第120話 俺は人が球になるのを見る

文字数 4,341文字

 お知らせします。

 ソノターノ共和国のAランク冒険者パーティー「クネ様と突撃決死隊」が美貌の天才科学者マリコー・ギロックの研究室を急襲しました。

 中継が届いています。

 それでは呼んでみましょう。現場のマリコーさん。


 天の声がそう呼びかけると空間に透明な薄い板が現れ白衣姿の女性を映し出した。

 マリコー・ギロックである。


「はいはーい。皆さんお元気? 只今、お客様が来てくれてとーってもわくわくしているマリコーです。まあこの人たちが初めてのお客様ではないんですけどね」


 マリコーは上機嫌だ。すっげぇニコニコしている。テンションもめっさ高い。

 彼女は片手で研究室の奥を示した。

 見たこともない道具や機械に囲まれたスペースにぼんやりと光る白線で描かれた魔方陣が展開している。大人の男が十人は寝転べる規模の魔方陣だ。

 その魔方陣の中に五人の男女がいた。

 格好から戦士が二人、魔導師が二人、僧侶が一人だろうと推察する。魔導師の一人だけが女性で彼女のみが豪奢な装備だった。ローブは金糸の刺繍が施された金持ち使用だし、所持している長杖は先端に拳大の宝玉を填めた平民には絶対に手の届かない代物だ。

 そして、何故か一人一人に白文字で書かれた名前が傍に浮かんでいた。その下には緑色の帯と青色の帯が並んでいる。

 それによると一人だけ豪奢な装備の女性がパク様らしいとわかった。


 俺もクロネコ仮面も空間に現れたものに目を奪われている。

 完全に無防備状態なのだがどういう訳か俺たち二人を守るように結界が張られており元エルが執拗に攻撃をしているにも関わらず微塵も危なくなかった。

 というよりむしろ安全?

 これ、ひょっとして天の声が張ったのかな?

「ななななな何だこの非常識な結界は。こんなの聞いてないぞ」
「無駄なことを……いいから大人しくしてろよ。この結界はきっと天の声の特製結界だぜ。てめーら程度の火力じゃ傷一つつかねーよ」

 クロネコ仮面がうざったそうにバロックを睨む。


「突然結界を張られて吃驚した方もいるかもしれないわね。でも、安心して。これは私が自分の権限を活かして女神プログラムとかいう世界のシステムに介入してやらせていることだから。せっかくの見世物なんだし、どうせなら楽しんで欲しいじゃない?」


 マリコーの声はするがその姿は映っていない。

 大きな魔方陣に閉じ込められて外周の線の外に出られずにいる五人が映っているだけだ。

 彼らは見えない壁を叩いたり大声で外に出すよう訴えたりしていた。自分の身長ほどもある大剣を振って見えない壁に斬りつけた戦士ふうの男もいたが破壊はできなかった。


「女神プログラムに介入できたお陰でワークエが終わるまでは大実験の他にももっと実験して楽しめるわ。参加者の皆さんも私の実験で存分に楽しんで頂戴」


 言ってることはよくわからないがとにかくかなりやばいことになっているということはわかる。

 ちっ、とクロネコ仮面が舌打ちした。

「プログラムに介入だぁ? そんなの精霊王だってできねぇぞ……つーことはこいつ(ピーッと雑音が入る)と同等かそれ以上か」
「……」

 あ、あれ?

 何故、お嬢様の顔が目に浮かぶ?

 俺が戸惑っているとマリコーが妙に芝居がかった口調で言った。


「こちらの五人はソノターノ共和国から来られた冒険者の皆さんよ。ええっと、確か突撃決死隊だったかしら? ねぇ、あなたたちって突撃決死隊で合ってる?」

 マリコーの問いに僧侶がうなずいたが他の四人は激しく何かを喚くだけだった。特にパク様とかいう女魔導師がうるさい。キーキー声が耳障りだ。


 しかし、マリコーは質問した癖に冒険者たちの声を完全にシカトした。。


「この突撃決死隊の皆さんは転移でここにやって来たの。大事なことだから二回言うわね。転移でここに来たの。ね、凄いでしょ? 転移なんてよっぽどの大魔導師でもなければできないのよ。この人たちとおっても優秀なのねぇ」


 マリコーに褒められても冒険者たちの態度は変わらない。まあやむなし。


「そんな優秀な人たちはどのくらい魔力を保有しているのかしら? 気になる? 気になるわよねぇ。私、特に転移を使えた方がどのくらいの魔力の持ち主なのか知りたいわ」


 と、宙に浮かぶ透明な薄い板がマリコーを映す。

 マリコーが片手に収まるサイズの小さな箱を持っていた。箱の上部には押しボタンが付いている。


「という訳でちょっとメメント・モリの原理を元に作った魔力急襲装置を使って実験してみる……あ、違った、魔力を測定してみるわね」


 言い間違えをごまかすようにマリコーがてへっと笑う。

 うーん、年を偽っているって知らなければ可愛いとか思えたかもしれないけど。

 おばさんだと思うとなぁ。

 つーか、おばさんの癖に若い子ぶるなよ。


「あ、今、おばさんの癖に若い子ぶってるとか言った人。後でちゃんと後悔させてあげるから覚悟しておいてね」


「……」

 うわっ、やべっ。

 俺、声にしてなかったよな?

「ああ、嫌だね。ババァなんだからいちいちそんなん気にしてるんじゃねぇよ。どうしたってババァはババァだろーに」
「……」

 クロネコ仮面。

 お前、勇者か?


