第49話 俺たちが転移した先で魔物が人を襲っていた
文字数 3,541文字
「……」
「……何これ」
「ポウッ」
「おやおや」
さっきまでアーワの森の入り口にいたはずの俺たちは疾風の魔女ワルツの魔法によって王宮の庭に転移させられていた。
ライドナウ公爵家の元執事である俺は王宮に何度も来たことがある。公爵様の付き添いだったりお嬢様の付き添いだったり……まあ誰かの付き添いでしか来たことがないのだがそれはいい。
要は俺にはここが王宮の庭だとわかった、ということだ。
ただ……。
グリュルルルルルルルルル!
眼前にいるのはトカゲの頭と狼の胴体そしてサソリの尻尾の化け物。リザーティコアだ。おおっ、こんなの本でしか見たことがないぞ。
じゃなくて!
こいつ、確かランクBの魔物だよな。どうしてこんなのが王宮の庭にいるんだよ。
しかも人を襲ってるし。
侍女姿の女性が仰向けに倒れてリザーティコアにのしかかられている。あ、これは放っておくとお食事タイムだな。もちろん喰われるのは侍女さんの方だ。
あまりの緊急事態につい身体が動いた。
俺が放ったマジックパンチがリザーティコアの頭を粉砕する。トカゲ頭の血と肉が襲われていた侍女さんにぶち撒かれてしまったけどまあ仕方ないよな。魔物に喰われるよりはマシだろ。
つーかよく見ると他にも人が倒れているし。こっちは着ているローブと杖から察するに魔導師だな。
「ありゃ、これはまずいねぇ。瀕死じゃない」
魔導師の方に歩み寄ったワルツが声を上げる。何だか面倒そうに言ってるが……おい、人が死にかけてるのにその態度はないだろ。
イアナ嬢が慌てて魔導師に回復魔法をかけるが効果がないようだ。
てか、俺の方の侍女さんも死にかけてないか? 辛うじて呼吸はしているようだが頭を打ってるみたいだし。それに顔色もかなり悪いぞ。
俺は腕輪に魔力を流した。
「スプラッシュ」
左手に現れた水球を飛ばす。水球は空中で二つに分かれて侍女さんと魔導師に命中した。
速乾性なので濡れるのは我慢して欲しい。
*
「た、助けていただきありがとうございました」
イアナ嬢の魔法で汚れを落としてもらった侍女さんが深々と頭を下げた。長い黒髪が結わえているリボンごと垂れ下がる。昔話に出て来た魔女にこんなのがいたなとか思ってしまったのは内緒だ。
頭を上げた侍女さんは美人だった。
色白だし目鼻立ちは整っているし左目の下の黒子が色っぽいし傍にいると花のようないい匂いがする。、ふわっとした次女服に隠れて身体のラインがわかり辛いけどお胸の膨らみだけはよくわかった。とても柔らかそうだ。
……とか思ってたらイアナ嬢に足を踏まれた。痛い。
「私はシャルロット様付きの侍女をしているリアと申します」
「私はイアナよ。それで、この子はポゥ」
「ポゥッ」
「ジェイだ」
リアさんの話によると離宮から王城に来てすぐにリザーティコアの襲撃を受けたのだそうだ。その時に誰かが後ろにいたような気がしたとか。恐らくそいつがリザーティコアを召喚した犯人だろう。
ちなみに回復した魔導師はワルツと一緒に襲撃を報告しに行ってしまった。俺たちはワルツたちと衛兵が戻ってくるまでここで待っていなくてはならない。
イアナ嬢の腕に抱かれたポゥがリアさんをじいっと見つめている。
リアさんが微笑むとびくっとしたように羽を膨らませた。何だその反応は。失礼だろ。
「シロガネフクロウですか。それも精霊鳥ではなく聖鳥とは珍しいですね」
「シロガネフクロウを知ってるんですか?」
イアナ嬢。
リアさんがうなずいた。
「ええ。昔からいろいろな本を読んでいましたので。特に精霊関係の本とかが好きでした。その関係でシャルロット様のお側で働かせていただいております」
「へぇ」
感心したようにイアナ嬢が応じる。
ポゥがやたら震えているがこいつ大丈夫か? まさか人見知りとかじゃないだろうな。
「それにしてもすごい偶然ですね。私たちが魔物に襲われているときにちょうど運良くあなたたちが転移して来てくれただなんて」
「そうですね」
相槌を打ちながらイアナ嬢がポゥを撫でる。彼女もポゥの様子に戸惑っているようだ。
「疾風の魔女様と一緒に現れたということはメラニア様のご関係ですか」
「いえ違います」
「全くの無関係だ」
イアナ嬢と俺の声が重なった。
たとえ初対面の相手でもここはきちんとしておきたい。メラニアの関係者と思われるなんて絶対に御免だ。
「俺とイアナ嬢はノーゼアの冒険者だ。事情があってワルツに無理矢理ここに連行された」
「事情?」
「リアさんはシャルロット姫の侍女なんですよね」
イアナ嬢。
「シャルロット姫がご病気だと伺っておりますが」
「あ、はい」
リアさんが表情を曇らせた。
「ポーションも聖女様の回復魔法も効果が無くて……話によると特殊な薬草から作られたポーションなら治るかもしれないとのことなのですが」
「クースー草ですね」
「はい」
「安心しろ、その薬草なら俺たちが採ってきた」
「えっ」
びっくりしたようにリアさんが目を瞬いた。
何故かポゥがビクッとなる。こいつマジで大丈夫か?
