五、一理の提案(4)

文字数 1,763文字

「まぁいい。重要なのは国境を越えることだ。まずは『かのまち』へ行って、そっから鷹月へ入る。あとは新原までひたすら南下すればいい。それが一番手堅いと思うぜ」
なんだか雲をつかむような話だ。
「でも、南東の方が警備は手薄なはずです。時間がかかっても、そっちから行った方が安全なのでは?」
「通常時なら、そうかもな。けど、今は手薄なところなんかねぇぞ。どこもかしこも兵士が見張ってると思っといた方がいい。さっきも言ったが、南東の道を辿っていくのは距離がありすぎる。それに比べて『かのまち』は近いし、そっから鷹月へ入れば軍の追求から逃れられる」
「何言ってんだ?近いわけねぇだろ。こっから龍円の国境まで、どんだけ距離あると思ってんだよ」
カイリが口を挟む。
「近いだろ?目と鼻の先じゃねぇか」
「どんだけ顔でかいんだよ!遠いじゃねぇか!しかも、途中に軍の本部があるんだぜ。兵士がうじょうじょ沸いて出てくるんだぜ。そんな危険を冒してまで、本当にあるかどうか怪しい街を当てにするなんて、俺は反対だね!」
とんでもないという顔で首を振るカイリを一理はちらりと見上げた。
「兵士がうじょうじょ出てくるのは、どこへ行っても同じだ。各地域に駐屯地があるからな。ほら、西と南、国境までの距離を比べてみろ」
地面に描いた地図を指でなぞり、
「見ろ、南の国境はここだ。三倍は距離がある。南東から大回りすれば、さらに遠くなるぞ」
と言って、現在地よりずっと下にある個所を指で叩いた。
「俺は最善だと思う方法を提案してるだけだ。嫌ならいいんだぜ。決めるのはおまえらだ」
カイリは押し黙り、横目で巴慧の表情を盗み見た。
(ったく、毎回毎回、めちゃくちゃな選択を突き付けてくるんだから・・・。どうしろってんだよ)
巴慧は考えた。あれこれと思考を巡らせてみるが、ちっとも考えがまとまらない。幼い頃から、「何かを決めるときは、事前にしっかりと調べてから熟考しなさい。あらゆる可能性を吟味して、最善だと思う方を選びなさい」と言われてきたが、そんな高度なことが自分にできるわけがないのだ。そもそも、考えるより先に行動してしまう性分なのに、慎重に、確実に、という方が無理なのである。
(どうすべきかなんて、分からないわ)
そうだ。こういうときは考えるだけ無駄なのだ。どうせ危険なことに変わりはないのだから・・・。なら、今、優先すべきは何か。巴慧は決意を固めた。
「一新の状態を早く診てもらいたい。なんとかして新原まで辿り着きたい。最短で国境へ行く方法があるなら、それに懸けます」
カイリは天を仰いだ。
「本気か?」
「本気」
「ほんとにいいのか?こんなうさんくさい奴の話を信じて」
「大丈夫。信じてますから」
「そう来なくっちゃな」
満足そうな笑みを浮かべる一理をカイリは苦々しそうに見た。
「おまえ、巳玄軍を侮ってんな?簡単に逃げ切れるわけねぇだろ」
「別に侮っちゃいねぇさ。あいつらは強い。だが、そうでなくっちゃ面白くねぇだろ」
「おい、面白いってなんだ!これは遊びじゃねぇんだぞ!」
「その通りだ。これは遊びじゃねぇ。それが分かってんなら、おまえは家に帰れ。足手纏いだ」
「誰が足手纏いだ!」
勢い良く一理に飛びかかるが、左手でぽいっと放り投げられてしまった。
「くっそー、バカにしやがって!」
転がりながら悔しがるカイリを愉快そうに眺めながら、
「そうカリカリすんなよ。本当のことだろ?おまえも分かってるはずだぜ。さっき、危険な目にあったばかりじゃねぇか」
と、一理は諭すように言った。
「俺は一緒に行くし、足手纏いにもならない!分かったか!」
そう宣言すると、カイリは巴慧の隣へ戻って来た。
「頑固な奴だな。どうしてもって言うなら止めねぇが、危険な綱渡りだってことは肝に銘じておけ。何が起きても知らねぇからな。俺は子守りは大嫌いなんだ」
「んなこと、分かってらぁ!」
己の非力さは己が一番よく知っている。だからと言って、ここでおめおめと帰れるか。
「俺も行く!絶対に行くからな!」
はいはいと言って、一理は肩をすくめた。
「仕方ねぇから、連れて行ってやるか」
カイリの着物をつかみ引っ張ると、小さな体がふわりと浮き上がった。一理の豪快な笑い声と、「離せ!」と喚くカイリの声が響き渡る。ふふふと笑い声を漏らしながらも、巴慧は複雑な思いでふたりを眺めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み