第101話 俺に新たなクエストが提示される……て、ワールドクエスト?

文字数 4,294文字

 お知らせします。

 マリコー・ギロックによりワールドクエストが提示されました。

 ワールドクエスト「魔力大喪失の危機を回避せよッ!」

 美貌の科学者にして偉大なるマリコー・ギロックは明朝の日の出とともに世界規模の実験を行うことにした。

 その名もメメント・モリ大実験。

 この実験が成功すればこの世界の全ての魔力がマリコーの下へと集められる。

 だが、それは同時に世界中の魔力が一点に集中することを意味していた。それ以外の場所での魔力は失われるということだ。

 体内に魔力を有している生物が魔力を急激に失うと深刻な魔力欠乏症を引き起こす。さらに発症後に魔力を回復できなければ死を待つのみだ。

 放置すれば大勢の犠牲を生むだろう。

 果たして、冒険者はマリコーの実験を止めることができるのか?

 クエスト達成条件 メメント・モリ大実験の阻止。

 完全達成条件 マリコーの権限剥奪。五カ所の増幅装置の破壊。

 失敗条件 メメント・モリ大実験の発動。本クエスト参加冒険者の全滅。

 なお、冒険者以外の方のご参加は禁止しておりませんがクエスト攻略中に取得できる経験値と熟練度は冒険者の五分の一となります。ご注意ください。

 冒険者ジェイ・ハミルトンは本クエストに参加しますか?(はい・いいえ)


「……」

 俺はファミマに詰問しようとしたが止めた。

 てか、ワールドクエスト?

 メメント・モリ大実験?

 おいおい、世界中の魔力を集めるってどういうことだよ。

「ああ、この間言ってたあれやっぱりやるんだね」

 中空を眺めながらファストが呟く。

 その視線の先には半透明の薄い板が浮かんでいた。俺には読めない言語が並んでいて幾つか数字のようなものが記されている。

「ダイソン理論を発展させたサイクロンベクトル方式の三重……いや四重術式かぁ。これファストが前に手を付けていた奴なんだよね。途中で飽きちゃって放り投げたんだけど」
「ファストも前に同じことしようとしたのか?」

 俺はひとまずラキアのことを後回しにすることにした。

「途中で止めちゃったから実行はしてないけどね」

 そう応えながらファミマが半透明の薄い板を収納に仕舞う。

「と言うか、実行してたらとっくの昔に世界が滅茶苦茶になってるよ。ファストも無茶なことするけどそこまで馬鹿なことはしないよ、たぶん」
「……」

 ちょい待て。

 たぶんって何だよ、たぶんって。

「そんなことより天の声が参加の意思を確認しているんじゃない? 僕ちゃん、ジェイにはぜひ参加して欲しいんだけどなぁ」
「このワールドクエストを無視して世界がやばくなったら俺のお嬢様にも被害があるかもしれないしな。放ってはおけないだろ」

 俺は中空に向かって答えた。

「はい、だ。こんな迷惑なクエストを始めたマリコーは俺がぶちのめす。まあ、ギロックたちのこともあるからどの道やり合うつもりではいたがな」
「おぉっ、ジェイ格好良い」
「惚れるっ。首輪付けたいっ」
「……」

 ちょっと待て。

 おいニジュウ、今おかしなこと口走ってなかったか?

 黒猫がとんっとんっとテーブルの上を移動して俺の前に立った。

 ポンポンと俺の腕を叩いてくる。

 それが何だか「まあ番犬程度扱いには懐かれているってことだ。良かったな」と言われている気がして微妙な気分になる。

 いや、いいんだけどさ。

 お子様に好かれたって嬉しくないし。

 俺はあくまでもお嬢様が一番だし。

「じゃあジェイはワークエ参加ってことで。そういうことなら僕ちゃんも陰ながら応援するよ。ルールがあるからあんまり大っぴらには手を貸せないけどねっ」

 ファミマが収納から小さな箱を取り出した。

 子供の手の内に収まりそうなサイズの白くて薄い箱だ。角の一部をスライドさせて箱を振ると中身を出せるようになっているようだ。

 自慢するようにファミマが白い箱を掲げる。

「これフリフリ。一粒食べればお口の中が爽快になるだけでなくたとえ瀕死であっても即座に全回復しちゃう不思議なお菓子だよ♪」
「お菓子……」

 何故だろう。

 お嬢様の顔が想起されたのだが。

 あれか、禁断症状か?

