第206話 俺のお嬢様は手を差し出した

文字数 4,539文字

 白い空間だ。

 前にも白い空間に来たことがあるがそこと同じ場所なのかはわからない。

 だだっぴろい空間は果てがなくてどこまでも白くて広い。砂があったら砂漠に思えたかもしれないし草が生えていたら草原と思えたかもしれない。でもそういったものは一切ないのでやはりただの白い空間だ。

 俺の腕にしがみついていたイアナ嬢がその力を緩めた。ちょい血の巡りが悪くなってきたのですげぇ助かる。

「ここってあれよね。マリコーを倒した後で飛ばされた……」
「そうだな。まあ倒したのはクソ王子だが」

 全く同じ空間とは異なる可能性はあるがあえて否定はしなかった。

 説明を求められても困るし。

「あれかな? シスター仮面一号がまた僕たちを転移させたのかな? んーでもその割に声は別の人だったような」

 シュナが頭の上に疑問符を並べている。

 その右肩でラ・ムーも同じ仕草。真似てるだけかな?

「あの偉そうなハゲは呼ばれなかったんじゃな」

 エディオンがあたりを見回した。

 確かにギルドマスターのウィッグ・ハーゲンの姿はない。

 まあ彼だけは時間停止させられたように動かなくなってしまっていたからそんな気してたよ。

 足下で光っていたのも俺たちの方だけだったし。

 それにしてもここどこなんだ?

 やっぱり前にも来たことある場所なのか?

「来たね」

 すうっと空間から滲み出るように緑と白の縞模様の着物を着た少年が現れた。帯の色は焦げ茶色だ。

 長い黒髪を首の後ろで束ねており、頭頂部にはカラス、右肩には白いウサギを乗せている。

 まあウサギは正確に言うと「右肩にぶら下がって寝ている」のだが。

「ジョウイチロウ」
「やあ、ランドの森では世話になったね」

 俺が名を呼ぶとジョウイチロウは気さくに片手を上げた。

 彼は「ジョウイチロウ」ではあるが「イチノジョウ」でもある。

 いやアルガーダ王国の内乱の終盤でいろいろあって姿どころか性別まで変えられてしまったのだし今は「ジョウイチロウ」でいいか。一応性別男みたいだし。

「あ、今の僕は第一級管理者のイチノジョウってことで」
「……お、おう」

 どうやらジョウイチロウ呼びは不可のようだ。

 てか、呼び名が複数あるとめんどいな。

 一つにしろよ。

「ジョウ、ゆっくり話してる暇はねぇぞ。リーエフにばれる」

 カラス……元ナインヘルズ第七層の悪魔にして「七罪」の一角、「暴食のラ・ドン」が急かすように言った。なお、現在は悪魔から精霊に変化している。

「わかってるよドンちゃん。僕も別の案件の途中だから手短に話すよ。君たちさっきの天の声は聞いたよね?」

 イチノジョウがドンちゃんに応え、それから俺たちに尋ねた。

 ちなみにウサギはまだ眠っている。こいつも元ナインヘルズの悪魔で「怠惰のラ・パン」という「七罪」の一角だった。今は精霊として存在している。

 なお、ラ・ドンはカラスから刀に、ラ・パンはウサギから小刀に化けることができる。

 俺は「こいついつも眠ってるよな」と半ば呆れつつイチノジョウの質問にうなずいた。

「ああ、何か変な奴らだったな」

 他の三人も続いた。

「ワークエがどうとか言うとったのう。じゃけぇ、俺はたぶんルールがあるから大したことはできんぞ」

 エディオン。

「今度はあの二人が敵になるのかしら? いいわよ、あたしが全部ぶった斬ってあげる」

 イアナ嬢。

「前回はマリコーがラスボスだったよね。今度は誰でどんな目的があるのかな? まあランドの森でパワーアップした僕たちならどんな敵も相手じゃないけどね」

 シュナ。

 彼の右肩でラ・ムーが「そうそう♪」といった風に親指を立てている。

 ドンちゃんが羽根を広げて威嚇した。

「おめーら調子こいてるなよ。今回の敵はマジでやばいんだからな。さっきの聞いてただろーが。あいつら女神プログラムに介入できるんだぞ」
「まあ実際に介入していたのは(ピーと雑音が入る)だけど。あれ、名前が伏せられてる?」

 イチノジョウが補足しようとしたがどうやら敵の名前が俺たちにわからないようにされているらしい。

 あれか、女神プログラムが何かしているとかか。

 それとも女神プログラムに介入してきた奴らが何か細工したとか?

