七、カイリの覚悟(2)

文字数 2,093文字

 その一方で、巴慧は足音を忍ばせながら、洞窟の更に奥の方へカイリを引っ張っていた。だが、突然に発せられた一理の声に驚くと、びくっと体を大きく震わせた。カイリもすぐさま振り返り、「うわ、あいつ帰って来た」と、露骨に嫌そうな顔をした。
「しー、早くこっち来て」
「なに、どうしたの?こそこそして」
あどけない声が響き、巴慧は焦った顔で人差し指を口に当てた。そして、洞窟内の最も暗いところまで来ると、声を潜めて言った。
「カイリ、真剣に聞いてね。カイリが私を追いかけて来てくれたことは本当に嬉しいし、すごく頼もしい。でも、もし危なくなったら、一新を連れて逃げてほしいの」
「え、なんでだよ、やだよ」
「カイリ、お願い」
「やだね!俺も最後まで一緒に行く!さっき、そう言っただろ?なんでそんなこと言うんだよ」
声を荒げたカイリの口を慌てて手で塞いで、巴慧は繰り返した。
「さっき、危険な目に合ったって言ってたじゃない!カイリに何かあったら、私はどうすればいいの?一新だって、ちゃんと診てくれるお医者さんに出会えるか分からない。これ以上、二人を危険なことに巻き込むわけにはいかないわ。だから、お願い!ちょっとでも危険だと思ったら、一緒に逃げて」
懇願する巴慧の手を振りほどき、
「いやだって言ってるだろ!俺も一緒に行く!俺自身のことなんだから、巴慧ちゃんが決めることじゃないだろ。俺が行くって決めたんだから、絶対に行く!」
と、カイリは頑なに拒否した。
「カイリ!」
「行くったら行く!」
「ミトさんはどうするの?カイリに何かあったら、ミトさんはどうなるの?」
「ばあちゃんなら大丈夫だよ。ちゃんと説明して来たから」
じっと目を見つめると、ばつが悪そうにカイリはすーっと視線を泳がせた。
「やっぱり黙って出てきたのね。ミトさんに心配かけちゃだめじゃない!」
「巴慧ちゃんがそれを言うのか?家出してきたくせに!」
ぷぅっと巴慧は頬を膨らませた。
「とにかく、俺は逃げたりしねぇからな。一新だって、自分で来ることを選んだんだ。俺だってそうだ!巴慧ちゃんは、俺たちの意志を無視すんのか?自分の意志は貫き通すのに?」
そう言われてしまうと、返す言葉がない。
「それに」
カイリはさらに声を潜めて言った。
「あんな得体の知れねぇ奴らに任せられっかよ。巴慧ちゃんひとりを行かせられるわけねぇだろ。巴慧ちゃんだって、あんなヘンテコな連中を信用したわけじゃねぇだろ?」
巴慧が答えようとしたとき、「わはははは!」と、突然に笑い出した一理の声が洞窟内を揺らした。驚いて振り返ると、にやにやと笑いながらこちらを見ている。
(盗み聞きかよ!この地獄耳め!)
カイリは歯ぎしりした。こそこそと話しているつもりでも、やはり筒抜けだった。軽快な足取りで近づいて来る一理を警戒し、カイリは巴慧の腕を引っ張って身体の後ろに隠した。
「この地獄耳!盗み聞きすんな!」
「勝手に聞こえてくんだから、仕方ねぇだろ?わりぃな、耳が良くて」
距離を縮めながら、
「得体の知れねぇ奴らか。ま、そうだろうな。俺がおまえでも、そう思うだろうよ」
と、一理は挑発するように言った。
「当たり前だろ?悪いか!俺はおまえらのこと、全く信用してねぇからな!」
「当然だ。簡単に誰でも信じるような乳臭えガキは、家でおねしょでもしてろってんだ。違うか?」
口元をわなわなと震わせながら、カイリはキッと一理を睨んだ。
「そう睨むなよ。これでも俺は、おまえが見た目ほどガキじゃねぇって思ってんだぜ。なぁ、姫さん。男が腹くくってんだ。あーだこーだ言うのは野暮ってもんだぜ」
口を開きかけたが、巴慧は気まずそうに言葉を飲み込んだ。
「良いじゃねぇか、お供させてやれよ。俺もさっきは帰れっつったけど、気が変わった。こいつも男だ、覚悟は出来てんだろ。なぁ、カイリ。おまえも男なら、二人を守る気で必死に食らいついて来いよ」
「望むところだ!」
「年齢に守ってもらおうなんて思うなよ。ここでは全員が対等だ」
「上等だ!」
「そこで寝てるガキもだぞ。何かあったときは、そいつも守るつもりでやるんだぞ」
「わかってる!二人とも、俺がしっかり守る!」
そう誓うと、一理は満足そうな笑みを浮かべた。
「それとな、姫さん。そのガキのことが心配なのは分かるが、二日以内に目を覚ますと思うぜ」
「どうして分かるんですか?」
「脈の音が強くなってきた」
善も同じことを言っていた。遅くとも明後日の早朝までには目を覚ますと・・・。
「さっきも言ったけど、そいつは医者に診せても意味はねぇ。俺らの傍に置いといた方が賢明だ」
「それは、どういう意味ですか?」
「なんでもだ。とにかく、そいつのことも俺らに任せときな」
またしても、納得のいく説明はしてもらえそうにない。巴慧は不安そうに、少し離れたところで横たわっている一新を見た。
「巴慧ちゃん、俺は決めたことは曲げない。絶対に一緒に行くからな」
言い出したら梃子でも動かぬカイリの性質は、子供の頃から変わらない。
「わかった。でも、お願いだから無茶なことはしないでね」
「しねぇよ。したことないだろ?」
これに関しては異論しかないが、巴慧は何も言わなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み