第154話 俺はほとんど眠れぬままキャンプ地の広場に顔を出した

文字数 4,345文字

 朝。

 俺はほとんど眠れぬままキャンプ地の広場に顔を出した。

 そこには既にプーウォルトとシーサイドダックがおり深刻そうな表情を浮かべて何やら話し込んでいる。

「よぉおはようさん、眠れたか?」

 シーサイドダックが俺に気づき片手を上げた。

 プーウォルトも俺に顔を向ける。

「ミジンコか。今日の訓練は予定変更だ。ラ・プンツェルを何とかしなくてはならんからな」
「やはり放置はできないか」

 まあそうだろうな。

 俺がそう思っているとプーウォルトが眉を顰めた。

「おい、発言の前にサーを忘れているぞ。気をつけろ」
「……」

 あ、うん。

 そういや、そうでしたね。

 俺は一つ咳払いをして気を取り直してから言った。

「サー、やはり放置はできないでありますか」

 ノリでそれっぽい言葉遣いにしてみる。あくまでそれっぽくしているだけだが。

「あいつは間違いなくアルガーダ王国の災厄となるからな」
「それどころか大陸制覇も狙っているみたいだしよぉ」

 プーウォルトが腕組みしながら鷹揚にうなずくとシーサイドダックが嫌そうに付け足した。

 そして、スルーされる俺の言葉遣い。こいつらノリが悪いなぁ。

 ま、いいや。

 俺は質問することにした。

 でも、何か喋り難いから普通に喋ることにしようっと。

「サー、手下はあの竜人だけだよな? たった一人で本当にアルガーダ王国と戦えると思うか?」
「あれはたまたま一人しか魅了できなかっただけだ。あの竜人が奴の封印を解いたと言っていただろう? 恐らくその後すぐに魅了して下僕としたのだろう」
「んで、あのやばい指輪を与えたってことか。すげぇ迷惑な話だな」
「サー、そういやラ・プンツェルは前にも指輪を人に与えていたんだよな?」
「ああ」

 俺が確認するとプーウォルトがゆっくりと首肯した。

 心の底から嫌悪するように。

「本官が最初に見た犠牲者はマンディの護衛騎士だった。実直で職務に忠実な男だがそれが仇となったのだな。最後はマンディを庇うように砂になった」
「ウチの知ってる奴はえらく美形で若い騎士だったぜ。剣の腕も一級品でプーウォルトのラリアットを食らっても生きてたくらい頑丈な奴だった。まあ最後の最後で指輪に全部吸い取られて砂になっちまったけどよぉ」
「うむ。あれはなかなかに強敵であった。とは言え本官の方が戦士としては数段上だがな。何しろ本官は超強いだけでなく賢いからな」
「はぁ? 賢い?」

