第16話 俺、こんな奴らを護衛しないといけないのかよ

文字数 3,569文字

 イアナ嬢に話をはぐらかされてしまい、俺は彼女がメラニアを嫌う理由を聞けぬまま護衛クエストの当日を迎えた。

 *

「ライトニングスラッシュ!」

 叫び、シュナが聖剣ハースニールを横降りに抜き放つ。

 一瞬の閃光が雪原を走るスノーウルフたちを襲った。一、二、三……八頭の白い狼が瞬時に消し炭と化す。やばい威力だ。

 あと電撃の被害をスノーウルフしか受けてないというのもやばい。

 スノーウルフが炭化したというのに周りの雪が全く溶けてないだと?

 何だこのご都合主義ウェポンは。非常識過ぎるだろ。

 俺は別方向から迫ってくるスノーウルフの群れに注意しながらシュナの戦いぶりに圧倒されていた。

 ギルドで彼とやり合ったときは屋内ということもあって実力を発揮しきれていなかったのかもしれない。そう思える凄まじさだった。

 俺とシュナの背後には防御結界を張ったイアナ嬢。彼女と共に結界の中にいるのは今回の護衛対象である小太りの男とそっくりな顔の痩せた男たち。オロシーとその部下の双子だ。何やら大声で喚いているがとりあえずは無視している。

 戦闘中だしな。集中、集中。

「ジェイ、あっちからも来たわよっ!」

 イアナ嬢の声に俺は片手を上げて応じる。

 無詠唱で身体強化の魔法を発動させる。

 これで使える魔法はあと一つだ。人間が同時に発動できる魔法の数は二つまでと決まっている。これはもう世界の理のようなものなのだから諦めるしかない。

「余裕だ、任せろ」

 俺は先に現れていたスノーウルフの群れへと走った。

 両拳には黒い光のグローブ。

 魔法で強化された俺の身体は黒い光のグローブの現出によってさらにその効果を強めていた。常人を遥かに超えた脚力があっという間に俺を白い毛皮の狼の群れへと運ぶ。シュナの雷撃ほどではないがかなりの速さだ。

 俺は間近のスノーウルフに殴りかかった。

 拳は正確にスノーウルフの額を捉える。鈍く残酷な音を響かせてスノーウルフの額が潰れた。鳴き声も発さずにスノーウルフが倒れる。

 俺はすぐ近くにいた二匹目に拳を向けた。俺の中で「それ」が囁くように煽ってくる。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 俺の身に宿っているのは怒りの精霊だ。この精霊は魔力と怒りを糧として俺に力を与えてくれるが代償もある。沸き上がる激情に飲み込まれたが最後狂戦士と化してしまうのだ。

 狂戦士となった者の末路は悲惨だ。

 魂をも「それ」に喰われ、転生すら許されず世界から消える。

 俺はそんな終わり方なんてお断りだ。

 だから、執拗に煽ってくる「それ」の声を無視した。鋼のような精神力で沸々と沸いてくる怒りの感情を抑えつける。これは並大抵の自制心ではできないことだ。

 でもまあ、俺はやってのけるんだがな。

 一匹また一匹と拳でスノーウルフたちを仕留めていく。俺はシュナのように一撃で複数を倒すことができないので相手の数が多いと不利だと思われがちだ。しかし、そんなことはない。

 確かに俺の攻撃範囲は狭い。

 だが、身体強化でパワーとスピードをアップさせたこの肉体は欠点を補って余りある動きをする。それに加えて黒い光のグローブを発言させたことによる「それ」の影響がさらに俺を常人離れさせた。

 俺の攻撃範囲が狭い?

 なら、こっちから相手に近づけばいい。それだけのことだ。

 俺は躍るように地を蹴り宙を舞いスノーウルフたちをぶん殴っていく。一撃で額を打ち抜き即死させてさしたる時間もかけずに最初の一群を殲滅した。ふん、こいつら弱すぎるぞ。いくら格下のEランクモンスターとはいえ、これでは全く戦った気がしない。

 俺たちの強さに怯んだのか新手のスノーウルフたちが戸惑ったように動きを鈍らせる。

 俺にとっては好都合。もちろんこの好機を逃したりはしない。

 俺は一歩で次の獲物へとジャンプした。身体の奥から歓喜にも似た「それ」の声が聞こえてくる。当然無視だ。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 シュナが別の群れに雷撃を浴びせるのを視界の端で認めつつ俺は拳を振るう。そこに命中するのが決まっているかのように俺の拳はスノーウルフの額にめり込んだ。頭蓋骨を砕く音がこの個体の生命の終わりを示すかのように虚しく響く。

