第21話 俺はイアナ嬢の中に聖女を感じたつもりなのに……何故だ!
文字数 3,435文字
ポテチのことは脇に置いて俺は再度訊いた。
「どうしてイアナ嬢が次代の聖女だと狙われるんだ?」
イアナ嬢は最後の一欠片を指で摘まむと名残惜しそうにそれを見つめた。
「だって、それだとメラニアが聖女になれないでしょ?」
「……」
またあの女か。
きっと俺は酷く険しい顔をしていたのだろう。
イアナ嬢が少しおどけた口調で付け加えた。
「一応言っておくけど聖女ってなりたいからなれるもんじゃないのよ。きちんとした信仰心と人々の信頼、そして何より神のご加護がないといけないの。あの女にそんなものがあると思う?」
「ないな」
「でしょ。だから本当ならあの女が聖女とか有り得ないのよ。少なくとも以前の教会なら相手にもしなかったでしょうね」
「なら、どうしてグランデ伯爵令嬢が狙われるんだい?」
と、シュナ。
話すときは口の中を空にしたようだがこちらもえらいペースでポテチを食べている。どうやら一口食べてみて填まったようだ。
つーか、お前もかい。
俺は小さく嘆息し、自分の前のポテチを一枚手に取った。
「単純にイアナ嬢が邪魔だからってのはあるだろうな。なりたいといってなれるものでないにしても候補者は他にいないに超したことはないだろ? ましてメラニアなら何かしらの方法で聖女の力を得るかもしれない。そうなればもう大威張りで聖女認定の儀式を受けるだろうよ」
言い終えてからパクリ。
うむ。サクッとした食感が素晴らしいな。塩加減もいい塩梅だ。デイブの力量が光ってるぞ。
次また次とポテチに手を伸ばしたい気持ちを抑えて俺はエールを飲んだ。
口の中の塩分と油分を洗い流してさっぱりする。
それからまたポテチを食べた。なるほど、これはやばい食い物だ。いくらでもいける。
「あと、メラニアが学園でカール王子たちを取り巻きにしたように協会関係者、それも聖女選定や認定に関わるような奴らを取り込んでしまう恐れもある。そうなったらどうだ? 聖女の地位をメラニアが望めば取り巻き連中がそれを叶えようとするかもしれない」
「むう」
イアナ嬢が憮然とした面持ちでポテチのあった皿を見つめた。うっすらと油の残った皿は厨房とホールを照らす照明用魔道具の明かりで鈍く光っている。
ちなみに室内を照らす程度の照明用魔道具は比較的安価で出回っている。これは二年前から急激に製造方法が広まったからで、実はお嬢様の居る教会が発信源だった。
旧来の照明用魔道具はその構造も複雑で必要とする魔力も大きく燃費も悪かったのだが新しい照明用魔道具は単純かつ低燃費となっていた。ついでに魔道具のサイズも二回り以上小さくなっている。
その秘密は内部に描いた魔方陣にある、と以前製作者のお嬢様が教えてくれた。
……のだが、あまりそういうことを吹聴しても彼女のためにならないと思うのでとりあえず俺は効かなかったことにしている。
どこにでも金の匂いを嗅ぎつけて近寄ってくる輩はいるからな。
てか、俺のお嬢様ってマジ天使。
えっ、天才の間違えじゃないかって? じゃあ、そっちでもいいや。
「……その、あれよ」
諦めたように空の皿を自分から俺の方に押しやるとイアナ嬢は根菜の煮物にフォークを刺した。この店ではよく出る一品で、ニンジンを鶏ガラのスープと塩バターで煮込んだ物だ。
「父の派閥の人も含めて相当数の人間があの女を聖女候補者に加えるべきだって言い出したの」
「……」
おおっと、予想的中かい。
俺は何となく可哀想になって自分の皿から半分くらいの量のポテチを彼女の皿に移した。
あと、イアナ嬢のポテチを食べまくる姿を見ているのは楽しい。お嬢様にもぜひ見て頂きたいものだ。
イアナ嬢が驚いたように復活したポテチの皿と俺を交互に見て、それから表情をぱあっと明るくさせる。
えっ、いいの?
これ、いいの?
もらっちゃうわよ?
遠慮なんて、しないんだからね!