 やはり一刻も早くノーゼアに帰るべきか。

「ジェイは僕ちゃんから祝福を得ているから滅多なことじゃ死なないだろうけど念には念をってことで。女神様もジェイを気にかけているしね」

 フリフリを差し出される。

「これ特別仕様だからいくら食べても空にはならないよ。ただ、カロリーゼロだからお腹の足しにはならないけどね♪」
「俺が貰っていいのか?」
「うんっ♪」
「ありがとうな」

 俺は試しに一粒食べてみた。

「……ッ!」

 おおっ、クールミントが含まれているのか。これこの上ない爽快感が口内に満ちていくぞ。

 こいつはいい。

 あまりの美味しさにもう一粒出していると視界に小さな手が伸びてきた。

 ジュークとニジュウだ。ついでに黒猫もじっとこちらを見ているが無視。

「ニャア」
「うわっ」

 黒猫に体当たりされた。酷い。

「ジュークもくれないと撃つぞぉ」
「ドラちゃんで突っつくぞぉ」
「……」

 ギロックたちの脅しがマジトーンだ。

 やばそうなのでフリフリを振って三粒手に取ると二人と一匹に分けた。

「スースーするぅ♪」
「これ苦手。もう要らない」
「ニャー」

 ジューク、ニジュウ、そして黒猫。

 どうやらジュークはお気に召したようだがニジュウと黒猫には不評らしい。

「ところで」

 俺はフリフリを収納に片づけるとファミマに訊いた。

「俺が倒したあの二人(ニジューナナとニジューク)はどうした?」

 一応気にはなっていたのだが質問するタイミングを逸していたのだ。

「いないよ」
「いない?」

 ファミマが口を尖らせた。

「僕ちゃん、親切だからあの二人を自由にしてあげようとしたんだ。基本的には僕ちゃんが手を出すべきじゃない案件なんだけどマリコーがあまりにも好き勝手にやってたからね。でも駄目だった」
「あいつら消えた」

 ジューク。

「マムがチョーカーに仕込んでた。ピカーッて光ってから消えた」

 よほどフリフリが嫌だったのかニジュウがまだ顔をしかめながら言葉を接ぐ。

 黒猫は……おい、それは俺のスープだぞ。やめろ、口直しのつもりなんだろうが飲むんじゃねぇ。

 黒猫からスープの皿を取り上げようとしたら手を猫パンチされた。痛い。

「フミャァッ!」
「……」

 黒猫が全身の毛を逆立たせてこっちを威嚇している。

 いやそれ俺のスープなんだが。

 助けを求めてまわりに目をやるとファミマとギロックたちがじっと俺を見つめている。

 えっ、もしかして俺が悪いの?

 ファミマがふっと笑む。

「他にもご飯とかあるしスープは諦めなよ」

 ジュークが自分のスープ(飲みかけ)を差し出してきた。

「これ飲む?」

 それを見たニジュウが慌てて自分のスープ(こちらも飲みかけ)を差し出してくる。

「ジェイ、ニジュウのあげる」
「……」

 お前ら優しいな。

 ……じゃなくて!

