第93話 俺は生命の精霊王に質問される

文字数 3,514文字

「ダニーさん、もう止めて」

 俺に猫パンチのラッシュを放った黒猫が飛び退くと、ジュークがその後ろ首を掴んで持ち上げた。

 ぶらーんとなった黒猫がニャーニャー騒ぐ。

 しばしの間俺と睨み合うと黒猫はふっと笑んだ。やけにニヒルだ。

 もう、とジュークが頬を膨らませ、ニジュウがぺしっと黒猫の頭を叩く。

 黒猫が不服そうに「ニャア」と鳴いた。

「この子はダニーさん」
「ニジュウたちの家のお客さん」
「お客さん?」

 俺は黒猫から目を離さずに訊いた。

「お前らが飼ってるんじゃないのか?」
「飼い主、ジュークたちじゃない」
「ニジュウたち、そんな余裕ない」
「……」

 まあそうだな。

 お子様二人で生きているんだ。とても猫なんて飼える余裕なんかないか。

 となると、こいつは野良か?

「……」

 よく見ると黒猫の首の肉に埋もれるように首輪が填まっていた。

 あ、これフォレストワイヴァーンの皮でできてやがる。固定具の金具もミスリル製だ。高級品かよ、生意気な。

 とか俺が思っていたら黒猫がフフンと鼻で笑いやがった。うわっ、ムカつく。

 黒猫をぶら下げたままジュークがドアを開け、俺は家野中に入った。ニジュウが後に続きすぐに俺を追い抜いて家の奥に走って行く。

 外観はさして大きくなかったが家野中は案外広かった。入ってすぐに長方形の天板のついたテーブルがあり四脚の椅子が二脚ずつ向かい合うように置かれている。

 左手には暖炉のような形をした石造りの箱。古代語で文字が掘られているが俺の立ち位置からだと詳しくは読めない。そこから少し離れた位置に照明用の魔道具が壁に据えられていた。ただし、俺のお嬢様が作った物よりサイズが二回りも大きい上に何だかごつい。センスよりも実用性重視って感じだ。

「珍しいか?」

 俺がずっと見ていたからだろう、ジュークが黒猫をぶらーんとさせたまま照明用の魔道具に近づいた。

「これ、マムが作ったのをパクった」
「えっと、あれか」

 俺はちょっと迷ってから訊いた。

「マムや姉妹が亡くなってお前らが旅に出た時に持ち出したってことか?」
「うん」

 ジュークが照明用の魔道具に触れるとごつい照明が白く光った。室内にいるというのに外で陽光に照らされているかのような明るさだ。

「……」

 すげーな、これ。

 見た目はアレだが性能は充分なんじゃね?

「ジェイ、吃驚してる。ジューク、お腹いっぱい」
「それはあれか、満足って言いたいのか?」
「そうとも言う」
「……」

 めんどい。

 ま、喜んでいるならそれでいいか。

 ジュークが黒猫と共に奥野部屋に消える。代わりにニジュウが盆にコップを載せて戻ってきた。

 お、気が利くな。

「ジェイ、少し待ってて」

 ニジュウが腰の小袋から折り畳まれた紙包みを取り出した。

 どうやら粉薬だったようでそれを飲み始める。

 て。

 そのコップ、自分用かよ。

 ……じゃなくて。

「お前、どこか具合が悪いのか?」
「具合が悪いというか、生きるために飲んでる」
「……」

 どういうことだ?

 と、俺が思っていると中空から声がした。


 ああ、ようやく僕ちゃんの出番だねっ!


「……」

 何か変な声が聞こえた。

 ニジュウが中空を見る。

「天使様だ」


 うんうん、そうだよ。僕ちゃんは天使。とってもとぉーっても可愛い天使なのっ♪


「……」

 いやこの声。

 お前ファミマだろ。

 まあ精霊王な訳だし、ウィル教的には十天使って呼ばれているんだからあながち間違いでもないんだが。

「という訳で、僕ちゃん降臨でーすっ♪」

 空間から天使の格好をした黒髪の男の子が現れた。

 生命の精霊王ことファミマである。

「わぁ、天使様」

 テンションの上がったニジュウにファミマがうんうんとうなずく。

「はいはい、こんにちは。あ、いつものお願いねっ」
「はーい」

 元気良く返事をするとニジュウが奥の部屋に駆けていく。

 俺はそれを見送ってからファミマに言った。

「随分と気安いな」
「僕ちゃんいつもこんなもんだよ」
「と言うか、ここに来たの初めてじゃないな?」
「そだよ♪」

 俺は軽く目眩がしてきた。

 額を手で抑える。

「あれか? やっぱりジュークとニジュウがお子様だからか? そういうのが好きなのか?」

 確かシスター仮面二号もお子様っぽかったからな。

 あっちは……まあもうちょい歳が上だと思うが。

 むう、とファミマが頬を膨らませた。

「別に僕ちゃんはロリコンじゃないよ。リアじゃあるまいし」
「ああ、そうだな」

 あれと一緒にはされたくないか。

 でも、かなりシスター仮面二号に入れ込んでなかったか?

