第158話 俺は慌てて首を振った(いや、肯定できる訳ないだろ)

文字数 3,273文字

 おやつを食べ終わってしばらくまったりしていると疲れた様子のプーウォルトとシーサイドダックがやって来た。

 なお、シャルロット姫とギロックたちはリアさんが侍女服の袖口から出したベッドの上でお昼寝中だ。

 黒猫も一緒に昼寝をしようとしたがリアさんによってベッドから排除された。なのでテーブルの上でふてくされながら丸くなっている。ざまぁ、ぷぷっ。

「駄目だな、この森のエリアにいるのは確実だというのに全くこちらの探知に引っかからん」
「ありゃ相当高度な隠蔽か認識阻害をしてやがるな。悔しいがウチの魔力じゃ探せねぇ」
「せめてイチノジョウがいてくれたら……あいつならきっとラ・プンツェルを探知できたはずだ」
「いねーもんをアテにしてんなよ」

 どうやらプーウォルトとシーサイドダックはラ・プンツェルの捜索をしていたようだ。そういや朝もそんな話をしていたな。

 俺も捜索に協力するつもりでいたのだがアミンのことがあってそれどころではなくなっていた。

 けどアミンの方はもう大丈夫だろうし、ラ・プンツェルの捜索に手を貸すとするかな。

 俺が二人に声をかけて協力を申し出るとプーウォルトは首を振った。

「いや、貴様は余計なことをしなくていい。ミジンコはミジンコらしく自主練でもしておけ」
「勇者の兄ちゃんは目覚めてすぐ仮想戦闘領域に籠もっちまったぞ。あんまり活躍できなかったのがよっぽど悔しかったんだろうな」

 シーサイドダックがシュナのことを教えてくれた。

 まあ確かに昨夜の戦闘ではいいところなかったもんなぁ。最後には胸に短剣を挿されちゃったし。

 聖剣ハースニールのご都合主義ウェポン的回復効果のお陰で死にこそしなかったけどシュナとしては不甲斐ないと感じても仕方がないだろう。

「まあまあ、お疲れのようですしこちらでゆっくりされてはいかがですか? 甘いおやつもありますよ」

 ベッドの傍で子供たち……というかシャルロット姫を見守っていたリアさんがテーブルの脇に転移して二人を誘う。

 すっげぇ笑顔が胡散臭いのだがそれは見なかったことにしよう。

「……」
「……」

 おや?

 プーウォルトとシーサイドダックがリアさんを見て固まってしまったぞ。

 リアさんは侍女服の袖口から玉子蒸しパンとバタークッキーの大皿を出してテーブルの上に並べる。

 大喜びでそれらに手を伸ばそうとしたイアナ嬢とアミンをテーブルの下から現れた黒い手が止めた。

 具体的には二人の身体にそれぞれ長い腕が巻き付いて椅子に縛りつけています。怖いですね。

 俺もつい玉子蒸しパンに手を出しかけていたからなぁ。途中で思い止まっていて正解だったよ。

 プーウォルトが声を震えさせる。

「おおおおおおおお前は……」

 シーサイドダックが身構える。

「ててててててててめーは……」

 リアさんが笑顔を崩さず応対する。

「お二人ともお久しぶりですね。しばらく見ないうちに随分と老けられたようですが私にはちゃーんとお二人がどなたかわかりますよ」
「……くっ」
「な、嘗めんなよ」

 友好的な態度のリアさんと妙に敵対心ありありな二人との対比が酷い。

 てか、こいつら知り合い?

 あらあら、とリアさんが首を傾げながらアミンに訊いた。

「ひょっとして私が引きこもるのを止めてシャーリーの生まれ変わりに侍女として仕えているのをこの二人は知らないんですか?」
「そりゃ知らないでしょ……じゃなくて知らないですよ」
「あ、もっとフランクにいきません? 魔法契約のこともありますし、これからながーいお付き合いになるんですから、うふふっ」
「あんた絶対性悪でしょ」
「ふふっ、それはお互い様では?」

