第45話 俺は毛玉を見つける

文字数 3,373文字

「エミリア様が俺たちに名付けをしたいきさつを聞きたいだと?」

 イアナ嬢を復帰させた俺がモスに質問すると彼は僅かに眉を寄せた。

 その隣のウェンディがつまらなそうに鼻を鳴らす。おい、精霊王。

「そんなのどうでもいいじゃん。それよりクースー草を持ってとっとと帰ったら?」
「エミリア様は様々な精霊に名付けをしているようだ。その流れで俺たちも名前を付けてもらった。精霊だけでなく森の魔物にも名付けをしているようだぞ」
「何でまたそんなことを」
「運命(シナリオ)をぶち壊すためとかどうとか……俺も詳しくは知らないな」
「……」

 本当にお嬢様は何をしたいんだろう。

 あとモス、地味に腹筋を強調するのは止めてください。はいはい素晴らしい筋肉ですね。お肉の鎧ですか?

 とりあえず話はこのくらいにしておくか。後でお嬢様から聞けばいいんだしな。

「じゃあ、クースー草を採らせてもらうぞ」
「好きにすれば」

 ぶっきらぼうにウェンディが応える。

 イアナ嬢が戸惑い気味に訊いた。

「で、でもまだ結界が張られたままなんだけど。解いてくれないの?」
「そのくらい自分でしてよ。次代の聖女なんでしょ?」

 小声で。

「本来なら勇者と来てるはずなのに、どうしてこいつと来てるかなぁ」

 モスも小声になった。

「ウェンディ、エミリア様が仰ったように運命(シナリオ)が変わってきているのかもしれん。だとすればあの悪魔たちも」
「確認できてるだけでももう四匹いるよね。そいつらがどう動くかな?」
「前の勇者の仲間だった奴は猫にされたらしいな」
「あーそれわざと言わなかったんだぁ。吃驚する顔を見られないのは残念だけど」
「よし、今から教えよう」
「やめてぇ、モス、お願いだからやめてぇ」

 うーん、何だかぼそぼそ聞こえるだけで訳がわからん。

 まあ、聞かれたくないんだろうから放っておくか。

 俺とイアナ嬢は結界の張ってあるところまで移動した。

 相変わらず頑強そうな結界だ。

 俺はレイクガーディアンを戦ったときにマジックパンチを連発したせいでかなりの魔力を消費していた。今の状態ではフルパワーでもこの結界を破れないだろう。

 ちなみにダーティワークは解除してある。モスたちの様子からも次の試練とかはなさそうだし。

 俺はチーズ味のウマイボーを取り出して囓った。うん美味。

 水中戦なんかをしてお菓子を駄目にしなくて良かった。湿気ってたらこのサクッとした食感もないだろうし。

 魔力の回復を意識しながらイアナ嬢に訊いた。

「女神の指輪の高価で結界系の魔法にボーナスが付いているんだろ? 結界解除とかできないのか?」
「あんた馬鹿ぁ? そんな簡単にできるようになる訳ないでしょ」

 とか言った癖にイアナ嬢が早口で呪文を唱える。素直じゃないなぁ。

 詠唱を終えると彼女は結界の壁に片手をぺたりと付けて魔法を発動させた。

 パリーン。

「……え?」

 自分がかけた魔法なのにそれが成功した本人が吃驚している。何か間抜けだ。いや笑いませんよ、ぷぷっ。

「……」

 イアナ嬢が顔を真っ赤にしてこっちを睨んできた。

 えっ、これ俺が悪いの?

「さ、さっさとクースー草を採取するわよ。ぽけーっとしてないで仕事しなさいよね」
「あ、ああ。はいはい」

 俺たちは二手に分かれてクースー草を採った。

 群生地のクースー草を全て採るのではなく半分くらいは残すようにする。複数の群生地に移りながら俺たちはクースー草を集めた。

 イアナ嬢が何やら耳まで真っ赤になりながらぶつぶつ呟いていたが気にしない気にしない。

 て、うん?

 クースー草の緑に混じるように灰色の塊が落ちているぞ。

 俺はそれに近づいてみた。

 明るい灰色の毛玉が転がっている。これは……フクロウか?

