第157話 俺がキャンプ地に戻るとお姫様が黒猫と遊んでいた

文字数 5,576文字

 アミンを伴って俺がキャンプ地に戻ると子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。

「わぁ、猫ちゃんしゅごーい!」
「ニャン(ふっ、このくらいできて当然だ)」
「おおっ、ダニーさんの片手逆立ち」
「ニジュウもやる」
「……」

 なーんかニジュウが黒猫の真似をして片手逆立ちをしようとしているんだけど。

 おいおい、危ないことして怪我とか止めてくれよ。

 つーか、誰か止めろよ。

 俺が慌てて広場に駆け込むと黒猫とギロックたち、イアナ嬢、それにシャルロット姫と侍女姿のリアさんがいた。

 子供たちが黒猫と遊んでいるのをテーブルに座ったイアナ嬢がおやつを食べながら眺めている。リアさんが侍女服の袖口からおやつを補充しまくっているため大皿一枚のおやつはほとんど山を崩していない。

 なお、本日のおやつはバタークッキーと玉子蒸しパンのようです。

 わあ、玉子蒸しパンなんてお嬢様がまだ王都にいた頃に食べたきりだよ。すげぇ久しぶり。

「えっ、何あれ美味しそう(じゅるり)」
「……」

 大食らいの竜人が反応しちゃったよ。

 てか、おい。

 これやばくね?

 折角ウェンディを何とかしたってのに今度はリアさんかい。

 もうちょい俺に休む暇くらいくれよ。

「あ、ジェイだ」

 げんなりしているとジュークが俺に気づいた。

 駆け寄って来る。

「ジェイ、来しゃいました」
「見て見て、片手逆立ち。ニジュウもできたっ」

 シャルロット姫とニジュウもこっちに来る。

 というかニジュウ。

 片手逆立ちでぴょんぴょんしながら跳ねて来るのは危ないから止めなさい。

 つーかすげーよ。

 いや片手逆立ち自体もすげーんだけどそれ以上にドラゴンランスのドラちゃんまでぴょんぴょんしてついてきてるし。

 あれか、この槍って実は魔法生物の類とかか?

 けど、確かマリコーがあの女性型ギロックたちの武器について自立型ウェポンだって言っていたような。

 あれれ?

 違ったっけ?

「ジェイ」

 片手逆立ちしたニジュウが自慢げに俺を見上げた。

 とっても誇らしげだしめっちゃ褒めてもらいたがっている。

「ニジュウ、おっかない聖女にマジコン教わった。ドラちゃん遠隔操作できるようになった」
「……はい?」

 聞けばどうやらニジュウはイアナ嬢が円盤を操っていたのを羨ましがってやり方を訊いたらしい。

 ほいでドラちゃんはマジコン用の魔道具に必要なミスリルの量を満たしているとかでそれ向けの術式も刻んでもらったのだとか。刻んだのはシーサイドダックです。見本(円盤)もあるから即興でちゃちゃっと仕上げたらしいですよ。あいつ天才か。

「これでまたあのずるい奴と戦っても今度は余裕で勝てる。ニジュウのドラちゃんこそ本物のドラゴンランス! ニジュウこそ真のドラゴンランス使い!」
「そ、そうだな」

 ニジュウはニジューロクというもう一人のドラゴンランスの使い手と真のドラゴンランス使いの座を争っていた。

 こいつらマリコーのラボでの戦いでは決着をつけられなかったみたいなんだよね。

 俺、マリコーと対峙していたからニジュウたちがどんな戦いをしていたのか直接見ていないけど。それでも、きっと厳しい戦いだったんだろうなぁとは思う。

 保護者(自称)としてはうちのギロックたちに危険な目に遭って欲しくない。でも、ニジュウにとってドラちゃんは大事なんだろうからそのあたりは気持ちを汲んであげないと。

 ま、それはそれとして。

 俺はシャルロット姫に向いた。

「ええっと、どうしてここにいるんですか?」
「来ちゃ駄目でしゅか?」
「……」

 眉をハの字にして尋ねるシャルロット姫。

 わざとじゃないんだろうけどちょいちょい噛む拙い喋り方が何とも……いや待て俺、いつからそんなやばい性癖に目覚めた。相手はロリだぞ。しっかりしろ。

「ジェイ、まさかあんた……」

 背後から冷たい視線を感じる。

 アミン、それは誤解だ。

 俺はそうじゃない、そうじゃないんだ。

 えへへー、と左右からギロックたちに抱きつかれ(ニジュウは片手逆立ちを止めている)シャルロット姫に正面から物欲しそうな目で見つめられる。その手の趣味の人には血涙を流しながら羨ましがられるのかもしれないが俺はノーマルだ。大事なことなので繰り返すが俺はノーマルなのだ。