「そ、その、ジェイさんたちがクースー草を?」
「そう言ったつもりだが」
「でも確か……ああ、そうですね。すみません、疑ってる訳ではないんですよ」
ん?
何だか急にリアさんが焦ったように見えたのだが。
「わぁ、こんなところで遭遇するなんて。これ、女神様の仕込み?」
「……」
ぼそぼそとリアさんが独りごちる。その声は小さすぎて俺には断片的にしか聞こえない。
遭遇とか仕込みとかって何だ?
ま、よくわからんし、いっか。小声ってことは俺たちに聞かれたくないんだろうし。
「直接あんたたちに渡せたらいいんだが採取クエストなんでそういう訳にはいかないんだ。悪いがもうちょっと待っててくれ」
ワルツか他の魔導師あたりに渡せばいいのかな? とにかくクエスト達成も絡んでいるからこのあたりはちゃんとしないとな。
イアナ嬢が訊いた。
「シャルロット姫の容態はどうなんですか?」
「今は発熱とかはないのですが寝たきりです。どうも少しずつ心臓が弱まってきているらしくて」
「それ大変じゃないですか」
「ええ、ですから早く薬草を採取して欲しいと催促しに登城したのですが」
「魔物に襲われてしまったと」
「はい」
「……」
あれだ。
これ、タイミングが良過ぎじゃね?
俺にはリアさんを狙ったとしか思えないのだが。
となるとシャルロット姫の病気も?
陰謀か、陰謀なのか?
などと推測しているとイアナ嬢が言った。
「もしかしてシャルロット姫って誰かに狙われたんじゃないですか? 病気も実は呪いの類とか」
「そ、そんな」
「犯人に心当たりとかないんですか」
「ええっと……」
イアナ嬢の質問にリアさんが中空を見遣った。
そこに答えでもあるかのようにじっと見つめている。
「やりそうな人はいない訳ではありません」
やがて彼女は話しだした。
「第三王女とはいえ一応王族ですし。それだけで快く思わない輩はいるでしょう。ましてやシャルロット様は精霊姫とも呼ばれる特別なお方。その力を危険視する者もいるかもしれません」
「ああ、そう言えばいますね。危険視とは少し違いますけどよからぬことを考えそうな人が」
「……」
俺も一人思い浮かんだ。
ただ、いくらシャルロット姫が特別な存在だとしても狙うか? 腹違いだけどカール王子の妹だぞ。
ましてや聖女になりたいんだろ? むしろシャルロット姫を排除するよりイアナ嬢を何とかする方が先じゃないか?
まあ、あくまでも俺の推測でしかないんだが。
「あの」
リアさんが困ったように眉をハの字にした。
「メラニア様をお疑いでしたら違いますよ。むしろメラニア様はシャルロット様のご病気に大変お心を痛めております。今日も離宮までお見舞いに来てくださいましたし」
「はぁ」
信じられないといったふうにイアナ嬢が顔をしかめる。
あ、うん。メラニアの印象悪いもんな。信じたくないよな。わかるわかる。
「先日もクースー草の採取を依頼したと仰っておられましたし。ああ、でもジェイさんたちが採ってきてくれたんですから依頼は取り下げてもらった方がいいかもしれませんね」
「……」
その依頼、俺に回ってきた奴だな。
てことは、やっぱりワルツに連行されたのはまずかったんじゃないか?
クースー草をワルツなり何なりに渡してクエスト完了って訳にはいかなくなったかも。
しかもクースー草を採取した冒険者を連れて来いって言ったのはメラニアなんだろ? これ流れからしてやばくね?