「そりゃね、僕ちゃんもあのギロックたちには気を配っているよ。何せあの子たちは特別だからねっ。けど、アンゴラちゃんはもっと特別だからっ」
「……」

 こいつが特別とか言うとなーんかロリコンみたいに聞こえるんだよなぁ。

 見た目は子供なんだから別にお子様好きでもセーフそうなんだが。

 いや、こいつ実年齢は子供じゃないか。やっぱアウトだな。

 て、ちょい待て。

「ギロックたちは特別なのか? どう特別なんだ?」
「うーん」

 俺の質問にファミマが腕組みした。

 思案するかのように目を瞑る。

「これ言った方がいいのかなぁ。女神様のルールもあるしやたらなことして呼び出しとか調整なんて目に遭ったらアンゴラちゃんのところに遊びに行けなくなっちゃうかもしれないし……」
「……」

 アンゴラちゃん、ね。

 うん、いろいろつっこみたいけど止めておこう。

 面倒な事になっても困るし。

「まあいいや、たぶん必要な情報だろうし話しておこうっと♪」

 あ、決断した。

 でも何だか軽いなぁ。

「あの子たちはね、精霊とホムンクルスを半々に混ぜたキメラなの」
「はい?」

 思わず声が頓狂になった。

 だってそうだろ。

 精霊とホムンクルスを半々に混ぜたキメラだと?

 何だよそれ。

 あいつらは俺の知らない種族とかじゃなかったのかよ。

「ジェイ・ハミルトン」

 ファミマに名前で呼ばれた。

 俺と目を合わせると真面目なトーンで尋ねてくる。

「君は自分のこと人間だと思ってる?」
「……」

 俺は人間だ。

 精霊が身に宿っていたり左拳をぶっ放したりオールレンジ攻撃をしたりと正直常人からかなり離れてしまっているかもしれないが、それでもまだ人間なのだ。

 何よりもあの時お嬢様が俺を人間にしてくれたのだ。

 別の何かになんてならない。

 もちろん狂戦士にもならないぞ。

「俺は人間だ」
「そう」

 ファミマのこの態度。

 こいつ、俺のことを知っているな?

 ああ、そうだな。こんなんでも一応は精霊王か。それなら俺のことを知っていてもおかしくはない。

 しかもこいつが司っているのは「生命」だからな。

 はぁ、とファミマがため息をつく。

 彼は俺をじっと見つめると告げた。

「人造の魔法戦士を作ろうとしている馬鹿がいるんだ」
「……」

 俺の脳裏に一人の魔導師の顔が浮かんだ。

 ファミマが大きく首肯する。

「うん。たぶんそいつで合ってるよ」
「あいつが生きているのか?」
「生きている……と言えば生きていることになるのかな。僕ちゃん的には承服できないけど」
「……」

 どういうことだ?

 俺はファミマを睨みつけた。

「あいつはドラゴンの尻尾で吹っ飛ばされて炎の中に落ちたんだぞ。村の全てを焼き尽くした業火の中にだ。それで生きていられるはずがない」
「そうだね。けど……」

 ファミマが言いかけたその時、奥のドアが開いた。

 お盆にコップを載せたニジュウが戻ってくる。今度は俺の分もあるようだ。

「わーい、僕ちゃん待ってたよ♪」

 いつもの調子でファミマがコップを受け取る。

 一口飲んでから嬉しそうに笑った。

「やっぱり美味しい。これ、女神様が前に飲ませてくれたサイダーって飲み物に似ているんだよね。この口の中で弾けるような感じが楽しくてすごーく良いっ♪」
「……」

 女神様、か。

 何故かお嬢様の顔が頭に浮かんで俺はぶんぶんと首を振った。

「ジェイ、どした?」
「あーニジュウちゃん、彼のことは放っておいてあげて。人にはどうしても簡単には受け容れられないことがあるんだよ♪」
「なるほどー」

 こくこくと首肯するニジュウ。

 それより、とファミマが空間から拳大の水晶玉を取り出してニジュウにかざした。
「……うん、これといって異常はないみたいだね。お薬はきちんと飲んでるし、これならまだまだ血栓の心配はないかな?」
「ニジュウ、天使様のお薬ちゃんと飲んでる」

 ニジュウがえっへんと胸を張った。

 ファミマがニジュウにふわふわと近寄って頭を撫でる。

「よしよし、偉い偉い」
「えへへー」

 目を細めながらニジュウが嬉しそうに笑う。微笑ましいな。

 とか俺が思ってたら。

「この子たち僕ちゃんのお薬がないと死んじゃうんだ」
「はい?」
 
 
 
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