 シーサイドダックが目を丸くする。

 直後に腹を抱えて笑いだした。

「あーはっはっは、クマゴリラの癖に賢いときたか。何の冗談だよっ。つーか脳味噌まで筋肉の男が賢いだなんてとんだお笑い草だぜっ」
「……」

 爆笑するシーサイドダックをプーウォルトが無表情で見つめている。

 俺はちょい背筋が寒くなってそっと二人から離れた。

 シーサイドダックが苦しそうに息をし、両膝をつくとバンバン地面を叩き始めた。

「はぁはぁ、すげー笑える。いやマジでいいぞそのジョーク。クマゴリラにしては傑作だ」
「……き」

 絞り出すようにプーウォルトが声を発した。

 笑い過ぎて涙まで浮かべているシーサイドダックがその声に反応する。

「き?」

 水平に構えたプーウォルトの右腕が魔力の光を帯びて赤く発光した。

 さして距離もない位置からプーウォルトのイースタンラリアットが炸裂する。

「貴様本官を愚弄するつもりかぁっ!」
「ぐおっ!」

 勢い良く吹っ飛ぶシーサイドダック。

 見事なまでのクリーンヒットである。

 しかし、そこはさすがと言うべきか、シーサイドダックは空中で一回転半捻りを決めると華麗に着地した。

 タンッ、と地を蹴ってプーウォルトに突撃をかける。

 プーウォルトとシーサイドダックの双方がめっちゃ速い攻守を切り替えながら接近戦を繰り広げていく。

 つーか、シーサイドダックって魔法だけでなく格闘もできるんだね。何だか意外。

「てめーよくもウチにラリアットなんてかましてくれたな。ちょっと揶揄っただけじゃねぇか」
「本官より頭スカスカな貴様が馬鹿にしてくるのが悪いんだろうが」
「ああん? てめーマジで言ってんのか? 鳴かすぞ」
「ふん、本官より弱い貴様がどうやって本官を鳴かせると言うんだ? お涙頂戴話でも披露してくれるのか?」
「鳴かす、絶対に鳴かすっ!」

 シーサイドダックが大きく飛び退いてプーウォルトとの間合いを広げると両手を交差させて十字に構えた。

 短い詠唱とともに十文字を基調とした光りの魔方陣が構えに沿って浮かび上がる。

「天使の領域(エンジェリックレイヤー)に行けこのクマゴリラ」
「ぐっ」

 凄まじい吸引力でクマゴリラ……じゃなくてプーウォルトが魔方陣へと引っ張られる。

 だが、プーウォルトも負けてはいない。両脚をしっかりと踏ん張って魔方陣の吸引力に抗おうとしている。

 まあ、それでもずるずると引き寄せられているのだが。

「ウチの魔力はてめーより上だぜ。ご自慢の筋力でウチの魔法に勝てるかねぇ?」
「くっ、本官ともあろう者がこの程度の魔法に苦戦するとは……何という屈辱」
「どうした? さっさとこの状況を切り抜けてみろよ」

 シーサイドダックが嘲笑うように挑発する。

 歯ぎしりするプーウォルト。

 その右腕が再び魔力の光りを放つ。

 シーサイドダックが馬鹿にしたように目を細めた。

「はんっ、幾ら威力のあるてめーのラリアットも食らわなきゃ怖くねぇんだよ。ウチにラリアットかます前に魔方陣に吸い込まれるだけだっつーの」
「ならばその魔方陣をぶっ壊すのみッ!」
「はぁ?」

 プーウォルトの言葉に唖然とするシーサイドダック。

 吸引力への抵抗を止めたプーウォルトが魔方陣へと突進した。

「うおおおおおおおおッ!」

 雄叫びを上げるクマゴリラ……いやプーウォルト。

 魔力よりむしろ気合いがこもっているかのような右腕の光。

「食らえっ、ハイパーイースタンラリアットを」

 魔方陣に叩きつけるプーウォルトの右腕。

 ほいで。

「あっ」
「ははっ、ざまぁ♪」
「……」

 当然のように魔方陣に吸い込まれるプーウォルト。

 勝者、シーサイドダック。

 あまりのことに呆れて言葉も出ない俺。

 てか、こういう展開の時はプーウォルトがラリアットで魔方陣を破壊するんじゃねーの?

 どうして吸い込まれてるんだよ。阿呆か。


 この後暫くしてからボロボロになったプーウォルトが魔方陣の外に出て来た。

 どうやらハイレベルの天使たちと交戦してきた模様。でも何故かめっちゃ上機嫌でやんの。

 あれか、こいつも好戦的(バトルジャンキー)なのか?

 あまりギロックたち(特にニジュウ)を近づけない方がいいかもしれないな。影響されても困るし。


 *


「シュナはあれね。聖剣ハースニールの超回復機能があるからあたしの回復魔法なんか無くても大丈夫。そのうち起きてくると思うわ」

 広場に設けた大テーブルを囲んで遅めの朝食を皆(シュナとタッキーヲ除く)で食べているとイアナ嬢がため息混じりに言った。

 麦粥と分厚い謎肉のステーキという取り合わせに出たため息ではない、と思う。

 というかこの謎肉って昨夜黒猫が狩ったワイルドボアだよな?

