぶを掴んで電撃流しているぞ。
何でシュナの奴ぴんぴんしてるんだ?
あ、よく見ると電撃がシュナの肌の上を伝って指輪に流れてる。あれだとシュナに当たってない? ノーダメージ?
というか、これって指輪の効果?
それにしては健康運とは関係ないような。むしろこれだと魔法防御とか無効系もしくは魔力吸収系なんじゃね?
俺は一応訊いてみた。
「で、その指輪の効果は? 昨日より健康になったのか?」
「ほ、ほら、僕って元々健康だし」
シュナが俺と目を合わそうとしない。
うん。
俺は理解した。
健康運アップの効果なんてないね。知ってた。
今度は俺がため息をつく番だった。
シュナガめっちゃ早口に喋りだす。
「いやそんないかにも『こいつ騙されやがった』って反応するの止めてよ。ひょっとしたら僕の祈りが足りないだけかもしれないでしょ。怪我とかしたら効果が現れるのかもしれないし病気を予防してくれているのかもしれないじゃん。あ、何ならジェイが使ってみる? 良かったら銀貨五枚(だいたい五千円くらい)で譲ってあげるよ」
「要らん。てか俺に売ろうとするな」
「えーっ、いいじゃん買ってよ。僕だと今一つ効果があるのかないのかわかんないしジェイならどこか不摂生な感じもするから健康運は必要だと思うよ。ね、買ってよ」
「俺、致死以外の状態異常無効だし」
「……」
ガッカリ。
肩を落としたシュナからそんな言葉が聞こえてきたような気がした。
こいつさては買ったの後悔してるな?