第182話 俺たちの訓練はまだまだ続く

文字数 3,895文字

 強欲のラ・プンツェルとの戦いから一週間が経った。

 俺たちは当初の目的通りプーウォルトたちの訓練を受けており今日もそれぞれのステージで鍛錬を積んでいた。

 俺も浮島のステージで竜人やブルーワイヴァーンを相手に空中戦や対集団戦の訓練を受けている。

 魔法や能力の発動制限(人間は同時に二つまでしか使えない)が無くなった俺は飛翔の能力で空を飛びながらダーティワークを発現させてマジックパンチを撃ちつつサウザンドナックルで攻撃する、といった戦い方が可能になったのでより自由度の高い戦法を採ることができた。戦いの中で手数が増えるのは俺としてはとても有難いことだ。それだけ状況に応じて対処することができるからな。

 とは言え、やはりこれってより一層常人離れしてきているってことになるんじゃないか?

 俺、まだ自分のこと人間だと言っていいんだよな?

 お嬢様、いいんですよね?


 *


 夜。

 キャンプ地の広場でテーブルの席についてぼんやり夜空を眺めているとイアナ嬢がやって来た。

 当たり前のように俺の隣に腰を下ろす。

「強欲のラ・プンツェルの一件からもう一週間経つのね。一週間なんてあっという間ね」
「そうだな」

 ちなみにテーブルの上には俺の収納から出したエールのコップが一つ置かれている。

 イアナ嬢がウィル教の僧服の袖口から大皿とコップを出した。

 大皿にはバタークッキーの山、コップには湯気の立つ紅茶が注がれている。

 ごく自然な動きでイアナ嬢がバタークッキーの大食いを始めた。凄い速さでバタークッキーが消費されていく。

 一つの山をクリアしたイアナ嬢は袖口からバタークッキーを出して山を聳えさせるとまた食べ始めた。

 食べながら俺に声をかけてくる。

「この国って結構闇が深いわよね」
「ん? 何だ唐突に」
「だってそうでしょ、あたしこの森のことなんて知らなかったし獣人の国を滅ぼしていたことも知らなかったもの。勉強は特に好きだった訳ではないけどそれでもそういう過去の出来事を学んだ憶えはないわ」
「まあこの国にとっては不都合なことだからな。そりゃ特殊結界を張ってでも隠しておきたいだろうしそういった過去をなかったことにしておきたくもなるだろ」

 愉快な話ではないがな。

「でもきっと誰かは隠してある過去に気づくんじゃない? プーニキ教官が言っていたけどラ・プンツェルを倒したことで特殊結界が緩くなってるそうよ。だからこれから森の出入りも増えるみたい」
「ん? 確かこの森にはラ・プンツェルとは別に封印されてる奴がいるんじゃないか? 大丈夫なのか?」

 イチノジョウが言ってた「劇場版の敵」ってのがいたはずだ。

 俺が「劇場版って何だ?」て質問したらはぐらかされたけど。

 ただ、小声で「あのゲーム何故か携帯会社のCMに起用されてその後映画化してるんだよね。劇場版ときファン制作委員会とか立ち上がっていたし……僕もあのCM結構気に入っていたし映画化も歓迎したけどさあ、ちょっとあのメディア展開がねぇ。どうせならテレビアニメ化を先にして欲しかったなぁ」てぼやきだか何だかよくわからないことを口にしていたんだよな。

 意味不明過ぎて逆に耳に残っちゃったよ。

 詳しく訊こうにもあの後すぐにいなくなっちゃうし。

 まあ、イチノジョウたちはあくまで助っ人として来ていたんだから用が済んだら帰っても仕方ないんだよね。それは理解しているんだけど……うーん。

 いくつか謎が放置されてるよなぁ。

 それと……。

「おっ、お前らも月見か? 風情の欠片もなさそうなのに案外風流なんじゃのう」

 アロハシャツを着た金髪の男の姿をした古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)が向こうから現れて俺たちの反対側に座る。喋り方がちょいアレなのに動きはとても洗練されています。何かムカつく。

「エディオン様はいつまでこちらに居るのですか?」

 できればさっさと帰って欲しいと願いながら俺は訊いた。一応相手は俺より何億倍も格上の古代竜なので敬語を使っているが。

 えっ、ラキアも古代竜だから敬語を使え?

 いやいや、あいつに敬語は必要ないでしょ。だってラキアだよ?

 エディオンがバタークッキーに手を伸ばした。イアナ嬢にまだ薦められてもいないのにむっちゃ自然な動作だ。

「そりゃ、お前らの特訓とやらを見飽きたら帰るぞ。じゃけぇ、なかなかに面白いけぇそう簡単には帰れそうもないのう」
「……」

 いや早く帰れよ。

 あんたみたいなのがいたら気が散るだろうが。

「それにできればアミンの奴も連れて帰りたいしのう。あいつはずっと一緒じゃった二人を失って一人になってしもうたけぇ、心のケアをしてやらんといかん。俺の浮島なら静かじゃけぇあいつもゆっくり静養できるじゃろう」
「そうですか」

