第178話 俺、あの管理者が何を言ってるのか理解できないよ

文字数 4,340文字

 吸引の魔方陣によって地上に吸い寄せられたラ・プンツェルの頭の位置とプーウォルトのハイパーイースタンラリアットの攻撃範囲が重なったのはなかなかに絶妙なタイミングだった。

 ラ・プンツェルの額のサークレットに命中するプーウォルトの右腕。

 激しく魔力がぶつかり合い、凄まじい衝撃音があたりに響く。

「……」

 て。

 あれ、あのサークレット全然無事じゃね?

 結構な打撃を加えられてるはずなのにダメージ一つないの? 凹みも傷もないし砕けそうな気配もないよ。

「ふふっ」

 ラ・プンツェルが嗤う。

「馬鹿の一つ覚えの攻撃で妾を倒せると本気で思っておるのか? そなたは真に愚かな男よのう」
「その愚かな男を好いてくれた娘の身体、返してもらうぞ」
「!」

 プーウォルトがラリアットを止め、左手を素早く伸ばして悪魔の顔を模したサークレットを掴む。

「くっ」

 サークレットを掴む左手から煙が上がった。どうやら素手で触れるとダメージを受けるようだ。サークレットの持つ強過ぎる魔力のせいで直接触れると悪影響を受けてしまうのかもしれない。

 しかも、サークレットは額から外れない。

 苦悶の表情を浮かべるプーウォルト。

 それに追い打ちをかけるようにラ・プンツェルの後頭部から伸びた無数の触手がその先端をプーウォルトへと向ける。

 先端の一つ目が嘲るように赤く光った。

「くくく、何を今さら。マンディの想いに応えなかった男が今さらもう遅いわ」

 一斉に一つ目から光線が放たれ……。

「……」
「……」

 キラキラ、キラキラ。

 ウフフ、アハハ。

 キラキラ、キラキラ。

 ウフフ、アハハ。

 プーウォルトの身体を七色の光が包んでいた。

 それはラ・プンツェルの攻撃からシャルロット姫(とプーウォルトとアミンとポゥ)を守ったあの精霊の壁と同じ輝きだった。

 アミンと手を繋いで立つシャルロット姫がフンと鼻息を鳴らす。

 その姿は少女と呼ぶより一国の女王の風格があった。

 まあ現実的には彼女が女王になれる可能性は限りなく低いのだが。兄弟姉妹も多いしね。

「クマさんをいじめようとするにゃんて、あなた嫌いです」

 キッ、とシャルロット姫はラ・プンツェルを睨む。

 その背後にキラキラとした人影が見えるのだが、あれも精霊か?