「原理を説明しても難しいでしょうし退屈させるだけになると思うから省くわね。とにかく、このボタンを押したら装置が作動して魔方陣の中にいる被検体の魔力を全て結晶化して測定するってことを頭に入れて頂戴。ね、これならそう難しくもないでしょ?」


 映像がパク様たち冒険者一向に戻る。

 杖を掲げ、パク様が早口に詠唱を唱えて魔法を発動させた。

 大型の犬ほどもある光弾が現れて見えない壁に撃ち込まれた。

 しかし、一瞬で光弾が消滅してしまう。もちろん見えない壁は無傷だ。

 あんぐりと口を開けて呆けるパク様に僧侶が慰めようと声をかけた。

 だが、パク様がむっとした顔で怒鳴り散らして拒絶してしまう。かなり激しい口撃を放っているようだがあんなんで僧侶や他の連中とうまくやっていけるのか?

 あーうん。

 そうだよな、あれがデフォルトなんだろうな。

 わぁ、あんなのと一緒に冒険だなんて大変だな。俺には無理だ。

「……」

 いや、あんな酷くはないが俺にはイアナ嬢がいたか。

 うむ、ちょい親近感が沸くな。

 とか思っているとマリコーが告げた。


「それじゃ、早速実験してみるわね。はい、ポチっと」


 重低音の機械音が響き、五人のいる魔方陣が緑色の光を放ち始めた。

 その変化にぎょっとした五人がさらに慌てたように見えない壁を攻撃したり助けを求めたりするが壁は壊れないし助けも来ない。

 マリコーの声。


「そうそう、転移して逃げられるんじゃないかって意見があるかとは思うんだけど私の権限でそれができないようにしているわ。だって、そんなこと許したら実験がつまらなくなるじゃない。私、楽しく実験するためなら手段は選ばないわよ」


 マリコーの声は五人の冒険者にも聞こえているのだろう。

 パク様が両膝をついて祈るような姿勢で命乞いを始めた。それに倣うように僧侶以外の冒険者たちが命乞いをしだす。

 僧侶は真っ先に倒れていた。

 みるみるうちに衰弱していっている。身体が急激に痩せ細り、骨と皮だけになった。生気の抜けた顔はもう助からないことを示している。

 僧侶の衰弱とともにその傍に浮かぶ二本の帯も赤く染まっていった。その色の変化はとても早い。真っ赤になるのにそう時間はかからなかった。

 僧侶の身体が光に包まれる。

 ゆっくりとその光が縮小すると一個の白い球になった。小石ほどのサイズだ。

 僧侶の傍に浮かんでいた白い文字が数回点滅してからふっと消えた。

 白い文字があった位置に880と白文字が残る。


「どうやら、僧侶の人は魔力の数値が880だったみたいね。ええっと、回復食の平均魔力数値は650だからまあまあ優秀ってところかしら? ちなみに私の可愛いギロックたちは平均4300だけどね」

 マジか。

 俺はジュークとニジュウのことを思い浮かべた。

 あいつら、すげぇ魔力を保有しているんだな。

 ちょい見直したぞ。


「ふふっ、他の人は少なめね。戦士がそれぞれ205と159、魔導師が580、それと……」


 最後に残っていたパク様が崩れるように倒れやがて光に包まれた。哀れ。

 しかし、球はちと大きめだぞ。


「へぇ、やっぱり転移まで使えるだけあって魔力も高いのね。1105だって」


 実験……いや計測が終わったからか重低音が止んだ。それとともに魔方陣から光が消える。

 どこからか十代半ばくらいのギロックが現れ球を回収していった。

 映像がマリコーに戻る。


「どう? ご覧の通り実験は成功ね。メメント・モリはこれの何万倍も機能強化したものになっているからさっきより楽しい実験になるはずよ。皆期待していてね」


「……」

 俺はあまりのことに声も出なかったがクロネコ仮面が怒鳴った。

「なーに抜かしてんだこのババァ! あんなもんの何万倍もやばい奴を使われたらこの世界が滅茶苦茶になるぞ。そこんとこわかってんのかこのタコ!」


 ぴくっ。


 マリコーの眉が僅かに動いた。

 えっ、クロネコ仮面の罵声が聞こえた?

 いやいやいやいや。

 そんなことないよな。偶然偶然。

 俺が内心ヒヤヒヤしていると、マリコーが困ったように首を傾げた。


「あらあら、どうやら今の実験を見ても減らず口を叩ける人がいるみたいね。簡単に屈しない人って素敵だけどこの状況でそれはどうなのかしらねぇ」

 彼女は片手を上げた。


 再び画面が魔方陣の方に切り替わる。

「じゃあ、もう一組実験…じゃなくて測定してみましょうかねぇ。というか、もう実験呼びでいいかしら。いちいち呼び直すのも面倒だし」


「……」

 いや、そんなもんどっちでもいいから。

 つーか、こいつもう一回さっきのをやる気か?

「バロック、どうやってもこの結界は壊れぬぞ。吾の最大火力を試したいところだがそれだとここ一帯を灰にしてしまうかもしれん」
「はぁ? 止めろ止めろ絶対に止めろ! くっ、あの女、とんだ迷惑を」

 結界の外で攻撃をしていた元エルが何か大技をしようとしてバロックに止められた。

 まあバロックを守る結界は俺やクロネコ仮面を守る結界よりも弱そうだし、その判断は間違っていないだろう。

 とりあえずあいつらは後回しだな。

 このままマリコーの動向を見るとしよう。

 そう思いながら画面に意識を向けた俺は次の瞬間目を見張った。


 魔方陣の中に現れる四人と一匹、そして一羽。

 あ、一柱もいる。

 イアナ嬢、ラキア、ジューク、ニジュウ、黒猫、ポゥ、そして何故かいるファミマ。

 おいおい、ファミマは精霊王なんだから逃げるとかしろよ。転移くらいできるだろうに。

 それとも、マリコーの力で転移を封じられているのか?
 
 
 
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