第102話 俺たちが転移した先にいたものは

文字数 3,707文字

 ファミマの力で俺たちは転移させられた。


 真っ白な部屋だった。

 調度品の類はなく壁はあってもドアや窓はない。照明もどこにもなかった。それなのに陽に照らされているかのように明るい。不思議だ。

 つーか、ここどこだ?

 マリコーのいるところに転移したんじゃなかったのか?

 マリコー・ギロックはどこだ?

 部屋の反対側でじっとして動かないあいつか?

 ファミマが何も言わないし、何となく違うような気もするのだが、もしかしてマリコーなのか?

 「ねぇ」

 判断がつかずにいると俺のズボンをニジュウが引っ張った。

「あいつ、立ったまま死んでる?」
「死んでる訳じゃないよ」

 答えたのはファミマだった。

 さっきからふわふわと宙に浮かびながら、部屋の反対側にいる動かない人物を見据えている。

「マリコーの魔力を追って転移したんだけどね」
「あいつ、マムに似てる」

 ジュークが動かない相手を指差した。

 て、行儀悪いぞ。

「そりゃ似てるだろうね」

 ファミマの声に不機嫌さが滲んでいる。

 俺は尋ねた。

「あれもギロックなんだよな?」

 確かマリコーは精霊とホムンクルスを合成してギロックを作ったはずだ。

 成長度合いもコントロールできるみたいだし。あれ、17歳とか18歳くらいに調整したギロックって言われても別におかしくないぞ。

「ジュークたちの妹?」
「でなければニジュウたちの姉? でも皆お子様だったのに?」
「ジューク、おっきな姉がいたなんて知らない」
「ニジュウ、マムが皆をお子様にしてたんだと思ってた」
「あーでもあいつらおっきくなってた」
「そうだった。ずるい。猛烈抗議」

 ギロックたちがニジュークたちのことを思い出してヒートアップしている。

 俺はファミマに質問した。

「マリコーは前からお子様タイプ以外のギロックを従えていたのか?」
「少なくとも僕ちゃんが把握している限りではそんなのいなかったよ。あの四人組が初めてだね」
「なるほど」

 となると、この動かないギロックもジュークたちがマリコーから離れた後で生まれたということか?

 ファミマが嘆息する。

「さっきまでは絶対にマリコーがここにいたはずなんだけどなぁ。」
「俺たちが来る直前に移動したんじゃないか?」
「かもね。まあ、いないものは仕方ないか」

 ファミマが俺たちを見回した。

「じゃ、もう一回転移するから」
「ニャ」

 黒猫が一声鳴いた。

「いやダニーさん、何もされてないのに手を出すのはちょっと」

 どうやら黒猫は動かないギロックを攻撃しようと提案したらしい。

 それに対してファミマが難色を示した、と。

 俺は注意深く警戒しながら動かないギロックに近づいた。不意打ちとか食らったら堪らないからな。

 動かないギロックは目を閉じて立ったまま微動だにしない。

 ジュークたちと同じ銀色の髪は腰のあたりまで伸びている。整った顔立ちは可愛いというより美しいと形容すべきで、今まで見たどのギロックよりも大人びていた。

 スレンダーな体格のラインを際立たせた服は銀色で継ぎ目とか縫い目のようなものはない。ポケットや刺繍の類もなく胸に何かをはめ込むような窪みがあるだけだった。

 首には紫色のチョーカー。

 番号は30だった。

 てことは、こいつはジュークたちの妹?

 俺はさらにもう一歩歩み寄って彼女に触れようとした。

 だが。

 瞬間、けたたましい音が響き渡った。

 同時に大音量で女性の声が発せられる。


 アラート。

 アラート。

 アラート。

 これより排除コードを発令します。

 A301を起動。

 スピリチュアルドール「サンジュウ・ギロック」をカプセルによって保護します。


「うわっ」

 足下から円筒形の壁がせり上がって動かないギロックを包み込んだ。

 銀色だった壁が半透明の壁となって中身が見えるようになる。しかし、どっちにせよ動かないギロックは何の反応も示さない。

 つーか、いつまでも「動かないギロック」と呼称するのもアレだな。

 よし、とりあえず「サンジュウ」と呼ぶことにしよう。

 て、呑気に呼び方なんて気にしてられないな。

 さっきから警告音が鳴りっぱなしだ。

 ファミマが青い顔をしているしギロックたちと黒猫がむっちゃ険しい顔で身構えている。

 て、おい。

 なーんで黒猫が親父みたいに体術の構えを取っているんだよ。

 その全身から漂わせているオーラは何だ。

「ニャ(小僧、さっさとこっちに来い。ぼけっとするな)」
「……」

 えっ、また猫語が翻訳されてるんですけど。

 どゆこと?

