第197話 俺、その名前どっかで聞いたような

文字数 4,312文字

 今回の指名依頼で指定された場所はノーゼアの西門の近くにある宿だった。

 内装は成金とか派手すきが喜びそうな感じで、あっちこっちにある小物や調度品はいかにもお高そうな物ばかりだ。金とか銀とかを素材にしている物も多く宿の主人の趣味も想像できた。てか間違いなく俗物だな。

 ちなみに外観から推測される部屋数はロクないし八。宿屋としては小規模な方になる。

 これなら俺やイアナ嬢の常宿である銀の鈴亭の方が格上なんじゃね?

 とは思うが口には出さない。

「わあ、見事なまでに成金趣味というか悪趣味ね。これなら銀の鈴亭の方がずっといいわ」
「……」

 イアナ嬢。

 お前、どうして黙っていられないんだよ。

 ほら見ろ、宿屋の主人がすげぇ恐い目で微笑んでるじゃねーか。

 あれきっと本人的には怒ってるの隠してるつもりだぞ。隠しきれてないけどな。

 どうすんだよ。

 応対してくれた宿屋の主人は四十代くらいの丸々と太った男でハゲではないがかなり生え際がやばくなっている。あと数年もしないうちに……いや、止めよう。別に髪の毛で宿屋の仕事をしている訳ではないしな。

「あの絵何か馬鹿っぽい。やたら金色」
「置いてある銀の人形変なデザイン。失敗した? それともセンスが悪いだけ? あれならニジュウの方がもっと上手に作れる」
「……」

 ジューク、それとニジュウ。

 お前ら、あんまりキョロキョロするな。

 あとその絵は先々代の国王陛下の戴冠式の絵だ。やたら金色なのは当時めっさ金回りが良かったからあらゆる装飾を金で統一したかららしいぞ。

 んで、そっちの人形はイールドッグっていう魔物だな。犬とウナギの両方の特徴を持った非常に珍しい魔物だ(食用可)。別に失敗作とか製作者のセンスが悪いとかじゃないと思うぞ。

 ちなみにどちらも似たような物が市場に出回っているためそこまで価値は高くない。見た目は派手だがお値段は懐に優しいです(まあ絵の方は金貨五枚で像の方は金貨二枚くらいするけど)。

 あ、宿屋の主人の笑みが深くなってる。やばいやばい。

 俺はわざと大きく咳払いした。

 ジュークとニジュウ、察しろ。

 イアナ嬢はもう喋るな。

「ん? ジェイ、どした?」
「まわりに変な物ばっかりあり過ぎて体長崩した?」

 ジュークとニジュウが心配そうに声をかけてくるが違う。

 ちゃんと察してくれ。

「昨夜は特に寒かったものね。でもジェイでも風邪引くんだ。何とかは風邪引かないって言うのにねぇ」

 イアナ嬢。

 おい、誰が馬鹿だ。

 てか、せめてその反応は俺がクシャミした時にしてくれ。咳は何か違うだろ。

「……」

 シュナが無言でいる。

 俺たちに呆れているのか?

 まあ確かに俺でも「何だかなぁ」て感じだしな。

 宿屋の主人もむっちゃ微笑んでるし。目が笑っていれば好意的に取れるんだがそうじゃないからなぁ。叩き出されないだけマシだと判断するしかないか。

 バチッ!

 いきなりシュナの腰に吊した聖剣ハースニールがスパークした。

 威力が弱いのでとりあえず俺たちに被害はない。

 すうっとシュナの右肩の上に現れる雷の精霊ラ・ムー。

 長い黒髪の儚そうな少女の姿をしている。

 おや、何やらご機嫌斜めが継続中?

 今日は一帯どうしちゃったんだ?

 いつもならシュナの頬にすりすりしたり耳たぶをプニプニしたりする癖に今回はしないのか?

