三、迫られる選択

文字数 2,025文字

 高みの見物をしていたカイリだったが、ひとり残らずやられるのを見ると膝ががくがくと震え出した。汗が吹き出し、眩暈がする。
「あっ」
ずるりと足を滑らせて、枝から落ちそうになるのを眼帯の男が支えた。
「安心しろ。殺しちゃいねぇ」
男なりの気遣いだろうか。だが、それを聞いたところで状況は変わらない。疑心に満ちた顔で、「本当か?本当に死んでねぇのか?」と確認した。
「あぁ」
短く答える男の表情をまじまじと見る。何を考えているのか、さっぱり読めない。
「ぴくりとも動かねぇぞ」
「気を失ってるだけだ」
それが事実なら喜ばしいが、安堵するにはまだ早い。危険極まりない連中であることに違いはないのだ。
(まずいぞ、どうする?なんとかして逃げないと)
人生最大の修羅場をいかにして切り抜けるか。必死に考えるカイリを男は突然に抱きかかえた。
「うわ!ちょっと待て、うわああああ!」
カイリは再び宙を舞った。絶叫したまま落下し、地上すれすれのところでぴたりと止まった。恐る恐る爪先を伸ばし、地に足が付くのを確認すると、
「お、おまえ、動くなら、そう言えよな!一言でいいから!」
と、カイリは口をぱくぱくさせながら人差し指を男に向けた。指先がぷるぷると小刻みに震えている。
「はっはっは!そうだよな、まさにそれだよ。こいつは説明どころか、言葉を発するっていう基本的なことがちっとも出来ねぇんだ。ま、悪く思うな」
どこからともなく豪快に笑う声が聞こえてきた。勢いよく振り返ると、兵士たちを吹っ飛ばした男が近づいて来る。
(ヤバい!殺される!)
一目散に逃げだすカイリの腕を眼帯の男が掴んだ。
「放せ!」
ひっくり返った亀のように手足をばたつかせていると、
「おいおい、どこへ行く」
と、耳元で低い声が囁いた。すぅっと血の気が引く。必死にもがくが、腕を掴む力はとてつもなく強い。ぷるぷると震えながら目を動かすと、男の顔が至近距離にあった。
「ぎゃあ!おばけ!」
カイリは力の限りに暴れた。
「おい、ガキ。命の恩人に対して、ずいぶんな物言いじゃねぇか」
男はカイリの小さな顎をくいっと持ち上げた。体を仰け反らせたまま、カイリは斜め下から男の顔を見た。初めて見る珍しい顔貌だ。形の良い眉の下にある二重の目は大きくて若々しいが、眼光は鋭くて狼のようだ。
「ん?なんだ?人の顔じろじろ見て」
そう問われるが、カイリは無視して男の顔を観察し続けた。鼻の形は整っていて、肌もきめが細かく滑らかだ。だが、口から顎にかけての線は骨ばっていて逞しい。短く切り揃えられた栗色の髪が風になびいて、きらきらと光を反射している。一度だけ、八朔とともに演劇を鑑賞したことがあったが、演者の中にこういう顔立ちの男がいた気がする。遠い異国の者だろうか。この辺りでは、まず見ない顔貌だ。
「二つ、言いたいことがある!」
きっと男を睨むと、カイリは勝負を挑むように言った。
「おう、なんだ」
「一つ、命の恩人ってなんだ!二つ、おまえは異国人か?」
男は豪快に笑ってから答えた。
「一つ、馬から転げ落ちるところを助けてやっただろうが。じゃなければ今頃、おまえの顔はずるむけだ。二つ、巳玄ではないが、十貴国の出身だ。しょっちゅう遠い異国のもんかって聞かれるけどな」
十貴国のどこだ?その化け物じみた力はなんだ?次々に湧き上がってくる疑問をぶつけようと口を開いたとき、ぎゅっと頬をつままれた。
「おい、さっき、化け物って言ったか?言ったよな。おいガキ、俺みてぇのはな、化け物とは言わねぇんだよ。俺はな、本物の化け物を知ってんだ。そいつを見てから言いやがれ」
化け物とは言ってない。おばけって言ったんだ。そう思ったが、この際どうでもいい。
「よく言うぜ。あんなめちゃくちゃな力、化け物じゃなければ、なんだってんだ」
もう、どうとでもなりやがれ。開き直ったカイリはそう言い放つと、ふんっと鼻を鳴らした。
「いいか小僧、よく聞け。化け物ってのはな、あのクソ親父みてぇな奴のことを言うんだ。あのじじいに比べたら、俺なんか可愛いもんだぜ」
「クソ親父って、おまえの親父のことか?」
「そうだ。残念ながらな」
つまんだ頬を引っ張る男の手をカイリはぺしぺしと叩いた。
 幼稚な口喧嘩を繰り広げていると、
「早速、仲良しか。良かったな」
と、長髪の男が微笑をたたえながら一頭の馬を引いて来た。
「あっ!俺の馬!」
男が力を緩めた隙にカイリは馬の元へ駆け寄った。首に抱きつくと、馬は嬉しそうに顔を擦り寄せてきた。
「ここ、どこだ?」
改めて辺りを見回すと、兵士たちの姿がどこにもない。上を見れば青々とした樹々が風に揺れていて、下を見れば草と土の上に大きな石がいくつも転がっている。これは舗装された道ではない。そこでようやく、先ほどとは異なる場所に居ることを理解した。
「どこって、山の中に決まってんだろ」
大樹の枝から飛び降りたと思ったら、全く別のところにいるとはいったいどういうことだ。カイリは狐につままれたような気分で男たちを見た。
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