第144話 俺を怒らせたてめぇが悪い

文字数 3,382文字

「うおっ」
「ニャ(いきなりこれかよっ)」

 シーサイドダックの展開した魔方陣に吸い込まれた先は足場のない空中だった。

 下は一面の海だがとにかく水面からかなり離れている。つまりここは相当高い位置だということだ。落ちたら死ぬね。間違いない。

 視界の先では幾つもの島が宙に浮かんでいた。大小様々だがどれも俺の現在地から遠い。仮に結界で足場を作ってジャンプを繰り返してもすぐには辿り着けないだろう。

 つーことで。

 持ってて良かった飛翔の能力。

 俺は早速「飛翔」を発動した。

 ふわりと身体が軽くなる。

 いや実際は身体が軽くなっているのではなく魔力を作用させて空を飛んでいるのだが感覚的には「身体が軽い」といった感じだった。

 まあどっちにしても落ちてないんだからいいや。

「ニャー(おい、あっちから何か来るぞ)」

 さてどこかの浮島に上陸しようかと思っていると黒猫が前足で空の彼方を示した。

「……」

 て。

 あれ? こいつ何で落ちないの?

 つーか宙に浮いてるよね?

「おい、お前どうして空を飛べるんだよ。まさか飛翔の能力を持ってるのか?」
「ニャ?(はぁ? そんなもんある訳ないだろ。それに空中移動なんぞ気合いがあればどうとでもなる)」
「……」

 え。

 気合いってそんな便利なものなの?

 てか、気合いって魔力とか関係ないよね?

 あーうん、何だか深く考えたら駄目な気がしてきた。

 止め止め。

「ニャニャ(それより油断するな。ありゃ、結構大物だぞ)」

 黒猫の指している方向から何かが向かってきていた。

 小さな黒い点だった物がだんだん大きくなってくる。それにプレッシャーも感じられるようになっていた。

 向かってくる相手が近づくにつれて次第にプレッシャーも強まっている。

「……」

 て。

 それが何であるか視認できるようになって俺はゴクリと唾を飲んだ。

 巨大な体躯だが妙にサイズの小さな翼。

 真っ黒な身体にそれを上塗りするかのような黒いオーラ。

 もうただひたすらに「邪悪」としか思えない雰囲気がそれから滲み出ていた。つーかいきなりこんなもん出現させるなんてシーサイドダックもどうかしている。

 おい、こういうのは最初は雑魚から出すのがお作法なんじゃないのか?

 ここってシーサイドダックが魔法で作り出した仮想戦闘領域なんだよな? てことは敵も本物じゃなくて魔法で生み出された偽者なんだよな?

 あ、てことはこいつ偽者か。

 ビビる必要ないじゃん。

 俺は迫ってくる敵(?)に左拳を向けた。

 マジンガの腕輪に魔力を流す。

 チャージ。

 黒猫の鳴き声。

「ニャーン(時空竜(タキオンドラゴン)か。なるほどなるほど)」

 黒猫が飛び出した。

 俺がマジックパンチを撃つより早く時空竜(タキオンドラゴン)に突撃する。どれだけの気合いで飛んでいるのかわからないがとにかく物凄い飛行速度だ。

 山のような大きさの時空竜(タキオンドラゴン)に比べて黒猫はめっちゃ小さい。とてもじゃないがまともに戦えるようには見えなかった。

 しかし……。

「ニャー(奥義、烈風牙突!)」

 黒猫が白い光に包まれ猛虎のエフェクトがかかる。猛獣の咆哮が轟き大気を震えさせた。

 猛虎と化した黒猫が時空竜(タキオンドラゴン)の胸に突っ込む。

 ぐおん。

 時空竜(タキオンドラゴン)の姿が歪んだ。

「……!」

 あれ、マリコーが使っていた虚像化だ。わぁ、狡い。

 あんなもん使われたら攻撃なんてまともに効かないぞ。

 虚像となった時空竜(タキオンドラゴン)の巨体を擦り抜けた黒猫が振り向き嬉しそうに口の端を上げた。尻尾もピンと立てている。

 ちなみに、技が終えたからか猛虎のエフェクトが消えて今はただの黒猫に戻ってしまっていた。

「ニャン♪(こいつは楽しめそうだ♪)」

 その黒猫を時空竜(タキオンドラゴン)の実体化した尻尾が襲う。ぶっとくて凶悪な尻尾はそれだけでやば過ぎる凶器だ。あんなもんに当たったら絶対に死ぬ。

 黒猫がギリギリで避けた。

 時空竜(タキオンドラゴン)が苛立たしげに吠える。ビリビリと大気を振動させるその吠え声は耐性のない者なら聞くだけで昏倒してしまいそうだ。

 まあ、俺には効かないけど。

 致死以外の状態異常無効があるからね。

 黒猫と時空竜(タキオンドラゴン)が空中戦を繰り広げる。その戦いは激しく、俺が入り込む隙すらなかった。

 迂闊に遠距離攻撃をしたら黒猫を巻き添えにしてしまうかもしれない。

 かといって直接拳で殴るには黒猫の動きも止めなくてはならなかった。つーかあいつ邪魔だな。

 俺が攻めあぐねているとどこからか男の怒声がした。

 プーウォルトだ。

『デンジャラス猫。貴様、訓練の邪魔をするなっ!』
「ニャー(別に邪魔なんてしてないぞ)」
『しているではないかっ。そいつはステージ9の案内係だぞ』
「ニャ?(はぁ?)」