 俺が戸惑っているとジュークがこちらに万能銃を向けた。

「ジェイ、こっちに来て!」

 引き金を引いた。

 渇いた音と共に水弾が銃口から放たれる。

 一瞬撃たれたかと思ったが水弾は俺の脇を通り抜け、後方にいた何かに命中した。激しい衝撃と爆音があたりに満ちる。

 俺は駆け足で皆の側に行った。ジュークに撃たれたかと勘違いしたのは内緒だ。

 胸に大穴を開けた人型の何かがどさりと倒れる。森でジュークとニジュウが戦っていたストレンジコングによく似た死体だった。

 あ、こいつ腕が六本ある。別の魔物だったか?

 その一体を皮切りにしたかのように五体のストレンジコングもどきが出現した。

「マリコーの奴、またこんなことを」

 ファミマ。

「ストレンジコングを改造して腕を増やすなんて……僕ちゃんそういうの止めてって言ったのに」
「ニャー(まあ人の嫌がること平気でやる奴っているからな)」
「乱射していい?」
「ドラちゃん振り回していいよね?」

 口々に言ってから散開。

 とはいえファミマは後方で待機だ。ジュークもファミマを護衛するように下がる。

 左右に分かれたニジュウと黒猫がそれぞれ自分に近い位置のストレンジコングもどきに迫った。

「ウニャア(オラァッ)」

 勢いのままに飛び込み放った黒猫の猫パンチがストレンジコングもどきにヒット。

 ストレンジコングもどきも六本の腕でガードしようとしたのだがそのガードを文字通り粉砕して胸に大穴を開けた。何その破壊力。

 あいつ、本当に猫なのか? 猫のふりした別の何かとかじゃないのか?

 どさりと倒れて動かなくなったストレンジコングもどきに一瞥してから黒猫はさらにもう一体のストレンジコングに体当たりした。

「ニャア(粉砕彗星撃)」

 あ、黒猫の奴また親父の技パクリやがった。

 技を食らったストレンジコングもどきが跡形もなく四散する。いや待てそいつの耐久力ってそんなに脆いのか?

 それとも腕が六本に増えた代わりに前より脆弱になったとか? 防御力を犠牲にして攻撃力を上げるとかってたまにあるよな。炎属性の補助魔法でもそういうのあるし。

 えっと「バーニングブレイブ」だっけ?

 あとは……ええっと。

 ……などと疑問符を増やしつつ俺もストレンジコングをワンパンで撃破。ダーティワークを発動させた俺の敵じゃないな。

「こいつの匂い嫌い。絶対美味しくないッ!」

 ニジュウが嫌悪感MAXで槍を振り回す。

 彼女の声に呼応するようにきゅるるとお腹の音が響いた。

「……」

 ……ニジュウ。

 後でまたおやつやるから今は我慢しような。

 でも、お前まだ食ってから大して経ってないぞ。腹が空くには早すぎないか?

 大振りでニジュウが槍の穂先をストレンジコングもどきに打ちつける。

 ニジュウの槍を受け流したストレンジコングもどきが嘲笑するように目を細めた。

 渇いた音。

 銃口から煙を漂わせるジュークの万能銃。

 細めていた目を見開き驚愕を露わにしたストレンジコングもどきが仰向けに倒れた。その胸には大きく開いた穴。あーこれクリティカルだ。ご愁傷様です。

 絶命したストレンジコングもどきの額にニジュウの槍こと「ドラゴンランスのドラちゃん」が突き立てられる。

「よっしゃあぁぁぁぁぁっ、討ち取ったりぃぃぃぃぃッ!」
「……」

 ニジュウ、残念なお知らせです。

 それ、既にジュークが仕留めていたぞ。

 まあ、気分良く戦えているようだし黙っておくか。

 俺は最後の一体を黒猫が頭突きで始末するのを見ながらそう思うのであった。

 あいつマジで親父みたいだな。

 一体何者なんだ……て、猫相手に何を詮索しているんだ俺は。

 猫は猫だよな。

「おやおや、マリコーくんがせっかく改造したというのにもう倒されてしまったのかい。これはどうも実験失敗という奴かな?」

 声がして俺たちは一斉にそちらへと向いた。

 サンジュウのいるカプセルの裏側から燃えるような赤髪の痩せた男が姿を現す。

 右目に片眼鏡をかけたいかにも傲慢そうな男だ。

 ……て、おい。

 あいつは……。

「とは言え、これでまた私のエルが経験値を稼げるというものだ」

 男が指をパチンと鳴らすと彼の脇に赤い騎士服を着た少年が出現した。

 長い黒髪を結わえて右肩に垂らした美形だが冷たそうな印象のある少年だ。年齢は15歳くらいだろうか。

 中背ではあるが立ち姿から鍛えられているのがわかる。武器は持っていないが大剣でも軽々と扱えるかもしれない。

「すぐにお別れとなるが紹介しよう、こいつの名はえる」

 にいっといやらしそうな笑みを浮かべながら片眼鏡の男が言った。

「天才魔導師であるこのバロック・バレーの最高傑作にして最強の魔法戦士ッ!」
 
 
 
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