六、強者、集う

文字数 2,151文字

 天辺に鎮座していた太陽が西へ向かって移動し始めた頃、佳水は沈痛な面持ちで荒人を見下ろしていた。激しい戦闘が行われた山道では、依然として兵士たちが気絶したまま横たわっている。容赦なく吹いてくる風が兵士たちをいたぶり、その上方では鳥たちが我関せずという顔で羽を休めている。
 佳水が目を覚ましたのは四半刻ほど前・・・。うっすらと目を開けると、朦朧とした顔で辺りを見回し、意識が戻り切らないうちに荒人の姿を探し始めた。左隣に倒れているのを見るとハッと目を見開き、すぐに状態を調べた。息はあるが、体が冷え切っている。山の気温は平地よりも低い。佳水は太陽の位置を確認した。
(・・・しまった。こんなにも眠っていたのか)
普段は感情を表に出さない佳水が、口惜しそうに下唇を噛んだ。そして上着を脱ぎ、荒人を包んだ。手足をさすり、血を巡らせようとしていると、
「気づかれましたか」
という声が届いた。目線を上げると、壮馬が立て膝座りの姿勢でこちらを見ている。
「壮馬殿!ご無事ですか?他の方々は」
そう問いかけたが、すぐに口を噤んだ。依然として意識のない兵士の姿が目に飛び込んできたからだ。荒人にばかり気を取られていた佳水は呆然とした顔で辺りを見回した。
「まだ目を覚ましそうにありません。応援を呼びましたので、直に到着するはずです」
「そうですか、申し訳ありません」
すぐに意識を取り戻さなかったことを、まるで自身の過失のように佳水は詫びた。
 やがて、壮馬の言葉通りに、治平の一隊がやって来た。すでに入山していたため、駆けつけるのにそう時間はかからなかった。
「これはいったい、何事だ!」
到着早々、治平は壮馬を怒鳴りつけた。次いでやって来た兵士もみな愕然とし、人形のように横たわっている仲間の姿を見下ろしている。
「起き上がれませんので、この体勢で報告致します」
壮馬が片膝をついたまま一礼した。一部始終を報告すると、治平は声を荒げた。
「ばかを言うな!そんな話、信じられるか!」
治平の顔は烈火のごとく赤くなった。それもそのはずだ。腹心の部下たちが一瞬にしてやられたなど、信じられるはずがない。だが、どれほど信じ難くとも、目の前で屈強な兵士が一人残らず倒れている。
「・・・まさか、信じられない」
後方にいる兵士が呟いた。
 しばしの間、口を固く閉じたまま部下の悲惨な姿を凝視していたが、すぐに治平は宙を睨み上げた。目の前の惨状を前に、いつまでも立ち竦んでいるわけにはいかない。深呼吸を繰り返し、いくらか冷静さを取り戻すと、治平は佳水の元へやって来た。
「佳水殿、曲者が現れ、兵士を一人残らず叩きのめしたというのは事実か?」
佳水は治平の目を見返した。その双眼は炎のように燃え滾っている。
「残念ながら、事実でございます。私もこの目で見なければ、とても信じられなかったことでしょう。あの男は人間ではありません。常軌を逸しておりました」
佳水は目撃したことを詳しく語った。鬼の形相で話を聞く治平の額に血管が浮き上がり、その胸に凄まじい闘争心の炎が燃え上がった。
「そやつが何者であるか、佳水殿はご存じか?」
佳水は考えた。並々ならぬ戦闘力を持つ男。そして、背後から忍び寄って来た、もうひとりの男。
「心当たりはありません。完全に気配を消し、陰のように動くことができる者たちです。ですが、それを生業にしている様にも見受けられない・・・。他国の軍に属しているわけでもありません」
ここまで思い当たる節がないというのも奇妙なことであった。
「他国軍の兵士ではないと。その根拠は?」
「あれは兵士の動きではありません。動きに法則性がないのです」
訓練を受けたもの特有の規則性というものが、あの男には一切なかった。そう、まるで野生の狼のような・・・。
「考えるより先に体が動いているようでした」
治平は顎髭を撫でながら目線を斜め上へ動かした。
「壮馬の話によれば、南の方へ消えて行ったそうだ。巴慧様がいる方へ向かったと思うか?」
巴慧と接点があったか否か・・・。佳水は考えながら答えた。
「あの者たちは、巴慧様を追いかけていた少年を助けました。落馬するところを救ったのです。一瞬の出来事でしたが、黒い装束の男が少年を抱き上げ、上方へ飛んで行ったのを見ました。となると、そのまま少年を連れて、巴慧様の元へ向かったと考えるのが妥当かと思います」
「つまり、敵は三人いるということか?」
「少なくとも、この場に現れたのは三人です。いずれも、常人ではございません。極めて特殊な能力を持つ者たちです」
ぎりぎりと手の平を握りしめる治平の拳から血が滴り落ちた。
「以前から、巴慧様と面識があったということか?」
「分かりません。ですが、この少年が巴慧様と非常に親しい間柄であったことはすでに判明しております。軍が追っていることを知らせるために、必ずや巴慧様の元へ向かおうとするでしょう」
「他に仲間がいる可能性も否定できないか」
あのような能力を持つ者たちが他にもいるとなると、やっかいこの上ない。
「そうでないことを祈るばかりです」
 治平は壮馬の元へ戻ると、二、三の言葉を交わした。その様子を眺めていたが、すぐにハッと表情を変えると、佳水は治平の元へ行って何かを耳打ちした。治平は「なるほど、わかった」と言って頷いた。
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