「あにゃたみたいな人はこのアルガーダ国にはいて欲しくありましぇん。もちろん他の国にもいて欲しくにゃいでふ」

 カミカミだがシャルロット姫が一生懸命喋っている姿は可愛い……じゃなくて格好良い。

 彼女の親じゃないけど「立派になったねぇ」て褒めてあげたくなるよ。

 プーウォルトにサークレットを奪われまいとマンディの額に引っ付いているラ・プンツェルが叫ぶ。

「黙れっ、この小娘がっ! 守られることしかできぬ癖に生意気を言うなっ!」
「あにゃたをどうするべきかはもうわかってまふ」

 シャルロット姫の背後の人影がうなずき、それに応えるようにラ・プンツェルのすぐ傍で空間が歪んだ。

 さらに、キラキラと光りながら七色の光がサークレットに集まっていく。

 キラキラ、キラキラ。

 ウフフ、アハハ。

 キラキラ、キラキラ。

 要らない、要らない。

 七色の光がサークレットを覆っていく。

 キラキラ、キラキラ。

 要らない、要らない。

 キラキラ、キラキラ。

 ウフフ、アハハ。

「止めろ、止めろぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」

 みしっ。

 みしみしみしみしっ。

 不快な金属音とともに悪魔の顔を模したサークレットが眉間のあたりからヒビを走らせた。

 慌てたようにそのヒビから黒いシルエットが現れる。長い髪の女のシルエットだ。

 頭部には赤々と瞳を光らせる一つ目。

「な、何たる屈辱。この妾がこのような野蛮な形で契約を解消させられるとは」

 壊れたサークレットがプーウォルトによってマンディから外される。

 次の瞬間、マンディの身体が崩れるように砂になった。着ていたドレスもあっという間に風化していく。

「マンディ……」

 プーウォルトが声を震わせる。

「ちっ、やっぱこうなるのかよ」

 シーサイドダックが悔しげに舌打ちする。

「……」

 アミンが黙って俯いた。

 その胸中は俺には察することしかできない。

 そして、シャルロット姫の背後にいるキラキラした人影が何だか悲しそうにその身体をゆらゆらと揺らした。

 呼応するように精霊たちが囁く。

 キラキラ、キラキラ。

 ごめんね、ごめんね。

 キラキラ、キラキラ。

 さよなら、さよなら。

 シャルロット姫が涙を浮かべていた。

「な、何故でひょう? よくわからにゃいのにものしゅごく悲しいでふ」

 シャルロット姫の目から零れた涙が頬を伝う。

 ポタリと落ちた涙が足下を濡らした。

 そこを中心に七色の光が広がっていく。

 それは七色の光の線で描かれた魔方陣だった。

 天の声が響く。


『確認しました』
『特殊条件を満たしましたので精霊姫の能力「魂のルフラン」を発動できます』
『発動しますか?(はい・いいえ)』


「ひゃい?」

 突然のことにシャルロット姫が目を丸くして固まっている。

 あと今の天の声、シャルロット姫だけじゃないのな。俺にも聞こえたぞ。

 シャルロット姫が頭に疑問符を並べながら声を上擦らせる。

「え、えっと。よくわかりゃないけど……はい、でふ」
「……」

 シャルロット姫。

 よくわからないのに能力を発動させるんですか?

 すげぇ勇気あるな。

 俺が感心していると天の声がまた聞こえた。


『精霊姫の能力「魂のルフラン」を発動します』
『女神プログラムの特殊コードを作動』
『ディメンションコアと対象の(ピーと雑音が入る)をリンクします』
『対象の(ピーと雑音が入る)を検索……検索完了。該当の魂がロストしているため忘却界(リンボ)にて再構築します』

『再構築術式を展開』
『魂の再構築完了まで残り95%……72%……42%……17%……6%……完了しました』
『対象の魂が再構築されましたので忘却界(リンボ)から待機用の亜空間に転送します』
『待機用の亜空間を確認しますか?(はい・いいえ)』


 淡々と続いていた天の声が止まる。

 シャルロット姫がしばし無言で目を瞑り、やがて口を開いた。

「はい、でふ。ところでどなたの魂の話をしているのでしゅか?」


『待機用の亜空間の様子を表示します』


 天の声はシャルロット姫の質問には答えず中空に画像を映し出した。

 そこに映っていたのは……。


「マンディ……」
「はぁ? おい、嘘だろ? あいつラ・プンツェルに身体だけ残して他は魂ごと喰われたんじゃねぇのかよ」
「うん……そうよね、ウサミンやドモンドのはずないよね」

 プーウォルト、シーサイドダック、そしてアミン。

 アミンの声がやたら寂しげなのが何か辛い。後で美味い物でも食わせてやろう。

 俺がそんなふうに思っているとシャルロット姫の背後にいたキラキラした人影がシャルロット姫の身体に溶け込むように消えた。

 キラリ。

 シャルロット姫の全身が一瞬輝く。

 そして……。

 シャルロット姫の声が大人びた女性の声と重なった。

「魂よ、輪廻の輪に還りなさい。記憶と記録を辿り、彼方と此方の慈悲と希望の源泉へと。生と死を繰り返し、世界の理に導かれて還りなさい」

 映像に映っていたマンディの姿が少しずつ色を失うように消えていく。

 て。

 おおっ、シャルロット姫が噛まずに喋った。凄い凄い。

 じゃなくて!