 いや、ギルドの酒場でもしてなかったから「今回も」と言うべきか。

 とか俺が思ってたら雷撃が飛んできた。何故だ。

 俺が回避したら廊下の壁に命中した。やばい、壁が壊れたら弁償……。

 て、あれ?

 雷撃が消えた?

 ラ・ムーが消したのか?

「ジェイ、ここ何かおかしいよ」

 シュナが険しい顔で告げた。

「さっきからずっと誰かに見られているような感じがする。それに妙なプレッシャーみたいな感じもするし。ラ・ムーもこの宿屋に来てから不機嫌がさらに悪化してる」
「ねぇ、さっきの」

 イアナ嬢。

「雷撃が消えたわよね? その子(ラ・ムー)が消したの?」
「ジェイ、雷撃避けてた」
「すっごく近かったのに凄い! ニジュウならきっと当たってた」
「ほほう、なかなかですな。これなら期待できますかな」

 ジューク、ニジュウ、宿屋の主人が続く。

 それらを無視して俺はシュナに訊いた。

「この宿屋に何かいるのか?」
「たぶん。ジェイは気づかなかったの?」
「……」

 気づかなかった。

 昨夜のこと(フォーティフォーの件)もあり相応に常時探知を使ってはいたがこの宿屋に着いて以降の反応はこれといってなかった。

 俺には感知できなかったのにシュナにはできた。

 その理由はわからない。

 あ、うん。

 俺、まだまだなのかもな。

 一応、シュナは勇者だし。

 俺は別に勇者でもなければ賢者でもない。

 単なる元執事の冒険者でしかないからな。

「!」

 て、ちょい凹み書けていたら急に探知に反応があった。

 おいおい、何だよこのとんでもなくでかい反応は。

 そのすぐ傍にも反応があるけどそちらはそこまで大きくない。王都の学園で魔術の実技成績が良い生徒ならこのくらいの反応は示せるだろう。

「えっ、何これ? 凄くやばそうなんだけど」
「あの奥野部屋から感じる」
「突撃する? ねっねっ、突撃する?」
「ほっほっほ、さすがにこれはわかりますか。まあこれがわからんようでは話になりませんからなぁ」

 イアナ嬢、ジューク、ニジュウ、そして宿屋の主人。

 ジュークの指摘通り一番奥の部屋(向かって右側)から明らかに異常な強さの魔力が漏れていた。

 それはもう魔力が強過ぎて空間の一部が歪んでしまう程だ。良い具合にドアから離れた天井付近が歪んでいてとりあえず部屋の出入りには支障はなさそうである。

 それにしても戸惑うイアナ嬢とすぐにでも突撃してしまいそうなニジュウとの対比が酷いな。

 念のためにニジュウの右肩を掴んで突撃を我慢させた。

 しかし、ニジュウはマジコンを発動させてドラゴンランスのドラちゃんを飛ばした。廊下は狭いのでガツガツ壁や天井に当たるのだが何故か傷はつかない。

 そのうちドラちゃんは天井すれすれの位置で止まった。あともう少し廊下の奥に進んでいたら空間の歪みに突撃していただろう。

 仮に吸い込まれたとして、その後回収できるのかは不明。

 ニジュウは試さなかった。

 穂先の向きを件の部屋へと変え、そのまま滞空させる。

「いや、いきなり戦闘とかするつもりはないぞ」

 目をキラキラさせて突撃指示を待つニジュウに俺は言った。言わないとさらに先走りしそうだし。

 そう思っていると腰の袋からファンシーなピンク色の弓を出してきた。

「ジェイ、いつでも行ける」
「いやいやいやいや」

 どうしてこいつはこんなに好戦的なんだ?

 あれか、ランドの森での訓練のせいか?

 プーウォルトあたりから悪影響でも受けたか?

