第117話 俺を待ち受けていたのは

文字数 4,117文字

「うーん、アタシあんまり深く関わるつもりはなかったのよねぇ」

 いつの間にか俺の傍に立っていたラキアが嘆息した。

「けど、あっちは竜人まで出してきちゃったでしょ。しかもアタシの知り合い。放っておけなかったのよねぇ」
「……」

 何だ?

 誰に向かって言い訳してるんだ?

 俺か? 俺に言ってるのか?

 そんなふうに思いながら無言で見ているとラキアが両手を俺に差し出してきた。

「ま、それはそれとして。はい、頂戴」
「はぁ」
「なーに間抜けな顔してるのよ。あんたが竜人たちの送った増幅装置を全部持ってるのは知ってるのよん。さあさあ、大人しくアタシに渡しなさいっ」
「……」

 うわっ、こう来たか。

 確かにこいつのお陰で竜人たちと戦わずに済んだのだがその代償がこれか。

「まあ、俺が持ってても仕方ないしな」

 どこかで売れたら金にはなるかもだが正直、物が物だけに気安く売れそうな気がしない。

 下手すれば国レベルで争奪戦を始めかねないやばさの装置なのだ。こんなもん俺のようなただの冒険者が持っていていい訳がない。

 もちろんエンエンの魔石も同様だ。

 つーか、ひょっとすると増幅装置よりもやばい代物かもしれない。

 何せ、遺失技術(ロストテクノロジー)が組み込まれているんだからな。それも2200年前に滅んだ魔法大国マジンシアの技術だ。

 俺はもっと普通の冒険者っぽい物をゲットしたい。あと、贅沢を言うならお嬢様にプレゼントできそうな物を。

 あーでもお嬢様なら増幅装置とか魔石でもウェルカムか? ウェルカムかもしんない。

「……」

 俺の想像の中で増幅装置を胸に抱いて大喜びするお嬢様の姿が浮かんだ。

 わぁ、めっちゃ可愛い。マジ天使。こんな天使に迎えに来て貰えるならいつ死んでもいいや。

 ……じゃなくて!

 ちょっと、と少し怒り気味のラキアの声に俺ははっとした。やばっ、想像の中のお嬢様が天使過ぎてあっち側に行ってた。

「ちゃんと話聞いてる? ぽけーっとしてる暇はないのよん。マリコーが予定を早めて大実験を開始したらどうなると思ってるのよぉ」
「そ、そうだな。すまん」
「せっかく手に入れたお宝(増幅装置)が使用済み中古品になっちゃうじゃない。こういうのは未使用の新品の方が高く売れるのよん」
「……」

 そうでした。

 こいつ、こういう奴だった。

 お金大好き。光り物大好き。世界中のあっちこっちに集めた財宝を隠していて、旅をしながら自分のお宝コレクションを見て回るのを何よりも生き甲斐にしている。そんな奴なのだ。

 ちなみに財宝を分散して隠しているのはリスク管理がなんたらだとか。俺にはよくわからん。

 なお、俺の仇敵であるバロックはラキアの隠し財宝の一つを発見しており、それをパクって自分の研究費用に当てていたらしい。

 もちろんそんなことされてラキアが怒らない訳がない。

 その結果があの悲劇の夜のドラゴン襲来だ。

 まさかバロックも自分がドラゴンに襲われるとは思ってなかっただろうよ。でも、それ自業自得だし。

 他人様(他竜様)のお金盗んで研究費に回したら駄目だよねぇ。

 後で知ったんだけどラキアはバロックの魔力波動を追ってあの村に辿り着いたらしい。本気で怒ったドラゴン(古代紫竜、つまりエンシェントパープルドラゴン)て怖いな。

 あの夜、ドラゴン形態のラキアの尻尾攻撃で吹っ飛ばされて燃え盛る炎の中にバロックは落ちた。

 それが奴の最後のはずだった。

 だが、奴は生きていた。

 生きて、あの忌まわしい研究を続けていた。

「ラキアさんっ」
「あのね、ニジュウたち女神様に会った」

 今その存在に気づいたといったふうにギロックたちがラキアに話しかける。

 おや、となるとラキアはいつから廃教会の前を離れていたんだ?

 あらあら、とラキアが目を細めながら交互にギロックたちの頭を撫でた。

「アタシが栄光の剣とかいうソフィアちゃんの養子の子がいるパーティーの様子を見ている間にあんたたちが送られてきたのねん」
「は?」

 ちょい聞き捨てならない発現に俺の声は頓狂になった。

「おい、どういうことだ。栄光の剣って増幅装置の一つを完全破壊した連中だよな?」
「そうよぉ」
「何でお前がそんな連中の様子を見れるんだよ。それともそいつらが戦ってた陽陰坂ってここから近いのか?」
「うーんそうねぇ、位置的にはここから南東に一日くらいかしら。近いと言えば近いわねぇ」
「いや近くないだろっ」

 ついつっこんでしまった。本当についだ。

「まあ、アタシなら一分もかからないけどねぇ」
「……」

 あ、うん。

 そうですね。

 こいつ人間じゃないもんな。

 何だかどっと疲れが押し寄せてきた。

 はあっと深いため息が出るよ。

「それにしても、栄光の剣って大層な名を付けているだけあってあの子たち強かったわよぉ。特にソフィアちゃんの養子くんは将来有望ね。あれきっとプーウォルトのブートキャンプに送られてたに違いないわ」
「……」

