第185話 俺、中身が日本人だと思われる

文字数 3,650文字

「あなたとは前からお話してみたいなあって思っていたの」

 俺の隣の席に座っているメラニアがピンクブロンドの髪を揺らしながら微笑む。

 すごい美人かと問われれば少し返答に困る、そんな程度の相貌の少女だ。

 丸みのある顔に大きな目と小さくて形の良い鼻、柔らかそうな唇に思わず指で突いてしまいたくなる頬……美人と呼ぶよりはむしろ可愛いと呼ぶべき外見だった。まあそのくらいは認めてやる。

 俺のお嬢様の方が何億倍も可愛いけどな。そこは譲らないぞ。

「あなた、中身は日本人よね?」
「はい?」

 ちょい、いやかなり警戒していた俺は想定外の質問をされて耳を疑った。

 つーか変な声が出ちゃったよ。

 メラニアはニコニコして俺を見ていたが「そうそう、おそばがあったのよね」とテーブルの上にあった箸を手に取った。

「うーん、割り箸じゃないのがちょっと残念。私、こういうシチュエーションでおそばを食べるのなら塗り箸じゃなくて割り箸だと思うのよね。あ、塗り箸には塗り箸の良いところがあるのよ。割り箸と違ってエコだし。使い捨てしてゴミにしないで済むのは森林資源の保存とか温暖化大作に繋がるんだから大事なことなのよ。こういうのまだ今は大丈夫とか油断していると後で必ず後悔することになるんだから」
「……」

 え、何?

 メラニアってこんな奴だっけ?

 これ実は俺のお嬢様が化けているってことないよね?

 一瞬、お嬢様かと思っちゃったんだけど。

 うわぁっ、マジか。

 俺、よりにもよってメラニアにお嬢様の姿を見るだなんて不覚にも程があるだろ。

 マルソー夫人に初めて夜遊びを付き合わされた時よりメンタルダメージきてるよ。

 死にてぇ。

「え? あなたどうしたの? いきなりテーブルに突っ伏したりして」

 メラニアが何か言っているが放置。

 こうしている間に手打ちそばの麺がのびるかもだけど気にしない。

 というかもう帰りたい。

 きっつい酒でも飲んで早く寝たい。

 記憶を消したい。

 ああ、メラニアにお嬢様を見るだなんて……。

 声。

「コマンド入力。えっと(ピーと雑音が入る)で」


『ときめきポイントを消費してコマンドを実行します』
『よろしいですか?(はい・いいえ)』


「はい、よ。これじゃ話にならないし」


『コマンド(またピーと雑音)を実行します』


 *


「……」

 あ、あれ?

 俺、どうしてテーブルに突っ伏しているんだ?

 俺は訳もわからぬまま身を起こした。湯気の立つ手打ちそばの器を引っくり返していなかったのは幸いだ。こんな意味不明な状態で手打ちそばまでぶちまけていたら軽く凹む。

「ねぇ」

 女の声に俺は振り向いた。

 そういや隣にメラニアがいたんだった。

「あなた本当は日本人なんでしょ?」
「はい?」

 メラニアが困ったように眉を寄せていた。

 あ、よく見るとこめかみがピクピクしてる。

「あなたのせいでときめきポイントがすっごく減ったんだけど……まあそれは仕方ないとして、本当はすっごく仕方なくないんだけど仕方ないとして、というか普通なら数ポイントでコマンドを実行できるのにどうしてあなたはこれまでのポイントを半減させてしまうような……あ、うんごめんなさいね、今のなし」
「……」

 何こいつ?

 すっげえ早口で理解不能なこと言ってるよ。

 大丈夫か?

 俺が怪訝に思っているとメラニアはふぅふぅと荒くしていた呼吸を落ち着かせるかのように深呼吸した。

 小声で。

「せっかく貯めていたポイントをこんなつまんないところで大量に失うだなんて。あ、そうね。わかってる。モブキャラだと油断した私がいけないのよね。しっかりしなさい私、ヒロインはどんな時も冷静に対処できるはずよ」
「……」

 メラニア。

 お前、本当に大丈夫か?

 あとヒロインはお前じゃなくて俺のお嬢様だからな。

 何のヒロインかは知らんが。

 しばし独り言を呟いてからメラニアはコホンと咳払いした。

「……」

 こいつすげーな。

 咳払い一つで何事もなかったことにしようとしてやがる。

「あ、あなたが普通のモブキャラではないのは良くわかったわ」
「はぁ……」

 もう何が何だか。

「それで訊きたいのだけど、あなた日本人だった記憶とかない? 前世が日本人とか元は日本人なのに別人の中に入り込んでるとかそういうのでもいいわよ」
「……」

 いや、いいわよとか言われても。

 何なの?

