五、一理の提案(3)

文字数 1,876文字

「俺たちの目的地は鷹月だが、まずはこの山を突破しなくちゃならない。で、その後は?どうやって鷹月まで向かう?真っ直ぐ南下するか?」
「そのつもりでしたが、南へ通じる道は封鎖されているんですよね?」
「その通りだ」
「なので、東側から山を下りて、遠回りにはなりますが、そこから南下すれば」
「南東はだめだ」
一理がぴしゃりと言った。
「なぜですか?」
「こっから東へ行けば、山がいくつもある。それをすべて越えてから南下すれば、確かに鷹月までは行けるが、なんせ時間がかかりすぎる。たいした村もねぇし、普段はほとんど人のいない地域だから安全に見えるかもしんねぇけど、今は非常時だ。もたもたしてたら、すぐにでも兵士がやってくるぞ」
「では、どうすれば?」
「俺たちに残された時間は長くて二日だ。明日の深夜か、遅くとも明後日の早朝には鷹月に入っている必要がある」
「二日!?」
また二人の声が重なった。
「冗談だろ?鷹月まで何日かかると思ってんだよ」
「それ以上かかれば、軍から逃げ切れなくなる」
「でも、このまま真っ直ぐ南下するのが一番の近道なはずだろ?そこが封鎖されてるなら、どう頑張っても二日で辿り着くなんて無理じゃねぇか」
「そうとも限らねぇ」
「どゆこと?」
「ここから真っ直ぐ南西へ行ったところに、『かのまち』という場所がある。聞いたことはあるか?」
一理は人差し指で地面に簡単な地図を描いた。山と思わしき絵から指を動かし、ある地点をとんとんと叩く。
「かのまち、ですか?いえ、聞いたことはありません。巳玄にあるのですか?」
巴慧は首を傾げた。巳玄にある街なら、一度も耳にしたことがないのは不自然だ。
「巳玄のはずだ」
「でも、この辺りは国境沿いですよね?小さな農村しかないはずですが」
「正確に言えば、巳玄と鷹月、そして龍円・・・。三つの国境が交差するところにある」
巴慧とカイリは顔を見合わせた。
「そんな話、聞いたことねぇぞ。国境沿いは各国の軍が警備してて、街なんかねぇはずだろ?しかも、三つの国が交差するところなんて、一番警備が厳重なはずじゃねぇか」
「普通はそうだな。国境は検問も厳しい。が、ここはちぃとばかし様子が違う。どの軍も介入できない場所があんのさ。どこにも属さない、独立した街だ」
「そのような街が、巳玄の国境沿いに?」
二人は困惑した顔で、一理が描いた地図らしきものを見下ろした。
「噓くせぇな。行ったことあんのか?」
「行ったことはない」
「ますます信用できねぇじゃんか」
「信用するかどうかはおまえの問題で、俺には関係ねぇことだ」
巴慧は考えを巡らせた。にわかには信じられない話だが、比永の街にも憲兵が関与できない場所があった。この目で見なければ、とてもじゃないけど信じられなかったと思う。
「カイリ、おまえはよく老湾に出入りしてたな。なら分かるはずだ。この世は『表』ばかりじゃねぇ。かのまちは老湾の親元みてぇなところだ」
「老湾と繋がってんのか?ってことは、老湾の連中は知ってんのか?」
「さぁ、それはどうかな」
なんだよそれ。カイリは口を尖らせた。
「ちょっとまて、なんで俺が老湾に出入りしていたことを知ってんだよ?」
一理はバツが悪そうな顔で視線を泳がせた。
「おまえ、俺のことを前から知ってたのか?」
「俺たちも老湾に行ったことがあるんだよ。そんときに見かけたのを思い出しただけだ。俺は一度見た顔は忘れねぇんだよ。記憶力がいいからな」
カイリは絵に描いたような仏頂面で一理を睨んだ。
「話を戻すぞ。かのまちについてだ」
一理が言うと、カイリは鼻に深い皺を寄せたまま呟いた。
「ほんっとに油断も隙もねぇ奴だな。で、なんだ?そこへ行くっていうのか?」
「そうだ」
「そこに行ってどうすんだよ。行けば安全なのか?」
「安全だと思うぜ。医者もいるはずだ。そいつが元気を取り戻すまでの間、身を隠すにはもってこいの場所だ。二日以内に鷹月へ入る必要もなくなる。なんせ、徹底的に秘められた世界だからな」
二人はごくりと喉を鳴らした。
「でも、南西には軍の本部があります」
「その通り!普通に考えれば、わざわざ軍のお膝元へ突っ込んで行く馬鹿はいねぇよな。だが、それが一番の近道だ」
また突拍子もないことを・・・。こいつの頭の中は、いったいどうなってるんだ?
「そんなの、すぐに見つかって捕まんのがオチだろ!」
「そこを見つかんねぇよう援護するのが俺たちの仕事だろ?姫さんは、新原に行きたいって言ってたな?」
「はい」
「新原は遠いぜ。鷹月の国境から、さらに南下したところにある街だ。そこに何があるってんだ?」
「それは・・・」
巴慧は言葉を詰まらせた。
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