第171話 俺、ため息が出ちゃったよ

文字数 3,633文字

 マジンガの腕輪が転送変換され魔神化の腕輪に変わる。

 そして、腕輪のスペシャルパワーが解放されたことにより俺に第一級管理者の称号が与えられた。

 それは先日のワークエでマリコーと戦った時に得た力を行使できることを意味していた。

 あの力があればラ・プンツェルに勝てるぞ。

 俺がラ・プンツェルとの戦いに勝利を確信していると誰かの声が聞こえた。


「コードA613を発動。直前の称号授与をキャンセルし、転送変換していた魔神化の腕輪を元の腕輪に戻すっ!」
「……」


 え?


 *


 魔神化の腕輪に変わっていたはずの腕輪が元々あったマジンガの腕輪に戻る。

 さっきから聞こえていた天の声が止まった。

 え。

 どゆこと?

 俺の頭の中が疑問符だらけになっている間に再び声がした。

「おいジョウ、今の良いのか?」
「良いも何も、あんなやばい物使わせちゃ駄目でしょ。下手すれば死ぬより酷いことになるよ」
「けどなぁ、ラ・プンツェルに対抗するためなんだろ? 本人が覚悟してんならいいんじゃねーか?」
「いや、あれたぶん本人の意思とか確認してないと思うよ。アーカイブも見たけど無許可で魔改造とかしているし」
「うわっ、引くなそれ」
「まあそれだけあの人も必死なんだろうね」

 これはあれだ。

 ジョウイチロウとドンちゃんだ。

 そう俺が気づいた時、別の声が響いた。

「究極魔法、ダイソンホールッ!」

 メラニア付き宮廷魔導師、疾風の魔女ワルツだ。

 光線を発射しようとしていた触手たちとその本体のラ・プンツェルが空間の歪みに巻き込まれるように回転し始めた。

 バキボキグチャグチャとめっちゃ嫌な音を立てながら回転する空間の歪みがその規模を小さくしていく。

 ふっと空間からワルツが姿を現した。

 てか、こいつ知らないうちに身を隠していたんだね。

 んで、ラ・プンツェルの意識が俺たちに向いている間に長ったらしい呪文を唱えていたと。

 うーん、ちょいもやっとするけどまあいいか。

 ラ・プンツェルもこうして空間の歪みにぶち込めた訳だし。

 今度こそ倒せるよね?

「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 一度ならず二度までもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「……」

 えっと。

 絶叫してるんだけど、何だか元気そうじゃね?

 いや、すげぇ骨の砕ける音とか肉の潰れる音とかしているんだけどさ、なーんかその割に死にそうにないと言うか。

 サークレットも壊れた感じがしないよね?

 やばくない?

「トゥルーライトニングファイナルブラストォ!」

 シュナが大振りに聖剣ハースニールを振って今まで見たことのない規模の雷撃を飛ばしてくる。

 駄目押しと言わんばかりに雷撃は空間の歪みに突っ込んでいった。

 大音響を轟かせて爆発するが爆発そのものは空間の歪みの中で生じているためこちら側には影響はない。音だけだ。めっさうるさいけどね。

 シュナが聖剣ハースニールを構え直しその刀身に雷を走らせ直す。

 ラ・プンツェルがまた空間の歪みから逃れてくるのを危惧しているのかもしれない。彼の表情に油断はなかった。

 そんなシュナにワルツが明るく声をかける。

「やだなーそんな顔しなくてももう大丈夫よぉ。、あれだけの攻撃ならそこらの魔王級でも殲滅できるって。あ、もしかして心配性?」
「奴は最初の魔法を堪えてるからね」

 シュナは厳しい表情を変えない。

 その目は回転しながら小さくなっていく空間の歪みを凝視しているようだった。

 俺はというと腕輪が元のマジンガの腕輪に戻ったこととか第一級管理者の力を得られなかったこととかのショックをちょい引きずってはいるものの、どうにか現状把握できる程度には冷静さを取り戻していた。

