第67話 俺に提示された臨時クエスト

文字数 3,303文字

 爆発音に驚いてポゥが窓から離れて部屋の中を飛び回る。

 しばらく慌てふためいた様子で飛び続けていたがやがてイアナ嬢の前に降り立った。

 ポゥポゥと鳴いたポゥをイアナ嬢が抱っこする。

「よしよし、怖くない怖くない」

 でもそれを言ってる本人も声が震えていたり。

 俺は窓から外を眺めた。

 少し欠けた月が夜空に浮かんでいる。星々が煌めいていたが薄い雲が遠くから流れて来ていた。

 窓の下に見えるのは中庭だ。やや離れた正面には石壁があり数カ所に窓が等間隔に並んでいる。

 左右には塔があり右手の塔はかなり高い位置の窓に明かりがついていた。俺の記憶が正しければそちらは宮廷魔導師たちの部屋があるはずだ。さらに別棟には研究のための施設が設けられている。

 視界内に爆発の形跡はない。

 だとしたら、さっきの爆発音は?

 俺が首を傾げるとファストの愉快げな声がした。

「なるほど、闇のか。あやつも懲りておらぬようじゃのう」
「……」

 闇の?

 この場合、闇のって闇の精霊王のことでいいのか?

 俺がさらに疑問を深めていると。

「ふむふむ、闇のに群がるように集まっておるではないか。これは面白い」

 徐にファストが中空を見上げた。

「聞こえておるかの。この件は妾が預かった。そちらの手出しは無用に願うのじゃ」


 ふふっ、私が出る幕はありませんか。


 どこかで聞いたような声が応えた。若い女性の声だと思うが誰のものかは判別できない。

 俺の認識が阻害されているような妙な感覚だった。メンタルバリアだけでは対処できない何かが働いているのかもしれない。

 もちろん認識阻害云々が気のせいという可能性もある。


 わぁ、これ風の精霊の力を使っているんですかぴょん。アン(ピーと雑音が入った)も精霊様とお話したいですぴょん。

 おい、店ちょ(ピーとまた雑音が入る)の邪魔すんな。

 ええっ、邪魔なんかしてないぴょん。そんな意地悪を言うシャ(ピーとまたまた雑音)にはこうだぴょん。

 うわっ、やめろやめろ。俺のワンタンラーメンにニラなんて入れるんじゃねぇ。

 ふっふっふ、好き嫌いなくちゃんと食べるぴょん。

 やぁーめぇーろぉーッ! この実年齢三桁ウサギッ!

 不老不死に年齢はタブーだぴょん。

 あらあら。二人とも仲良くしてくださいねぇ。


「……」

 何だろう。

 めっちゃ緊急事態のはずなのにすげぇ気が抜ける。

 あれか、新手の精神攻撃か。

 その割に魔力回復に還元されないんだが。

 ファストが慣れっこといった表情で告げた。

「ではまた後ほど。次は島で会おうかのう。あのブルーハワイとやらは美味じゃったし」


 ふふっ、そうですねぇ。お待ちしております。


 そこで会話が終わった。

 ファストが俺に向く。

 と、同時にあの中性的な声が聞こえた。


 お知らせします。

 風の精霊王ファストからクエストが提示されました。

 女神プログラムにより本クエストは臨時クエストとして処理されます。

 臨時クエスト「王城に侵入した悪魔を撃破せよッ!」

 正体不明の存在により王城内に五体のグレーターリザーティコアと二十五体のリザーティコアが召喚された。

 このままでは離宮から来た侍女リアだけでなく城内の人々まで犠牲になってしまう。

 一刻も早く敵を殲滅せよッ!

 クエスト達成条件 夜明けまでに全てのグレーターリザーティコアとリザーティコアを撃破。

 完全達成条件 前述の敵を全てオールレンジ攻撃にて撃破。


 なお、離宮の侍女リアの負傷が確認された時点でこのサブクエストは失敗となります。ご注意ください。


「……」

 おい。

 何だよこの臨時クエストって。

 あと敵の数。

 多すぎるだろ。それにグレーターリザーティコアなんて普通は複数パーティーでの討伐が推奨されるようなモンスターだぞ。

 あとこの完全達成条件て。

 おいおい、俺はまだマジコンレベル1を獲得したばかりだぞ。

 それなのにこの条件はないだろ。

 おまけにリアさんが負傷したらクエスト失敗だぁ?

 ふざけてんのか?

