二、はちきれる鼓動(3)

文字数 1,953文字

「お、なんだ、まだやんのか?」
男が嬉しそうに言った。まだ、戦い足りないらしい。
「来いよ」
くいくいっと人差し指を曲げて挑発する男に、
「いざ、参ります」
と言うと、その口調からは想像も出来ぬほどの速さで兵士は槍を突き出した。びゅうっと風を切る鋭い音が男の耳を掠める。
「おっと!」
面食らった顔で男は後ろへ飛んだ。槍の先端を見る目が黒く光り、片方の口角が持ち上がる。
「危ねぇ、危ねぇ。おっさん、やるな」
そう呟くと、男は爆竹が弾けたように地面を蹴った。
―来る!
身構える兵士の横を男が矢のように通過した。だが、すぐに急停止した。体を翻し、大きく見開いた目で敵の顔を見ている。
(こいつ、防ぎやがった!)
兵士は顔色を変えぬまま、男をじっと見返した。
「おっさん、すげぇな!」
そう言うと男は剣を宙に投げ、左手で掴むと兵士に向かって突進した。がつんという音が宙を裂く。だが、この一撃も兵士は平然と受け止めた。すぐさま槍を反転させ、男の脇腹へ攻撃を仕掛ける。鋼と鉄が衝突し、火花が散った。そして、数秒の間に数えきれないほどの技が仕掛けられた。
 戦闘を木の上から見ていたカイリの目には飛び散る火花と、巻き上げられる砂塵しか見えなかった。動きの一つ一つを目で追うのは不可能だ。どちらも攻撃を仕掛けながら、敵の猛攻を瞬時に捌いている。
(こいつまじか!すげぇ槍裁きだ!)
男は喜びを爆発させた。と同時に、ちらりと仲間の顔を見た。腕を組み、無表情なまま戦いを眺めている。
(やっべ。ありゃ相当イラ立ってんな。悪いが、もう少し待っててくれよ)
心の中で呟きながら、男は目の前の勇猛果敢な武人に攻撃を仕掛けた。次の一手はどう出るか、それを確かめるのが楽しくて仕方ない。
「おまえ、やるじゃねぇか!軍にこんな奴がいるとは思わなかったぜ!」
弾けたように叫ぶと、男は後方へ飛んだ。
「おっさん、名は?」
兵士は手を止めて槍の先端を地に付けると、
「巳玄軍槍兵隊、第二隊長の壮馬(そうま)だ」
と名乗った。
「第二隊長?ってことは、隊長が別にいるってことか?」
それには答えずに、
「おまえは何者だ。この国の者ではないな」
と、壮馬は問うた。
「わりぃけど、そう簡単には教えらんねぇなぁ」
はぐらかす男を壮馬は曇りのない目で見ている。軍人とは、こうも毅然と振る舞い、堂々たる風格を備えているものなのか。
(いいねぇ、かっこいいねぇ)
自分とは明らかに異なる人種。ゆえに、男は強い興味を抱いた。
「ったく、わーったよ!」
不快そうに顔を歪めると、男は突然に声を荒げた。ちらりと仲間の顔を見ると、普段は温厚な顔の眉間に皺が二本も出現している。仕方ない。不本意だが、男は戦いに決着をつけることにした。
「わりぃな。そろそろ行かなきゃなんねぇから、さっさと終わらせるぞ」
 壮馬は身の毛がよだつのを感じた。まずい、そう思った瞬間、脳天を稲妻に貫かれたような衝撃が走った。すぐ後ろに男の気配があるが、体が動かない。
 男は奪い取った槍を持ち上げると、手刀で真っ二つに割った。
「楽しかったぜ」
背後から首を突かれた壮馬は泥人形のように膝から崩れ落ちた。
「安心しな。少し待てば動けるようになる。だが、応援を呼ばれるわけにはいかねぇからな。腕の方もやらせてもらうぞ」
男は腕の付け根を二本の指で突いた。すると、糸が切れた操り人形のように、壮馬の腕はだらりと垂れた。経験したことのない感覚に壮馬は表情を歪めた。まるで二本の物体が肩からぶら下がっているようだ。
「おまえみてぇな奴は失神させても、どうせすぐに目を覚ましちまうだろ?」
手足の自由を奪われた壮馬は、為す術もなく力尽きた。

「壮馬殿!」 
とっさに動こうとした荒人に佳水がしがみついた。
「いけません!あれは、とても我々の手に負える者ではありません!」
「放せ!壮馬殿が倒れた!助けに行く!」
「行ってはなりません!同じ目に遭いたいのですか?」 
佳水の声はかつてないほど切迫していた。常人離れした洞察力を持つ佳水は敵の動きをひとつ残らず、正確に目で追っていた。ゆえに、それがいかに常軌を逸するものかを誰よりも理解し、吃驚していた。断じて、放すわけにはいかない。二人は激しくもみ合った。
「放せと言ってるんだ!」 
荒人の動きを封じることばかりに集中していた佳水は、忍び寄る気配に気づかなかった。
「わりぃな。しばらく眠っててくれ」
背後から男の声が聞こえた。壮馬と闘っていた男とは別の者だ。ハッと我に返るが、すぐさま首に衝撃が走った。振り返る暇すら与えられなかった。
(荒人様、お逃げくださ・・・)
意識が遠のき、あっという間に視界が黒い膜に覆われた。佳水の体が崩れ落ちるのを視界の端で見ていた荒人は「あっ」と息を呑んだ。だが、その直後に、佳水の体に覆いかぶさるようにして荒人の体も崩れ落ちた。
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