第150話 俺の目の前で砂になった

文字数 3,345文字

 竜人がイアナ嬢に指を向けた。

 指先に光が点る。

 あの光線はじっとしていたら殺られる攻撃だ。つーか跡形もなく消滅してしまう。

 きっと、昔お嬢様から教わった「ビホルダーの分子破壊光線」のようなやばい攻撃なのだろう。

 当時説明を聞いても分子が何だかよくわからなかったがとにかくやばい攻撃だというのはよーくわかった。

 でもまあ、あれだ。

 俺はイアナ嬢へとダッシュした。

 能力的にはイアナ嬢も俺が思いついたことを実行できるはずだ。

 だが、彼女は自分が光線の標的になったと知って血相を変えて逃げ出していた。それはもうすんごい勢いで逃げている。追いかけるポゥが気の毒なくらいだ。

 えっ、結界?

 それ張って万が一駄目だったら終わりだよ?

 イアナ嬢がどんだけアレな女でもそのくらいわかるでしょ。てか、わかっているから逃げているんだろうし。

 俺はダーティワークの身体強化を活かしてイアナ嬢の隣に並んだ。

 ちらと竜人を見る。

 走っている相手を狙い撃ちするのは難しいのかなかなか撃ってこない。

 イアナ嬢も自分の走るコースを先読みされないように右に曲がったり左に曲がったり速度を速くしたり遅くしたりとランダムな動きで逃げていた。イアナ嬢にしては頭を使った走り方である。

 もっとも光線が広範囲を一度にカバーできる規模で発射されたらどうしようもないが。そういうのが来ないことを祈ろう。

「きゃっ」
「ポゥッ!」

 イアナ嬢がコケた。

 おいおい、何もないところで転ぶなよ。

 じゃなくて。

 竜人がこのチャンスを逃すはずもなく光線を撃ってきた。ニヤリとしていたような気もするが、とりあえずそれはスルー。

 俺は即断して収納を使った。

 イアナ嬢へと降り注ぐはずの光線が軌道を変え中空に開いた俺の収納の中へと吸い込まれていく。

 しかしまあマジで便利だなこの能力。これなら大抵のやばい攻撃も何とかなるんじゃないか?

 んじゃ、お返しといきますか。

 俺はたっぷり吸い込んだ光線を収納から出した。

 中空に開いた収納の口から空に向かって一直線に光が伸びていく。

 竜人とサークレットの女は……避けずに防いだ。

 つーか、あいつらに命中する前に光線が消えた。

「……」

 うわっ、何だよあれ。

 あいつら無敵かよ。

「妙な手で邪魔しおったか。ミジンコの癖に生意気な」
「ラ・プンツェル様、あの者からは良くない魔力を感じます」
「そのようだな。だが、妾の障害にはならん。それにそちにはビホルダの指輪があるではないか」

 竜人が光線を撃った指には指輪があった。銀のリングに黒光りする石が付いた何か禍々しい感じのする指輪だ。

「それはもうそちの力だ。妾のために存分に使うがよい」
「御意」

 一礼し、竜人が再び光線を放った。

 俺とイアナ嬢は左右に分かれて逃げ……って、おい。

「ついて来るな」
「ええっ、ジェイだけあの光線対処できるのにあたしを見捨てる気?」
「いや、イアナ嬢も収納持ちだろ」
「失敗したらどうするのよ」
「安心しろ、骨は拾ってや……ああ、消滅するんだから骨は残らないか」
「……」

 イアナ嬢の視線が痛い。

 そして、ぎゃあぎゃあやりながら俺はイアナ嬢と光線から逃げまくった。何回かは俺の収納で切り抜けつつ反撃したが向こうも光線を防いでしまうのでノーダメージだ。

 地味にしんどい。

 あと、他の面子が観戦モードになっているのだが。あいつら憶えてろよ。

 竜人も俺たちを狙っても無駄だと諦めてくれればいいのに。何故に俺たちにこだわる?

 あ、でもアミンが何だか驚いたような顔をして竜人を見ているんだよなぁ。どうしてだろう?

「くっ、たかが人間の分際で俺の攻撃を躱し続けるとはっ!」

 竜人が怒鳴り急降下してきた。

 俺たちに指を突きつけ光線の発射態勢をとる。

 これまでにない大きさに肥大化した光が指先に宿る。

「近距離から最大パワーで撃たれてそれでも躱せるというなら躱してみろっ!」

 あっという間に地上すれすれまで降りた竜人が俺とイアナ嬢に迫る。

 ひっ、と短い悲鳴を発するイアナ嬢。

 絶対的な必殺範囲(キルゾーン)で放たれる光線。

 俺は収納に光線を吸い込ませるが竜人に動揺はない。むしろニヤリと笑んでいた。

 何だ?