 ついでに「それ」の声も聞こえなくなっている。

 ダーティワークの能力も気づかぬうちに解除されていた。

 あの天の声によると「それ」こと怒りの精霊とのリンクも外されているようだ。

 怒りの精霊とのリンクを強制的に外されて再びリンクできるのかとも思ったのだが試しにやってみたらあっさり繋がった。

 俺の両拳を黒い光のグローブが包む。

 身体強化もこれまで通りのようだ。

 一応、マジンガの腕輪もチェックしたがこちらも異常はなかった。

 まあこっちは「それ」云々というより転送変換や称号授与のキャンセルの影響を心配したんだけど。

 俺自身の体調も問題ない。

 少し体内に違和感が残っているがそのくらいなら何とでもなる。まだまだ戦えと言うなら戦えるぞ。

 悪魔でもラ・プンツェルでもマルソー夫人でも来るなら来いって感じだ。

 ……とか思った俺が間違っていました。


 *


 それに気づいたのはまたもイアナ嬢だった。

「ねえ」

 彼女はそれを指差した。

「あれって何?」

 イアナ嬢の人差し指はワルツの究極魔法でできた空間の歪みとは無関係な方向を指していた。

 ちなみにジョウイチロウと二匹(?)が戦っていた敵の一群は全滅している。

 どうやらドンちゃんとパンちゃんが大活躍したようだ。俺はほとんどその戦いっぷりを見てなかったんだけどね。

 敵の中には魔物だけでなくラ・プンツェルに魅了された狩人たちもいたはずだがそちらも容赦なく倒した模様。そりゃ、ジョウイチロウたちには無縁の人たちなんだしそのあたりは仕方ないのかもなんだけど……ちょい気の毒な気がしてならない。

 ラ・プンツェルさえいなければ狩人たちも魅了されることもなかったんだよな。

 うん、全てラ・プンツェルが悪い。

 ……て、今はそれどころじゃないか。

 しっかりしろ、俺。

「……ん?」

 空間の歪みのすぐ傍に別の歪みが生じていた。

 さらに別の位置に。

 さらにさらに別の位置に。

「……おいおい」

 さらにさらにさらにさらに……。

 空のあちこちに空間の歪みが発生していた。

 正直、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいだ。

 そこから一斉にケチャもどきが現れた。

 どいつもこいつもケチャによく似ているのに髪の色(白髪ではなく金髪)とローブの色(緑ではなくて黒)が違う。偽者だってもうちょい考えるだろうってレベルで酷い。雑過ぎるだろそれは。

 ほいでもって同時に「にたぁーっ」て嗤いやがった。めっちゃ腹立つなこいつら。

 全員が息の合った動きで頭の左右に魔方陣を展開。これまた同じ動きで魔方陣から先端に一つ目がある触手を伸ばしてきた。

 無数の一つ目が赤々と光る。

 何気に恐怖を抱かせる光景だ。これ日中で良かった。

 夜ならもっとおっかなく見えたはずだ。五歳児ならわんわん泣くね。一人でトイレに行けなくなっちゃうよ。

「ふふふっ、妾を嘗めるなよ」

 一際大きな空間の歪みができたかと思うとそこから長い金髪の女が出て来た。

 額には悪魔の顔を模したサークレット。

 強欲のラ・プンツェルだ。

 空に浮かぶラ・プンツェルが俺たちを睥睨する。

 サークレットの目が赤く妖しく光った。

「妾はナインヘルズ第七層において最凶の存在。かつて七罪と呼ばれた悪魔たちを率いた……」
「はぁ?」

 怒号にも近い大声がラ・プンツェルの口上を遮った。

 ドンちゃんだ。

 ドンちゃんは刀からカラスの姿に変身すると翼をバタバタさせながら猛然と抗議した。

「七罪を率いていたのは俺様だろーが。嘘こいてんじゃねぇ!」
「そうなの?」

 ジョウイチロウが小刀の姿のパンちゃんに尋ねた。

 パンちゃんはウサギの姿になってジョウイチロウの右肩に移動する。

 だらーんとその右肩に身を預けた。

 すんごい落ちそうだけどいいのかそれ、とか心配してしまったのは内緒だ。

 きっとあの格好が一番パンちゃんにとって楽なのだろう。うん、そういうことにしよう。

 パンちゃんは質問には答えずそのまま眠ってしまう。

「……」

 ぺちん。

 ジョウイチロウが困ったように眉をハの字にしながらパンちゃんの頭を叩いた。

 パンちゃんがゆっくりと頭を上げる。だから、落ちそうなんだから動くなっての。

「ううっ、なーにー? パン眠いんだけどぉ」
「僕の質問効いてたよね?」
「……んー?」

 ジョウイチロウの口調はとても穏やかだ。

 でも何故だろう。

 めっちゃ怒ってるように見える。

「ドンちゃんってナインヘルズ第七層で七罪を率いていたの?」
「……眠いよぅ」

 ぺちん。っ!

 ジョウイチロウがさっきより強めに叩いた。

 パンちゃんが小声で文句をいってるみたいだけどスルーしている。

「質問に答えて?」
「むぅ、七罪はパンが率いていたんだよぉ。ドンちゃんじゃなくてパンが一番だったのー」
「嘘をつくでないっ!」
「おめー、それはさすがにねぇだろ」

 すかさずつっこんでくる自称七罪を率いていた人たち(人じゃないけど)。

 あ、シュナの右肩の上でラ・ムーが首振ってる。あれ全力でブンブンやってるな。

 そして、俺の中で騒ぐ「それ」こと怒りの精霊。

 ええっと、こいつ「憤怒のラ・オウ」とかラ・プンツェルに言われていたんだよな。

 ああ、お仲間(?)だったか。

 しかしまあ、この場にいる元お仲間全員から否定されるとは。

 パンちゃんってよくよくだったんだなぁ(ため息)。
 
 
 
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