第103話 俺は最強の魔法戦士と戦う

文字数 3,527文字

 警報とともに現れたストレンジコングもどきたちを倒した俺たちの前に現れたのは燃えるような赤髪の痩せた男バロック・バレーとその最高傑作にして最強の魔法戦士えるだった。

 長い黒髪を結わえて右肩から垂らした15歳くらいの美少年がバロックの前に立つ。

 そこに突っ込んでいく黒い影。

 黒猫だ。

「ニャニャァッ!(猛烈牙撃ッ!)

 また親父のパクリ技だ。

 黒猫に牙を剥く獅子の幻が重なりまるで猛獣が襲いかかっているように見える。まともに繰り出せればスピードもパワーも充分に発揮できる技だ。

 初見ならほぼ間違いなく相手は致命傷を受ける。そういう技だ。

 しかし……。

「無意味」

 えるの声だろうか、やけに冷たい声がし、黒猫が見えない力で弾かれたように横に吹っ飛ぶ。

「アローンアゲイン」

 エルの両拳に白い光のグローブが発現していた。

 壁に激突して倒れた黒猫に冷めた視線を投げるエル。

 その様子から彼が黒猫を攻撃したのは明らかだった。

 しかし、俺にはその攻撃が全く見えなかった。ほんの僅かなモーションすら見えていなかった。

 超高速?

 いや、それは違う気がする。あれは単に速さだけでできる攻撃じゃない。

 それにエルはあの場から一歩も動いていなかった。二歩、いや三歩は前に出ないと黒猫を吹っ飛ばせる攻撃は不可能だろう。武器も持っていないしな。

 魔法による遠距離攻撃という可能性もあるが、それも彼が魔力吸いの大森林の影響を無効化できればの話だ。

 てか、ここって大森林の中心なんだよな? 確かマリコーのラボはそこにあったはず。

「今の見えた?」
「全然見えなかった」
「ダニーさん、動かない」
「やばいやばいやばい」

 ギロックたちが慌てて黒猫に駆け寄る。ファミマがバロックとエルを気にしながら後に続いた。

「……」

 こうなると俺が相手をするしかないな。

 まあいい。

 どうやら向こうも俺に興味を移したみたいだしな。

 エルが黒猫から俺へと視線を変えていた。

 いや、俺の拳を見ている?

「……」
「……」

 俺とエルが黙っていると「おや」と今さらな声が聞こえた。

 バロックだ。

「その黒い光のグローブ。ふむふむ、この感じ……私にもわかるぞ」

 バロックが目を細めた。

「ヒューリーか。そして、お前は……生きていたとはな」
「……」

 嬉しそうに口角を上げるバロックを俺は睨みつけた。

 古い記憶が呼び起こされる。

 フレイムジャイアントによって焼き尽くされた村。無残にも焼き殺された人々。

 黒焦げの死体と化したあの人たち。

 俺を実の子供のように可愛がり育ててくれた……。

 どくん。

 身体の奥で鼓動が激しく響く。

 どくん。

 視界がぐっと狭まる。

 バロックの狂気じみた笑みが、あの時の奴の表情とだぶる。

 どくん。

 俺は拳を握り直す。

 怒れ。

 俺の中の「それ」が、あの事件の時はうまく聞き流すことのできなかった「それ」が囁く。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 黒い光のグローブが脈打つ。

 俺はゆっくりとバロックたちに近づいた。

 迎え撃つかのようにエルが拳を構え、その後ろでバロックが腕を組む。

「あのパープルドラゴンに喰われるか焼き殺されるかしたのだと思っていたがよもや生き伸びていたとはな。運命とは実に奇妙で面白い」
「それはこっちのセリフだ」

 俺はこっそりとサウザンドナックルを試した。

 だが、収納から銀玉は射出されない。少なくとも俺は魔力吸いの大森林の影響下にあるようだった。

「お前にまた会えて嬉しいよ、ジェイクリーナス」
「その名で呼ぶな」
「おや? 私が愛情を込めて付けた名前が気に入らなかったのかね? お前には相応しい名前だと思ったのだが」

 嘘つけ。

 俺は胸の内で毒づいた。バロックに愛情などというものなどないと俺は知っていた。

 それにジェイクリーナスという名前は元々俺を育ててくれたあの人たちの死んだ息子に付けるはずだったものだ。無くなった息子の代わりに俺がジェイクリーナスと名付けられたのだと俺は聞いている。教えてくれたのは目の前のこいつだ。