 呆ける黒猫を時空竜(タキオンドラゴン)の尻尾が打ちすえ……なかった。

 一瞬で黒猫が消失し、時空竜(タキオンドラゴン)の顔の前に現れる。

「ニャンニャーン(やべぇ、危うく殺られるところだった)」

 いきなり顔の前に黒猫が現れて時空竜(タキオンドラゴン)が目を丸くする。

 ニヤリ、と笑って黒猫が猫パンチの構えをとった。

「ニャー(奥義、猛虎百裂拳)」

 黒猫の猫パンチが無数の残像を伴いながら放たれる。

「ウニャニャニャニャニャニャニャニャ……ウニャアッ!」

 顔を滅多打ちにされる時空竜(タキオンドラゴン)。

 凄まじい黒猫の攻撃に「これは終わったな」と俺が思った時。

 時空竜(タキオンドラゴン)の姿がぐにゃりと歪曲した。

 回転するようにその姿が変異していく。

 その変化に戸惑ったのか黒猫の攻撃も止んだ。状況を観察するように時空竜(タキオンドラゴン)から距離をとる。

 やがて時空竜(タキオンドラゴン)だったものがその姿を定めた。

 これまでの巨体を完全に無視してすっかり小さくなってしまっている。これ、黒猫よりずっと小さいぞ。

 それは一匹の妖精だった。

 俺の拳二つ分くらいの身長の背中にトンボの羽根を付けた男の子だ。肌は色白で髪はオレンジ色。吊り目のせいか何となく生意気そうに見える。

 プーウォルトの声。天の声みたいだな。

『そいつの名はタッキー。このステージの案内係だ。見た通り変化の能力を使える』
「……わぁ」
「ニャア(おいおい)」

 俺も黒猫も何とも言えぬ声を漏らしてしまう。

 プーウォルトに紹介されたタッキーが両手を腰に当ててふんぞり返った。非常に腹の立つ態度である。正直殴りたい。

「俺様はプーウォルトの兄貴ことプーニキの舎弟にして最強の案内係のタッキー様だ。これからしっかりとてめーらをサポートしてやるから感謝しやがれ」
「……」
「……」

 俺と黒猫、絶句。

 つーか、こいつ何でこんなに態度でかいの?

 プーウォルトの舎弟なんだろ? 自分で言っていたし。
 あとシーサイドダックの亜空間の中にいるのにプーウォルトの舎弟なんだね。ちょい事情が複雑かもしれないからあえて追求はしないけど。

 いや単純な事情だったとしても訊かないけどさ。めんどいし。

「ふふーん、俺様の凄さに声も出ねぇか。まあ仕方ねぇよな。俺様、そこらの案内係よりよっぽど凄いし」

 タッキーの鼻が高くなる。比ゆではなく実際に鼻が伸びているのだ。ググーンって感じに高くなっていた。

 わぁ、何こいつ。

「ニャ?(こいつ殴っていいよな?)」

 一声鳴いてタッキーに殴りかかろうとした黒猫を俺は止めた。

 思わず尻尾を握ってしまったのはご愛敬だ。

 黒猫がめっちゃ怒っているが不可抗力だと思ってもらうしかない。

 て。おい、俺に猫パンチのラッシュを浴びせようとするのは止めろ。

 わぁ、痛いから止めろ!

「ニャニャー(軽々しく俺の尻尾に触るんじゃねぇ。どうせなら野郎じゃなく超絶美女に触って欲しいんだよっ!)」
「……」

 黒猫。

 地味に自分の願望放り込んでくるんじゃねぇよ。

 なぁーにが超絶美女だ。

 お前にはラキア(オネェ)で充分だ。

「ニャン(ああ、そういやこっちに来る前にお嬢にしてもらった膝枕がすげー気持ち良かったな。またしてくれねぇかな)」
「……」

 おい。

 それは聞き捨てならないぞ。

 あれだ、お嬢って俺のお嬢様のことだよな?

 膝枕って、あの膝枕だよな?

「てめーは俺を怒らせた」

 俺はダーティワークの黒い光のグローブを発現させた。
 
 
 
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