 疑問が浮かぶものの俺はこれまで通り収納した光線を竜人に向かって解き放つ。

 一直線に伸びた光線が竜人に命中……しなかった。

 竜人に当たる直前で光線が消えた。そう、さっきまで何回も繰り返したように。

 あ、やばい。

 そう俺が思った時竜人の指先に光が点った。

 即座に放たれる光線。

 距離が近すぎて俺には収納する暇がなかった。まずい。

 俺は光線の直撃を受け……なかった。

 ぐにゃりと曲がるように光線がコースを変えてイアナ嬢の修道服の袖口へと消えていく。

 ……って、おい。

 その収納方法は危険過ぎるだろ。

 別に収納用の亜空間の入口は袖口じゃなくその辺の空間に開けばいいだろうに。

 まあそれはともかく。

 俺は竜人に肉迫すると拳を連打した。

「ウダダダダダダダダ……ウダァッ!」

 竜人の硬いボディにどれだけのダメージが通ったのかはわからない。手応えはあまり感じられなかった。とにかく硬い。ひたすらに硬い。何なんだこの硬さは。

 シーサイドダックの作った浮島のステージで戦った竜人とは全く違うじゃないか。

 内心焦っていると竜人が嘲るような目で俺を見た。その口が弧を描く。

「こんな程度か。フンッ、赤竜族の戦士である俺には赤子以下だな」
「!」

 竜人の拳が俺の腹にめり込んだ。

 一瞬遅れて痛みが襲ってくる。俺の拳はもう止まっていた。攻撃できるだけの余裕がたった一発のボディブローで消し飛んでいた。

 もう一発、今度は右頬を殴られて俺は吹っ飛ぶ。

 ダーティワークの効果で身体を強化していなければ頭を飛ばされて死んでいたかもしれない打撃力だった。

 俺はよろめきながら立ち上がろうとするが……やばい、すぐに立てそうにない。

 竜人が俺からイアナ嬢へと目をやり獰猛な笑みを浮かべる。

 指をイアナ嬢へと向け……。

 斬(ザクッ)。

 背後から飛んできた円盤が竜人の首に突き刺さった。

 ちっ、と舌打ちするイアナ嬢。

 どうやら俺と竜人が戦っている間に予備の円盤を使ったらしい。背後からの奇襲で敵の首を狙うのはお得意だもんな。全然次代の聖女っぽくないけど。

 円盤が回転速度を上げて首を切断しようとするが急に停止した。ポロリと竜人の足下に落ちる。

「視界から外れると機能しなくなるとはどうにも不完全な防御だな」

 竜人。

「だが、俺自身が強化されているお陰で命拾いしたぞ。さすがラ・プンツェル様の力だ」

 イアナ嬢へと向けられていた指先に光が点る。

「ラ・プンツェル様の糧となるがいい」
「止めてドモンド!」

 アミンが叫んだ。

「一帯どうしちゃったのよ。食料を探しに行ってたんでしょ? それが何でこんなことを……」
「アミンか、ろくに役に立たない癖に大食らいでお前には困っていたんだ」

 言いながら光線をイアナ嬢へと発射する。

 しかし、イアナ嬢が修道服の袖口へと光線を収納した。だから、そのやり方は止めろっての。

 イアナ嬢からの反撃はドモンドに当たらず。つーか何で円盤が当たったのに光線は消えるんだ?

 アミンがさらに叫ぶ。

「ウサミンもドモンドが殺したの?」
「……さあな。だが、一発目の時に糧をラ・プンツェル様に捧げたのがあいつならそうだったんだろうな」
「そんなっ」
「まあどうでもいい。どの道この場にいる全員をラ・プンツェル様の糧にするつもりだったんだ。順番が少し早まっただけだろう?」
「……」

 ドモンドの言葉にアミンが言葉を失った。

 絶望の表情で立ち尽くすアミンを放置してドモンドが指先に光りを宿らせる。

 だが、何度光線を撃っても結果は変わらないだろう。

 収納で防いで反撃してそれが消えて……延々と繰り返すのがオチだ。イアナ嬢とドモンドのどちらかが諦めるか対処をミスるまで続く。

 まあ体力的に長引いたらイアナ嬢の方がやばいが。

「女、俺には勝て……」

 ドモンドがいきなり顔を強張らせ、倒れた。

 全身が灰色に変色していく。

「えっ?」
「ドモンド!」
「?」

 イアナ嬢、アミン、そして俺。

 俺たちが驚愕している間にドモンドだったものが砂と化していった。
 
 
 
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