 どうしよう。

 ラキアの言ってることが意味不明すぎて目眩がしてきた。

 誰だよプーウォルトって。

 それとも地名か? 知らんぞそんな場所。

 ああ、ブートキャンプもわからんが何となく想像できてしまう自分が恨めしい。

 てか、あれだよな。

 三年前の夏にお嬢様の命令でやらされた無茶苦茶きつかった特訓のことだよな。

 ああ、あの時の先生は元気かなぁ。発言する時は頭にサーを付けろとか自分のこと本官とか呼んでた痛い人だったけど。

 黄色い熊の仮面を付けていたのも引いたよなぁ。

 まあ実際熊みたいな人だったけど。いや、あの強さは熊というよりゴリラか。

 ラリアット一発でブラックドラゴンを討伐してたもんな。しかも強化系の魔法やアイテムは一切なしで。

 また会いた……くはないなぁ。できれば二度と関わりたくないです。はい、マジで。

 ギロックたちとラキアを見ていてわかったのはこいつら既知の間柄だったってこと。

 つーかラキアと黒猫がそもそも一緒にこの大森林に来たのだとか。詳しい理由は聞けず。

 そして二人(一人と一匹?)が森の中でギロックたちと知り合ったことからあの小屋で世話になることとなったのだとか。

 その後、採取場所を黒猫にも教えたくなかったラキアが一人で白い沼に向かったためそれぞれ別行動となったようだ。

 ほいで、ラキアはイアナ嬢たちと遭遇し、黒猫はギロックたちに連れられた俺と会った。

「じゃあ、そろそろラボに乗り込むわよぉ」

 なぜかラキアが場をしきってる。

 俺たちの前でポゥが再び巨大化した。

 今回はさらにでかい。これ、八人乗りとかか?

 *

 ぺちぺちと何かが俺の頬を叩いている。

「ニャー(小僧、起きろ。着いたぞ)」

 黒猫の鳴き声に重なるように俺の親父の声がした。

 そういや、親父どこにいるんだろうな。

 いきなりいなくなっちゃってライドナウ家の皆も心配しているってのに。テレンスさんも親父の代役とかやらされてるって話だからえらい迷惑してるだろうな。

 ぺちぺち。

「ニャー(ったく、こんな寝坊助に育てたつもりはねぇんだがな)」

 おいおい、俺だって猫に育てられた覚えはないぞ。

 俺は目を開けた。

 黒猫が横から俺の顔を覗き込んでいる。

 俺が寝ている場所はやけにもふもふしていた。めっちゃ手触りがいい。羽毛100%の心地良さだ。

 ……て。

「これポゥの羽毛かっ!」

 一気に目が醒めた。

 まわりを見回すと何やら大きな白い建物の前の広場。敷地のすぐ外は森になっているから大森林の中だというのはわかる。

 で、その広場には無数の魔物の死骸。ほとんどはストレンジコングでその中に六本腕のストレンジコングが混じってる。キツツキの頭に狼の身体がついた化け物は何だろうか。少なくとも俺の知識にはない。新種か?

 イアナ嬢とギロックたちが険しい表情で周囲を警戒している。ポゥも上空を飛んでいて何やらポゥポゥ鳴いていた。

 ラキアがこっちに歩み寄ってきた。ファミマがその後をふわふわとついてくる。

「ジェイ、おそーい。もうあらかた片づいちゃったわよぉ」
「あははは、次代の聖女とギロックたちが大活躍だったよ。でも、一番凄かったのはダニーさんだけど」
「ニャ(当然だな。戦いの年季が違う)」

 黒猫が自慢げに胸を張った。あ、こいつ尻尾を立ててやがる。生意気。

 ラキアとファミマの話によれば、あの後ポゥの背中に乗ってマリコーのいるラボに突撃かまそうってことになって猛反対しかけた俺をラキアが眠らせた、とのことだった。そういやそんなことがあった気がするよ。つーかポゥに乗って移動なんて絶対御免だし。

「僕ちゃんが皆をマリコーのいる所に転移させられたら良かったんだけどブロックされてるみたいでできないんだよね。あっちが上位でなきゃ突破してやるのに」
「まああっちもそれだけ必死ってことよね……さーて、ジェイ」

 ラキアが中空を睨んだ。

「あんた皆が戦ってる間ずっと寝てたんだから、その分頑張りなさいよ」
「うん?」

 俺もラキアに倣って同じ方を見ると何か違和感を感じた。

 瞬間、風景が変わる。

 さっきまで外にいたはずなのに今は屋内にいた。窓のない部屋は天井が高く、天井と四方の壁を灰色の石で囲んでいた。床はざらざらとした不思議な板でできている。

 ラキアとファミマの姿はなかった。黒猫もイアナ嬢たちもいない。

「俺だけ転移した?」
「せっかくお前の方から来た訳だしな。相手をしてやろうではないか」

 声と同時に二つの影が部屋の中央に現れた。ゆっくりとその姿が実態となる。

 バロックとエルだ。

 俺は即座に銀玉を投げつけた。サウザンドナックルを使いたかったができなかったからだ。ここは魔力吸いの大森林の影響を受けているのだろう。

 一直線にバロックの顔面へと飛んでいった銀玉はあと僅かといった位置で砕けた。

 破片ごと右側へと吹っ飛んでいく。

「アローンアゲイン」

 エルが無感情な声で言った。

 その両拳を白い光のグローブが包んでいる。

 俺もダーティワークを発動して拳を構えた。

 両拳を黒い光のグローブが包む。

 エルの能力の謎はまだ解明できていなかった。

 それでも、やるしかない。

「ウダァッ!」

 先手必勝。

 俺は不安を脇に置いてエルに突っ込んだ。
 
 
 
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