第99話 俺は目を醒ます

文字数 3,751文字

「う……ん」

 俺が目を醒ますと右頬に猫パンチを食らっていた。

 黒猫にかなり手加減されていたからか、それとも俺が眠っていたからか痛みはほとんどない。

「ニャ」

 ぼんやりと黒い毛並みを眺めていると黒猫が少し呆れたように鳴いて前足を引っ込めた。

 ゆらりと尻尾を揺らして黒猫が視界から消える。

 どうやらベッドから降りたらしい。

 何かにぶつかってから遠ざかっていく黒猫の足音を聞きながら俺は首だけを動かしてあたりを見回した。

 ここはどこかの一室らしく俺の寝ているベッドの他に小さなテーブルと椅子しかない。

 窓は俺の寝ている側にあり反対側に半開きのドアがあった。部屋は全体的に簡素な造りだ。

 天井には丸い光の球が浮かんでいた。窓の外は夜だというのにまるで昼間の太陽のように明るい。

 魔法による光ではない。

 あれは……そう、魔道具だ。

 どたどたと駆け足が近づいてくる。

 慌ただしくドアを開けて入室してきたのはギロックだった。

 チョーカーの色からニジュウだとわかる。

「ジェイ、目が醒めた?」
「ニャ」

 黒猫が「目を醒ましたからお前を呼んだんだろうに」と言いたげに鳴く。呆れが態度に出てるぞ。

 とてとてとニジュウが俺に寄ってきて身を乗り出した。ふわりとミルクのような匂いがする。いやこれはお菓子の匂いか?

 そういやこいつ口のまわりに食べカスがついてるぞ。食ってたな?

 まあ今はそれをつっこんでいる場合じゃない。

 俺はゆっくりと半身を起こした。

 見上げてくるニジュウに尋ねる。

「俺、いつから寝てた?」
「一昨日から。天使様(ファミマのこと)が命に別状はないって言ってた。でも心配した」
「そうか」

 ぽん、と右手をニジュウの頭に置いた。

「心配してくれてありがとうな」
「えへへー」

 ふにゃりとニジュウが嗤う。だらしない顔だ。食べカスを口のまわりに残しているからか残念感が酷い。

 黒猫がフンッと鼻を鳴らした。

 ぱしんぱしんと尻尾で床を叩いている。

 その音に呼ばれたからではないだろうがすうっと空間からファミマが現れた。

 少し遅れてドアを壊さんばかりの勢いでジュークが部屋に飛び込んでくる。

「……」
「えへへー」
「ええっと」
「ニジュウ、ずるい」
「ニャア」

 俺、ニジュウ、ファミマ、ジューク、そして黒猫。

 室内に微妙な空気が漂う。つーか、ちょい気まずい?

 ファミマがコホンと咳払いした。

「あ、あれだね。うん、わかってたけど無事で何よりだよっ」
「お、おう」

 俺はニジュウの頭から手を離した。何となく手をひらひらと振りたくなるが止める。

 ジュークが突進して俺とニジュウの間に割り込もうとした。ムキになっている顔が可愛い。

 ……いや、俺はロリコンじゃないぞ。

「ニジュウばっかりずるい。ジュークも」
「ジューク、遅れて来たのが悪い」

 押し退けられそうなニジュウは迷惑そうだ。

「ジューク、夕飯作ってた。炒め物」
「アカニガカラシの匂い、そのせい?」
「たっぷり使う、美味しい♪」
「ジューク、本当に酷い奴」
「料理するのジューク。嫌なら自分で料理すればいい」
「料理、面倒。ニジュウ、食べるの専門」

 ぎゃあぎゃあと言い争うギロックたち。

 ファミマは苦笑い。

 黒猫はやれやれとため息をついているし……て、人間みたいだな。

 まあいいや。

 俺はギロックたちを無視してファミマに訊いた。

「宙ボス……あのでかい亀は倒せたんだよな?」
「あ、うん」

 ファミマがうなずいた。

「粉微塵どころか消滅レベルで滅んじゃったよ。あれじゃ倒せても素材なんか取れないね。アッザムタートルなんてすごーくレアな素材が獲得できるはずなのに」
「……」

 あ、あれ?

 ひょっとして俺、勿体ないことした?

 でも、あんなの放置していたら素材どころじゃなくなったかもしれないし。

 はあっと深く嘆息してからファミマが言った。

「そりゃバトルな訳だし僕ちゃんがどうこういうのは筋違いかもだけどさ。なーんでリアの滅びの玉を撃っちゃうかなぁ」
「殴っても効かなかったしな。それにマジックパンチもハンドレッドナックルも使えなくなっていたし」
「それであれ? もっと他の攻撃手段とかなかったの?」
「ベストな選択だと思ったんだが」
「はぁ……」

 またも嘆息。何故だ。

「いや、もういいけど。お陰でアッザムタートルも撃破したんだしね。ただ、そのせいでリアが調整食らったんだけど」
「リアさんが?」

 確かにあの攻撃はリアさんの力を使ったようなものだが。

 それでリアさんが調整?