「あ、あたしかなりピンチかも」
イアナ嬢が声を震わせた。
顔が真っ青だな。
「い、いきなり始末されたりとかしないよね」
「……」
いや、さすがにそれはないだろ。
……とは言い切れないのが怖いんだよなぁ。
「……何これ」
「ポウッ」
「おやおや」
さっきまでアーワの森の入り口にいたはずの俺たちは疾風の魔女ワルツの魔法によって王宮の庭に転移させられていた。
ライドナウ公爵家の元執事である俺は王宮に何度も来たことがある。公爵様の付き添いだったりお嬢様の付き添いだったり……まあ誰かの付き添いでしか来たことがないのだがそれはいい。
要は俺にはここが王宮の庭だとわかった、ということだ。
ただ……。
グリュルルルルルルルルル!
眼前にいるのはトカゲの頭と狼の胴体そしてサソリの尻尾の化け物。リザーティコアだ。おおっ、こんなの本でしか見たことがないぞ。
じゃなくて!
こいつ、確かランクBの魔物だよな。どうしてこんなのが王宮の庭にいるんだよ。
しかも人を襲ってるし。
侍女姿の女性が仰向けに倒れてリザーティコアにのしかかられている。あ、これは放っておくとお食事タイムだな。もちろん喰われるのは侍女さんの方だ。
あまりの緊急事態につい身体が動いた。
俺が放ったマジックパンチがリザーティコアの頭を粉砕する。トカゲ頭の血と肉が襲われていた侍女さんにぶち撒かれてしまったけどまあ仕方ないよな。魔物に喰われるよりはマシだろ。
つーかよく見ると他にも人が倒れているし。こっちは着ているローブと杖から察するに魔導師だな。
「ありゃ、これはまずいねぇ。瀕死じゃない」
魔導師の方に歩み寄ったワルツが声を上げる。何だか面倒そうに言ってるが……おい、人が死にかけてるのにその態度はないだろ。
イアナ嬢が慌てて魔導師に回復魔法をかけるが効果がないようだ。
てか、俺の方の侍女さんも死にかけてないか? 辛うじて呼吸はしているようだが頭を打ってるみたいだし。それに顔色もかなり悪いぞ。
俺は腕輪に魔力を流した。
「スプラッシュ」
左手に現れた水球を飛ばす。水球は空中で二つに分かれて侍女さんと魔導師に命中した。
速乾性なので濡れるのは我慢して欲しい。
*
「た、助けていただきありがとうございました」
イアナ嬢の魔法で汚れを落としてもらった侍女さんが深々と頭を下げた。長い黒髪が結わえているリボンごと垂れ下がる。昔話に出て来た魔女にこんなのがいたなとか思ってしまったのは内緒だ。
頭を上げた侍女さんは美人だった。
色白だし目鼻立ちは整っているし左目の下の黒子が色っぽいし傍にいると花のようないい匂いがする。、ふわっとした次女服に隠れて身体のラインがわかり辛いけどお胸の膨らみだけはよくわかった。とても柔らかそうだ。
……とか思ってたらイアナ嬢に足を踏まれた。痛い。
「私はシャルロット様付きの侍女をしているリアと申します」
「私はイアナよ。それで、この子はポゥ」
「ポゥッ」
「ジェイだ」
リアさんの話によると離宮から王城に来てすぐにリザーティコアの襲撃を受けたのだそうだ。その時に誰かが後ろにいたような気がしたとか。恐らくそいつがリザーティコアを召喚した犯人だろう。
ちなみに回復した魔導師はワルツと一緒に襲撃を報告しに行ってしまった。俺たちはワルツたちと衛兵が戻ってくるまでここで待っていなくてはならない。
イアナ嬢の腕に抱かれたポゥがリアさんをじいっと見つめている。
リアさんが微笑むとびくっとしたように羽を膨らませた。何だその反応は。失礼だろ。
「シロガネフクロウですか。それも精霊鳥ではなく聖鳥とは珍しいですね」
「シロガネフクロウを知ってるんですか?」
イアナ嬢。
リアさんがうなずいた。
「ええ。昔からいろいろな本を読んでいましたので。特に精霊関係の本とかが好きでした。その関係でシャルロット様のお側で働かせていただいております」
「へぇ」
感心したようにイアナ嬢が応じる。
ポゥがやたら震えているがこいつ大丈夫か? まさか人見知りとかじゃないだろうな。
「それにしてもすごい偶然ですね。私たちが魔物に襲われているときにちょうど運良くあなたたちが転移して来てくれただなんて」
「そうですね」
相槌を打ちながらイアナ嬢がポゥを撫でる。彼女もポゥの様子に戸惑っているようだ。
「疾風の魔女様と一緒に現れたということはメラニア様のご関係ですか」
「いえ違います」
「全くの無関係だ」
イアナ嬢と俺の声が重なった。
たとえ初対面の相手でもここはきちんとしておきたい。メラニアの関係者と思われるなんて絶対に御免だ。
「俺とイアナ嬢はノーゼアの冒険者だ。事情があってワルツに無理矢理ここに連行された」
「事情?」
「リアさんはシャルロット姫の侍女なんですよね」
イアナ嬢。
「シャルロット姫がご病気だと伺っておりますが」
「あ、はい」
リアさんが表情を曇らせた。
「ポーションも聖女様の回復魔法も効果が無くて……話によると特殊な薬草から作られたポーションなら治るかもしれないとのことなのですが」
「クースー草ですね」
「はい」
「安心しろ、その薬草なら俺たちが採ってきた」
「えっ」
びっくりしたようにリアさんが目を瞬いた。
何故かポゥがビクッとなる。こいつマジで大丈夫か?
