第142話 俺、ミジンコになる

文字数 3,787文字

 お嬢様の命令によってプーウォルトの森に転移した俺。

 おまけがぞろぞろと付いてきたけどまあそれは気にしないということで(でも気にしてしまうのが哀しき性かと)。

 で。

 そんな俺たちを待ち受けていたのは……。


 *


 黒猫の首の後ろを掴んでぶらーんとさせた白いアヒル男が目を細めた。

「こいついきなりウチらに飛びかかってきたんだぜ」
「ニャー(男の挨拶は拳で語るのが常識だぞ)」
「んな訳ねぇだろ。つーか、おめーその猫パンチはやば過ぎだろ。なーんで当ててもないのに地面にクレーターができるんだよっ!」
「ニャニャ(それは肉球が滑っただけだ)」
「んな物騒な肉球があるかっ!」

 アヒル男と黒猫がぎゃあぎゃあやり始める。アヒル男の声は酷いダミ声でうっかりすると聞き取れないくらい癖があった。

「シーサイドダック、少し黙れ。本官の話ができん」

 怒りがトーンダウンしたのかやや呆れ声で黄色いクマの仮面男が言った。

 大きなため息を吐き、気を取り直したかのように声を張る。

「本官はプーウォルト。このランドの森にて貴様らを鍛え直すよう女神様より命じられた。故にこれから徹底的に貴様らを……」
「ウチはシーサイドダック。見たまんまアヒルの鳥人だ。よろしくな」

 片手を挙げてアヒル男が挨拶してくる。

 シーサイドダックは首から上がアヒルで首から下が人間の鳥人だった。今は広げられていないが背中には折り畳まれた翼があるはずだ。

 やたら大きなプーウォルトと比べると慎重はその三分の一くらいか。大人と子供と言ってもいい身長差である。

 プーウォルトとシーサイドダックは二人とも異国の服を着ていた。以前お嬢様が教えてくれたガクランに似ておりプーウォルトはきっちり詰め襟の部分まで閉じていた。シーサイドダックは詰め襟を閉じておらずボタンも上から二番目まで外している。ちなみに服の色は二人とも黒だ。ボタンが金色で黒と金の組み合わせが何となく格好良い。

 まあ俺は着ないけどね。詰め襟とかちゃんとしたら息苦しそうだし。

「……」

 あれ?

 俺もしかしてプーウォルトと会ったことある?

 三年前にお嬢様の命令で特訓を受けた時に指導してくれた教官にそっくりじゃね?

 はっきり言って二度と会いたくなかったんだけど。


「そうそう、このプーウォルトは変なお面を付けてるけどふざけてる訳じゃねぇからスルーしてやってくれ。いわゆる顔出しNGってだけだから」
「いや、本官は別に顔は出せる……」
「どうしても理解できないって言うなら単に恥ずかしがり屋さんってことにしておいてくれ。ウチもそんくらいの認識でこいつを相手にしてるし」
「……」

 どうやらプーウォルトに事情があるようだがシーサイドダックの認識が酷い。

 ま、つっこまないけど。めんどいし。

「え、えーと。挨拶が遅れたけどあたしはイアナ。よろしくね」
「僕はシュナだよ。」
「ジューク」
「ニジュウ」

 イアナ嬢に続いてシュナ、ジューク、そしてニジュウが名乗る。

 俺も三年ぶりの挨拶も込めて名を告げようとして口を開きかけたが「よしわかった!」というプーウォルトの大声に遮られた。

「いいか、貴様らはこれからここで本官が徹底的に鍛え直す。朝から晩まで、いやたとえ夜が更けようとも一人前の戦士となるまで本官がその甘ったれてクソまみれの弱っちい根性を矯正してやるから必死で食らいついてこいっ!」
「……」

 ええっと。

 あのー、俺まだ挨拶してないよね?

 どうして話を進めようとするかなぁ?

 てか、こいつ俺のこと憶えてない?

 ま、まあ俺もさっき思い出すまですっかり忘れていたけどさあ。

 それでもちょい酷くない?

 だが、俺の心の声は無視された。

 まあ声に出してないし聞こえてもないだろうから無視されても仕方ない。めんどいからこのままスルーしようっと。

「いいか、貴様らは今後人とは見做さん。貴様らはもはや人ではない。人以下のクズ、虫ケラ、いやミジンコだっ! そんなミジンコどもにいくつかの決まり事を教えてやる」
「……」

 えっ、何こいつ?

 ただでなくても黄色いクマの仮面なんか被っててやばそうなのにこのテンションはやばさの重ねがけでしかないでしょ。

 つーか人をミジンコ呼ばわりってどうなの?

