第153話 俺は過去の因縁を知る

文字数 4,560文字

 シュナの攻撃は完全にラ・プンツェルの認識外のはずだった。

 だが……。

 電撃はラ・プンツェルを避けるかのように明後日の方に飛び去ってしまう。それは明らかに何らかの力によって為されたものだった。

 ラ・プンツェルのサークレットの目がチカチカと点滅する。

「ラ・ムーよ、惜しかったのう」

 ラ・プンツェルがシュナへと視線をやりはっきりと目に見える程の濃密な魔力波を発射する。

 シュナの周囲に雷の結界が張られるがあっけなく魔力波に砕かれた。衝撃でシュナだけでなく傍にいたアミンや二人のギロックたちも吹っ飛ばされる。

 あ、ニジュウの奴アミンを庇ったのか。無茶しやがって。

 ジュークもよくあの一瞬で地面に水魔法のクッションを展開できたな。さすが万能銃使い。いやこの場合万能銃のバンちゃんを褒めるべきか?

 ツーアクションで銃弾を装填し直して発砲。自分たちが吹っ飛ばされた先の落下地点に水魔法のクッションを作り出したジューク。

 そして自分は五歳児くらいの身体なのにその倍以上のサイズのアミンを抱えて落下の衝撃を防いだニジュウ。

 まあ水魔法のクッションもあるからそもそもダメージはなかったかもしれないけど。それでもその心意気や良し。

 シュナも水魔法のクッションのお陰で大したダメージはないようだ。

「むう、小癪な」

 唸るラ・プンツェルに今度はプーウォルトが突進する。お、魔力の縛めが解けたのか。

 猛獣の咆哮のような雄叫びを発しながらプーウォルトが右腕を水平に振り上げる。

 右腕に集まる魔力の光。それが赤く発光し……。

「食らえっ、イースタンラリアットォ!」

 数歩でラ・プンツェルに肉迫したプーウォルトが赤々と輝くぶっとい右腕を叩き込む。

 ラ・プンツェルの見えない壁が張られたが関係なかった。

 そんな物は無意味と言わんばかりに楽々と粉砕しラリアットがラ・プンツェルの顔面にヒットした。何だか聞いてはいけない音が聞こえた気もするけど気のせいだと思うことにしよう。夢に見そうだし。

「よっしゃあっ! さすがクマゴリラ」

 シーサイドダックが跳び上がって喜ぶがプーウォルトは渋い顔だ。

 ラ・プンツェルの後頭部から再び何本もの触手が伸びた。その先端には赤い瞳。

 沢山の赤い瞳が怒りの色に染まっている。

 黒猫を襲ったあの光線を放つ瞳が一斉に発射態勢をとり……。

「ほわたぁっ!」

 刹那、プーウォルトの蹴りがラ・プンツェルの胸に命中した。

 ラ・プンツェルが仰向けに倒れ、触手の瞳があらぬ方向に光線を撃つ。何発かはプーウォルトに掠めるが致命傷には程遠い。
 あっという間に顔を修復し、倒れた姿勢のままラ・プンツェルが高速でプーウォルトから離れた。顔のこともそうだが滑るような動きでプーウォルトの間合いから離脱した身体能力は最早人間業ではない。