「……」
おおっ、凄いな。
一言も発してないのにイアナ嬢が何を考えているか手に取るようにわかるぞ。
「ジェイ、僕には?」
「男を甘やかす趣味はない。他を当たれ」
「いや、他なんてないんだけど」
「良ければもっと作ってやるぞ」
しゅんとなったシュナを見かねたのか、カウンターの向こうでデイブが言った。
にっこり。
「もちろん、追加注文になるがな」
*
結局、全員ポテチを追加注文した。
「最初、カール王子の付き添いって形であの女は教会に来たの」
振り返ってみればそれがメラニアの浸蝕の始まりだったのかもしれない。
訪問の回数を重ねる毎に教会の内部はおかしくなった。上の空で作業をする者。口を開けばメラニアの名を出す者。第一王子の妃の話を耳にしない日は無く、神を讃えるようにメラニアを讃える者が続出した。
「メラニア妃を新しい聖女候補に」
という声が教会内で高まるのに時間はかからなかった。
そして、ゆっくりとイアナ嬢の立場は悪化していく。
中の良かった僧侶は地方に送られ、イアナ嬢とはそりの合わない者が周囲に残された。
比較的緩やかな雰囲気だった教会の中は急に締め付けが厳しくなり、規則に違反した者は神の名の下に処罰された。
その澱んで息苦しくなった教会の中にメラニアという風が吹き抜けた。
彼女は王命を理由に教会の改革に乗り出した。問題となった者たちと個別に面談し改心させるとこれまでにない画期的な事務処理方法と運営方針を提示した。それにより教会はそれまで煩雑で無駄も多かった作業内容が一新され、旧来よりも著しく成長することができた。信者数も利益も大幅に増えたのである。
メラニアはただの平民の出だ。
しかし、彼女は第一王子の妃となり、さらには教会の改革の立役者となってしまった。
「で、あたしはなーんもしなかった次代の聖女とか言われちゃったの」
自嘲気味にそう告白するとイアナ嬢はポテチを数枚まとめて口に放り込んだ。
バリボリ。
俺は信じられない気分で彼女を見つめた。
え?
メラニアが教会を改革?
えっ、だってノーゼアの教会にそんな話来てないよ?
それとも俺、単に聞かされてないだけ?
ま、まあ、俺って教会に出入りしているけど別に教会側の人間じゃないからなぁ。
わぁ、凹むうっ。
肩をがっくりとさせているとシュナが質問した。
「それでグランデ伯爵令嬢はなぜノーゼアに? 今の話だとここに来た理由と繋がらないよね?」
「ここに来た直接的な理由はあなたと同じよ。カール王子の命令。でも王子にそれをさせたのはあの女ね」
そして、王都から遠く離れた北の辺境で襲撃して亡き者としようとしたのか。
俺は内心で納得した。ついでにオロシーたちはクエストを受注させるための道具だったのだろう。イアナ嬢がいる俺たちのパーティーが指名されたのも彼女一人を狙わなかったのも全て次代の聖女を秘密裏に抹殺するためだ。クエスト中にモンスターに襲われて死んだとなれば下手するとやむを得ないことで済まされてしまうかもしれない。
まあ、おまけでオロシーも片付けようって腹だったのかもしれないが。あれ、メラニアにとっても邪魔そうだしなあ。いつ足を引っ張られるかわからんし。
ケチャを送り込んだのはイアナ嬢の実力を侮っていなかったからか。そこらの奴らだと返り討ちにされそうだしな。結界の力も強いし、腰にぶら下げたメイスもお飾りって訳でもないだろうし。
たまたまパーティーを組んだ俺とシュナが前衛だっただけで彼女なら僧兵(モンク)としてもやっていけるんじゃないか? まぁ、まだ接近戦をやってるところ見たことないけど。
「……」
何かを察したのかイアナ嬢がギロリと俺を睨んだ。
いや、そういうところだぞ。
*
「とまあ、あたしの話はこんなもんね」
イアナ嬢は締め括るようにそう言うとエールを傾けた。
「となるとあのケチャとかいう子供を差し向けたのってメラニア妃ってことになるのかな?」
シュナがようやく煮物に手を付け始めた。こいつポテチばっかり食ってたからなぁ。
「そうだと思う。ただ、どこであんな化け物を見つけたのかは謎だな。王都の魔道士師団でもあれだけの奴がいるかどうか……」