 そういや「クマ教官」とか言ってやけに懐いていたもんな。ジュークはそこまで懐いてなかったみたいだが。

「別にまだ討伐依頼って決まった訳じゃないんだぞ。そもそもクエストの内容すら明らかにされてない」

 ギルドでは「指示された場所にて詳細を聞いてください」と言われてしまった。

 こんな怪しさ満点なクエスト、フィリップ陛下からの指名依頼でなければ断っていたぞ。

「でもこの異常さは絶対やばいわよ。それにあたしたちを歓迎しているようには思えないし」

 イアナ嬢が顔を青ざめさせつつ腰に両手を当てた。クイックアンドデッドの構えだ。お、ビビってる割に戦意はまだあるのか。

「殺られる前に殺れ、だね。うん、僕もその心構えはしておくべきだと思うよ」

 シュナが聖剣ハースニールを抜いた。こいつもやる気である。

「建物に被害ないかも? ならジューク遠慮無しで撃つ」

 万能銃のバンちゃんに見るからにやばそうな魔弾を装填するジューク。

 俺は宿屋の主人を見た。

 目を細めて俺たちを眺めている。その顔は相変わらず微笑んでいるが全く俺には笑っているように見えない。

 というか、なーんか企んでる?

「おやおや、どうなされましたかな? クエストにて指定された場所はこの右手奥野部屋ですよ」
「は、はぁ」

 まあそれはわかってるんだが。

 おい、ニコニコしながら圧をかけてくるんじゃねぇ。

 この宿屋の主人、最初のうちはただの俗物かと思ったんだがひょっとするとそれは偽装かもしれないぞ。

 案外、油断ならない奴なんじゃ……?

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 宿屋の主人に気を取られていると絹を裂くような若い女の悲鳴が聞こえた。

 右手奥野部屋からだ。

「ドラちゃんゴー!」

 ニジュウが号令をかけ、滞空中のドラちゃんが右手奥野部屋のドア目掛けて突撃する。発射とともに急加速でその速度を増し凄まじい勢いでドアにぶち当たった。

 衝撃音だけはやたらでかい。

 火花も散った。

「……」

 でも、ドアは無傷。

 俺は思わずぽかんとしてしまった。

 ジュークが万能銃のバンちゃんを構え、引き金を引いた。

 水色の光が銃口で輝き、一筋の水流と化す。水流は螺旋状にうねりながらドアへと直進した。轟音を伴いつつ圧倒的な水圧でドアを吹き飛ばそうとする。

 しかし。

 水流は全てドアの表面で弾かれた。

 当然周囲は水浸しになるはずなのだが何故か一滴の水すら遺さない。全部消えた。

 目を白黒させるジューク。

 先に呆然となっていたニジュウがピンク色のファンシーな弓を手にした。

 俺が止める間もなく魔力の矢が連射される。

 魔力の矢が光の筋を煌めかせていくが……うん、当たってるのに何もないね。

 あのドア、何なの?

 と、俺が思っているとイアナ嬢が避けんだ。

「クイックアンドデッド!」

 六つの光が飛翔してドアに……あ、ドアまで届く前に止まった。

 六枚の円盤がカランカランと床に転がる。魔力操作によるコントロールが完全に失われているようだった。

「え、ちょっと! どうしてあたしだけドアまで届かないのよっ! ジュークちゃんもニジュウちゃんも命中はしてたじゃない!」
「……」

 イアナ嬢。

 そんなことで張り合うなよ。

 とか無言でつっこんでいたら睨まれた。何故だ。

「うーん」

 シュナが小さく頭を振って聖剣ハースニールを鞘に収めた。

 宿屋の主人に尋ねる。

「攻撃は無意味、てことかな?」
「ほっほっほ、お気づきになられましたか」

 宿屋の主人が嬉しそうに応える。

 彼はゆっくりと右奥の部屋のドアに近づくと軽くコンコンとノックした。

「アリスお嬢様、冒険者の方々をお連れしました」
「入って頂戴」

 ドアの向こうからさっきの悲鳴とは別の声がした。若い女性の声だがこちらの方が声音が低い。

「……」

 て、アリスお嬢様?

 あれ、その名前どっかで聞いたような?
 
 
 
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