七、カイリの覚悟(4)

文字数 1,890文字

「はい、もうすぐ十八です」
巴慧は小さく頷いてから答えた。髪を短く切り、男物の着物に身を包んではいるが、女らしい顔立ちと可愛らしい表情が清廉な雰囲気を醸している。女物の着物で着飾れば、さぞや美しくなるに違いない。そう思いながら、一理は頬杖をついて巴慧の顔を眺めた。
「なぁ、外の様子を見てきたんだろ?」
果物を食べ終えると、カイリが善に尋ねた。
「外はどんな感じだった?どれぐらい兵士が来てるか見えたか?」
「百人ぐらいかな。山の麓に少しいるぐらいだ」
少し考える素振りを見せてから善が答えた。実のところは数千を優に超える数の兵士が来ているが、正確な数を教える必要はない。
「そんなにいんのか」
カイリと巴慧の表情がみるみる曇った。
「大した数じゃねぇよ。心配すんな」
あっけらかんと一理が言う。
「その通りだ。心配いらない」
微笑みながら善も同じことを言ったが、二人は重い表情のまま口を閉ざしてしまった。
「だーいじょうぶだって!それぐらいの人数、ちょちょいのちょいだ」
一理が人差し指で林檎をくるくると回しながら言った。
「頼む!俺に戦い方を教えてくれ!」
カイリが突然に立ち上がり、三人に向かって頭を下げた。
「戦い方?」
「お願いだ!教えてくれ!」
「はぁ?やだよ、めんどくせぇ」
「そこをなんとか、頼む!」
ここで初めて、仁がちらりと視線をカイリへ向けた。
「悔しいけど、一理の言う通りだ。俺は、今のままでは足手纏いになっちまう。だから、頼むよ!」
カイリは拳を握りしめながら懇願した。
「おまえ、武闘の心得は?」
「ない!」
「剣を持ったことは?」
「料理包丁ならある!」
「木に登ったことは?」
「登ったが落ちた!」
善が噴き出し、一理はやれやれと言った表情で肩をすくめた。
「ったく、しょうがねぇなぁ。どれ、体力を見てやる。ちょっと飛んでみろ」
いかにも面倒くさそうに言うと、カイリは後ろへ下がり、助走をつけてから「えい!」と勇ましい声を上げて飛んだ。その直後に、ぼてっという音とともに着地した。
「・・・・・」
沈黙が流れた。
「ふざけてんのか」
ぼそりと一理が呟く。
「ふざけてねぇよ!普通、こんなもんだろ?」
「んなわけねぇだろ。普通はもっと飛べる」
「いいや、俺が普通だ!おまえらが異常なんだ!そうだろ?巴慧ちゃん、俺が普通だよな?」
むきになると、一理が大きな溜息を吐いた。
「あのなぁ、魚が木を登れるか?うさぎが虎に勝てるか?おまえにゃ無理だ。諦めろ」
冷たく言い放つと、カイリは悔しそうに俯き、下唇を噛んだ。
「俺が教えてやってもいいぜ」
がばっと顔を上げると、善が頬杖をつきながら微笑んでいる。カイリの顔が華やいだ。
「本気か?」
一理が呆れた顔をしている。
「強くなりたいって思いを無下には出来ねぇだろ?だが、カイリ、強くなりてぇなら本気で取り組めよ」
「当然だ!」
「何をどう教える気だ?」
「いざってときに使える技だ。さっきの様子だと、多少は医学の知識がありそうだからな。だろ?カイリ」
カイリが頷く。
「なら話は早い。急所をいくつか知っていれば、使える技もあるさ」
「でも俺、まだ見習いなんだ。脈は診れるけど」
「大丈夫だ。分かりやすく教えてやるよ」
花が咲いたようにカイリの表情が明るくなった。
「私にも教えてください!お願いします!」
巴慧が勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げた。皆の視線が一斉に注がれる。
「大丈夫だよ、姫さんは俺たちが守ってやるから。心配すんな」
「いいえ、私も強くなりたいです。頼ってばかりいるのは、性に合いません」
意志の強そうな目だ。断る理由はない。善は承諾した。
「分かった。嬢ちゃんも来な」
「ありがとうございます!」
 
 二人が善から「敵の動きを封じる急所」の数々を教わっている間、一理は考えを巡らせていた。
(どんどん集まってきてるな。まるで戦じゃねぇか。隊長どもはいつ出てくるかな?山を取り囲んでる連中は下手に動けねぇはずだから、動いてくるのは槍兵隊と山岳兵隊かな?)
ぴくぴくと耳が動く。
(なんか、妙な動きをしてる奴らがいるな。なんだありゃ。山岳兵とも違う気配だな・・・。別の隊か?)
いかんいかん。口元が緩む。一理はクククと含み笑いを漏らした。その姿は、傍から見れば獲物を前に舌なめずりする猛獣のようだ。
(最強軍隊の包囲網をいかに突破するか。やっべぇ、おもしろすぎる!」
こんなに楽しいのはいつぶりだろうか。西から差し込む光が強さを増している。沈みつつある太陽が魔界の扉をこじ開けようとしているみたいだ。
―時よ、早く過ぎろ。
間もなく訪れる時が待ち遠しい。はち切れんばかりに高鳴る鼓動を鎮めようと、一理はひとつ、大きく深呼吸をした。
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