 アミンは俺たちと異なり、プーウォルトの訓練を受けるためにこの森に来た訳ではない。

 内乱の一見があってリアさんやウェンディから逃げていただけだし、、マリコーのメメント・モリ大実験絡みで雇われさえしなければ最初に身を隠していたエディオンの浮島にいたままのはずだったのだ。

 エディオンがアミンを連れて帰るというならそれもアリなのかもしれない。まあ彼女がそれを良しとすれば、ではあるが。

「きっとシャルロット姫は残念がるでしょうね」

 イアナ嬢。

 大皿に盛られた山が大分小さくなっていたからか彼女は僧服の袖口からバタークッキーを追加した。

 バタークッキーの山が再び聳え立つ。おいおい。

 そして、じっとテーブルの上を見ていたエディオンの分の紅茶もそっと用意。こいつ準備がいいな。イアナ嬢の癖に。

 とか思っていたら足を踏まれた。痛い。

「おう、催促しちまったみたいで悪いな」

 エディオンが口角を上げる。

 二人がかりでバタークッキーの山が攻略され始めた。

 しかし、半分ほど山が崩れると追加されて山がその形を取り戻すため地味にエンドレスになっている。

 てか、おいイアナ嬢。

 お前、どんだけ食うつもりだよ。

 エディオンの方が先にペースを落としているじゃねぇか。

 古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)より大食いなのかよ。

 また変な称号が付くぞ。

「聖女の嬢ちゃん、えらく食うのう」
「そこに美味しい物があればあたしは食べるわよ。それが作ってくれた人への礼儀でしょ」
「ほう、それはええ心がけじゃのう」

 妙に感心した様子でエディオンがうなずいているけど俺は騙されないぞ。

 イアナ嬢、お前単に食い意地が張ってるだけだろ。

 なぁーにが「作ってくれた人への礼儀」だよ。

 だったら好き嫌いなく食えよ。

 俺は知ってるんだぞ。

 お前、クサ豆(ラッキョウみたいな匂いがする)が入ってると食べ残すだろ。

 つーかシュナの皿にこっそり移してただろ。あれバレてるからな。


 *


 大皿のバタークッキーの山が残り数枚になった頃、エディオンが俺に話しかけてきた。

「お前のその腕輪、どえらい魔力を帯びておるのう。どこで手に入れたんじゃ?」
「これですか」

 別に隠すことでもない。

 つーか俺とお嬢様の大切な思い出だ。

 俺は見せびらかすようにマジンガの腕輪をかざした。

「これは俺のお嬢様から貰った物です。どうです、いいでしょう?」
「……」
「……」

 苦笑するエディオンと頬をひくつかせるイアナ嬢。

 あれ? 反応が俺の予想と違うぞ。

 なぜ羨ましがらない?

 お嬢様からのプレゼントなんだぞ。

 羨ましがれよ。

 お嬢様に大して失礼だろ(意味不明)。
「ええっと」

 イアナ嬢がこめかみを指で揉みながら言った。

「左腕のはともかく右腕のは確かシスター仮面一号さんからもらったんじゃなかったの? あたしそうあんたから聞いたんだけど」
「……あ」

 やべっ、そういやそうだった。

 お嬢様が正体隠したかったみたいだからマジンガの腕輪(R)はシスター仮面一号がくれたってことにしてたんだよな。

 イアナ嬢の目つきが鋭くなる。
「ジェイ、どういうことかちゃんと説明してくれるわよね?」
「あ、いや、その」
「何じゃ、お前こんな可愛い娘がおるのに別の女とよろしくやっとるんか。けしからん奴じゃのう」

 エディオンの目つきも鋭くなる。

 わぁ、これどうしよう。

 お嬢様のこと話したら切り抜けられそうだけどそれはまずいよなぁ。

 うーん。



『説明しましょう』


 突然、天の声が聞こえた。


『ジェイさんのその右腕の腕輪はシスターエミリアさんが職人さんに作ってもらった物なのです。それをシスター仮面一号さんに代わりに渡して欲しいと頼みました。なお、シスター仮面一号さんが持っている間に不思議パワーが腕輪に宿ってしまったようですよ』


「はい?」
「へぇ、そうなんだ」
「不思議パワーか。世の中にはおかしなことが起こるもんじゃのう」

 俺、イアナ嬢、そしてエディオン。

 おいおい、こんな説明でイアナ嬢とエディオンが納得するのかよ。

 あれか、何かご都合主義的な力が働いているのか?

「まあそういうことならええわ。それにしてもシスター仮面ってノーゼアにも姿を現すのね。活動範囲広くない?」
「……」

 イアナ嬢。

 もうちょいおかしいなぁとか思えよ。

 つーかこいつ大丈夫か。

 詐欺とかに引っかからないだろうな。

 うーん、心配になってきた。


 そんな感じで夜は更け、新しい朝を迎える。

 俺たちの訓練はまだまだ続くのだった。
 もちろん、イアナ嬢がアンデッドコボルト(浄化不可)に付き纏われる日々も続くのでした(ちゃんちゃん)。
 
 
 
**

 今回のお話で第4章は終了です。
 次の更新で登場人物メモを行い、その次から第5章を始めたいと思います。
 引き続き本作にお付き合いいただけると幸いです。
 
 
 
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