 俺が目で拒絶の意思を示しているとバロックが両手を挙げて降参した。

「わかったわかった。そう恐い顔をするな。たかが名前くらいでそう怒ることもあるまい」
「……」

 俺が返事をせずにいるとバロックがエルを顎でしゃくった。

「それよりこいつが気にならないかね? いや気になっているはずだ。何せお前の弟分と言ってもいい奴なんだからな」

 振られたエルに反応はない。

 それと、警報はまだ鳴っている。いつになったら止むのかなんて俺にわかる訳がない。

「ということで兄弟対決だ」
「こいつと……戦う?」

 エルがバロックに尋ねる。

 どちらかというと確認といった訊き方だった。

「そうだ。できるな?」

 エルがうなずいた。

「……!」

 直感、とでも言うべきなのだろうか。

 俺は横跳びでその場から離れた。

 何かとてつもなく強い力がさっきまで俺のいた位置を走り抜ける。拳で振り抜いたらこんな衝撃があるのではないかという風圧だ。当たっていたら黒猫のようにぶっ飛ばされていてもおかしくなかった。

「?」

 エルが表情を変えずに首を傾げる。 つまり今のはこいつの攻撃ってことか。

 攻撃が見えなかったのには驚かされたが当たらなければどうってことない。

 俺はダーティワーク発動中の身体強化を活かし一歩でエルとの距離を詰めた。

 拳の間合いに入り。

「ウダァ!」

 エルの顔目掛けて拳を放つ。ろくにガードしようとしない、あるいはできないエルの顔面に強烈な拳の一撃が決まるのは確定だった。

 だが。

「ぐっ」

 エルの顔に俺の拳撃が命中する刹那、鋭い打撃が俺の横っ面を捉えた。

 その衝撃で俺は右にぶっ飛ばされる。

 そして、さらにもう一撃。

 腹部の激痛とともに強引に俺は床へと叩きつけられた。

 背中と腰を打って滅茶苦茶痛いがそれ以上に訳がわからない。

 これは何だ。

 エルはあの場から一歩も動いていない。それに魔法を行使した素振りもなかった。

 表情はほとんど無くただじっとこちらを見ている。酷く人形じみていた。

 これ、やばいかも?

 とか思ってしまった俺はまだまだ余裕があるのかもしれない。

 素早く収納からフリフリを出して一粒食べた。エルに邪魔される危険もあったが何故か見逃された。もちろん無効にその意思があったのかはわからない。

 口内に爽やかな味が広がり、身体のダメージが消えた。うわっ、マジか。これむっちゃチートアイテムだろ。

「ふむふむ、エルの攻撃を食らって生きているとはな。もう少し攻撃時のパワー上昇率を上げる必要があるのかもしれん。それに嘆きのフィールドの有効範囲も広げたいものだな。それには……」

 バロックが何やらぶつぶつ言っているがそれは無視。

 俺は収納にフリフリを仕舞い銀玉を出した。

 サウザンドナックルは使えないが投擲武器として銀玉を使うことはできる。状況が状況だけに回収が難しそうなのでできればやりたくなかったのだが。

 ま、めんどいことは勝ってから考えるか。

 俺は銀玉をエルに投げつけた

「ウダアッ!」

 銀玉が真っ直ぐエルに向かっていく。

 俺は追加で二十発投げた。合計二十一個の銀玉がエルを襲う。

 が。

「無意味」

 五個の銀玉があらぬ方向へと軌道を変えると他の銀玉も巻き込んで床に落ちた。数発がエルのところまで届いたがいずれも防御されてしまう。

「……」

 銀玉で気を逸らしているうちにエルに肉迫してぶん殴るつもりでいたのだが失敗した。というか銀玉が一発も当たらないのかよ。

 俺はやばい気がして後ろに跳んだ。

 見えない力が走り、その風圧が俺の皮膚を撫でる。

 次の一発が俺の背中を叩いた。不意打ち過ぎて痛さより驚きの方が強い。これはどういうことだ?

 そんな疑問を抱いている間にもう三発貰った。右肩と左脇腹と右頬だ。

 バロックが嘲笑った。

「ふはははは、圧倒的ではないかね。どうだ、私のエルは強いだろ? 出来損ないのお前とは天と地程の力の差だと思い知っただろう? ジェイクリーナス」
「……」

 床に這いつくばり、言い返す余裕も失った俺はバロックを睨みつける。そんな俺のささやかな抵抗にバロックが意地悪そうに笑った。畜生。

「そろそろお終いとしよう……エルッ!」

 バロックの言葉にエルが僅かに首肯する。

 俺の目の前で魔力が集中した。魔力吸いの大森林の影響を完全に無視したようなとてつもなく膨大な魔力だ。

 そして、この熱感と魔力波動。

「……」

 これは炎系の……。

 つーか、無詠唱?

「ジェイッ!」
「逃げて!」
「そんなっ、これってマクドの……」

 ジューク、ニジュウ、そしてファミマの悲鳴が重なる。

 逃れる術のない俺の目前で白色爆発魔法(ノヴァストライク)が発動した。
 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み