第58話 俺、この人知ってる

文字数 3,221文字

「補助の魔道具を使える者は攻撃力を増強しろ!」
「槍使いは間合いを取って援護だ」
「盾役は魔物の注意を引き付けろッ!」

 俺のスプラッシュで回復した騎士たちが活気づいた。

 うん、やる気になっているのはいいと思うよ。

 でも、その魔物ランクAのめっちゃ危険なモンスターだからね。迂闊に攻めるとせっかく治したのにまた怪我するよ。

 低く唸って威嚇してくるグレーターリザーティコアを二手に分かれた騎士団の一方が取り囲む。

 もう一方は……おや?

 俺はイアナ嬢に訊いた。

「なぁ、俺の目がおかしいのかな? あそこに色違いのケチャが見えるんだが」
「大丈夫、あたしにも見えてるし」

 俺たちの視線の先にケチャそっくりの子供がいた。

 いや、そっくりというには語弊があるか。

 俺の知るケチャは白髪で顔色の悪い子供だ。着ているローブの色は緑。

 こっちのケチャは金髪。顔色が悪いのは本物(?)のケチャと一緒だがローブの色はピンクだ。それも目が痛くなるような派手派手のピンク。趣味悪っ!

 遠目でもにやけているのがわかる。

 さて、俺は今二つの戦闘を間近にしているのだが……これ、どっちも放置できないよな?

 グレーターリザーティコアは間違いなく騎士団では対処しきれないだろうし、ピンクのケチャは何となくこれはこれでやばそうだ。本物のケチャと同じかどうかは不明だけど。

 ま、とりあえず先にグレーターリザーティコアを仕留めておくか。何か尻尾が再生してきているみたいだし。

 俺はダーティワークを発動した。

 両方の拳を黒い光のグローブが包む。

 腕輪に魔力を流しながらグレーターリザーティコアに狙いを定め、発射。

 轟音を伴って撃ち出された左拳がグレーターリザーティコアの頭を粉砕した。

 肉片と体液を撒き散らせつつ横倒しに崩れたグレーターリザーティコアに騎士たちがどよめく。

 ほぼ一斉に彼らの視線が俺へと向けられた。

 驚嘆、恐れ、羨望、そして幾分かの疑念が混じり合うように俺へと注がれる。あ、獲物を横取りされた怒りで睨んでくる奴もいるな。面倒くさい。

「そこの君、協力感謝する。ところで……」

 リーダーっぽいいかにも育ちの良さそうな騎士がこちらに声をかけてきたのを無視して俺はピンクケチャへと駆ける。

 背後でイアナ嬢が呪文の詠唱を始めていた。物凄い早口だ。

 俺がマジックパンチを撃つ前にイアナ嬢の魔法が発動した。

 キラキラと青白い光が俺を包み、消える。

 身体が急に軽くなった。脚力が増して走る速度が何倍にもなる。

 補助系の申請魔法だ。

「ウダァッ!」

 騎士団の攻撃をその場に立ったまま回避しようともしないピンクケチャに俺はマジックパンチを放った。

 嘗めているのかピンクケチャは指一本動かそうとしない。

 突然背後から乱入した俺に騎士たちが一瞬身じろいだ。彼らの攻撃が止まったところに俺の左拳が飛び込む。

 ピンクケチャに着弾……しなかった。

 見えない障壁がピンクケチャの直前で展開しそれに命中した左拳が金属音にも似た衝撃音を響かせる。障壁を打ち破ることも出来ずに左拳は俺の元に戻ってきた。。

 だが、その頃には俺もピンクケチャのすぐ傍まで迫っている。

 呼び止める騎士たちを無視して俺は右拳で殴りかかった。

 障壁に拳が止められる。

 ビリビリと右腕を伝わってくる衝撃。右腕を痺れさせる感覚に気付かなかったふりをして拳を握り直した。

 俺の中で「それ」が囁く。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 黒い光のグローブが脈打つ。深淵の闇より深くて禍々しい力が俺の拳へと注がれていった。気を抜くとそのまま魂まで持って行かれそうな激しくて危険な力の奔流が俺の内側から溢れてくる。

 俺は自分の魔力を少しずつ加減しながら「それ」へと与えていく。しかし、俺の身に宿る「それ」は貪欲だ。このまま魔力を与え続ければいずれは全て喰らい尽くし、さらには魂をも喰らおうとするだろう。