 おかわり用のスープとか残ってないのかよ。

 いやまあスープくらい別になくても良いけどさ。

 とか思っていたら黒猫が勝ち誇った笑みをこちらに向けてから戦利品(俺のスープ)に顔を突っ込みやがった。超ムカつく。

 その後翌日の朝食用に取っておいたスープをいただきました。めでたしめでたし(めでたいのか?)。

 *

「さて」

 食後、椅子に座りながら少しばかりの食休みをしていたファミマがふわりと宙に浮かんだ。

「そろそろマリコーのところに行こうか」
「……」

 はい?

 俺はジュークの淹れてくれたハーブティーに口をつけかけた格好で固まった。

 なお、このハーブティーもジュークたちがマリコーの下から逃げ出した(本人たちは当時マリコーが死んだと誤解していた)時にパクった物らしい。いろいろ持ち出したとかでティーカップなどの食器類も腰の無限袋の中に収めたのだそうだ。

 マリコー・ギロック。

 ジュークの話によれば彼女は実験の合間にハーブティーを嗜むこともあったとか。

 ふむふむ、実験狂いのイメージがあったんだが多少はそうでない面もあったのかな?

 ……じゃなくて!

「おい、マリコーのところに行くって、お前マリコーの居場所がわかるのか?」
「うん♪」

 ふわふわとテーブルの上を漂いながらファミマがうなずいた。

「彼女は森の中心部にあるラボにいるよ。ついでに言うと消えちゃったあの二人のギロックたちもいる」
「ん?」

 俺は疑問を口にした。

「どうして消えたギロックたちの居場所までわかるんだ?」
「だって、一度ラボまで見に行ったし」
「……」

 ま、まあギロックたちの消えた一件は俺が寝ていた間に起きたことだしな。

 きっとファミマがラボまで見に行ったのも俺の寝ていた間のことなんだろう。

 そう思うことにしようっと。

「天使様、転移できるから便利そう」
「いいなぁ、ニジュウも転移してみたい」
「ニャ」

 ジューク、ニジュウ、そして黒猫。

 ジュークも俺と同じハーブティーを飲んでいる。

 ニジュウはハーブティーにしこたま「ガムシロ」とかいう液体の砂糖を入れていた。あれはもうお茶と呼ぶよりジュースだな。果汁水みたいなもんだ……て、果汁じゃないけど。

 黒猫は腹を満たしたからか床に寝転んでいる。時々ゆらりゆらりと尻尾を振っていて微睡みを楽しんでいるといった感じだ。

 ちなみに食後のおやつに出したレーズン入りクッキーはもう消費済みです。

 どうにか最後の一枚は死守したよ。ふっふっふ、この一枚はやらん。

 ファミマが黒猫の傍に降り立つ。

 ゆさゆさとその体を揺すった。

「ほらほら、ダニーさんちゃんと起きて。マリコーのところに行くよ」
「ウニャ」

 黒猫が鬱陶しそうに尻尾でファミマを叩こうとする。

 だが、尻尾はファミマには命中しない。見えない障壁に阻まれて打撃音を響かせるだけだ。

 何気にファミマもすげーな。

 あの黒猫、親父みたいに強いんだぞ。それなのに障壁を張るだけで対処できるのかよ。

 ま、まあたぶん親父よりは攻撃力は低いんだろうけど。猫だし。

「ニャ」

 攻撃を防がれたからか黒猫が目を開け、障壁に尻尾を打ちつけまくる。

 びったんびったんではなくごつっごつっと音を立てており、見た目は天使姿の男の子と黒猫が戯れているだけなのに実状とのギャップが酷すぎる。つーかほぼ詐欺レベルだ。

「あはは、ダニーさん目が醒めた? じゃあ、マリコーのところに行くよ♪」
「ちょい待て、まだこっちの準備が……」
「大丈夫大丈夫、忘れ物があってもその時に戻ればいいし♪」
「いやいやいやいや」

 移動を急かすファミマを止めようと俺が立ち上がった瞬間、視界がぐにゃりと歪んで見覚えのない部屋へと変わった。

 そこにいたのは……。
 
 
 
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