 何だろうと観察していると革袋にクースー草を収納したイアナ嬢がこちらに来た。

「こっちは終わったわよ……って、これ何?」
「俺もわからん。たぶんフクロウの類だと思うが」
「ふうん、でもちょっと可愛いわね」

 彼女は何の躊躇もなく毛玉を拾い上げた。冒険者としてはいささか軽率だが、ここは聖域らしいしまあ大丈夫だろう。

 毛玉は相当に弱っている様子でぐったりとしている。

 イアナ嬢が心配げに俺に向いた。

「この子何があったのかしら? 聖域でこんなに弱ってるなんて」
「俺に訊かれてもなぁ」
「ほぅ、精霊鳥か」

 ひょいとモスが現れた。うおっ、瞬間移動か。やるな精霊王。

「こいつはシロガネフクロウだね。うーん、まだ飛べるようになったばかりってところ? こういうのはファストがよく知ってるんだよね」
「あいつはあちこち飛び回っているからな。そのせいで博識なのだろう」
「そっか。でもさ、なーんでこのシロガネフクロウここに落ちてるの? ここ、エリア内に入ってきた対象を無差別にどうこうできるようにはなってないよね?」
「侵入防止はしているがな。そのシロガネフクロウはあれだ、お前のレイクガーディアンが範囲攻撃をしたときに巻き込まれたのだろう」
「「え」」

 俺の声がウェンディと重なってしまった。不覚。

「じ、じゃあこいつのせいだ。僕は悪くない。そうだよねっ!」

 ウェンディが半泣きになりながら俺を指差す。必死だ。

 おいおい、あの蛇はウェンディの管理下だったんだろ? 呼び出したのもウェンディだし。

 それにモスも「お前のレイクガーディアン」って言ってたよな?

「ねぇ」

 俺がウェンディと睨み合っているとイアナ嬢が鳴きそうな声で割り込んできた。

「それよりこの子死にそうなんだけど。あたしの回復魔法じゃ駄目みたい」

 俺もウェンディも睨み合うのを止めた。

 イアナ嬢の腕の中でシロガネフクロウがぐったりしている。さっきよりさらに弱っているようにも見えた。

「これはまずいな」

 モス。

「ありゃあ、これ死んじゃうね」

 ウェンディ。

「いや、精霊王なんだろ? どうにかしてくれよ」
「無理」

 即答したウェンディが渋い顔をする。

「僕やモスが先に見つけたんならともかく人間が関わってしまった命に後から干渉することはできないんだよ」
「俺たちはこれで結構ルールが多いんでな」

 モスが補足する。

 それを聞いてイアナ嬢がますます表情を曇らせた。つーか涙が決壊しかけてるな。

「じゃあ、もう助からないの?」
「手の施しようもないほど生命力が尽きかけているからな。これではいくら回復魔法をかけても意味がない。そもそも回復魔法というのは助かる命の傷や疲労を癒やすためのものだ。手遅れのものには効果を発揮しないようになっている」
「むしろ今の状態で回復させようとすると、逆に体への負担になって死期を早めるだけかも」
「……」

 モスとウェンディの言葉にイアナ嬢が俯いてしまった。あ、これは泣くな。

 うーん、、生命力の回復かぁ。

 ん?

 俺はふと思いついて腕輪を見た。

 レイクガーディアン戦のクリアボーナスとして得た水の精霊結晶は俺の腕輪と融合している。そして、俺は新たな能力を獲得していた。

 その名もスプラッシュ。

 ……試してみるか。

 俺は一応イアナ嬢に声をかけておく。

「ちょっと濡れるかもしれないが我慢してくれ」
「……え」

 俺は腕輪に魔力を流した。マジックパンチとスプラッシュの区別は感覚として何となく理解できている。

 ただ、まあ使いこなすにはやはり訓練が必要だな。

 対象はイアナ嬢の抱くシロガネフクロウ。瀕死らしいので効果は最大にする。消費魔力は多いがやむなしだ。

 発動。

「スプラッシュ!」

 ぼんやりと人差し指の先に水球が生まれる。俺の拳より一回り大きなサイズだ。

 軽く指を振ると水球が飛沫を上げながら飛んだ。放物線を描きすぐに着弾する。狙いは外さない。

 パシャリと音を立てて水球が割れた。シロガネフクロウが水色の光に包まれるが濡れた様子はない。イアナ嬢にも被害はないようだ。不思議だがそういう能力なんだろうと丸呑みする。

 イアナ嬢が吃驚したように目を白黒させ、すぐに俺に詰め寄った。すげぇ顔が恐い。これが次代の聖女だなんて信じたくない。

「ち、ちょっといきなり何すんのよ」
「いや、一応断ったつもりだが」
「死にかけてる子に攻撃魔法をぶつけるなんて酷いでしょ。可哀想とか思わないの?」
「いや、これ攻撃魔法じゃなくて……」
「ジェイってば最低。あんたがそんな人だとは思わなかったわ」
「……」

 あれ?

 また俺が悪者になってる?
 
 
 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み