 いや、まあ人間じゃないから別にあんなの普通か。うん、そういうことにしよう。

 追撃しかけたプーウォルトをリーエフが止めた。

「そこまででおじゃる。それ以上はそちに課されたルールに抵触するでおじゃるよ」
「おいおい、ケンカを売ってきたのはあっちだぜ」

 シーサイドダック。

「あいつは放置できん。女神様がこの場にいれば特例を認めてくれるはずだ」

 プーウォルト。

 でもまあ攻撃を止めているあたり割と律儀かも。

 仰向けのままラ・プンツェルが触手の先をプーウォルトに向けた。

 あ、あいつ狡い。攻撃してくるのかよ。

 しかし、発射された光線は全て途中で軌道を変えてリーエフの脇に開いた亜空間に吸い込まれた。

「無粋な真似は止めるでおじゃる」
「くっ、余計な真似を」

 リーエフに窘められ表情を歪めるラ・プンツェル。

 そこへ聖剣ハースニールを上段に構えたシュナが飛び込んできた。

 バチバチと放電する聖剣ハースニールの刀身。

 シュナの肩には長い黒髪の儚げな少女の姿をした精霊のラ・ムー。おばちゃんの姿だった頃を知る俺には違和感ありまくりです。めっちゃ謎過ぎる。

「うおおおおおっ、トゥルーライトニング……」
「勇者も止めるでおじゃる」

 リーエフがそう言うと世界が灰色に染まった。

 全てが静止した世界でリーエフが悠然とシュナに歩み寄る。

 シュナが固まったように動かずにいたが彼に憑いているラ・ムーは違った。明らかに気分を害したらしくリーエフを睨みつけている。相手は精霊王なのに大した度胸だ。

 これ、ポゥとかだったら震え上がってたかもしれないぞ。

「やはり元々の性質が我ら精霊と異なるだけのことはあるようでおじゃるな」
「……」

 ラ・ムーは応えない。

 というか俺、あのおばちゃん精霊(今は違うけど)が喋ったところ見たことないんだけど。

 喋れるの?

 無言のままのラ・ムーにリーエフは軽くうなずき、シャク(?)で自分の口許を隠しながら細い目をさらに細くした。

「本来、たかが上位精霊程度が麿をのような神格持ちに敵意を示すなどあり得ないのでおじゃる。しかし、そちは特別。かつて『嫉妬のラ・ムー』と呼ばれ恐れられた君主級の存在、それも限りなく魔王級に近い存在であったそちを麿は認めておる故多少のことは赦すつもりでおじゃるよ」
「はい?」

 思わず反応してしまった俺。

 いやいやいやいや。

 ラ・ムーって精霊なんだよね?

 あれ、君主級とか魔王級とかって悪魔に対して使う分類だよね?

 えっ、どゆこと?

 ラ・ムーって悪魔なの?

 ……て。

 これ、俺の中にいる「それ」と同じことになってる?

 えっ?

 ええっ?

 内心で驚きまくっている俺をリーエフが見遣り嘆息した。

「そうでおじゃるな。こちらにもそちの同類がいたでおじゃったな」

 そんなことはどうでもよかろう。

 甲高い女の声が木霊した。

 どことなくラ・プンツェルの声にも似ているが違う気もする。つーか、ラ・プンツェルもシュナと同様動けないよな。

 ほわん、とラ・プンツェルの左肩に黒い影が現れた。

 長い髪の女のシルエットをした何だか不気味な雰囲気のある存在だ。

 頭の部分にぎょろりとした目玉が浮き出てきた。うわっ、怖っ。

「姿を見せたでおじゃるか。それにしても、そちは相変わらず風情のない姿でおじゃるのう。全く以て優雅でないでおじゃる」

『お黙り』

 黒いシルエットがゆらゆらと揺れた。

『妾の邪魔ばかりしおって。そなたたちにいつも横やりを入れられて妾がどれだけ苦渋を嘗めさせられてきたことか』

「別に麿は邪魔ばかりしてきたつもりはないでおじゃるがなぁ」

 リーエフの細い目が愉しげに細まる。

 黒いシルエットの目が赤く染まった。

『そういう態度がムカつくのだ。もう良い、早く時間停止を解除せよ』

「その前に確認したいでおじゃる」

 リーエフがシャク(?)で中空を叩いた。

 淡く青い光が散らばって丸い鏡のような平面を作る。

 そこに映し出されたのは炎に焼かれる城。俺の記憶にはない城だ。どこだ?

「例の内乱の時のアルガーダ城の攻略はそちの差し金でおじゃるか? 麿の保有するアーカイブにもこの件の記録はないでおじゃる」

『……』

 女のシルエットは答えない。

 ラ・ムーが目を吊り上げてビシッと女のシルエットに指を突きつけた。

 バチバチと聖剣ハースニールが放電する。

「……」

 ここって今は時間が止まってるんだよな?