 ぐぬぬぬ、とアミンが唸りながらリアさんを睨むが涼しい顔でスルーされてしまう。

 イアナ嬢がどうにかして黒い腕から逃れようともがきつつプーウォルトに質問する。

「リアさんと知り合いなの?」
「……」

 何となく答えはイエスのようではあるが認めたくないのか返事がない。

 しかし、シーサイドダックが代わりに答えてくれた。

「知り合いも何もこいつはシャーリーの友だち面した精霊王じゃねぇか。おまけに侍女の格好して四六時中シャーリーの傍にいるし……こいつのせいでウチらがどんだけ酷い目に遭ったことか」
「あらあら、それは違うんじゃありませんか? あなた方の無作法のせいでシャーリーがどれだけ私と過ごすための貴重な時間を奪われたことか。被害者はこちら側ですよ」
「てめーふざけんなっ! 婚約者が会いに来る度に邪魔しやがって」
「婚約者? ふふっ、そんなの私が認めるとでも?」
「王様が認めてんだよっ! それにシャーリーだって嫌がっていなかったじゃねぇか!」
「そう言われましてもねぇ。まあシャーリーは優しい子でしたから相手を傷つけないように好きなふりをしていたのかもしれませんね。ええ、きっとそうです」
「てめーマジでいい加減にしろよっ!」

 言い合うシーサイドダックとリアさん。

 てか、リアさんは落ち着いているのにシーサイドダックが一方的にヒートアップしているんですけど。

 あと、プーウォルトがずっと渋い顔をして一言も喋らなくなってるし(黄色いクマの仮面をしていてもそのくらいわかるレベルで不機嫌そう)。

 この状況に俺が軽く引いているとイアナ嬢がまた口を開いた。

「ええっと、さっき婚約者って聞こえたんだけど。シャーリー姫の婚約者ってことでいいのよね?」
「そうだよ」
「違います」

 シーサイドダックとリアさんの言葉が重なった。

 返答の内容は異なるもののタイミングがバッチリである。じつはこいつら仲が良いのでは?

 シーサイドダックが唾を飛ばす。

「てめー本当にふざけんなよっ。王様が認めて本人同士も認めておまけに周囲の全員が認めていた婚約なんだぞっ! 認めてねーのはてめーだけだろうがっ」
「そちらがそう思いたいだけなのでは? あらあら怖いですね、そんな自分に都合の良い思い込みを他人に押し付けようだなんて」

 二人の意見は平行線である。

 まあ、俺としてはリアさんが頑として婚約を認めていないだけにしか見えないのだが。

 リアさんだからなぁ。

 それはともかく。

 俺は事情を知っていそうなアミンに小声で訊いた。

「その婚約者っていうのはどっちだ? いやまあ訊くまでもないかもだが一応念のためにな」
「それアミンに訊くんだ」

 アミンがはあっと嘆息した。

 だが嘆息されようがここで訊けそうな相手はアミンしかいないのだ。

 まさかプーウォルトには訊けまい。

 いや訊いてもいいのかもしれないが俺は嫌だ。

 見ろよあの渋面。

 めっさ機嫌悪いぞあれは。

 そこに変な質問なんてしたら絶対にぶん殴られるぞ。でなければイースタンラリアットだ。

 わざわざそんなもん食らいたくない。

 ……とか俺が思っていると。

「プーニキ教官がシャーリー姫の婚約者だったってことなのね。ふうん、となると今幾つ?」

 イアナ嬢が空気も読まずにそんなことを言う。

 つーかこいつ黒い腕に首下まで完全にぐるぐる巻きにされてるし。

 アミンなんて椅子に固定される程度にしか撒かれてないぞ。

 どうしてお前の方はそんなにギチギチに撒かれているんだよ。

「あ、これ何かあたしが円盤で縛めを斬ろうとしたらかえって意地になっちゃったみたいなのよね。いやぁ、失敗失敗」

 てへ、とイアナ嬢がおどけて見せる。

 そんな彼女を無視して俺はアミンに確認した。

「プーウォルトが婚約者なのか?」
「……」

 肯定するようにアミンがうなずいた。

「……ワォ」

 そんな気がしていたのだがそれでもちょいびっくり。

 いやいやいやいや。

 あのクマゴリラがアルガーダ王国開祖の姫の婚約者って、それは酷いだろ。

 あれか、人材不足か。

 どんだけ人が足りてないんだよ。

 あれならそこらのオーガでも代わりが……いや代わりは無理か。きっとオーガより遥かに強いだろうし。

「……おい」

 俺が同様しているとクマゴリラ……じゃなくてプーウォルトがめっちゃ低い声で訊いてきた。

「本官がシャリの婚約者だと何か問題でもあるのか?」
「……」

 ある、とはとても言えませんでした。
 
 
 
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