 そもそもリアさんはシャルロット姫付きの侍女だぞ。確かに離宮の侍女だがこんな夜に王城にいる訳ないだろ。

「……」

 それとも、いるのか?

 何か用があって、こっちに来ているのか?

 俺が思考の迷宮で彷徨っている脇でイアナ嬢が気合いを入れた。

「よし、やるわよ。この臨時クエスト絶対にクリアするんだからねっ」
「ポウッ!」

 イアナ嬢がやけにやる気である。

 付属品……じゃなくてポゥも威勢が良くなっているぞ。たぶんイアナ嬢に感化されているだけなんだろうけど。

 俺は頭痛を堪えつつイアナ嬢に訊いた。

「あの中性的な声が聞こえたのか?」
「聞こえたわよ」

 当然でしょ、と言わんばかりに彼女は答えた。うわっ、何かムカつく。

「けど、あたしたちが確認していないのに敵がわかっているって状況はちょっと不思議。あたし、まだ敵の魔力すら感知していなかったのよねぇ」
「……」

 言われてみればそうだ。

 俺も探知をしてみたがはっきりグレーターリザーティコアを認識できていなかった。ただ、何かがいるっていうのは把握できている。それでもその何かが何であるかはわかっていないのだが。

 あの中性的な声は女神プログラムに基づいていると言っていた。それと関係しているのかもしれない。

 ファストがせっついてくる。

「ほれほれ、のんびりしておる場合ではないぞ。もう臨時クエストは始まっておるのじゃ」

 パンパンと手を叩いて急かしてくる。

「お主らがぼけらっとしておるうちに犠牲者が出るやもしれぬぞ。ほれほれ、早う出撃せぬか」
「……」
「……行くわよ。あ、この円盤使っていいのよね」

 俺と顔を見合わせるとイアナ嬢は軽くうなずいてからポゥを宙に放ち、部屋の外へと向かった。マジコンの練習に使っていた円盤を拾うのも忘れない。

 イアナ嬢を追ってポゥも飛び出していく。

 俺は銀色の玉を手にするとファストに目をやった。

 ファストがさらに二個の玉を放ってくる。

「……」
「お主なら可能じゃな?」
「……」

 つまり、戦いながらマジコンレベルを上げてこれらも操れるようにしろってことか?

 いいぜ、やってやる。

 俺はニヤリと不敵に笑った。

「当然だ」

 *

 俺たちは城内を慌ただしく走る騎士の一人を捕まえて爆発のあった場所を聞いた。

 どうやら薬草研究棟で襲撃があったらしい。

 薬草研究棟は王城の南側にある薬草園のすぐ近くに建つ研究施設で薬草の研究はもちろんポーション作成や農業用の肥料の開発などもしている。

 お嬢様がラーメン作りをするときにミソやショウユを求めてあちこち調べていたのだが、その一つがこの施設だった。まあ、残念なことにミソもショウユも見つからなかったのだが。

 そんなしょっぱい思い出のある場所が大量のモンスターの襲撃を受けていた。つーか泥のような獣のような生臭さがやけに鼻をつくな。

 建物の正面入り口には既に幾つもの死体の山が積み上がっていた。人の形をしたものが目立つが色合いが黒くてグロくておよそ人間のそれという気がしない。

 吐きそうなイアナ嬢を尻目に俺は奥へと続く廊下を凝視した。

 明かりの消えた廊下は暗いがそれでも完全な闇にはほど遠い。これならまだ戦える。

 ポゥが俺とイアナ嬢の頭上で旋回した。キラキラとした光の粒子が振り撒かれ、光のカーテンとなってすぐ消える。さしたる実感はないがたぶん俺とイアナ嬢の魔力が増幅しているはずだ。

 俺が銀色の玉を飛ばそうとするより早くイアナ嬢が腹いせとばかりに円盤を一番傍にいるリザーティコアに投げつけた。そのリザーティコアはこちらに背を向けている。何かを食べているようだ。具体的には……考えたくないな。

 円盤がリザーティコアの背中を抉った。

 あ、これって投擲だよな?

 それともオールレンジ攻撃にカウントされてる?

 俺が疑問に思う間もなく別のリザーティコアが二体揃ってサソリのような尻尾を振り上げながら迫ってくる。

 尻尾の先にある毒針が完全に俺を狙っていた。

 あんなでかい針に刺されるなんて御免だ。

 俺はマジコンを使い右手の平に乗せた銀色の玉を魔力で押し出した。前方へと飛んでいく銀色の玉が瞬時に飛行速度を加速する。
 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み