 それなのに放電できるんかい。

 つくづくご都合主義ウェポンだなぁ。

 俺がそう思っているといきなり放電が止んだ。

 ラ・ムーが抗議するようにリーエフを睨む。

「無理強いは駄目でおじゃるよ」

 リーエフ。

「麿たちはルールに則って動かねばならぬでおじゃる。そちも麿たちの側であろうとするのなら女神プログラムのルールに従うでおじゃる」

 睨んだままリーエフの言葉を聞いていたラ・ムーが不快さを隠そうともせずアッカンベーをしながら姿を消す。

 リーエフがやれやれとため息をついてから女のシルエットに向いた。

「さっきの質問に答えてもらえぬでおじゃるか?」

『……今さらそんなことを聞いてどうする? いかにそなたであろうと過去を変えることなど許されぬであろうに』

「そうでおじゃるな。であるが麿はウェンディのためにも真実を知りたいのでおじゃるよ」

『ふっ、あの精霊か。もう一柱の精霊と同じでシャーリーとやたら中が良かったのう』

 女のシルエットの目が中空を見つめた。

『あの内乱を起こしたのはマンディの父親だ。そして、大群を率いてアルガーダ城を攻めたのもマンディの父親』

「そちがマンディを通じてあの者を唆したのではないでおじゃるか」

『国に対して忠誠を誓い、国のために手を汚した臣下をくだらぬ正義の名の下に切り捨てようとした王など誰が認めるというのか。あれは王の器ではない。マンディの父親がしたことは讃えられるべきものであって批難されるものではない』

「そちはあくまでもあの者の側についていただけといいたいのでおじゃるか」

 リーエフとラ・プンツェルが何やら言い争っている。

 たぶんシャーリー姫が亡くなった内乱のことを言っているんだろうけど……俺、あんまり事情を知らないんだよなぁ。

 ええっと、確かあの内乱でアルガーダ王国開祖の王朝が滅んで当時の騎士団の団長が新しくエーデルワイス王朝を興したんだよな?

 それで前の王家に敬意を示して国名をアルガーダのままにした……はず。

 でもって、内乱の首謀者はアルガーダ王家の親族だったはず。

 名前?

 えーと、思い出せ俺。

「マンディの父親……グーフィーが国力増強のために獣人の国を攻め滅ぼしたのをそちは忘れておらぬでおじゃろうな? そう、そちのサークレットを含めた様々な魔道具がアルガーダ王国内に持ち込まれることとなったあの一件でおじゃる」

『国のためにしたことであろう。多少の犠牲など国のためと割り切ればどうとでもないことだ。そのようなことに心を乱す必要もあるまいに』

「あの獣人たちの流した血を多少の犠牲とのたまうでおじゃるか」

『おや気に入らぬか。だが本当のことであろう? それにあの一件のお陰で事実アルガーダ王国は国力を増し栄えたのだ。王城の宝物庫に眠る暴食のラ・ドンや怠惰のラ・パンもあの時の戦利品であるぞ』

 女のシルエットの目が挑むようにリーエフを見た。

『まあ、あやつらを眠りから醒まさぬ限りは何の焼くにも立たぬがな。その点妾は違う』

「どう違うでおじゃるか? そちがしたことと言えばマンディの父親を煽って内乱を起こしたことと周囲の人間を下僕にして己の欲望を満たしていたことで……」

『妾はマンディの願いを叶えるために動いたのだと言ったであろうが。そなたは……もう良い。やはりそなたと言葉を重ねても時間の無駄だ」

 ラ・プンツェルの悪魔の顔を模したサークレットの目がキラリと光った。

 強烈な光が視界を白くする。

 女のシルエットの声。

『妾は必ずマンディの願いを叶える。そして、ついでに妾も楽しみを享受する。誰にも邪魔はさせぬ。誰にも、な』

 視界を白く染めていた光が収まるとラ・プンツェルの姿は消えていた。

 そして、仰向けに倒れているシュナの胸に深々と刺さっている古びた短剣。

 リーエフの時間停止が解除され、動けるようになった俺はシュナに駆け寄った。

 まだ辛うじて息はあるがかなりやばそうだ。

 そして、これが誰の仕業かは考えなくてもわかる。

「……あの女」

 やってくれたな。
 
 
 
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