第159話 俺はとある人物の話を聞く

文字数 4,477文字

 内乱で命を落としたシャーリー姫の婚約者がクマゴリラことプーウォルトだとわかった。

 つーか、昔の話とはいえそれでいいのかアルガーダ王国。

 シーサイドダックの話によればシャーリー姫とプーウォルトの婚約は国王や当人たちだけでなく他の人たちも認めていたらしい。リアさんだけは認めてなかったみたいだけどまあそれはリアさんだからなぁ。

 で。

 とりあえず皆でテーブルを囲んで仕切り直し。

 なお、引き続き子供たちはベッドでお休み中です。

 黒猫もテーブルの上から椅子に移って寝てもらっている。邪魔とかされたくないしね。

 でもこいつただ目を瞑っているだけのようだ。猫の癖に狸寝入りとはやるな。

 プーウォルトが玉子蒸しパンを取って一口サイズに千切った。

 それをゆっくりと咀嚼し飲み込むと改まった口調で名乗る。

「本官の名はプーウォルト・ラヤス・ランド。アルガーダ王国の公爵家の嫡男だった者だ。もっとも、ランドの家はこの300年の間に没落してしまったようだがな」
「爵位も失って、末裔の女の子がどこぞの酒場だか食堂だかでウェイトレスをしているらしいぜ」

 シーサイドダックが付け足す。

 彼はバタークッキーを二枚重ねで摘まんで口に放った。

 ボリボリと噛み砕く。

「んで、ウチはプーウォルトの従者としてランドの家に仕えていた訳。何だかんだで付き合いが長くなって未だに一緒にいるんだよ」
「その割にふらっといなくなって何週間も帰って来なかったりするがな」
「んだよ、別に数週間単位ならいいだろ。それにちゃんと土産だって持って帰るんだしよぉ」
「こないだのクラーケンの塩辛は良かったな。あれで量がもっとあれば……」
「大樽で買ってきてやったってのに二日持たなかったもんな。おめーもう少し自重しろ」
「貴様こそ酒のつまみにしてばくばく食っていたではないか。本官一人で食べてしまったみたいに言うな」
「ええっと、それよりどうして二人は300年も生きているんだ? あれか、ファミマに祝福の類でも授かったのか?」

 どうでもいい話にシフトしてきたので俺は気になっていたことを尋ねた。

 プーウォルトがシャーリー姫と婚約していたというのなら彼は人間なのかもしれない。

 いや、公爵家の嫡男だったのだし人間か。

 あんまり人間って感じはしないんだけど。クマゴリラだし。

「貴様、本官に対して失礼なことを思っているな」

 黄色いクマの仮面の目が鋭く俺を睨んだ。うわっ、怖。

 ふんっ、と鼻息を一つしてプーウォルトが言った。

「この身体は半ば精霊化している。本官の被っている仮面の力の効果だ」
「ウチはあれだ、元々長命種な上に魔法で寿命を延ばしているのさ。まあ魔法をかけたのはウチじゃなくてイチノジョウだけどな」
「イチノジョウ?」
「本人は第二級管理者だといっていたぞ」

 俺の疑問に答えるとプーウォルトがギロリと睨んだ。

「それよりさっきから『サー』を忘れて居るぞ。一帯何度言わせたら理解できるんだ? だから貴様はミジンコなのだ」
「もういいからそういうの止めようぜ」

 シーサイドダック。

 彼は面倒そうにテーブルに肘をついてプーウォルトから俺、俺から中空へと視線を向けた。

「ウチらのノリについてこれねぇ奴はとことんついてこれねぇんだからよ。もう好きにさせる方が物事スムーズに行くってもんだ。つーことでもう『サー』はなしだなし」
「むむむ……」

 プーウォルトの眉間に皺が寄る。

 しばし唸り、彼は不承不承といったふうにうなずいた。

「これも時代の流れか。これでは今後の兵士育成のプランも考え直さねばならんな」
「……」

 あれ、何か俺やっちゃった?