「それ、恐いんだけど。その子が王都を襲うような事態にならないことを祈るわ」
「おや、グランデ伯爵令嬢は優しいんだね。王都にはメラニア妃もいるんだよ?」
「あたしが心配しているのは市井の人たちよ。何の罪もないのに巻き込まれたら可哀想でしょ」
「お、ちょっと聖女っぽいな」
俺が感心すると足を蹴られた。何故だ。
「どうしてイアナ嬢が次代の聖女だと狙われるんだ?」
イアナ嬢は最後の一欠片を指で摘まむと名残惜しそうにそれを見つめた。
「だって、それだとメラニアが聖女になれないでしょ?」
「……」
またあの女か。
きっと俺は酷く険しい顔をしていたのだろう。
イアナ嬢が少しおどけた口調で付け加えた。
「一応言っておくけど聖女ってなりたいからなれるもんじゃないのよ。きちんとした信仰心と人々の信頼、そして何より神のご加護がないといけないの。あの女にそんなものがあると思う?」
「ないな」
「でしょ。だから本当ならあの女が聖女とか有り得ないのよ。少なくとも以前の教会なら相手にもしなかったでしょうね」
「なら、どうしてグランデ伯爵令嬢が狙われるんだい?」
と、シュナ。
話すときは口の中を空にしたようだがこちらもえらいペースでポテチを食べている。どうやら一口食べてみて填まったようだ。
つーか、お前もかい。
俺は小さく嘆息し、自分の前のポテチを一枚手に取った。
「単純にイアナ嬢が邪魔だからってのはあるだろうな。なりたいといってなれるものでないにしても候補者は他にいないに超したことはないだろ? ましてメラニアなら何かしらの方法で聖女の力を得るかもしれない。そうなればもう大威張りで聖女認定の儀式を受けるだろうよ」
言い終えてからパクリ。
うむ。サクッとした食感が素晴らしいな。塩加減もいい塩梅だ。デイブの力量が光ってるぞ。
次また次とポテチに手を伸ばしたい気持ちを抑えて俺はエールを飲んだ。
口の中の塩分と油分を洗い流してさっぱりする。
それからまたポテチを食べた。なるほど、これはやばい食い物だ。いくらでもいける。
「あと、メラニアが学園でカール王子たちを取り巻きにしたように協会関係者、それも聖女選定や認定に関わるような奴らを取り込んでしまう恐れもある。そうなったらどうだ? 聖女の地位をメラニアが望めば取り巻き連中がそれを叶えようとするかもしれない」
「むう」
イアナ嬢が憮然とした面持ちでポテチのあった皿を見つめた。うっすらと油の残った皿は厨房とホールを照らす照明用魔道具の明かりで鈍く光っている。
ちなみに室内を照らす程度の照明用魔道具は比較的安価で出回っている。これは二年前から急激に製造方法が広まったからで、実はお嬢様の居る教会が発信源だった。
旧来の照明用魔道具はその構造も複雑で必要とする魔力も大きく燃費も悪かったのだが新しい照明用魔道具は単純かつ低燃費となっていた。ついでに魔道具のサイズも二回り以上小さくなっている。
その秘密は内部に描いた魔方陣にある、と以前製作者のお嬢様が教えてくれた。
……のだが、あまりそういうことを吹聴しても彼女のためにならないと思うのでとりあえず俺は効かなかったことにしている。
どこにでも金の匂いを嗅ぎつけて近寄ってくる輩はいるからな。
てか、俺のお嬢様ってマジ天使。
えっ、天才の間違えじゃないかって? じゃあ、そっちでもいいや。
「……その、あれよ」
諦めたように空の皿を自分から俺の方に押しやるとイアナ嬢は根菜の煮物にフォークを刺した。この店ではよく出る一品で、ニンジンを鶏ガラのスープと塩バターで煮込んだ物だ。
「父の派閥の人も含めて相当数の人間があの女を聖女候補者に加えるべきだって言い出したの」
「……」
おおっと、予想的中かい。
俺は何となく可哀想になって自分の皿から半分くらいの量のポテチを彼女の皿に移した。
あと、イアナ嬢のポテチを食べまくる姿を見ているのは楽しい。お嬢様にもぜひ見て頂きたいものだ。
イアナ嬢が驚いたように復活したポテチの皿と俺を交互に見て、それから表情をぱあっと明るくさせる。
えっ、いいの?
これ、いいの?
もらっちゃうわよ?
遠慮なんて、しないんだからね!