 具体的に「調整」が何なのかはわからないがえらい目に遭いそうだな。気の毒に……て、自業自得感がハンパないが。

 まあ、あの黒い光球はかなりやばい威力だ、ということで。

「威力もだけどあの一発で付近一帯消滅しちゃうからね。フルパワーだったら世界が終わってた。そのくらいやばいんだよ」

 ファミマが中空に光球を生み出した。さして長持ちもせず光球が消えて光の残滓が淡く残り、やがてそれも消える。

「あーうまくいかないや。僕ちゃん、やっぱり攻撃系は苦手だなぁ」
「……」

 精霊王にも得手不得手はあるのか?

 割と何でもアリな気もするが。特にリアさんとか。

 ファミマが俺に向いた。

「あの力は封印扱いで頼むね。それを厳命するって条件で僕ちゃん今回の宙ボス戦のアナウンスを遅らせることができたんだから。だって眠ってる間に結果報告なんて嫌でしょ?」

 てことで、とファミマが一拍置いて言った。

「宙ボスバトルの結果報告よろしくっ」

 ファミマの呼びかけに応じるように天の声が響いた。


 お知らせします。

 魔力吸いの大森林エリアの中ボス・アッザムタートルがジェイ・ハミルトンによって撃破されました。

 なお、この情報は一部秘匿されます。


「……」

 天の声による結果報告がまだあるかと待っていたが続きはなかった。

 ギロックたちが不満を零す。

「ええっ、ジェイ頑張ったのにそれだけ?」

 ジューク。

「ご褒美は??」

 ニジュウ。

 ふっ、と黒猫が小馬鹿にするように笑った。尻尾がゆらりと揺れる。

「ニャ」
「……」

 こいつ、俺に「大物倒したのにくたびれ儲けでやがんの」とか思ったな。

 とんでもない黒猫だな。

「あーうん、ところでさ」

 ファミマ。

 ぽりぽりと頬をかきながら。

「僕ちゃんたち精霊王ってさ、女神様ほどじゃないけどこの世界を管理する資格を持っているんだ」
「資格?」

 俺がそう返すとファミマはうなずいた。

「正確には管理じゃなくて管理補佐の資格だけどね。上位権限は管理者である女神様が握っているんだ。いわゆるルールで僕ちゃんとかの行動を制限できるのはそのせい」
「……」

 なるほど。

 でもその割にはリアさんとかはルールを無視してなかったか?

 ネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)とやり合ったときとか結構やらかしていたぞ。

「まあ、ね。リアみたいに無茶する奴もいるけどさ。ロッテも割と好き勝手やってるし。そのあたりは個人差もあるんだよ。僕ちゃんのように真面目な精霊もいるけどね」

 フフンとファミマが胸を張った。両手は腰だ。何か偉そうでムカつく。

「それで」

 と俺。

「何故そんな話を?」
「ちょっと厄介なことになっていてね」

 ファミマが腕を組んで顔をしかめた。

「アッザムタートルと戦う前に襲ってきたギロックたちがいたでしょ。言ったと思うけどあの子たちはあれで生後一ヶ月くらいなんだ。詳しいやり方は教えられないけど無理矢理成長速度を速めた結果があれな訳」

 俺は相槌の代わりに首肯する。

 ギロックたちが騒いだ。

「あれずるい。ジュークもおっきくなりたい」
「妹の癖にニジュウより大きいなんて納得いかない」
「マム、ジュークたちの成長止めた」
「ニジュウ、いつまでもお子様。実験成功していても嬉しくない」
「……」

 ん?

 俺は自分の耳を疑った。

 こいつら実年齢で五歳とか六歳とかじゃないのか?

 えっと。

 じゃあ、こいつら何歳?

「なあ」

 俺は恐る恐る訊いてみた。

「お前ら今幾つなんだ?」
「ほえ?」

 ニジュウが阿呆面でこちらを見る。

 ジュークがベッドから離れた。

 丁寧にポーズをとり、淑女の挨拶をしてくる……て、そんなのどこで覚えた?

「ジューク、十五歳」

 慌ててニジュウも横に並んだ。

「ニジュウも十五歳。もう大人」

 なお、アルガーダ王国の規定では十五歳から成人とされている。

 ただ、農村などでは七歳くらいから大人扱いされて農作業などの仕事を与えられているし貴族とかだと二十歳になっても子供扱いされて自由気ままに遊んでいたりする。まあ後者はもれなく駄目貴族になるが。

 一応貴族なら大人の仲間入りを示すためのセレモニーというかデビュタントがあるのだがそれでも馬鹿な親によって甘やかされて実質子供な大人になる子息は後を絶たない。

 ああ、嫌だな。

 俺は数人のお貴族様を頭に浮かべてしまいげんなりした。全員が何かしらやらかしているであろうことは容易に想像がつく。

 全員どっかで野垂れ死にしたらいいのに。

 ……じゃなくて!

 いかん、あまりのことに現実逃避しちゃったよ。

「お、お前ら十五歳なのか?」

 信じたくない気持ちが勝って俺は質問してしまう。

 答えたのはファミマだった。

「そうだよ。この子たちは二人とも十五歳。可哀想にマリコーのせいで成長を止められてしまったんだ」
 
 
 
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