 ただ単に「サー」を付け忘れていただけなんだけど。

 それに一回か二回くらいは「サー」を付けていたよ?

 でも、ま、いっか。

 いちいち話の頭に「サー」を付けるのって地味にめんどいし。

 うん、これ幸いってことで普通に話そうっと。

「第二級管理者ってことは(モグモグ)マリコー・ギロックと同格?」

 仕切り直しの際に黒い手から解放されたイアナ嬢が玉子蒸しパンを頬張りながら訊いてきた。

 リアさんに頼んで自分用のおやつを追加で用意してもらっています。しかも特大の大皿で。図々しいですね。

「同格よ」

 アミンが答えた。

 こちらも黒い手から自由になり、イアナ嬢同様自分用の特大皿からおやつを食べている。リアさん甘いなぁ。

「うふふっ、アミンさんは食べた分だけ……いえその倍以上は後で働いてもらいますからね♪」

 リアさんの微笑みが黒い。

 びくりとしたアミンがちょい声を上擦らせつつ言った。

「ででででもイチノジョウってあの内乱の終盤で行方不明になったんじゃなかったっけ? こっちにもそういう情報来てたわよ」
「行方不明……そうだな、むしろそちらの方がまだ希望があって良いな」

 プーウォルト。

「髪の毛一本残さず消滅しちまったからなぁ」

 遠い目をするシーサイドダック。

「……え、何それ」

 お、イアナ嬢が食べる手を止めたぞ。

 それだけ衝撃だったのか。

「うふふふふふふふふ……」

 リアさんは微笑んでいる。

 だが、俺にはわかるぞ。

 その微笑は絶対に何か知っている類のアレだろ。

 俺は尋ねた。

「そのイチノジョウっていうのはあんたらとどう関係しているんだ? あとその不穏な最後はどういうことだ?」
「イチノジョウはなぁ、内乱が始まってすぐくらいにいきなりウチらの前に現れたんだよ」
「黒髪黒目の成人前の子供みたいな奴だったな。やたらひらひらした薄い服を着て『着物っていいよねぇ。こっちにも流行らせたいよねぇ』とか妙な事を口にする変な奴だった」
「……」

 どうしよう。

 何故かお嬢様の同類な気がしてきた。

 本当に何故かはわからんが。

「それでよぉ、あいつまるで未来がわかるみたいに先のこと言い当てやがるんだ。そのお陰でウチらも有利に戦えたりピンチを切り抜けたりしてたんだけどよ。ただ、どうしても逆らえない運命(シナリオ)があるとかでそのことをすげぇ悔しがっていたな」
「うむ。よく『せめて強くてニューゲームできたら』とか『これ無理ゲーなんじゃね?』とかつぶやいていたぞ」
「……」

 どうしよう。

 俺の中でイチノジョウに対する印象がお嬢様の同類で固定化されてしまった。

 つーか、イチノジョウって変人?

 あ、いや、別にお嬢様が変人ってことじゃなくて……。

 やばい、このままだとお嬢様まで変人になってしまいそうだ。

 俺は自分を誤魔化すようにプーウォルトに問いかけた。

「それで? どうしてそのイチノジョウって奴は不穏な最後を迎えることになったんだ?」
「ああ、それにはまずラ・プンツェルのことから話さねばならんな」

 プーウォルトが一度言葉を切り中空に目を遣った。

「そもそもラ・プンツェルは本官たちを襲ったあの女の名前ではない。あの女もまたラ・プンツェルの被害者なのだ」
「はい?」
「被害者って……がっつり加害者でしょ。あれで被害者だって言うならあの女は何なのよ」
「あ、ああ、やっぱりそうなんだ」

 俺、イアナ嬢、そしてアミン。

 おや、アミンは何か知ってる?