「何じゃ、まぁた女神プログラムに誰か悪戯しとんのか。じゃけぇ、セキュリティはちゃんとせいと前から言うとったじゃろうが」
「いや僕にそれ言われても……。というか僕たちそこまで古い知り合いじゃないよね? 前からとか言われても困るんだけど」
「時空の精霊王とつるんでいろいろやっとるんじゃろ。ほんなら俺の昔口にした言葉くらいアーカイブから調べといたらどうや」
「そんな無茶苦茶な」

 エディオンとイチノジョウがぎゃあぎゃあやりだした。あれ、イチノジョウの奴急いでたんじゃないのか?

 そう思いながら俺が様子を見ているとイアナ嬢が声をひそめた。

「またマリコーみたいなのが出たとか?」
「さぁな。だが、少なくとも二人はいる。あの声は男女二人だった」
「声を変えているのかもしれないわよ?」
「どうかな。あんなふざけた会話をわざわざ天の声で聞かせる理由が思いつかん。俺はあれがあの二人の声だと思う」
「ジェイ、あの二人やけにアルガーダ王国の国民に対して意識してたよね」

 シュナが話に混ざってきた。

「特に男の方は敵意を隠そうともしなかった。まるでアルガーダ王国に恨みがあるみたいに」
「恨み? どんな?」
「いやそれ僕に訊かれても」

 俺の問いにシュナが苦笑した。

 その頬にラ・ムーが自分の頬をすりすりさせる。あれか、匂い付けかな?

「アルガーダ王国に恨みねぇ」

 イアナ嬢。

 彼女は腕組みして唸った。

「うーん、フィリップ陛下の治世になってからは表立った大きないざこざはなかったはずよ。まあ利権絡みの揉め事とかくっだらない喧嘩の延長のような争いはあったけどね。でもそういうことしたのは程度の悪い連中だったし少なくとも天の声を使えるとは思えないわ」
「まあ普通の人間だったら使えないだろうな。女神プログラムに介入とかもできないだろうし」

 そう。

 あれは特別な存在でなくては介入できないはずだ。

 そもそも、普通に生きていたら女神プログラムの存在すら気づかないだろう。

 俺も去年までは知らなかったし。

 シュナが「これってどうかな?」といった雰囲気を滲ませながら訊いてきた。

「じゃあ、マリコーみたいな奴がいてそいつがアルガーダ王国を怨んでいるとか?」
「その可能性はなくもない。ただ、まあ情報不足で何とも判断つかないな」

 俺が即答すると「だよねぇ」とシュナが肩をすくめた。

 そして、俺たちが話している間もエディオンとイチノジョウのぎゃあぎゃあは続いていた。

 おいイチノジョウ、リーエフにばれたらまずいんだろ? 早く用件を済ませて帰れよ。

 どういう流れでそうなったのか今は「女神プログラムへの魂の融合は可能か」というテーマで議論している。

 エディオンは「現状のセキュリティを考えるとやってやれなくはないがたぶん自我は失われる」という立場をとり、イチノジョウは「いくらセキュリティがザルでも魂は融合できない。融合できないので自我も失われない」という立場をとっていた。

 油断していると専門用語の波に呑み込まれてしまいそうなので俺は早々に放置を決めた。カラスが黙っているのは俺と同じことを思ったからかもしれない。ウサギは寝ているので空気扱いだ。