 俺は跳ねるように遺骸となったスノーウルフからすぐ傍の個体へと移った。着地と同時に拳で絶命させる。

 この地に残るのは消し炭と額を拳で打ち抜かれた死体。

 スノーウルフたちが自分の縄張りを荒そうとした人間を襲ってきただけだというのはわかっている。四十頭ほどの群れの中で数頭単位のグループを形成して行動する彼らは無駄な狩りをしない。魔獣だが基本さして攻撃的ではないのだ。

 彼らは自分の縄張りを守ろうとしただけ。

 オロシーが雷光石を安全に探すために周辺に生息するスノーウルフを駆逐すると言い出さなければ……。

 俺は止められなかったことを悔やんだ。

 だが、俺たちが命令を拒否したらオロシー本人か双子がスノーウルフの縄張りに踏み入れただろう。それで怪我でもされたら堪らない。

 最悪死なれたら面倒では済まない事態に陥る可能性大だ。考えただけでもうんざりする。

 やむなく俺たちはスノーウルフたちの縄張りを侵した。悪いのは俺たちであってスノーウルフたちではない。

 襲われても文句を言えないのだ。

 ただ、俺には護衛クエストがあったし、大人しくスノーウルフに殺られるつもりもなかった。どうせ死ぬならお嬢様のために死にたい。

 俺は冒険者としての義務と生きるために戦った。

 その結果がこれだ。

 俺は自分が殴り殺したスノーウルフの一頭の傍で膝をつき、黙祷した。どう考えても無駄な戦いだったし、無駄な殺戮だと思えたからだ。

 俺は熱心なウィル教徒ではない。

 だが、祈ることはできる。

 自己満足でしかないのかもしれないがそれでも祈っておきたかった。

「おい、そんなところでボケっとしてないで雷光石を探せっ!」

 金糸と宝石を贅沢に飾り付けた防寒着を着たオロシーが怒鳴ってくる。キンキン声がどうにも耳障りだ。いかにも悪徳商人といった顔も気に入らない。

 戦闘が終わって周囲の安全を確認するとオロシーたちは雷光石を探し始めた。俺たちも手伝わされる。

 ここはノーゼアから北に半日ほど歩いた位置にある雪原だ。

 オロシーより早くノーゼア入りしていた双子の調査によってここにも雷光石があるらしいと判断されていた。ここならペドン山脈よりもノーゼアに近い。

 上空にも警戒しながら俺は立ち上がる。デイブの店で話していた冒険者たちの言っていた場所はここではないはずだが一応ワイヴァーンに注意しておくにこしたことはない。連中の生息域はこのあたりも引っかかっているからだ。

 オロシーたちの目的は雷光石だった。

 アーデス男爵のお抱え商人でしかないオロシーがどこで雷光石のことを聞きつけたのか、そんなことは知らないしどうでもいい。

 しかし、オロシーがメラニアの推薦によって事業を拡大したらしいという話は聞き捨てならなかった。あからさまなくらい不正の匂いがプンプンしていた。

 できればこの護衛クエストをぶん投げたいのだがそうもいかない。

 あの禿げ頭、いつか憶えておけよ。

「それにしても」

 自分の身長と同じくらいの岩の陰に回り込みながらイアナ嬢が言った。

「ここ、完全にスノーウルフのテリトリーよね? そんな場所を荒らしたって何も出てきやしないのに」
「そうだな」

 俺も岩の窪みを覗きながら応じた。

「雷光石はもっと雷の落ちやすい場所でないと見つかり難い。だが、そんな場所を縄張りにするほどスノーウルフが馬鹿かというとどうかな? 雷がドッカンドッカン落ちるような危ない縄張りなんて俺なら御免だ」
「そこっ、喋ってる暇があるなら雷光石を見つけろ!」

 オロシーが怒鳴る。

 大声を出して喉が渇いたのか彼は足下に置いたバッグから果実酒の瓶を取り出した。ゴクゴクと喉を鳴らして一気飲みする。

 ぷはぁ。

 オロシーが果実酒を飲み干し、空き瓶をポイと投げた。

 空き瓶が俺の撲殺したスノーウルフの亡骸に命中する。

 クヒヒ、と下品に笑いオロシーは双子の一人に命じた。

「瓶はちゃんと回収しておけよ。あれ高いんだからな」

 はい、とどっちかはわからない双子の片割れが返事をする。そいつはシュナに視線を向けた。

「そこの剣士、あれを回収しろ」
「ええっ、それ僕がやるの?」
「他に誰がいる」
「あのおじさんに言われたの君だよね? それなのに僕に振るの?」
「魔獣の死体で汚れた物なんて触れるか」
「……」

 シュナとほとんど同じタイミングでため息が出た。

 おいおい、あんたらのせいで死ななくてもいい命が奪われたんだぞ。

 せめてその命にくらい敬意を払えよ。

 何だかがっかりしてしまい俺はもう一度ため息をついた。

 俺、こんな奴らを護衛しないといけないのかよ。
 
 
 
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