 むしろお嬢様がいいです。ロリコンではなくお嬢様コンとお呼びください。

 ……とか考えていたら。

「姫様があまりにもジェイさんに会いたいと仰るものですから連れて来てしまいました」

 いつの間にか傍まで近づいていたリアさんがひょいとシャルロット姫を抱えて自分の右肩に乗せた。流れるような動作である。

「それと私とは別の分身体がリーエフから裏切り者の話を聞きまして」
「……」
「ひっ」

 にっこりとするものの何やらドス黒いオーラを漂わせるリアさん。

 思わずごくりと喉を鳴らしてしまう俺。

 そして、短い悲鳴を発するアミン。

 リアさんがアミンに声をかける。

「久しぶりですねアミン。最後に会ったのはあなたと姫様がミルクの早飲み対決をした時ですからもうかれこれ300年以上前になりますか」
「あわわわっ、闇の精霊王っ!」

 アミンが慌てて逃げようとする。いや、お前今まで気づかなかったんかい。

 あれか、食い物に目が行っていて他は見えていなかったって奴か。

 だが、逃げようとしたアミンの足下からにょきっと黒い手が伸びてその足を掴んだ。あれ、アミンの影から出て来たな。

「えっ、あれ何でしゅか? リア?」
「姫様が気にすることではありませんよ」

 シャルロット姫が吃驚して声を上げるがリアさんは何事もなかったかのように微笑んでいる。この人怖いよ。

「で、でもあの人……竜人さんでしゅよね。竜人しゃんが何か黒い手に捕まって……」
「姫様、お疲れのようですしちょーっとお休みくださいね」
「別に疲れてなんかいましぇんよ。それに今しょんなことしてる場合じゃ」
「おやすみなさい」
「……くぅ」

 かくん、と頭を垂れてシャルロット姫がリアさんの右肩の上で寝息を立て始めた。

 リアさんは幸せそうにしばしその寝顔を見て、それから徐にアミンへと視線を向ける。

 口調が鋭くなった。

「さて、どうしてくれましょうかね」
「……」
「あわわわわわ」
「おおっ、おっかない聖女より怖そう」
「おばさん呼ばわりされたマムより……いやどっこいくらい怖いかも」
「ニャー(闇の精霊王の怒りか。こいつは迂闊に手を出せんな)」

 俺、アミン、ジューク、ニジュウ、そして黒猫。

 イアナ嬢は……あいつおやつに夢中でこっちに気づいてないな。おい、ふざけんなっ!

 あと何気に大皿の枚数増えてるんだが。

 こんもりとバタークッキーと玉子蒸しパンを山盛りにしてるんじゃねーよ。あれじゃ全部食べ終えるまでイアナ嬢が役に立たないじゃねぇか。

「あああああアミンのおやつがっ。すぐそこにあるのにぃっ」
「……」

 マジでこいつら同類かよ。

 わぁ、あんまり過ぎて目眩がしそうだ。それともこれも致死以外の状態異常無効の範疇になるのか?

 リアさんが俺を見遣る。

「邪魔はしないでください。いいですね?」
「お、おい。何をする気だ」
「何をって、そんなの決まってますよ」

 俺はリアさんが仇討ちをするのだと思い止めようとしたが、強烈な魔力によって身体の自由を奪われてしまった。

 この動きを封じる魔力はラ・プンツェルのそれより上だ。あれこのリアさんって分身体だよね?

 めっさ強いんですけど。

 やばい、これじゃアミンを守れない。

「あ・な・た、シャーリーととおっても仲良しさんだった癖に裏切ってくれてどういうつもりなんですか」

 俺の脇を通ってアミンと向かい合ったリアさんが糾弾しだした。

「そりゃあの王様は健康おたくで自分だけでなく他の人にも食事制限とかさせようとしてましたよ。そのせいでシャーリーも甘い物をあまり食べられませんでしたし。たまにあなたと食べる対決形式のお食事がシャーリーにとってどれだけ楽しみだったことか……」
「……」

 えっ、何それ。

 アルガーダ王国の開祖の王様って健康おたくだったの?

 そういうの誰も教えてくれなかったんですけど。

 つーかあれか、歴史の闇に埋もれた新事実みたいな奴か。

 学者とか知ったら呆れて歴史書を窓から放り投げたくなりそうなレベルのくだらなさなんだけど。

「そんな愉快な……ではなくて心温まる交流をしていたシャーリーとの友情を裏切るだなんて……あなた極悪人ですか? ミジンコだってもうちょっとましなことするはずですよ」
「……」

 リアさん。

 凄い怒ってるからなんだろうけど途中から意味不明なこと言ってますよ。

 とは言えず。

 いや、何か今つっこむと反撃が凄まじそうだし。完全に闇じゃなくて闇落ちの精霊王になってますよね?