 これ、お嬢様なら嬉々として参戦していたんだろうなぁ。

 わぁ、長々と早口で持論を展開するお嬢様可愛い。

 ちょっと得意気に知ったばかりの知識をこねくり回しているお嬢様可愛い。

 あ、反論された。

 ちょい凹まされたお嬢様も可愛い。

 ……とか想像してみたり。

 うん、お嬢様は何をしてもいつでもどこでも可愛い。

 お嬢様は可愛い。これ結論。

 反論は認めない。

 というか反論してきたら殺す。滅殺してやる。

 などと俺が思っているとお嬢様の声が聞こえた。

「こんなところにいたんですね。もうっ、探しましたよ」

 声のした方に向くと白いウサギの仮面を付けたお嬢様がいた。ウィル教の修道服の袖口に掌サイズの黒い板のような物を仕舞っている。いやあれは収納してるんだよな。

 俺の視線に気づいたのかお嬢様が快活に説明した。

「あ、今のは『アイちゃんタブレット』です。マリコーのラボで回収したデータを参考に試作してみました。いろいろ機能を搭載しているので結構便利ですよ」
「はぁ」

 お嬢様。

 またおかしな物を作ったんですね。

 いやいいんですけど。

 その少し自慢げに微笑んでいる姿も可愛いのでいいんですけど。できればウサギの仮面を外してもらえたらもっといいんですけど。

 何だろう、めっさくらくらしてきた。

 おっかしいなあ。俺、致死以外の状態異常は無効にできるはずなんだけどなぁ。

 俺が軽いダメージを受けているとお嬢様はエディオンたちに目をやった。

「……ということはここはエディオン、いえもう一人の方の空間ですね」
「シスター仮面一号さん、あなたもイチノジョウに呼ばれたんですか?」

 イアナ嬢が俺とお嬢様の間に割り込むように身を滑らせた。

 地味に俺と密着してくる。

「やあシスター仮面一号、相変わらず貴賓を感じるね」

 シュナも俺とお嬢様との間に入ってきた。

 こちらはお嬢様の手をとろうとして……失敗。ぷぷっ、躱されてやんの。

「君も呼ばれたのかい?」

 めげた様子もなくにこやかにシュナが質問する。くっ、強いな。

 お嬢様はイチノジョウをちらと見、それからイアナ嬢たちに答えた。

「いいえ。ジェイに連絡を取ろうとしたら捕まらなかったので探していたんです。ここはあの着物の彼の空間なんですね」
「はい」

 別に「ここがイチノジョウの空間」と説明をされた訳でもないが俺は肯定した。

 まあもう確認しなくてもいいよな。

「では私の空間に移動しましょう。話したいこともありますし」
「ちょっと待ったぁ!」

 イチノジョウが片手を上げながら叫んだ。

 エディオンを伴いつつ駆け寄ってくる。

「君が(ピーと雑音が入る)でもこういうのは困るよ。僕だってジェイに用があるんだからさ」
「(ピーと雑音)様、お久しぶりじゃのう」

 早口に苦情を述べるイチノジョウ。

 一方、エディオンはとても気さくだ。

 お嬢様はイチノジョウの苦情をスルーしエディオンと纏めて挨拶した。

「こんにちは。私、シスター仮面一号です。エディオンもそれでお願いしますね」
「お、おう」

 笑顔で圧をかけてくるお嬢様。

 気圧されたエディオンが了承した。

 古代金竜(エンシェントゴールドドラゴン)を楽々と御したお嬢様を見て冷製になったのかイチノジョウの剣幕が弱まった。

「あ、僕はイチノジョウ……じゃなくて! いやイチノジョウなんだけどそういう意味で否定したんじゃなくて」
「あの天の声を聞いたんですね?」
「うん」

 お嬢様が優しく尋ねるとイチノジョウが首肯した。

「このままワークエに突入するときっとあいつと戦うことになる。今のままじゃ絶対勝てないよ」
「イチノジョウさんもそう思うんですね。ええ、私も同じ意見です」

 お嬢様がイチノジョウに右手を差し出した。

 その手を見つめたイチノジョウに彼女は提案する。

「どうやら協力し合えそうですよね?」
 
 
 
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