 そうさせないためにも時間はかけられない。

 俺は一点集中で障壁を連打した。

「ウダダダダダダダダッ!」

 ピンクケチャの頬がぴくりと動く。

 その僅かな変化に俺は手応えを感じ、さらにラッシュを浴びせまくった。

 障壁に亀裂が浮かぶ。やがて亀裂は放射線状に広がってガラスを砕くように割れていった。

 俺が一歩前に踏み込むよりも早くピンクケチャが地面を蹴る。

 跳ぶように俺へと突っ込むピンクケチャには笑みが消えていた。その身体から澱んだ色のピンクの影が噴出する。

 俺は構わずぶん殴った。

 ぐにゃりと嫌な感触。

 ピンクケチャの顔面を捉えた拳がその顔を陥没させていた。それでも怯まずにピンクケチャが影を伸ばしてくる。

 触手のようにうねうねする影の先端にはサソリの尻尾。毒針がやけに長い。

 俺はもう一方の拳で毒針を叩き折った。

 損傷した部分がピンク色の影に覆われて再生する。

 ピンクケチャからさらに影が伸びる。

 俺はそれも殴打した。そして再生。

 キリがない。

 俺は腕輪に魔力を流した。

 呼応するように「それ」が喚く。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 俺の戦いの邪魔になるのがわかっているからか騎士団は手出ししてこない。それは俺にとっても好都合だった。

 正直、下手に近づいて来られたら巻き添えにしてしまいそうだ。騎士の動きに合わせながらピンクケチャとやり合える余裕はない。

 俺との戦闘の間に顔を再生させたピンクケチャが何かを叫んだ。甲高く、人を不快にさせる響きの叫びだ。

 空間に無数の小さな魔方陣が現れそこからサソリの尻尾を先端に付けたピンク色の影が伸びてくる。一斉に俺へと向かってくる影はどれくらいあるのか。

 数えるのも面倒だ。

 俺は両拳でラッシュを放つ。
 獲物に喰らいつくかのように拳がサソリの尻尾を砕いていく。一発一発放つ毎に俺の中の「それ」が歓喜の声を上げていく。

 怒れ……。

「遅くなってごめんなさいねぇ」

 声。

 この場にはそぐわない妙に脳天気な感じの声だった。どちらかといえばお菓子屋の店長とか地方の古びた教会で子供と遊ぶ優しいシスターを連想させる声だ。俺のイメージなので異論は認めない。。

 そして、横から照射される謎の光。

 その光がピンクケチャの胸を貫く。

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 両手で大穴の開いた胸を押さえてピンクケチャが絶叫する。その目は大きく見開かれ驚愕の色を示していた。そして、その身体からキラキラとした青白い光の粒子が溢れてくる。。

 声の主がゆっくりと歩み寄ってくる。。

 騎士たちのつぶやきが聞こえた。

「シスター仮面だ」
「これで助かった」
「相変わらずお強い」
「それにしても、あの攻撃は何だよ。あんなの反則だろ」
「馬鹿、あれはウィル教の特務だけが使える秘術なんだよ。聞いたことないのか?」

 顔を白い仮面で隠した人物が足を止める。俺とピンクケチャとの間合いを絶妙にとった距離。仮にどちらがこの人物に肉迫しようとしてもこの距離なら容易に対処できるだろう。

 何故かそう思えるのだ。

 銀色の手鏡を持ち、ウィル教の修道服で身を包んだその人物は頭から真っ白なウサミミを生やしていた。

 いや、あれはカチューシャか。

 お嬢様もあれと良く似たカチューシャを持っていたな。まあ、お嬢様の方が絶対に似合うけど。

 ん?

 そういや、この人誰かに似てないか?

 うーん。

 誰だっけ?

「ふふっ、仮面の効果はバッチリみたいですねぇ」

 どこかで聞いたことのあるような声。でも、誰の声かはわからない。

 何となく若い女性の声だとは思う。

 ……って。

 やばっ、俺まだ戦闘中だってのに何やってんだよ。

 慌てて俺はピンクケチャに意識を向けるがそこにはもう誰もいなかった。

 代わりに転がっていたのは一部が欠けたピンク色の魔石。小さな子供の拳くらいのサイズだ。

 俺はウサミミの人物を見た。

 何故かその表情が微笑んでいるように思える。仮面で顔は隠されているのに。

「……」

 俺、この人知ってる。

 何となくそんな気がした。
 
 
 
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