「ニジュウ、ミジンコってそもそも何?」
「さぁ? たぶんクマ教官の言いぶりだと虫の類?」
「ニャ(そういうのはスルーするのがお作法だぞ)」

 ジューク、ニジュウ、そして黒猫。

 こいつらもつっこみたいけど放置しよう。

 とてもじゃないがやりきれん。

 黒い腕で高速されたアミンにリアさんが指を突きつける。

 アミンが恐怖で震えながら涙を流しているがリアさんに容赦はないようだ。漆黒のオーラとか漂わせているしこれはもう本格的にアミンはやばいかもしれない。

「あなたへの罰はもう決めています」

 リアさんの侍女服の袖口から黒い煙が吹き出しそれが中空で一枚の白い紙になった。

 羊皮紙よりも質感の良さそうな上質の紙だ。

 その紙をアミンの額に押し付ける。

「緑竜族のアミン、古の契約により(ピーと雑音が入る)の魔道をもってこの責を追わせるものとする。これを破ること一切許されず万が一破ることあればその魂を永久に(またピーと雑音)」
「えっ、何これ。頭の中で声が……」

 リアさんが凜とした口調で言葉を紡ぎ、それに合わせるように二人を囲む魔方陣が展開した。

 魔方陣の青白い光りが二人を照らし、これが絶対に違えぬ契りであることを主張する。

「……」

 それにしてもアミンとリアさんの表情の対比が酷いな。

 あと何気に魔方陣の中にシャルロット姫がいるんだが……あれは大丈夫なのか?

 まあリアさんも承知でやってるんだろうからきっと大丈夫。

 うん、信じるって大事。

「ねぇ、お姫様のまわりに何か文字が浮かんでる」
「わあ、何だかやばそう」
「ニャ(ありゃ契約と関係しちまってるな。ま、闇の精霊王がわかってやってるみたいだし平気だろ)」

 ジューク、ニジュウ、そして黒猫。

 おい黒猫。

 本当に平気なんだろうな。

 ちなみにシャルロット姫だけでなくアミンの方にも文字が浮かんでいた。

 リアさんの声。

「これであなたは姫様を裏切ることができなくなりました。姫様の危機には必ず馳せ参じてその身を盾としなければなりません。あなたはもう姫様の所有物です。その身が朽ちようと姫様がこの世に存在する限り……」


『リア』


 リアさんの言葉を誰かの声が途中で遮った。

 てか、お嬢様の声だ。


『なーんで調整中のあなたがこんなことしているんですかねぇ? お話が必要みたいですしその分身体もこちらに来てもらいましょうかぁ』


「……」

 お、リアさんが固まっちゃったぞ。

 これきっと俺やイアナ嬢と一緒にネンチャーク男爵と戦ったリアさんなら抵抗したんだろうなぁ。

 えっと、こっちのリアさんはその時のリアさんとは別人なんだよな。

 あれ、同じ人?

 ああもう分身体とか使うなよなぁ。区別するのがめんどいじゃないか。

 とはもちろん言えず。

 言ってもいいのかもだけどそれはそれで後が面倒そうだしなぁ。


 *


 お嬢様の声によってちょいぐだぐだになったけどとにかくアミンは魔法契約を結ばれてしまったようだ。

 広場のテーブルを囲んで皆でおやつを楽しんでいる。

 シャルロット姫も目を醒ましており玉子蒸しパンの美味しさにテンションめっちゃ上げまくっていた。

「これ柔らかくて甘くてしゅごく美味しいです。シャル、これしゅき」
「うふふっ、姫様がお気に召したのならまた後で用意しますね」
「えっ、それあたしも食べたいっ。いいですよね?」
「おっかない聖女、遠慮しろ」
「ニジュウ、おっかない聖女が太る未来しか見えない。デブ聖女爆誕?」
「ニャー(おい、肉はないのか? こんなんじゃ腹の足しにもならんぞ)」
「……あのっ!」

 わいわいとおやつを満喫している中にアミンの声が響いた。

 皆、一斉にアミンを見る。

 イアナ嬢を除いて全員の手と口が止まっていた。つーかイアナ嬢はもうちょい空気を読もうな。

 まあおやつが美味しいのはわかるが。

 お子様たちでさえわきまえているぞ。しっかりしてくれ。

 アミンが席を立ってシャルロット姫の傍に歩み寄る。

 何か決心したように真剣な眼差しでシャルロット姫を見つめていた。

「シャーリー……じゃなくてシャルロット姫」
「はい?」
「アミンとどっちが速く玉子蒸しパンを十個食べられるか勝負よっ! あなたがこの対決に負けたらアミンのお友だちになってもらうんだからねっ!」
「……」

 シャルロット姫はすぐに返事をせず、少しの間アミンをじっと見つめてからにっこりと微笑んだ。

「はい、いいでしゅよ。でも、わざわざ対決なんかしなくてもお友だちにはなれましゅよね?」
「!」

 アミンが目を見開き、それから彼女は挑戦的に笑んだ。

「そ、そうね。でも早食い対決はするわよ。いいわね?」
「もう、仕方ないでしゅねぇ」

 やれやれといったふうにシャルロット姫が承諾する。

 ツンとした態度でアミンがシャルロット姫の隣の席に座った。正直王族に対する態度じゃないがとりあえずそこはつっこまないでおく。

 それと、アミンの目の端に涙が浮かんでいたのも見なかったことにしよう。

 俺は姿形こそ変われど再び交流を始めた二人に無言で祝福を送りながら久しぶりの玉子蒸しパンを味わうのだった。
 
 
 
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