「……」
おおっ、凄いな。
一言も発してないのにイアナ嬢が何を考えているか手に取るようにわかるぞ。
「ジェイ、僕には?」
「男を甘やかす趣味はない。他を当たれ」
「いや、他なんてないんだけど」
「良ければもっと作ってやるぞ」
しゅんとなったシュナを見かねたのか、カウンターの向こうでデイブが言った。
にっこり。
「もちろん、追加注文になるがな」
*
結局、全員ポテチを追加注文した。
「最初、カール王子の付き添いって形であの女は教会に来たの」
振り返ってみればそれがメラニアの浸蝕の始まりだったのかもしれない。
訪問の回数を重ねる毎に教会の内部はおかしくなった。上の空で作業をする者。口を開けばメラニアの名を出す者。第一王子の妃の話を耳にしない日は無く、神を讃えるようにメラニアを讃える者が続出した。
「メラニア妃を新しい聖女候補に」
という声が教会内で高まるのに時間はかからなかった。
そして、ゆっくりとイアナ嬢の立場は悪化していく。
中の良かった僧侶は地方に送られ、イアナ嬢とはそりの合わない者が周囲に残された。
比較的緩やかな雰囲気だった教会の中は急に締め付けが厳しくなり、規則に違反した者は神の名の下に処罰された。
その澱んで息苦しくなった教会の中にメラニアという風が吹き抜けた。
彼女は王命を理由に教会の改革に乗り出した。問題となった者たちと個別に面談し改心させるとこれまでにない画期的な事務処理方法と運営方針を提示した。それにより教会はそれまで煩雑で無駄も多かった作業内容が一新され、旧来よりも著しく成長することができた。信者数も利益も大幅に増えたのである。
メラニアはただの平民の出だ。
しかし、彼女は第一王子の妃となり、さらには教会の改革の立役者となってしまった。
「で、あたしはなーんもしなかった次代の聖女とか言われちゃったの」
自嘲気味にそう告白するとイアナ嬢はポテチを数枚まとめて口に放り込んだ。
バリボリ。
俺は信じられない気分で彼女を見つめた。
え?
メラニアが教会を改革?
えっ、だってノーゼアの教会にそんな話来てないよ?
それとも俺、単に聞かされてないだけ?
ま、まあ、俺って教会に出入りしているけど別に教会側の人間じゃないからなぁ。
わぁ、凹むうっ。
肩をがっくりとさせているとシュナが質問した。
「それでグランデ伯爵令嬢はなぜノーゼアに? 今の話だとここに来た理由と繋がらないよね?」
「ここに来た直接的な理由はあなたと同じよ。カール王子の命令。でも王子にそれをさせたのはあの女ね」
そして、王都から遠く離れた北の辺境で襲撃して亡き者としようとしたのか。
俺は内心で納得した。ついでにオロシーたちはクエストを受注させるための道具だったのだろう。イアナ嬢がいる俺たちのパーティーが指名されたのも彼女一人を狙わなかったのも全て次代の聖女を秘密裏に抹殺するためだ。クエスト中にモンスターに襲われて死んだとなれば下手するとやむを得ないことで済まされてしまうかもしれない。
まあ、おまけでオロシーも片付けようって腹だったのかもしれないが。あれ、メラニアにとっても邪魔そうだしなあ。いつ足を引っ張られるかわからんし。
ケチャを送り込んだのはイアナ嬢の実力を侮っていなかったからか。そこらの奴らだと返り討ちにされそうだしな。結界の力も強いし、腰にぶら下げたメイスもお飾りって訳でもないだろうし。
たまたまパーティーを組んだ俺とシュナが前衛だっただけで彼女なら僧兵(モンク)としてもやっていけるんじゃないか? まぁ、まだ接近戦をやってるところ見たことないけど。
「……」
何かを察したのかイアナ嬢がギロリと俺を睨んだ。
いや、そういうところだぞ。
*
「とまあ、あたしの話はこんなもんね」
イアナ嬢は締め括るようにそう言うとエールを傾けた。
「となるとあのケチャとかいう子供を差し向けたのってメラニア妃ってことになるのかな?」
シュナがようやく煮物に手を付け始めた。こいつポテチばっかり食ってたからなぁ。
「そうだと思う。ただ、どこであんな化け物を見つけたのかは謎だな。王都の魔道士師団でもあれだけの奴がいるかどうか……」
「それ、恐いんだけど。その子が王都を襲うような事態にならないことを祈るわ」
「おや、グランデ伯爵令嬢は優しいんだね。王都にはメラニア妃もいるんだよ?」
「あたしが心配しているのは市井の人たちよ。何の罪もないのに巻き込まれたら可哀想でしょ」
「お、ちょっと聖女っぽいな」
俺が感心すると足を蹴られた。何故だ。