 それにしてはやけに美味いんだが。あれか、調理したシーサイドダックの腕がいいのか。

「ニャア(こりゃあれだな、保有魔力量が旨みになってるな)」
「……」

 ああ、オーク肉と同じ理屈か。

 それなら素直にワイルドボアの肉って教えてくれればいいのに。

 謎肉って何だよ。謎肉って。

 俺は食事の前にシーサイドダックが「今朝は麦粥と謎肉のステーキだぞぉ」と言っていたのを思い出しながら程良く焼けた謎肉にスプーンを刺した。

 なお、このスプーンは形状がスプーンに似ているが先が割れてフォークのようになっている。

 その名も「先割れスプーン」と呼ぶらしい。お嬢様の命名です。

 さすがお嬢様。これならこの一本で何でも食べられますね。やっぱり天使、最高。

 ……とか俺がいろいろ現実逃避しているとニジュウがつっこんだ。

「勇者の剣があればおっかない聖女要らない?」

 ジュークが続く。

「勇者の剣、量産しよう」
「そうね」

 しれっとこの場に混じっているアミンがうなずいた。

「アミンもいるし、回復役(ヒーラー)はもう足りてるわ。聖女なんていなくてもOKOK」

 そして、嬉しそうに謎肉のステーキを頬張るアミン。しかもこいつおかわり五階もしています。ずうずうしいですよね。

「……」

 あ、イアナ嬢の目が吊り上がった。

 おいアミン、お前のせいでただでさえ目つきの悪いイアナ嬢の凶悪さが八割増しになってしまったじゃないか。

 どうするんだよ。

「言っておくけど」

 先割れスプーンを麦粥の器の脇に置いてイアナ嬢が静かに告げた。

「あたし、あんたを仲間にしたつもりはないからね」
「はぁ?」
「だってそうでしょ。あんたは昨夜ジェイが引っかけてきただけの女でしかないじゃない。そりゃ仲間の竜人を失ったことには同情するけどそれとこれとは話が別でしょ?」
「ひ、引っかけてきただけの女……」
「おいおい、そんな言い方はないだろ」

 イアナ嬢の言葉にショックを受けた様子のアミン。

 それを見た俺がアミンを庇おうとするとイアナ嬢に氷の刃のような鋭い視線を向けられた。めっちゃ怖い。

 ふん、と鼻息を一つするとイアナ嬢が再び口を開く。

「あと、今さら新しい回復焼く(ヒーラー)が入っても足手纏いにしかならないのよ。あたしたちのパーティーってすんごい強い絆で結ばれているんだから。そこに割り込まれるのは迷惑なの」
「……」

 俯くアミン。

 ええっ、という顔をするギロックたち。

「もしかしてジューク邪魔?」
「ニジュウ、要らない子?」

 黒猫がつまらなそうに鼻を鳴らした。

「ニャー(絆か。そんなもんに頼ってるうちは強くなれないぞ)」
「……」

 黒猫。

 お前、何かあったのか?

 それはともかく。

「ジュークたちは邪魔じゃないし要らない子でもないぞ。そうだよなイアナ嬢?」
「えっ、ええ、そうね」

 その言葉にほっとするギロックたち。

 まあ仮にイアナ嬢が二人を要らない子認定しても俺は見捨てないけどな。

 俺、もうこいつらの保護者みたいなもんだし。

「アミンは……」

 俯いていたアミンが顔を上げた。

「アミンは別に要らない子でもいいわよっ。どうせドモンドにも嫌われていたみたいだし、きっとウサミンもアミンのこと本当は邪魔に思っていたんだろうし」

 席を立った。

 勢い良く立ったからか椅子が後ろに倒れる。

「ひ、一人でだって生きていけるんだからねっ!」

 俺たちに背を向けてアミンが走り出した。

 けど、走り去る前に謎肉のステーキを一切れ掴んでいくのはどうかと思います。

「やれやれだな」

 俺も席を立った。

 イアナ嬢に向き、一言。

「ちょいと回復役(ヒーラー)を捕まえてくる」
 
 
 
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