「そ、その、ジェイさんたちがクースー草を?」
「そう言ったつもりだが」
「でも確か……ああ、そうですね。すみません、疑ってる訳ではないんですよ」
ん?
何だか急にリアさんが焦ったように見えたのだが。
「わぁ、こんなところで遭遇するなんて。これ、女神様の仕込み?」
「……」
ぼそぼそとリアさんが独りごちる。その声は小さすぎて俺には断片的にしか聞こえない。
遭遇とか仕込みとかって何だ?
ま、よくわからんし、いっか。小声ってことは俺たちに聞かれたくないんだろうし。
「直接あんたたちに渡せたらいいんだが採取クエストなんでそういう訳にはいかないんだ。悪いがもうちょっと待っててくれ」
ワルツか他の魔導師あたりに渡せばいいのかな? とにかくクエスト達成も絡んでいるからこのあたりはちゃんとしないとな。
イアナ嬢が訊いた。
「シャルロット姫の容態はどうなんですか?」
「今は発熱とかはないのですが寝たきりです。どうも少しずつ心臓が弱まってきているらしくて」
「それ大変じゃないですか」
「ええ、ですから早く薬草を採取して欲しいと催促しに登城したのですが」
「魔物に襲われてしまったと」
「はい」
「……」
あれだ。
これ、タイミングが良過ぎじゃね?
俺にはリアさんを狙ったとしか思えないのだが。
となるとシャルロット姫の病気も?
陰謀か、陰謀なのか?
などと推測しているとイアナ嬢が言った。
「もしかしてシャルロット姫って誰かに狙われたんじゃないですか? 病気も実は呪いの類とか」
「そ、そんな」
「犯人に心当たりとかないんですか」
「ええっと……」
イアナ嬢の質問にリアさんが中空を見遣った。
そこに答えでもあるかのようにじっと見つめている。
「やりそうな人はいない訳ではありません」
やがて彼女は話しだした。
「第三王女とはいえ一応王族ですし。それだけで快く思わない輩はいるでしょう。ましてやシャルロット様は精霊姫とも呼ばれる特別なお方。その力を危険視する者もいるかもしれません」
「ああ、そう言えばいますね。危険視とは少し違いますけどよからぬことを考えそうな人が」
「……」
俺も一人思い浮かんだ。
ただ、いくらシャルロット姫が特別な存在だとしても狙うか? 腹違いだけどカール王子の妹だぞ。
ましてや聖女になりたいんだろ? むしろシャルロット姫を排除するよりイアナ嬢を何とかする方が先じゃないか?
まあ、あくまでも俺の推測でしかないんだが。
「あの」
リアさんが困ったように眉をハの字にした。
「メラニア様をお疑いでしたら違いますよ。むしろメラニア様はシャルロット様のご病気に大変お心を痛めております。今日も離宮までお見舞いに来てくださいましたし」
「はぁ」
信じられないといったふうにイアナ嬢が顔をしかめる。
あ、うん。メラニアの印象悪いもんな。信じたくないよな。わかるわかる。
「先日もクースー草の採取を依頼したと仰っておられましたし。ああ、でもジェイさんたちが採ってきてくれたんですから依頼は取り下げてもらった方がいいかもしれませんね」
「……」
その依頼、俺に回ってきた奴だな。
てことは、やっぱりワルツに連行されたのはまずかったんじゃないか?
クースー草をワルツなり何なりに渡してクエスト完了って訳にはいかなくなったかも。
しかもクースー草を採取した冒険者を連れて来いって言ったのはメラニアなんだろ? これ流れからしてやばくね?
「あ、あたしかなりピンチかも」
イアナ嬢が声を震わせた。
顔が真っ青だな。
「い、いきなり始末されたりとかしないよね」
「……」
いや、さすがにそれはないだろ。
……とは言い切れないのが怖いんだよなぁ。