 きっと俺が酷く訝しんでいるように見えたのだろう。

 メラニアが謝罪の意思を示すように頭を下げた。まあちょこんとだが。

「あ、突然そんなこと訊かれても困るわよね。ええ、私もそういうの理解しているつもりよ。あなたにだっていろいろあるでしょうし」
「……」

 メラニアが自己完結しようとしている。

 あれ、ひょっとしなくても俺の中身が日本人とやらで確定?

 俺は頭の中がちょい混乱しかけているのを我慢してメラニアに訊いた。

「何で俺が日本人だと思うんだ?」
「だってあなたマリコー・ギロックを倒したじゃない」
「いや倒したのはクソ王子……じゃなくてカール王子殿下だろ?」
「カールくんはあくまでもラストアタックを決めただけ。それも傲慢のラ・バンバとダークブリンガーの力に頼ってね。まあそれはそれで構わないのだけど」

 メラニアがそこで一度言葉を切り、告げた。

「マリコーを追い詰めたのはあなたよね? ケチャがあなたのこと教えてくれたわよ」
「む」

 ケチャの奴、余計なことを。

 ちっ、あの時口止めできていたら。

 あーはいはい無理ですよね。俺とケチャはそういう関係でもないですし。

 どっちかと言うと口封じ云々の方がしっくりしますよね。一応敵方なんですし。

 まあ、後で会ったら一発殴っておくってことで。

「それにマリコーだけでなくあなた他にも活躍してるわよね」

 俺が考えているとメラニアが興味深げに見つめてきた。

 目が噂話好きのおばさんのそれだ。

「マリコーの前にはネンチャーク男爵こと悪魔ジルバを倒しているしシャルロットちゃんのためにクースー草を採取してきた。最近だとランドの森での強欲のラ・プンツェル討伐にも参加してたっていうじゃない。これ、ただのモブには到底こなしきれない功績よ」
「功績……」

 俺がそう口にするとメラニアが大きく首肯した。

 ピンクブロンドの髪が揺れる。

「そう功績。もしあなたがただのモブなら絶対にこれだけのことをできないはずって私は思うの。それなのにあなたはやってのけた。これが特別でなくて何だと言うの? そしてこの特別さにはどんな意味があるか……ええ、私にはピーンときたわ」
「……」

 何故だろう。

 嫌な予感しかしねぇ。

 メラニアが両手を胸の前で組んで目をキラキラさせながら言った。

「いわゆる異世界転生もしくは異世界転移した人によるゲーム知識を利用した知識チートでしょ? もちろんその転生者もしくは転移者はあなた。あ、何ならゲーム転生とか転移って呼んでもいいわよ」
「……」

 あ、目眩がしてきた。

 おっかしいなぁ。俺、致死以外の状態異常は無効にできるはずなんだけどなぁ。

 これその範疇に入ってないのかなぁ。

「こういうのラノベだと場合によっては私とあなたで敵対したりするんだけど今のところそこまで邪魔にはなってないのよねぇ。むしろジルバの時は私の命令であなたたちが動いていたことになっていたから私の株が上がったし、マリコーの時はあなたたちが活躍した分カールくんが楽できた訳だし、強欲のラ・プンツェルの時も……まああんまり私にはプラスになってないかもだけど余計な手間は省けた訳だし」
「……最後のはどっちかっつーとシャルロット姫の評判が上がるんじゃ?」
「シャルロットちゃんは可愛いからいいのっ」
「……」

 いいのかよ。

 まあ、下手なこと言って面倒なことになっても嫌だから口にはしないが。

 とりあえず向こうは俺に敵意を持ってないようだしな。

 それは都合が良いからそのままにしておこう。

 でも、こいつはお嬢様の仇だから扱いは雑にするけど。

 敬語なんて使ってやらないもんね。

 あと、こいつが俺の中身を日本人だと思っているならそれで放置することにしよう。

 あえて否定も肯定もしない。

 向こうが勝手に誤解すればいい。

「……それにしても、あれね」

 俺が今後の方針を決めているとメラニアが言った。

「ポテチとかバタークッキーとかジャムパンとか、食べ物をやたら広めようとするのってどうなの? 王都のお店もあなたが仕掛け人なんでしょ? 人を雇って身代わりに立てているのはもうわかっているのよ」
「……」

 あ、あれ?

 ひょっとしなくてもお嬢様のしていることが俺の仕業になってる?

 まさかシスターラビットが俺ってことにされてないだろうな? あれ性別女だぞ。

 さすがにそれはない……よな?

 俺が内心めっちゃ動揺しているとメラニアが「うふふ」と笑った。

「獣人を従業員にするのは良いとして、あの雇われ店長はねぇ。ウサミミとか付けちゃって……あなたの趣味なのかしら?」
「……」

 お嬢様。

 あなたのせいで俺が変な誤解を受けています。

 責任取ってくれますよね?
 
 
 
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