 あ、イアナ嬢とシュナがぽかんとしてる。

 ジュークがめっちゃドン引きしてるし。

 おいおい、ニジュウ。お前何でそんなキラキラした目でプーウォルトを見てるんだよ。

 あれか、こいつの喋り方が琴線に触れたのか? 後で真似とかしないだろうな。うわぁ、心配。

 などと見た目五歳児への悪影響を心配しているとプーウォルトがさらに話を続けた。

「まず本官がここでは貴様らの上官となる。上官の言葉は絶対だ。いくら雨が降っていても本官が晴れていると言えばその時の天候は晴れだ。カラスの色が黒くても本官が白いと言ったらそのカラスの色は白になる」
「んな訳ないでしょ」

 イアナ嬢がつっこんだ。

 プーウォルトの眼光が鋭くなる。

「貴様、上官に楯突く気か? それと発言をする時は最初にサーを付けろ」
「楯突くも何もあんた滅茶苦茶でしょうが。なーにが上官の言葉は絶対よ。あんた、あたしたちのことそこらの新人冒険者と一緒にしてるでしょ。甘く見たら大間違いなんだからねっ」
「ふんっ、口の利き方も知らぬミジンコか。それより最初にサーを付けるのを忘れているぞ。その程度のことすらできんのか」
「ぬぁーにがサーよ」

 イアナ嬢が両手を腰に当てた。

 て、この構えは。

 わぁ、止めろ止めろ。

 短期を起こすんじゃねぇ!

「グ、グランデ伯爵令状。落ち着いて」
「おっかない聖女、凄い怒ってる」
「わぁ、いいぞいいぞ。やっちゃえやっちゃえ!」

 シュナ、ジューク、そしてニジュウ。

 てか、ニジュウの「やっちゃえやっちゃえ」が「殺っちゃえ殺っちゃえ」に聞こえてならないのだが。

 これはちょいお気楽に煽ってるだけなんだよな?

 殺意はないよな?

 などと俺が思っているとイアナ嬢が両手を前に突き出した。

「クイックアンドデッド!」

 瞬間、四つの煌めきが宙を走る。

 だが。

「ふん、児戯だな」

 四方向から仕掛けたと思しき円盤は目にも止まらぬ速さでプーウォルトに捕まってしまった。

 両手に二枚ずつ、合計四枚の円盤がプーウォルトの手に握られている。もしかしなくてもまだ回転しているのだがプーウォルトは全く気にしていないようだ。

 というか、あれ手に怪我とかしないのか?

 どんだけ頑丈な手なんだよ。

「おい、プーウォルト。それ危なくないのか? 見てるこっちがひやひやするんだが」
「ニャー(あれくらいなら俺も気合いで防げるぞ)」
「んな訳ねぇだろ。阿呆か」
「ニャ(やれやれ、気合いが足りん奴はこれだからいかん)」
「猫の癖にため息混じりに肩をすくめるんじゃねぇ。馬鹿にしてんのか?」

 また黒猫とシーサイドダックがぎゃあぎゃあやりだした。

 それを一瞥してからプーウォルトが円盤を宙に放り投げる。

 イアナ嬢が再び円盤のコントロールを得るより早くプーウォルトが両手の人差し指を立ててラッシュを繰り出した。

「わたたたたたたたた……うわたぁッ!」

 素早い突きがミスリル製の円盤を穴だらけにしていく。

 円盤に施された専用魔道具としての術式も破壊されてしまったのだろう、プーウォルトの攻撃を受けた円盤はボロボロになって地に落ちた。

「……え」

 目を白黒させるイアナ嬢。

 何やら言いかけて止めるシュナ。

 ジュークが自分の万能銃に手を伸ばし駆け思い直したかのように胸の前に手を戻した。

 ぐっとその手を握る。

「あいつジュークより強い。ジューク、あいつより強くなりたい」

 何やら決心した様子である。

 ほいでニジュウはというと。

「おおっ、熊共感凄い。惚れそう」
「……」

 ニジュウ。

 お前、ああいうのがいいのか。

 保護者(自称)としてはあんまりお薦めしたくないタイプなんだがなぁ。

 円盤を失ったイアナ嬢が両膝をついて崩れた。

「そんな、あたしのクイックアンドデッドがこんなあっさりと敗れるだなんて……」
「こんな下手クソなオールレンジ攻撃で何かをやったつもりになっていたのか?甘い、甘すぎる。この程度の低い魔力操作ではスライムですら斬れぬわ。それと発言の前にサーを忘れているぞ。だから貴様はミジンコなのだ!」

 プーウォルトがシーサイドダックに向いた。

「このミジンコはステージ2だ」
「へいへい」

 シーサイドダックが雑に応じる。

 彼は黒猫を俺たちの方にポイと投げると両手を広げて早口に呪文を詠唱した。聞き覚えのあるようなないようなそんな呪文だった。でもどぎついダミ声のせいでそう聞こえるだけなのかもしれない。

 イアナ嬢の前に魔方陣が展開した。

 有無を言わさず魔方陣がイアナ嬢を吸い込む。

「えっ、あっきゃあ」
「イアナ嬢っ!」
「グランデ伯爵令状!」
「おっかない聖女、消えた」
「このアヒル教官も凄い、おっかない聖女瞬殺!」
「ニャー(おやおや、嬢ちゃんが速くも特訓開始か)」

 俺、シュナ、ジューク、ニジュウ、そして黒猫。

 ニジュウ、あれきっと瞬殺とかじゃないぞ。

 それに勝手に死んだことにすると後が怖いと思う。間違いなく怒られるコースだ。

 ……て、黒猫。。

 お前、ひょっとしてあの魔方陣のこと何か知ってるのか?

 しかし、俺が黒猫に問い詰めるより早くシーサイドダックが魔方陣の謎を明かした。
 
 
 
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