 俺はアミンに訊いた。

「何か知ってるのか?」
「う、うん。知っているというか……」

 アミンの歯切れが悪い。

 プーウォルトが思い出したかのように声を上げた。

「そうだったな。そういえば貴様もマンディとは会っていたか」
「ああ、マンディはシャーリーとは従姉妹同士だったもんな。そりゃ王家と親族だし城の中とかで会う機会はあるよな」

 シーサイドダック。

「お茶会に誘われたこともありますよね。王様とグーフィーはアレでしたが従姉妹同士の仲は決して悪くはなかったと思いますよ」 リアさん。
「従姉妹同士?」
「うむ。マンディはシャリの父親つまり国王の実弟のグーフィーの娘なのだ」
「実弟っても五人兄弟の末っ子なんだけどな。んで王様は長男。グーフィーは実弟だけどその臣下」
「へぇ」

 イアナ嬢が玉子蒸しパンの最後の一個に手をつけた。

 空になった特大皿にリアさんが侍女服の袖口から追加の玉子蒸しパンをどさどさと置いていく。これはさすがに食い切れないと思いたいがイアナ嬢だからなぁ。油断できない。

 ……じゃなくて!

 待て待て。

 何かすげぇ嫌な予感がするぞ。

「ひょっとしてあのサークレットを付けた女がマンディなのか?」
「うむ」
「まあちょい考えればわかるよなぁ」
「さすがジェイさん、正解です♪」

 プーウォルト、シーサイドダック、そしてリアさん。

 アミンだけは複雑そうな顔をして苦笑いしていた。

 そして追加情報を放り込もうとするシーサイドダック。

「で、マンディの装着していたサークレットがラ・プンツェル……」
「正確にはあのサークレットと同化しているのが強欲のラ・プンツェルです」

 リアさんが勝ち誇るように告げた。

 すんげぇ嫌そうな目でシーサイドダックがリアさんを睨む。

 完全スルーのリアさん。強い。

 俺はイアナ嬢の特大皿に盛られた玉子蒸しパンが猛烈な勢いで消費されていくのを横目に質問した。

「つまり、あれはマンディというシャーリー姫の従姉妹で付けているサークレットに操られている、と?」
「いや、そうではない」
「まあギリギリハズレってところか?」
「うーん惜しい」

 プーウォルト、シーサイドダック、そしてリアさん。

 はあっとため息をついてからアミンが正解を述べた。

「操られているんじゃなくて乗っ取られているのよ。あれはそういう魔道具なの」
「……」

 何それ怖い。

 俺がやばさをビシビシ感じているとイアナ嬢がゲップした。おいおいはしたないぞ次代の聖女。

 て。

 ワォ、こいつ完食しやがった。信じらんねぇ。

「失礼」

 咳払いするとイアナ嬢は頬を朱に染めつつ短く詫びた。

 アミンに。

「ねぇ、どうして乗っ取られていると断定できるの? もしかしたら違うかもしれないじゃない」
「ラ・プンツェル本人がそう言っていたのよ」

 むっとしたアミンが答えた。

 シーサイドダックがコクコクと首肯する。

「イチノジョウもそう言っていたぜ。記憶や魔力それに魂も吸われてもうどうしようもなくなってるんだとさ」
「ラ・プンツェルはマンディの願いを叶える代償を受け取ったにすぎないと抜かしていたがな」

 憤然とした様子のプーウォルト。

 彼は中空を睨みながら言った。

「たとえそれが事実だろうと本官はラ・プンツェルに好き勝手させるつもりはない。マンディの身体も返してもらう。抜け殻だったとしても関係ない」
「まあ現実的にはウチらにやりようがないからイチノジョウが無茶する羽目になったんだけどよぉ」

 シーサイドダックが目を伏せた。

「何をしたんだ?」

 俺。

「あれだけの強敵を相手に無茶するなんてどんなことをするというの。しかも自分が消滅するようなことなんでしょ?」

 イアナ嬢。

 答えたのはプーウォルトだった。

「イチノジョウは管理者の権限を使ってラ・プンツェルだけを破壊しようとしたのだ。だが、運命(シナリオ)がそれを許さなかった。そのため奴はアルガーダ王国、いやこの大陸を守るためにラ・プンツェルを封印することにした」
 
 
 
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