 シャルロット姫の声に被っていたのは誰だ?

 そう俺が首を傾げていると……。

「シャリ……?」
「おい今の……マジでどうなってるんだよ」
「シャーリー姫。えっ、でも生まれ変わったってことは同じ魂な訳で……ええっ?」

 プーウォルト、シーサイドダック、そしてアミン。

 ということはあれか。

 あのキラキラした光の人影の正体はシャーリー姫ってことか。

 でも、シャルロット姫がシャーリー姫の生まれ変わりだというならシャルロット姫の魂はシャーリー姫の魂って訳で……あれ?

 そうなると二人が同時に別々に存在してたのっておかしくね?

 そんな俺の疑問に答えてくれたのはイチノジョウだった。

「ああ、これゲーム本編では語られてなかったんだよね。けど、確か『ときめきファンタジスタ全シリーズ完全攻略バイブル(みんみん書房刊)』によると覚醒したシャルロット姫は魂が分化しているらしいんだよね。転生前の自分がサポートについてくれるようになるというか……でも、そもそも強欲のラ・プンツェルの復活ってシャルロット姫が十七歳の時に起こるイベントのはずだし、となると本来の形とは別ってことになるのかな? わぁ、あの人がいろいろいじっちゃったから攻略本情報とかもどこまでアテにできるかわかんなくなっちゃったよ!」
「……」

 あ、あれ?

 これ、疑問の答えになってる? なってないような?

 つーか、攻略本って何?

 え?

 俺が疑問符だらけになって埋まりかけていると天の声が聞こえた。


『確認しました』
『マンディ…(ピーと雑音が入る)の魂がこの世界の輪廻の輪に還りました』
『なお、この情報は秘匿されます』


「マンディ…、来世で幸せになるのだぞ」

 天を見上げて呟くプーウォルト。

「んー、まあ生き返れなかったけどよぉ、魂が戻ったんなら良しとしとくか?」

 そう言いつつもイマイチといった表情のシーサイドダック。

「そっか、魂が失われてもまた輪廻の輪に戻れることもあるんだ……そしたらウサミンやドモンドももしかしたら……」

 目に希望の光を宿らせるアミン。

 ポゥがそんなアミンの頭上をポゥポゥ鳴きながら飛び回っている。おいおい、何を騒いでいるんだよ。

 シュルルッ!

「ふぇ?」

 シャルロット姫のすぐ傍の空間で魔方陣が展開し、そこからどこかで見たような触手が伸びてきた。

 触手がシャルロット姫の腰に巻き付き、彼女と手を繋いでいたアミンから引ったくるようにシャルロット姫を魔方陣へと引きずり込む。

「ちょっ!」

 慌ててアミンが取り返そうとするがもう遅い。

 シャルロット姫が魔方陣の中に消えた。

 あたりに嘲笑が響く。

 強欲のラ・プンツェルだ。

「揃いも揃って愚か者よのう」

 ラ・プンツェルの脇に魔方陣が展開し、そこから触手に巻きつかれたシャルロット姫が現れた。

 気を失っているのかぐったりしている。

「よもやこんな小娘に邪魔されるとは思わんだが、まあ物は考えようとも言うしのう」

 ラ・プンツェルの一つ目が赤々と光る。

 長い髪の女のシルエットの左手が膨らみ、それが見覚えのある装飾具へと変化した。悪魔の顔を模したあのサークレットである。

 つーか、あれって一つきりじゃないのかよ。

 ラ・プンツェルが愉快げに告げた。

「次はこの小娘を乗っ取るとするかのう。ふふっ、ちと精霊臭いのが難点だがあれだけのことをできるのだ、魔力と魂の味はきっと極上であろうよ♪」
 
 
 
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